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1:週初めのフライハイ

時間軸的には『海神の歌姫』の後。

物語の悪魔が封印されてしまった後の話です。


音楽風刺の側面が強い作品です。そう言ったことに抵抗のある方にはあまりお勧めできません。

挿絵(By みてみん)


 「お嬢様、何を笑っているのですか?」

 「馬鹿ね使い魔、これが嗤わずにいられるものですか」


 私は嗤う。大いに彼らを嘲笑う。


 「人間って本当、馬鹿みたい。馬鹿ばっかり。とうとうこんな物まで宗教にしてしまったらしいじゃない」


 私は手招きし、本を使い魔にも見せてやる。


 「歌を音楽の本質も解らぬ輩には過ぎた概念だったのよ、あははははっ!」

 「これは……」

 「この世界、終わったわね。まもなく滅ぶわ」


 こういう風に間違えた世界は例外なくそうなった。だからこれもそうだろう。私は心躍らせる。こればかりは悪魔の性。


 「なら、この私が書き綴ってやろうじゃない!どんな愉快な終わり方をしてくれるのかしら?ああ!胸が弾むわ!どんなに馬鹿な人間だって死に様くらいは愉快に踊ってくれるはずだもの!」

 「と言いますよりお嬢様」

 「何?」

 「この本を観察されはじめて随分と経ちますよね?お嬢様はそうなるともっと前から知っていらしたのでは?」

 「そりゃあ当然知ってるわよ!だってこの本の中には第二領主の魂が眠っているんだもの!とびっきりの舞台になるともう随分前から見守ってたに決まってるじゃない!」


 私の同僚、地獄の第二領主様。彼は本当にいい男。付き合いたくはないけどね。

 それでも彼はいい男。


 「だって彼が目覚めた世界は例外なく滅ぶじゃない?」


 この度私、物語の悪魔イストリアが綴りますのは破滅と滅びの物語。終わるからこそ美しい物が世界には在るのだと、私に疑う余地などありません。嗚呼、人間って何て愚かで愛おしいのかしら。


 *


 街の中を歩いていて耳に飛び込む騒音がある。

 僕はその雑音に耳を塞ぐ。それが喧嘩を買うのだと気付いてからは止めていた。代わりに僕が身につけるようになったのがヘッドフォン。それで耳を塞ぐだけでは完全に音は殺せない。僕が口ずさむようになったのは、聞こえる音を打ち消すため。耳に飛び込むそれを相殺するための音楽を僕の口は紡ぎ出す。

 歌は人の心、人の魂とは何時の時代の先人の言葉だったか。なるほどだからか。人は愚かで醜い、だから……歌もこんなに醜く愚かなものなのだ。


(ああ、気持ち悪いな)


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 何時から人と歌の関係はこんなに汚らわしい物になってしまったんだろう。屋上に寝転んで目を瞑っていても聞こえる。声は歌とは違うから、会話まで僕は遮断できない。僕の声は一度に一つのことしか対処できない。


 「きゃああああああああああ!大和様ぁああああああああああああああ!!!」

 「ぶひぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!撫子たんんんんんんんんんんんん」


 あの程度の歓声ならまだ可愛らしい物だ。気持ち悪いことに違いはないが。


 「おい、またこんなところにいたのか?今日は絶対来いって言ったじゃないか」

 「“別に僕は下らないアイドルの集会なんかに興味ない”」


 喋る気にすらなれずに、僕はクラスメイトに携帯電話の画面を見せる。慣れたもので、僕の一日は登録された例文幾つかで対処できてしまえる程度に密度がない。


 「今日のは違ぇよ!あんな三下アイドルとお嬢様達を一緒にするな!」


 打ち込んだ文字に名前も知らない(改め興味がない)クラスメイトは怒り狂う。次の例文でも用意するかと思っていると、彼は他の仲間に止められた。


 「行こうぜ。幾らご主人様のためとはいえ、こんな黴臭い奴まで傘下に入れるのは駄目だろ。ご主人様が黴臭くなる」


 黴以前にお前達の所為で既に烏賊臭いんじゃない?とは言わないで置いた。無闇に喧嘩を買うのは疲れる。時間の無駄だ。

 ごろんと惰眠に戻った僕に舌打ちを残し、クラスメイトらは消えていく。ああ、本当下らないな。死にたい。こんな人生。こんな世界下らない。一回滅べば良いんだよ。僕が神様ならきっとそうする。でも面倒臭いから僕はやらない。僕は別に神様なんかじゃないし。


 それは別に最初は宗教などではなかったはずだ。それでも何処にでも熱心な信者もとい馬鹿は湧くもので。

 歌姫と信者。アーティストと信者。数え上げたらキリがない。兎に角そういう関係性に目を付けた奴がいる。

 何をとち狂ったのかそれが国のお偉いさん方。素晴らしい歌姫を作り出せればそれだけで、洗脳して洗脳して、世界を手に出来るという妄想に取り憑かれた。

 だけどある程度人は馬鹿で、ある程度の人間はその洗脳に脳内ジャック。そうなってからはもう遅い。それに対抗すべく、余所の国もそういう妄想に飛び込んだ。

 世界は今や、歌合戦。音楽戦争の真っ直中にいる。核戦争なんかよりは余程平和だもっとやれとか思ってる奴もいるんだろうけど、それは危機感がない証拠だ。僕は余程核兵器の方がちゃんと目に見える恐怖である分有り難い。だけど歌はそうじゃない。パッケージ化されたり、TVにでもでない限り視覚情報にはならない。だから厄介だ。

