表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

19:虚像のリアリティ

 私達には幾つか呼び名がある。白鳥は舞姫たるこの私、ローザのこと。湖は悲劇的な結末。二人はあの子を連れて逃げろ、迎えを寄越せという申請。此方の狙撃手を倒し、装備を奪ったあの女。私の位置情報を把握する術を入手している。ここまでコケにされても銃のロックが外れない理由は……。


(私一人が死ねば……今後の交渉が有利になる。Тро́йкаがどう動こうとも)


 私達の強みは、皆が同じ組織に属すること。Barockやfolcloreのような蹴落とし腹の探り合いもない。唯祖国のために私達は歌うのだ。

 喜劇で作られる歴史はない。人の歩む道には必ず悲劇が要る。民衆を煽り導くために、犠牲は必要。歌姫が、音楽戦争の兵器達が美しくあるのはそういうこと。けれど私はカチューシャとイーリャを生け贄にはしたくない。

 敵国の男に近付いた理由についても、上には報告を済ませている。情報が得られればそれで良し。あの英雄様の評価を地に落とすための弱みになれればそれも良し。ついでに弟の姉離れにもなればこれ幸い。偶然の出会いに感謝というもの。私を殺した犯人を、彼にするという手もあるだろう。


(小賢しいあの追っ手なら、その位やりかねない)


 未だ銃が使えないのは、上がそれを望んでいるのかも。さて、優秀な歌姫である私は心を隠し、如何に祖国のために役立ったかをどう示そう?


 「っ!?」


 歌が、聞こえる。雑音、騒音? 心臓を打ち抜かれるような衝撃を。

 “彼”の歌は知っている。敵を知るため、情報として。それ以外にも……昼間に外で一緒にこの建物を守り歌った。何階上のフロアだろう? それでもこんな場所まで彼の歌は鳴り響く。この階に電気は戻っていないのに。不思議なことは他にも続く。


(追っ手が、消えた……!?)


 彼の歌声が、通信障害を引き起した。歌声の広がりが、電波に変わっている? どういう技術よそれ。解らない。


(クロウ……様)


 彼の歌は五月蠅いが、その音が届く場所は……敵も自由に動けない。私も味方を頼れない。互いに頼れるのは自分自身。


(私、まだ死ねない。貴方を犯人にしたくないから)


 握りしめた小さな銃を、私は暗闇の向こうへと向けた。


 *


 僕らが大和に連れて行かれた部屋――……そこには物々しい数のタワー機が立ち並ぶ。スパコンの類。こんな物を目にするのは初めてと、浮き足だった僕に気付いたシュリーは苦笑している。


 「どうだ、すげーだろ」

 「……電力は足りるのか?」


 我に返った僕の言葉に、大和はさっと目を逸らす。


 「ソーラーの自家発電分はここで使ってる」


 電気を落とされることを、一応予見していたか。その時に連絡手段よりも重要視されるこの場所が、電力復旧の鍵だから?


 「足りなくなったら時計屋に作って貰った電気を使うことになる……正直無駄話の時間も惜しい」

 「解った。手短に説明を」

 「めぼしい機関には事前にメールを送ってある。お上の方は今のご時世でも頭固いし、人間だしな。大体どっかの馬鹿が既に開いてやがるから、侵入自体はもう出来る。唯彼方さんも手段は講じてやがる。それが問題なんだ」

 「具体的には?」

 「システム防衛に、生きた人間を使ってるんだ。そいつらは、機械以上に何を考えてるか解らねぇ。パスワードが複雑すぎる」

 「人間の思考を常時接続させてるのか?」

 「人間の感情をそのまま数値化させてるんだ。そういうのと出会ったことはないか? 奴ら異変に気付くのも早いぜ。システムの不具合が自分の身体と痛みで直通してる。寝てようが何してようが、即撃退されちまう」


 人の感情をデータ化する技術。どこの軍がそんな研究を始めたのか。それがパスワードだと言うのなら、一分一秒更新されて予測が付かない。喜怒哀楽で表せられるほど単純でもない上に、暗号化もされている。