 泣き叫ぶ両親を踏みつけてテレビを打ち壊しゴミへと捨て家出をし、惰眠を貪るようになった僕の前にもこうして奴らの使者はやって来る。

 歌は世界を救うだって?ああ嗚呼、馬鹿みたい。実際馬鹿。歌は世界を滅ぼす。それが僕の見解だ。

 そりゃあいいよね。信者が勝手に暴れたって別にそれはそいつ自身の責任だ。明確にはそれは宗教ではないのだから誰かの責任、ましてや国の罪にはならない。音楽に国境はなく自由って話なんだから。


 まず今僕が誘われたのが『Barock(バロック)』という音楽グループ。別名、過去からの使者。クラシカルな音楽で現代音楽を淘汰する。歌い手達の姿形は中世ヨーロッパを思わせるような出で立ち。教会とかとも仲が良く、ミサと称してライブを行う。

 その演奏をするのはその道ではそれぞれ有名な演奏家ばかりで、そういう方面からのファンも多い。そんなプロの楽団を従えるのは二人の歌姫。人形のように愛らしい少年少女。金髪の子と銀髪の子。彼らは双子のきょうだいでどっちかが男だと言うが、どちらがどちらかは明言されていないため、共に歌姫と呼ばれる。こんな時代だ、今が嫌になる……そういう人の心の中にある懐古と憧れの心。それと性別を曖昧にすることでロリショタどっちか或いはどっちもいける変態共の性癖。それを上手く刺激したグループだ。

 おまけにBarockのロックはrockのロックだと言わんばかりにそっち方面にも手を出して、枠に留まらない人気を持つ。中でもBarockは西欧方面での人気は高く、向こうの国は殆どその傘下に加わっている。街中から聞こえてくるメロディーに懐かしさを感じると同時に嫌悪感を感じる理由からは目を背けたい。

 それに対を成すグループとしては東欧からの使者『Тро́йка(トロイカ)』か。双子に対抗したのかこっちは三きょうだい。姉と弟と妹。という幅広いストライクゾーンを狙い撃つ。これの何が恐ろしいかと言うと、三人で姉属性と兄属性と弟属性と妹属性全てをカバーしているということだとか別のクラスメイトが言っていた。人間少なからず最低そのどれか一つはヒットするのだとも。歌うのは民謡が主だが、軍服に身を包んだ子供というのは守ってあげたいと思わせたり、或いはその着せられてる感に悶えたり、ストイックなその出で立ちにときめいたりするものらしい。僕にはよく分からないが。それでも短調のメロディーは耳に残る。つい口ずさみそうになるくらいに強い印象はあるとは思う。

 この二つが三強には入るらしい。あと一つは何だったかな。

 ええと、『folclore(フォルクローレ)』というグループ?いや違うな。これは四番目くらいだったはず。これは言うなれば民族音楽連合。東西南北、世界中のあっちこっちから音楽戦争に乗り遅れた国が連携し、不可侵協定を定め国と文化を守るため発足、立ち上げた組織。それぞれの文化を尊重し、世界にその保護を発信していくとか聞こえは良いが、TVの出演での並び順だの、ジャケットのことだのなんだで熾烈な首位争いをしているとかで、内輪もめが酷い。

 それでもCD一つで世界を旅したような気分になれるとか、様々な民族音楽に触れられると言うことでそれなりにファンはいる。FU加盟国間での格安旅行ツアーなども企画し、観光産業にも力を入れているそうで、ファンクラブに入れば格安で旅行が出来るようになるとのことで、音楽戦争に関心の無かった層を一気に味方に引き込んだ。僕は旅行なんて面倒臭いことしたくないけど、そうじゃない人間の方が多いことくらい僕だって知っている。三強に迫る勢いだっていうのは聞いた。

 ええと、もうひとつは本気でなんだっけ?さっきなんか下の階で騒いでた奴がいたのが『大和(やまと)撫子(なでしこ)』とかいうアイドルグループ。これは違う。一昨日上級生からイベントに誘われたけど眠いので断った。聞く話によるとボーイッシュな男装少女の大和(やまと)と、お淑やかな美少女撫子(むね)のコンビでやってるアイドルで、歌はアイドルにしては上手い部類。それでも先に述べた連中の足下にも及ばない。唯お笑いコンビとしての才能はあるんだか無いんだか、TV局と政治家に親戚がいるとかいないとかでTVにはでずっぱり。男装美少年で女性の心を掴み、美少女で男性の心を掴むというなかなかな戦法。洗脳が上手くいったのかこの国ではそこそこ人気がある。でも僕は金払ってまで歌を聞きたいとは思わない。そもそも僕の家にはTVがないから顔も良くわからないしそれで別に困っていない。

 昨日誘われたのは確か『969(クロック)メイカー』というロックバンドだった。男性グループだが女性だけではなく男性からもいい支持率を保っているなかなか優秀なバンドだ。だけどこれも違う。僕がアイドルのイベントを断ったことで「うんうんあんなアイドルオタクとお前は違うと思っていたんだ。お前には見所がある。お前も男だな」と何か解ったような顔になった他のクラスの奴から誘われたけど、眠かったから断った。


 うーん。あれは違う?『黒子田(くろこだ)イル』?電子アイドル。非実在電脳アイドル。歌っているのは名無しの声優。表舞台に一切姿を現さず、キャラクターの陰に隠れる。そのキャラクター以外は一切演じないからパーソナルデータも殆ど外部に漏れない。正に実在しない歌姫一人を産み出すために、一人の人間の人生が潰されているのだから人身御供だよね。表に出ないからこそ不祥事もない。ファンを裏切らない。絵に描いたような美少女というか実際絵です本当にありがとうございます。アニメ化漫画化ゲーム化etc…。三強からは程遠いが、もしかしたら今この国では一番勢力のある派閥?あれは何時のことだったか。影の薄いクラスメイトと視線があっただけで「みなまで言うな」と言わんばかりににっと笑って鞄の中に得体の知れないCDを入れられていたので、とりあえず面倒臭いが職員室に運んでおいた。僕も人のことは言えないが、少なくとも僕は授業中は寝ないぞ。学校は勉学に励むところだろう、関係ない物持ち込んだ奴が悪い。これに懲りてもう二度と僕に関わらないでくれればそれでいい。ぶひぃいいい僕の女神がぁあああとかいう叫き声はヘッドフォンで遮断しておいた。それにしても現代の偶像崇拝ここに極められたか。どっちがマシかはわからないが、僕の惰眠の害になるなら二でも三でも容赦はしない。


(ああ、そうだ)


 頭の上を通り過ぎた飛行船を見て僕は思い出す。そして思い出したことを後悔していた。意図的に忘れようとしてたんだよ僕は。

 その飛行船にでかでかと描かれたCM写真。TVを捨てた僕の前にも現れるのだからこれ本当に何て言う嫌がらせ?

 三強の最後の一つ。だが敢えてグループ名は読まんぞ僕は。何が何でも読むものかと目を瞑る。それはは東洋で人気のあるグループ……ということになっている。数字工作なんかお手の物。国上げて色々されたら僕のような一個人としてはどうしようもない。

 それでも色気が違うのだよ色気がとか生足はぁはぁとか言ってるおっさん達からの支持は厚い。そんな性欲塗れの年長者の老後を支えるなんて真っ平だ。なんだか僕年金払わなくても良いような気がしてきた。だってその金で貢ぐんだろ?あー嫌だ嫌だ。年金払うくらいなら死にたい。死のうかな。でもどうせ死ぬくらいなら世のため人のために暗殺でも働いて死刑になった方がいいんだろうか?どっちにしろ面倒臭い。息するのも面倒くさい。もう人間の歴史も大分進んだからさそろそろ誰か痛くなくて楽に死ねる方法考案してくれても良いんじゃないかって僕は思うわけだよ。ていうか避妊しろ。そもそも生むな。僕なんか。

 こうやって空を見上げて嗚呼死にたいなーと思うのは間違いだ。嗚呼、生まれたくなかったなーが正解だ。なんだってこんな時代に生まれたんだか。ろくでもない世界にろくでもない奴ら。何処か別のもっといい場所に生まれていたら僕だってこんなに無気力にはならなかっただろうさ。結論として世界が悪い。僕の労働修学意欲を損なわせる世界が悪い。よって僕は惰眠を貪る。誰が何と言おうとここから一歩たりとも動かない。

 だって僕なんか端数。僕一人がどうしようとどうしまいとどうしようもないものはどうしようもない。

 幸い我が国の中枢はまだどのグループへも屈していない。この音楽戦争の最後の砦。この国が落ちた時、戦争は新たな局面へと向かうのだろう。


(でもどうせさー……)


 国を守るために答えを先延ばしにしてるんじゃなくて、国会でも派閥で割れてるんだろ?それで答えが出ないだけさ。音楽戦争の最後の砦は頼りがない。保身のために金のためにファンを演じているだけなのだ。いや、本当にとち狂ってる人もいるのかも知れないけどさ。うちの国出身の一押しアイドルって話の『大和と撫子』だってバックには他国の勢力が付いてるって話だ。

 芸能人がどの音楽グループのファンかを公言し、そのファンをも飲み込んで拡大していく勢力。それが政治、国際問題にも絡んでいるとなればステマ乙では済まされない。……のだが、現状としてそれに気付いた人がいてもその四文字で済ませてしまっている辺り、やっぱりこの国はお終いだろう。

 もはや音楽戦争は現代の宗教戦争と呼べる代物までなってきている。無神教なんでってどこまで逃げられるのだろうこの国は、僕は。


 「……帰るかな」


 僕はとぼとぼと、暗くなった夕暮れ……帰りたくもない帰路に就く。

 高校まで義務教育化した社会を僕は怨む。僕に葉緑体を与えなかった神を憎む。人間なんて面倒臭い。食わないと死ぬ。死ぬのは痛い。死なないためには食わないと。食うためには金が必要。しかし学生の就労時間は限られる。同じ仕事でも人の足元を見たような奴隷賃金。どんなに嫌いな親だってそのすねをかじらなければ生きていけないのが現状。


(……雑草って食えるかな)