 「現実でそいつを殺す以外、破れないシステム……か」

 「まぁな。他の手段は……同じやり方で挑むことだけ。万全とは言い難いが、最低限の装置は用意したつもりだ。今はとにかく時間がねぇ。これ以上の詳しい説明は省くが、技術班で命を捨てる覚悟がある奴だけコレを付けてくれ。それ以外は外で守りを固めろ」


 大和に指示されて装着するは、頭部を覆うヘルメットとゴーグル。覗いてみると、発電所の入り口らしき場所と一匹の化け物が映される。


 「……VRか?」

 「ああ。視覚化させた方が分かり易い。局で番組担当してた人工知能を拝借して、俺が書き換えた」

 「反映へのタイムラグは?」

 「0.4秒まで縮めた。基本はゲームだと思ってくれ。敵を壊せば良い。だけど余計なことは考えるなよ。破ることだけ考えろ。脳波をスキャンして、すぐに結果へ転送させる」


 手を動かす必要なく、考えればその場でシステムを攻略できると言うことか。


 「相手はカウンター型だ。殴れば手応えが返ってくる。そこから答えを探せ! 計算は自動で出来るし、道さえ示してくれれば良い。この人数で殴れば必ずボロは出る」


 本来コレは電波ジャックの際に使われていたはず。衛星の時はそうしなかったのは、此方の戦力を隠しておくためか。撫子の父が抜けていたために、彼らは思わぬ好機を得た。


 「機械を使って相手のシステム、思考回路……精神領域に入り込む。心をかき乱される門番は、自己防衛から攻撃に入る。そこから門番の傷口をこじ開けるんだ。相手は人間だからな、暗号化を解除しながら此方が指定した感情に向かわせる事が出来れば……」

 「パスワードを導くことは可能……」


 いち早く器具を頭部へ装着し、大和が頷く。計算中はなるべく楽な体勢が良いと、装置には椅子も付属している。椅子の数からして本来は一人用のようだが、今回の件に関しては手練れは多い方が助かる。大和に続いて技術班の者達も、が機械傍へともたれ掛かり接続を開始した。


 「クラヴィーア、手負いの所悪いが……守りは頼んだ。他陣営にこういうの見せられない」

 「はい大和さん。貴女を必ず守ります」

 「シュリー……何かあったら呼んでくれ。帰ってくるから」

 「はい、ウェルさん。お願いします」


 適材適所。理解はしても辛くなる。もし僕がヴァーチャル世界に居る内に、シュリーに何かあったなら。不安になれば思考に余計なノイズが生じてしまう。集中するよう自分自身に言い聞かせ、僕は彼方で目を開ける。

 これで最後だなんて思わないけれども、相手が相手だ。今更嫌とも言えないが、不安は感じてしまう。満足に戦えない僕が、唯一戦える場所なのに……見送るシュリーは立ち直り、気丈に振る舞っているというのに。変な気持ちだ。掻き乱したい。


 「……シュリー」

 「ウェルさん?」

 「帰って来たら……僕を褒めてくれる?」

 「……ふふ。ええ、必ず」


 装置を付けることを躊躇い、何を言うのかと身構えていたシュリー。まさか僕からそんな言葉が出てくるなんてと驚き笑う。子供のようだと思われたのか。


(全く、何を考えて居るんだ)


 ここ数日の僕はおかしい。シュリーと二人になるといつもそうだ。らしくないことばかりしている。これが最後なら、皆が見ていないなら……それが駄目なら帰ってきたら。またこの子に触れてみたいと。命知らずにも程がある。リードとの様子を見て、焦る気持ちは何だろう。本当に馬鹿なこと。本当に数日前まで僕は死にたがっていたのに……シュリーを誰にも取られたくないと思う。自身の変化が恐ろしく思えるのに、あの子の微笑み一つでそんな自分も受け入れられる。


(さっさと破る。満足に戦えない僕は、このために来たんだから)