 「あの……大丈夫ですか?」

 「え?」


 突然声をかけられた。根暗な僕なんかに声をかけるのは宗教狂いの布教活動者くらいなものだ。振り向けば普通にそこそこ可愛い女の子。今時珍しい綺麗な黒髪ストレート。でも確かにある種の層には合致するような女の子。ああ、なるほどまた布教か。最近じゃ女の子を出汁に使った布教活動も多い。

 「このファンクラブに入って彼女が出来ました!」「父の病気が治りました!」「童貞捨てられました!」「金持ちになりました!」「就職できました!」とかな。なんかもう嫌だこの世界。


 「何か用?布教活動なら余所でやってよ」

 「いえ、そうではなくて。その花の根には毒がありますよ?自殺なんて早まったことはしちゃ駄目です」

 「へぇ」


 この子は僕が自殺しようと毒草を凝視していると思った訳か。脳味噌お花畑だなぁ。当然全人類が満足に三食食えてるとでも思っているのか。その前提で僕に話しかけてきている訳か。うわ、嫌だ嫌だ。関わりたくないな。


 「え?ちょっと!?無視ですか!?え?……携帯?」


 ピリリと鳴った着信音。彼女は開いて絶句する。


 「“僕は夕飯の物色の邪魔をするような子と話すことは何もない”」


 僕の携帯。彼女の携帯。映されたのは同じ文章。その絡繰りに取り乱した彼女。狼狽えている内に放置。そうしてまもなく、僕は誰もいない家に着く。

 新聞受けにはアーティスト達のイベントの告知。派閥に分かれたお試し新聞。そして実家からの催促の手紙。留守電には夥しい数の伝言メッセージ。それは"お母さんです"から始まる物と、"俺だ"から始まる物が大半で。僕の健康を気遣う声とか、学校であったことを尋ねる声なんか一つも入っていない。


 "あのね、――…ちゃんはおかしいと思うわ。お母さん恥ずかしいのよ。うちの団地で――…様のファンクラブに入っていないの――…ちゃんだけなのよ。お母さん恥ずかしくて外も歩けないの。お母さんのためにも、お母さんの言うこと聞いてよ!私の子供でしょう!?"

 "無理強いはしたくなかったが――…様の音楽に惚れないなんてお前はおかしい。その内精神科の先生に診て貰うから一度実家に帰って来なさい。お前を真っ当な人間に戻すのは父親として当然の責務だ。金は幾ら掛かっても気にしない。だから帰ってこい!今月以内に治療を受けなければ仕送りは止める。いいな!"


 貸家の部屋に響く留守電。そのコードを引っこ抜いて壁へと打ち付けた。もう嫌だ。

 両親は離婚した。理由は方向性の違いからだ。お前らは何処のバンドだと突っ込みを入れずにはいられない。

 音楽って何?極々普通な家庭環境を引き裂く物?違うだろう?人を幸せにするものじゃないのか?それが音楽なら今世界に溢れている物は総じて唯の騒音だ!ああ、ああ!下らないっ!音楽なんて下らない!人の幸せに集る蛆虫共が。もうほっといてくれ。

 僕はもう僕を止めたい。何処かへ行ってしまいたい。暗い部屋に鞄をぶち込んで、そのまま街へと駆けだした。面倒臭いけど走ってやった。何処までもこのまま突っ走ればどこか違う世界へ逃げられるんじゃないかなんて馬鹿みたいな夢を見て、息を切らして僕は走った。何時しか涙が溢れていた。

 そうして駆け上がった先。何処かのビルの最上階。そのまま飛び下りてやろうと思って下を見た。すると何だかそこが騒がしい。


 「五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅いっ!もううんざりよっ!私はお人形さんなんかじゃないっ!」

 「ちょっと、落ち着いてよ!テレビが見てるんだよ!?」

 「なによ何よ何よっ!あんたもそっちの味方なの!?あんただけは解ってくれると思ったのに!」

 「いや、君の気持ちは僕だってよく分かる。だけどっ……だけど僕らは、こんなことのために歌ってきたんじゃないだろう!?また昔みたいに……だから僕らはっ!」

 「でも、こんなの嫌!嬉しくないっ!楽しくないっ!こんなのあんなの歌じゃないっ!嫌嫌嫌嫌嫌っ!あんたもこっちに来なさいよ!私を一人にしないでっ!どうして止めるの!?一緒に死んでくれないの!?」

 「……姉さん、僕は!歌が好きだ!姉さんが好きだ!だから一緒に歌いたい!今日も明日も明後日も!世界がどうだとか!そんなの僕にだってわかんないよ!でも、僕は歌いたいんだ!姉さんとっ!姉さんと一緒にいるためには、歌わないと……」

 「それがおかしいのよ!なんで!?どうして!?一緒にいたいから一緒にいちゃ駄目なの!?おかしいよそんなの!」


 見ればどうやら隣のビルに先客がいるらしい。フェンスを踏み越えたところで互いに目があった。こっちの方が高いビルだから、彼女が俺を見上げる形になった。


 「何よあんた!私のファン!?止めに来たって無駄よ!死んでやるんだからっ!」

 「いや、ていうかあんた誰?」

 「はぁ!?私を知らないって言うの!?あんた何処の未開の地の人間!?信じらんないっ!」


 小柄な金髪の少女が何やら叫く。絵本の中から飛び出してきたようなその出で立ちに、もしかしてと思った。


 「あ、Barockの歌姫か。Klavier(クラヴィーア)Schlüssel(シュリュッセル)だっけ?」

 「私はForte(フォルテ)Flügel(フリューゲル)っ!私とあの子の名前間違えるなんてっ!信じられないっ!許せないっ!絶対飛び下りてやるっ!飛び下りてやるっ!」

 「そうか。僕は別件で死にに来ただけだから気にしないでそっちはそっちで死んでくれて良いよ」

 「そんなこと言わないで下さい!今の姉さんはちょっとしたことで飛び下りかねないんですよ!?」


 そんなこと今正に飛び下りようとしている僕に言われても困る。銀髪の少年が泣きそうな声で頼み込んで来る。確かにこのまま死ぬのは目覚めが悪いか。


 「って言ってるけどどうする?死ぬのか?止めた方が良いんじゃないのか?」

 「うっさい!あんたに関係ないじゃない!」

 「駄目だった」

 「諦めるの早いですよ!もう……他人に頼った僕が馬鹿だった。姉さん!今から行くからそこで待ってて!」


 衆人環視をかいくぐり、少年はビルの中へと侵入したようだ。おお、中々アクティブ。手にした傘で窓硝子割っていった。


 「ねぇ、あんたは何で死にたいの?」


 風に掻き消されそうな程小さなか細い声。少女が僕にそう尋ねたように聞こえた。


 「きゃっ!何でこっち来るのよ!」

 「いや、下の奴ら五月蠅くて傍に来ないと声聞こえないし」

 「うわ、痛そっ……」

 「うん、痛いなこれ。この高さでもこれくらい痛いんだ。やっぱ飛び降りは駄目、か」


 数階分の高さでもばっちり受け身を取り損なった僕はずしゃあと落下。足の骨が折れている。嗚咽混じりに涙目になる僕を心配してかフェンスの向こうから顔を覗かせる少女。本当は優しい子なのかもしれない。


 「君有名人だろ。安楽死の薬とか持ってる知り合いいたら紹介してくれない?」

 「そんな知り合いいるなら私だって紹介してほしいくらいよ」

 「そうか。一瞬だけそう言うの貰えるならここで助けてお近づきになろうかと思ったけどやっぱり止めた」

 「あんた、そんなに死にたいの?」

 「だってつまらないだろこの時代。死にたくもなるさ」

 「そんな理由で?」

 「まぁ、でもどうしても死にたいって言うならお供してあげるよ。僕は別に君のファンじゃないけど」

 「……変な奴。私がどうして死にたいか聞かないの?」

 「聞かれたそうな顔してるから聞かない」

 「何それ!」


 少女が初めて笑った。初めてその子を可愛いと思った。街角で見るポスターやテレビの中では一度もそうは思わなかったのに。


 「きょうだいで苗字が違うって言うのは、離婚したんだろ。君の家も」

 「ファンでもない癖に、変なことだけ知ってるのね。そういう設定だとは思わないの?本当はあの子も私も他人。顔が似てるからユニット組まされただけとか、離婚なんてお涙頂戴の舞台背景だとか」

 「それならあの子はこんな高いビルを昇ってなんか来るもんか」

 「……そうね。そうかもしれない」

 「君はいいなぁ。僕はここより三階分は高いビルまで昇った。それはつまり三階分猶予があった。だけど僕を止めに来る人は誰もいなかった」

 「何が言いたいの?」


 何のつもりかと聞かれたが、僕は純粋に彼ら二人が羨ましかった。だって彼女にはきょうだいがいて。その子はあの小さな身体で懸命にこの高いビルをのぼろうとしているんだ。誰に命令されたでもないのに。


 「君は三階分僕より時間がなかった。それなのに君を追ってきた奴がいる。なのに君はまだ死のうとしている。死の何がそこまで君を惹き付けるのか少し気になっただけさ」


 恵まれているんじゃないのか?偶像の自分が嫌になったと聞こえたが、まだ彼女にとっての世界に光はあるのではないか。僕はそれを尋ねた。それに返って来たのは……


 「Flügel……意味は知ってる?」

 「鳥の翼。グランドピアノのことだった?」

 「ええ、そうよ。そして私の名前……」


 少女は柵に手をかけながら、暗い都会の夜空を見上げる。そして自嘲気味に笑う。


 「嫌になったのよ。この名前が。だって私は飛べやしない。全然自由じゃない」

 「歌いたかったんじゃないのか?」

 「歌は好きよ。だけどこんな風になりたかったんじゃない。こんな苦しいものを、歌だなんて私は呼びたくない」


 幾つもの国を、人の命を預けられた。小さな身体が震える。彼女たちが音楽戦争に負ければどうなるかなんて、僕には解らない。


 「あのね、私にはそっち側が鳥籠に見えるの。この柵の向こうに憧れた。ここが本当の空……」

 「君は凄いな」

 「……何よ、突然」

 「今、何歳だっけ?」

 「年下のガキって馬鹿にする気?」

 「違うよ」


 別に馬鹿にしている訳じゃない。僕は本当に感心していたんだよ。


 「君は僕より若いのに、僕より早くこの世界を見限った。自殺するなんて勇気を僕より早く持つことが出来た。それは凄いことだ。誇って良い」

 「な、何……それ」

 「僕は怖い。死にたいけど本当に怖い。痛いのは嫌だ。だって痛いのは苦しいだろ。だからこうやって今まで生きて来てしまった。踏ん切りが付かなくて、今だって見てくれ。手が震えてる。だから君に便乗しようとしているんだ」