 システムへの攻撃で相手が痛みを感じるのなら、思いきり負荷を掛けてやれば良い。


 《……なるほど》

 《何だその解った風な、理解を示すような面は》


 クロコダイル……黒子田イル。彼女はワニと黒子を掛け合わせたバーチャルアイドル。黒子の割りにミニスカートなんて穿いているけしからん露出度。黒子に徹さず舞台でお前目立つ気だろ全開の愛らしさ。バーチャル世界での大和は、黒子田イルそのものだ。正体を知ってから良く見れば、全体的なパーツの可愛らしさは撫子をベース。彼女を二次元にデフォルメしたならそんな姿にもなるだろう。


 《今の君のファンが、彼女に流れそうだなと思った》

 《それも作戦の内だな。って、おいおいマジかよ……やるな、お前!》

 《そういうのは良いから、早く終わらせよう》


 それは魔法だと思う。結果を見る側からすれば。いつもやっていることなのに、見える全てが違って見えた。だけど妙に、懐かしい。

 破壊は願い、手を翳すだけで良い。或いは唯見つめれば。壊すためのイメージにわざわざ武器を具現化するのは遠回り。こう言う場所に入るのは久々だし、嫌な感じもする。以前、僕は負けているんだ。たった一度の敗北は、僕の世界を変えてしまった。あれと同等の存在と戦わなければならない。今度は絶対に……負けられないと来た。どうすればいい、何をすれば良い。悩みや葛藤は一度真っ新にして、壊して無くす。同じように、唯壊す。感情も心も要らない。或いは呼吸をするように、それが自然なこととして……好意も悪意もないままに。


『“そうやって壊せば、取り戻せると思った”』

 《!?》

 《何食らってるんだ馬鹿! 敵のカウンターだ!! シールドを張れ!! お前は攻撃に全振りしすぎなんだよ馬鹿っ! てめーの情報がダダ漏れだ!!》


 感情・思考情報はゼロにした。思考領域は計算分しか残していない。そんな微かな場所から敵は何を引き出した!? 動揺するな。大和が攻撃を解除し、僕の分までシールドを張ってくれている。何も考えるな仕事に専念しろ、彼女の奮闘が無駄になる。


『痛いと思った。この痛みは二度目。また会ったな魔術師? 楽しみにしてたんだ。いつまた遊びに来てくれるのか、何処でまた出会えるのか』

 《こいつ……自動型じゃない!? んな馬鹿な! 思考が完全にシンクロしてやがるのか!? そんなの、仕事や実験なんてもんじゃねぇ……引き受ける奴が居るなんて、完全に兵器じゃないか!》


 大和のシールドにヒビが入る。彼女の動揺が影響している。不味い状況だ。電波ジャックを行った精鋭達も次々電脳世界から消えていく。逆に呑み込まれてしまったんだ。

 此方で設定した門番のイメージ画像も塗り替えられて、周りの景色も変わってしまう。今すぐにでも接続を解除しなければ、此方のパスワードを破られる。最悪もう、目覚められない。


 《……化け物、かよ》


 イルの……大和の顔にも冷や汗が浮かんでいた。状況は彼女が想像していたより遙かに最悪であるらしい。


『そっちのお姫様も大概じゃない?』

 《こいつがそんなタマか》


 敵は覚醒している。自我が意識がある。此方と同じように危険な方法でアクセスしている。心身にリスクがありながら、長い間この仕事を続けている。少なくとも、僕がこういうことを止めた後にも。


『パスワード、教えてやろうか魔術師? 答えは簡単。俺の名前だ。運命的な再会に感動して、今変更して設定してやったよ。頑張って当ててみるんだな』

 《クソ澤この野郎》

『あっはっはっは! 外れ!』


 イントネーションを人名らしく変えて呟く大和。当然外れたわけだが、門番は腹を抱えて笑っている。門番の外見は女だ。西洋風の鎧に身を包んでいる女性騎士。その割に口調は男らしい。おそらく門番は男。以前出会したあいつは、厳つい鎧の男の姿を。この数年で趣味か性癖が変わったのだろう。ゲーム感覚でアバターを作っているに違いない。当時は素直に自分で想像する格好良さを追求していたと仮定するなら、学生か思春期か。あれから流れた月日を考えても、年齢は十代から二十代。名前を当てろと言うからには、それは僕が知っている相手。いや、僕のことを相手も知っていると見て間違いはない。僕にその年齢層の知人がいるとするならそれは――……浮かんだ顔が、ひとつある。