 「便乗?」

 「うん。だから君が死ぬなら僕も死ぬ。旅は道連れ世は情け。ここで会ったも何かの縁だ。どうせ死ぬなら一緒に死のう!その方が怖くないかもしれない!」

 「あんた……本当、馬鹿みたい。良くも知らない私のために。ファンでもない癖に、一緒に死んでくれるって言うの?」

 「今なら土下座しても良い。君が死ぬ気なら是非ともご一緒させてくれ」

 「……嫌よ」

 「そこを何卒っ!」

 「私みたいな超有名人と一緒に死ぬ男がそんな草臥れた学生服なんて嫌!もう少し見られる格好にしてよ!変な噂立てられたら残されたあの子がどんな目に遭うかわかったもんじゃない!」

 「そっか。じゃあ、はい」

 「え?」

 「着替えてくるから。どんな服が良いのか一緒に選んで。じゃなきゃ一緒に死ねないだろ?」

 「………ふん」


 今日の所は止めておこうよ。そう言って伸ばした手。柵の向こう側から少女が掴んでくれた。


 「姉さんっ!」


 屋上のドアが開かれる。駆け込んでくる少年の姿。それが倒れ込むように揺らぐ?


(あ、逆だ)


 僕らが倒れ込むように、落下している。柵が壊れたんだ。余所見をした瞬間に。それで僕と彼女ごと、真っ逆さまに落ちていく。


(馬鹿ぁああああああああああ!あんた男でしょ!踏ん張りなさいよぉおおおおお!!)

(声出すな。舌噛むぞ)

(何でそんなに冷静なのよあんたわああああ!!)

(そんなこと言われても)


 とりあえず彼女を抱いて庇いつつ、目でそんなことを会話する。やっぱりあそこで体勢崩さなかったとしても万年昼寝部の僕に、女の子一人抱えられる体力はなかっただろう。

 僕は片手でポケットからティッシュを取り出し両耳にそれを詰める。彼女にもそれをした後、耳元で聞こえるように言葉を紡ぐ。


 「君、俺が腕に力を込めたら耳を塞ぐんだ。いいね」

 「え?……」

 「いや、もう塞いでおいて」

 「……」


 小さく彼女が頷く。それを見て僕は微笑む。

 この子にはちゃんと家族がいる。見た感じ良い子そうだ。ならこの子はまだ死んじゃいけない。ああ、そうそう。そうでなくとも痛いのは嫌だ。よく考えたら彼女と僕の体重分、落下の際の衝撃は増す。つまりその分痛い。それは嫌だ。

 よく分からないでいる少女に指示をして、僕は衝撃に備え大きく息を吸う。落下の際に衝撃があるならそれを和らげる位の声が出せれば、僕らは死なずに済むかもしれない。

 真っ直ぐ見据えた先。次第に大きくなっていく標的。出来ないとは思わなかった。不思議なことだけど、何も怖くなかった。それは当たり前のように出来てしまうと信じられた。


 「                                   」


 耳を塞がなかった地上の人々は、すっかり気絶している。


 「よいしょっと」


 とりあえずポケットから携帯を取り出し、辺りにウイルスを蔓延。片っ端から撮影機材のデータを壊す。最近のビデオは無意味にネット環境が整っているからいけない。撮影データを機材ではなくそのままPCに飛ばそうってことらしいけど、そのPCの方までおじゃんにさせておいたから問題はない。


 「データはこれで全部壊した。これで今日の一件は無かったことになる。良かったね」

 「あ、あんたなんなの!?」

 「肺活量には自信があるんだ」

 「そ、そういうレベルの話なの!?これっ!」

 「いや、ハッカーになったらやば目の取引とかに加われて安楽死の薬分けて貰えるかと思った時期があって」

 「あんたねぇ……」


 呆れたように溜息を吐く歌姫。


 「それにしても良くあんな高さから無事で……」

 「無事でもないよ。俺の片足着地のあれで完全に駄目だわこれ」


 彼女が空を見上げる。釣られて僕も上を見る。何かが見えた。それは落ちてくる柵と銀髪の少年。


 「うわぁあああああああああああああああああああああああああ」

 「ってシュリーっ!?なんであんたまで落ちてるの!?」

 「姉さん助けてぇええええええええええええええええ!!」

 「おーい、君!耳塞いどいてー」

 「え!?あ!?はいっ!?」


 よくわからないまま姉同様耳を塞ぐ彼女の片割れ。


 「この距離ならこの位かっ!         っ!」


 息を吸ってまた声をぶつける。人に気付かれたら騒ぎになるので人には聞こえない高さの超音波。落下の衝撃が揺らいだ所で落ちてきたその子を抱き留める。


 「怪我はない?」

 「は、はいっ……」


 照れたように挙動不審に陥りながらまだ怯えがあるのか、なかなか僕から離れようとしないその様は……凄く、ぐっと来る。この子のためなら惰眠を削ってでもライブに付き合っても良かったかも知れない。