 《……田中》


 唱えた言葉に、門番の顔つきが変わった。少し驚いている? 見開かれた目が此方を凝視する。彼には僕がどう見えているのだろう。この世界での自分の姿なんて考えたこともなかった。


『それでお終いか?』

 《田中この野郎》


 僕の回答に、門番騎士はぶはっと豪快に口から唾を吹き出した。ヴァーチャルなのに汚い。顔面偏差値は高いのに絵面が汚れている。嘘の姿ならもう少しまともに笑って欲しい。


『くっ、あっはっはっ!! なーんだ、ちゃんと覚えてたんじゃないか。下の名前は?』

 《そこまで覚えてない》

『ま、いいさ。そっちも本名ってわけじゃないしな。お前そっちに付いたんだろ? それじゃ長く付き合えるな。俺は違う所に居るからさ』

 《いや、お前とは付き合いたくない》

 《馬鹿か! そういう意味じゃないだろ多分! そういう意味かも知れないけど!》

『そう嫌がるなよ“ウェルメイド”?』

 《!?》

『今はそう名乗ってるんだって? これからはそう呼ばせて貰おうかな。お前のことが幾つか知れて嬉しいぜ』


 *


 照明の大部分が電力を失ったのか、目覚めた先は薄暗い。しかし微かに見える影がある。


 「シュリー!!」

 「はいっ!」

 「撫子っ!!」

 「……さんはいません!」


 全身汗だくで飛び起きた僕と大和に、シュリーの声がすぐさま返る。


 「おいなんだあの変態は」

 「知ってるけど知らないし知りたくない」

 「んだとしても、お前の情報引き抜かれたみたいだぞ」

 「それについては後から考える。今考えたら気味が悪い。……大和?」

 「……お前、そんな嫌悪感とか感じられるような人間だったんだな」


 もっと化け物だと思ってたぜとは失礼な物言いだ。僕は彼女を無視し、シュリーに向き直る。


 「シュリー、状況は? 何か変わったことは?」

 「……お二人以外、皆さんまだ戻られません」

 「…………大和、今ならまだ戻せる。時間は掛かるけど」

 「そんな時間も電力もねぇ。あいつらも腹は括ってる」

 「今後使える駒であっても?」

 「今しかねぇんだよ。今を乗り切らなきゃ……俺達には何も残らない」


 声には迷いはないが、振り返った先の大和は苦渋の表情。拳を固く握りしめる彼女へと、シュリーがそっと触れ……その痛みを分かち合おうとする。


 「……間に合えばうちの技術者に診せます。後遺症は残るかも知れませんが」

 「ああ。頼む……クラヴィーア」

 「それでパスワードの方は……」

 「あ、ああ。今入力してる」


 何とか残っていたパソコンで、田中この野郎……と大和は入力。馬鹿げたパスワードだが、今はそれを信じるしか…………


 「待って」

 「何してるんだお前」


 エンターキーを押そうとした大和の手を捻り、僕は送信を阻止。この野郎を一度消す。


 「名簿くらい調べれば上がってる。下の名前は……」

 「それで本当にあってるのか?」

 「あいつのことは信じられない」


 調べた奴の偽名を正確に入力。その直後、けたたましい音楽がフロアに広がる! 照明器具は……室外を覗くも眠る前より暗く思える。窓の外もそう。近隣のビルや港には電気が戻っているというのに。


 「…………ゴリラでも投入されたのかこの局は」


 真理だ。大和の言葉が真理だった。局内では物理的に照明や機械が破壊されていた。これだけ大がかりに暴れられてはシュリーは怖かったに違いない。シュリーは大和の視線が他へ向いた先、ぎゅっと僕の腕へとしがみついて来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