 「……こっちの子は間近で見ると普通に可愛い」

 「聞こえてるんだけどっ!」


 笑わないと可愛いと思えない方に後頭部を叩かれた。なるほど、やはり可愛くない。


 「ま、いいや。それじゃあ達者で」

 「ちょ、あんたその怪我のまま何処行くのよ?」


 片足でケンケンしながら距離を置いた俺を見て、少女は変な声を出す。言われてみれば僕は何処へ帰ればよいのだろう?僕は少しばかり考え込んだ。すぐに答えは見えた。


 「段ボール」

 「え?」

 「ホームレスになろうと思うんだ」

 「はい?」


 きょうだい揃って変な声を出している。目を瞬く様は片方だけ可愛い。金髪の方は僕を馬鹿にしているような顔に見えたのであまり可愛くはない。なるほど、今の言い方では誤解を生んでしまったか。


 「ええとそういう住所はないよ?ただ……家出して来たし、まず段ボールを拾ってきて。公園に行こうかな。そこでどうやったら野犬と一緒に保健所に連れて行って貰えて安楽死させて貰えるかを考えようと思う」

 「真顔で止めてっ!そんな格好のままいなくなられても困るのっ!お金ならあるわ。せめて病院に行くくらいの世話はさせなさい!」

 「お兄さん、貴方は僕らの命の恩人です。僕らに何か出来ることがあるなら何でも仰って下さい」

 「それじゃあ……段ボール探しを手伝ってくれないか?それとガムテープ」

 「だから有名人の私らに下らないことさせるなっ!もうちょいマシな寝床提供してやるっ!あんたの周辺落ち着くまで匿ってやるわよこんちくしょうっ!」

 「いや、見ず知らずの他人にそんなことまでさせられない。俺は段ボールを捜しに行く」

 「止めなさいよ本当っ!お願いだからっ!」


 少女に抱き付かれて、その重みに足が軋む。痛い。それを抗議する前に、彼女が僕にだけ聞こえる大きさで呟いた。


(嘘吐き。一緒に死んでくれるって言った癖に)

(あ)


 そうだ。そう言えばそうだった。僕の行方が解らなくなれば、彼女がまた死にたくなった時に困るのだろう。確かに約束はした。した以上それに従わなければならないか。


(参ったな……)


 僕には一つ、厄介な癖がある。それは約束だ。

 どういう体質か解らないが、僕は一度約束したことだけは絶対に破れない。自分の意思に反してでもそれに従わなければならなくなる。だからこそ、僕はノーと言える現代人。嫌なことは嫌だと言い、常に眠いと言って逃げる。

 飛び降りの痛みで目が覚めて、久しぶりにうっかりちゃんと会話をしてしまったのが間違いだった。ちゃんと携帯で打ち込んで、それが約束になっていないかどうかを確かめる必要があったのに。


 「解った。降参だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 「……本当?」

 「約束は絶対だ。約束した以上、僕は君に従う」

 「……そういえば、あんた名前は?」

 「……ウェルメイド」

 「well-made?」

 「だから僕には中身がない。つまらない人間さ」

 「あんたどう見てもその黒髪黒目……カタカナ名名乗るような人間に見えないんだけど!絶対あんたこの国の人間でしょ!佐藤とか高橋とか鈴木とかその辺の名前でしょ!」

 「姉さん!この人と全国全世界の佐藤さんと高橋さんと鈴木さんに失礼だよそんな言い方したら」


 ああ、メジャーな苗字しか知らないのか。いや、外国の人間の苗字に熟知してる方がおかしいか。


 「誤解しないで欲しい。ウェルメイドっていうのは外国風に言っただけでこっち風に言うと冥土飢得。冥土が苗字で飢得が名前だ」

 「めいどうえる?めいどうえとくってそんな物騒な名前付ける親がいるもんですかっ!」

 「残念ながらこの腐った世の中、いるんだよ。なんちゃらネームってやつ。死にたくもなるだろ?」

 「さもその通りですって同意求めるような顔しないでよ!何なのそれっ!もうっ!……本名話す気がないってわけね。いいわ。よぉくわかった!このメイド野郎っ!女中野郎!もしくはアンフェール!ヘル公!あんたなんかそれで十分よ!」

 「ウェルさん?って言うんですか?助けて下さってありがとうございます。お礼はまた改めて……とりあえず車を用意しました。乗って下さい。歩けますか?僕に掴まって……」

 「(こんなのに騙されるなんて)君、可愛いな」

 「え?」

 「だからなんでシュリーばっか口説くのよあんたはっ!腹立つっ!私の方が可愛いじゃない!」

 「いや、同じ顔だろ」

 「そこを真顔で言うなっ!!」


 *


 「あははははははははははっ!ぶはははははっ!なにあれ!おっかしぃいいい!!あの地獄の第二公ともあろうお方があひゃひゃひゃひゃっ!」


 お嬢様が笑い転げていらっしゃる。


 「あのーお嬢様、お気を確かに」


 駄目だこの人。駄目だこの悪魔。駄目だこの魔王。ツボに嵌っていらっしゃる。

 何というかあれですか?自分を昔苛めていた同級生に同窓会で再会したら、思いの外落ちぶれていたとか、そんなあれですかこれは。


 「で、お嬢様。今回のジャンルはどうするおつもりで?」

 「無論恋愛小説よ」

 「ぶはっ!」

 「何がおかしいの!?」

 「いえ、失礼しました。ぶっ……いやこれどう見てもどう考えても違うでしょうよ」

 「そうは言うけどこれ近未来で社会風刺でファンタジーで物騒な話の香りがプンプンするわ。ジャンルって言ったってどうするのよ。基本あの男戦ったりしないわよ?面倒くさがりだし」

 「それを言ったら恋愛物の要素だってないのでは?彼、恋愛ごとに現を抜かすような男には見えませんよ?」

 「でも物語の悪魔たる私がそう決めたのよ。何か文句ある?あの男はそんな可愛らしくも愚かな悪徳で身を滅ぼし世界を滅ぼすの。こんな所に閉じ込められた私からの親愛なる嫌がらせにしては可愛らしいものじゃない」

 「そうは言いますけどね」


 あんな無気力な男に恋愛なんか出来る物でしょうか?俺には想像できません。


 「あら?あんたの飼い主様はそういう展開大歓迎じゃなかった?私としては炊事の上手な使い魔を派遣して貰ってるお礼に第二領地くらい、くれてやっても構わないのよ?返事は?」

 「“御主も悪よのぅ……実はここだけの話、愛してるよ子猫ちゃん”だそうです」

 「あら?奴のことならその後に“どうせなら一発お兄さんと遊ばない?男体化してショタになってくれればもっと良し”とか言ってなかった?」

 「言ってましたけどカットしました。大体お嬢様は今弱体化しています。完結していない本の中には入れません。そして一つの世界で一人としか契約できなくなっています」

 「わかっているわよ。だから誰と契約するか、厳選してる最中なのよ。それはともかくどっちが男か解らない双子との三角関係って良くない?青年とロリ。青年とショタ。どっちも美味しい組み合わせじゃない!しかもあいつら毎日性別入れ替わりで女装男装してるのよ!?役者ねまったく、愛してるっ!」


 愛しててもきっちり死なせる前提の話をしているからやっぱりこの人もきっちり悪魔なんだなぁ。いっそ惚れ惚れするほどに。


 「お嬢様が教会陣営選んだ理由がよく分かりました。唯の趣味ですね。宗教音楽って我々悪魔にとっては騒音みたいなものなのに」

 「真のドSは時にMも兼ねるのよ使い魔。より相手を虐げるための道筋ならば、私は多少の苦痛も厭わないっ!」

 「あ、そうですか」

 「見てなさい!私の趣味をかつてどうでもいいと言い捨てたっ、貴方をロリショタ萌えに目覚めさせてやるわ第二公っ!」


 お嬢様の高笑い。楽しそうで何よりです。


(しかし……)


 覗き込んだ本の中。相変わらず無気力そうな目をした青年。


 「哀れなものですね、貴方も」


 頭の中で響いた。主の言葉を。なぞるように俺もまた繰り返す。

 何度死に、何度繰り返せば……彼の魂は夢を見なくなるのでしょうか?


(何処の時代に生まれたって……)


 多分あの人の空虚を満たせる相手など、何処にもいやしないのだ。人の世は常に愚かで、常に無常だ。人は悪魔を救わない。悪魔が人を救っても、人は悪魔を救わない。それを知らない貴方でもないでしょうに。


 「使い魔っ!夕飯の仕度をなさい!あの男の転落劇をにたにた笑って観察しようじゃないの!」

 「お嬢様。彼もう既にどん底じゃないですか?」


 “こんなに広い部屋、僕が使っていいの?ありがとう…それじゃあ段ボールを拾って来”

 “だから普通に住めっ!”


 本の中で黒髪の青年が、金髪少女に叩かれていた。

 それを見たお嬢様が椅子から転げ落ちるほど大笑い。咳き込むその背中をさすり、俺はこっそり息を吐いた。

 この本完結したらイストリア様、他の領主様方誘ってホームパーティでも開きそう。一時休戦って形で。それでこの段ボール劇場を繰り返すんだろう。可哀想なくらいに。

『時間泥棒』も『海神の歌姫』も歌がテーマ。

でも、何か違うな。今の世の中見てて純粋に歌についてを小説に出来ない。

そんな憤りをぶつけた作品です。


歌は政治の道具じゃないし、歌歌いは神様でもないし、音楽は宗教なんかじゃないはずだ。

歌を歌として好き。歌手を歌手として好き。それ以上の感情がない。

その人がどんな人でもどうでも良いし、私生活に興味がないし、CDの音楽で満足して実際会いたいとも思わない。


でもそれを話すとそれっておかしい。まるで異端審問。唯好きなだけじゃ駄目なんですか?それって音楽としておかしくないかい?

同じ人間を崇める気が起きないのがファン失格。そういうのはどうかと思うな。


無神論者の多い国って言いますが、あっちこっちでいろんな人が神神言われてるのをみると、なんだか微妙な気分になるんです。


ならそういう気持ちを利用されたら、音楽戦争っていう侵略もはじまるんじゃないか?本人達は血を流さない。だけどファン同士が血を流す。そんな戦争が始まらないことをここに願って。

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