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18:激情のムーブメント

 始まりは、小さな牢の中からだった。俺があの中に押し込められた理由は何か。あの男と比べたら、それこそ粋ではない小さな事だ。クロウという男は、その壮大な脱獄計画に俺を無理矢理付き合わせた。同じ牢に押し込められたというだけで。


「……化け物」

「おいおい、相棒に何て言い草だよロック。粋じゃねぇな、いやむしろそれが粋なのか」


 牢獄の中で始めた音楽活動。物珍しさからメディアが食い付き、発信すれば人が食い付く。

 クロウは音楽以外何もしない。歌い奏でる以外は何も。壁や床を削り穴を掘ることもない。模範囚なんてガラでもないのに、真面目な囚人。粋じゃない。しかし奴は歌い奏でる。元々どこかの州ではそれなりに名の知れたミュージシャンだったとは言う。名前だけなら俺も耳にしたことはある。あるにはあるが……実際奴の歌を聞いたのは、この鼠色の牢に押し込められてから。クロウは、化け物だ。俺とは違う、生き物だった。

 それまで奴を快く思っていなかった囚人も看守も、奴の歌を聞く度に態度を変えていく。奴の歌には嘘がない。正直過ぎる魂の叫びだ。誰しも自分を、自分以外の誰かを完全に理解することなど出来ない。それでも奴は、自分の全てを曝け出し歌う。奴の歌を聞いた人間は誰でも思う。俺はあいつのことを知っているぞと。こんなにもお前のことを知っているんだ、お前になら俺の全てを打ち明けられる。きっとお前なら解ってくれる、……そんな風に思うんだ。例に漏れず、俺もそう。お前の歌を聞いていると、お前のことが好きになる。俺はお前に名前以外何一つ、教えていない。それでも俺はお前を知っている。だってお前が歌うんだ。クソ下らない話から、お前が大事にしている物のことまで。

 お前が牢に入れられた理由が分かる。こんな奴、無実の罪でも構わない。でっち上げて閉じ込めなければ恐ろしい。クロウに勝てる歌姫なんかいない。絶世の美少女でもナイスバディの美女でもない、ただの男が歌う歌。不思議とそんな者に惹かれてしまう。人種、性別、年齢も各種様々多様な人がお前のファンになっていく。嘘吐きばかりの音楽戦争、その中で……お前ほど光り輝く奴はいない。

 囚人バンドは連日メディアを騒がせる。奴がちょっと映るだけで視聴率も購買数も桁違い! 膨れあがった音楽信者が麻薬のように奴を求める。その数が次第に増えていき、外から牢を破りに来る。それが一般人ならどうにもならない。しかし地元の名士や権力者……その縁者が奴に魅せられたらどうだ? いつの間にか牢の鍵なんてなくなっていた。


「行こうぜロック」

「……お前だけ行け」


 俺は何もしていない。お前の隣に居ただけだ。凄いのはお前だ。お前だけ。人々から求められているのもそう。牢から出たがらない俺に、奴は何時までも手を差し伸べ続ける。


「つれねぇこと言うなよ相棒。俺とお前でクロックメイカーだろ、お前が欠けたらバンド名がいきなりダサくなる」

「安心しろ、元々ダサい」

「そのダサさが逆にロックじゃね?」

「お前の頭が石頭ロックなのは解った」

「よし、じゃ諦めて行こうぜ」

「……俺じゃなくても良かったはずだ。何で俺なんだ」

「お前が歌いたそうな顔してたからさ」

「してない」

「してる」

「してない!」

「してたぜ! お前は歌いたがってた。歌うことを知らない魚みてぇな顔でいた。お前の周りに水なんてないのに勝手に溺れた顔でいた。だからお前の歌を俺が聞いてみたかったんだ」


 昔の自分のようだった。奴はあの時そう言った。歌は呼吸だ。生きて居ることの証明だ。他者にそれを伝えるための声が歌だと。


「……聞いて解っただろう。俺は歌なんて」

「俺は好きだぜ、お前の歌! それに俺だけじゃない。よく聞けロック。外から聞こえてくる声は、何も俺だけ呼んではいないだろ? いるんだよ、外にはもうお前のファンが!」


 聞こえる。聞こえてくる。俺を呼ぶ声……それは確かに。けれどそこに、俺が求めた声はない。ここから出れば、否応なしに真実を知る。知ってしまうのが怖い。お前と出会った日の俺は、一刻も早くここから逃げたいと思っていたのに。今は違うことを考えている。


「大なり小なり、何だかんだでここに居たのは悪人だった。お前以外は。お前冤罪でここに来たんだってな。上手くやれば脱獄なんかしなくても出られたのにさ、あんなに急いでた理由があったんだろ」

「……誰に聞いた」

「目を見れば解る。お前、時々さ。牢にぶち込まれた時の俺みたいな目してたぜ。……ロック、それは俺のやり方で間に合ったのか?」

「多分……もう、駄目だ。時計屋だって死んだ時計は直せない」

「ロック……」

「でも、お前と俺の音楽を……聞いてくれた。俺達はとんでもなく五月蠅かった。聞こえたはずだ」


 感謝はしてる。もう二度と会えない人に、一方的でも会えたかも知れない。こんな時代に、神話みたいだ。音楽なんかで人を救う奴が本当に居るなんて。そんな男の傍に俺がいていいのか解らない。俺なんか、何の才能もないのに。


「会う前に諦めるな。尚更ここから出なきゃ駄目だろ。やる前から諦めるのは粋じゃねぇ! お前それでもロックか!? 俺にその名前くれよ!! 今日から俺がロックだ!! そんでそのかっけー名前でその人に会いに行ってやるさ!!」

「やめろまだ生きて居てもショック死しちまう!!」


 走り出すあいつを追いかけ、慌てて俺も牢を飛び出した。光の中へ……。


 *


 ああ、そうさ。あいつは光だ、俺の。光だったさ。けれど凡人の俺には生ける神話の考えは時に理解できない物である。


(こんな姿……お袋に見られたら、俺飛び降りるんじゃね?)


 ロックの顔色は悪い。今はサングラスも無い。苦悶の表情は衆人環視に晒される。重傷を負った歌姫の苦悶の表情と、捉える物もいるだろう。早く終わってくれ。もう一度牢にぶち込まれるのだとしても、この姿を見た人間全てを始末したい。

 担架で車に運び込まれても、まだ落ち着かない。その理由に気付いて余計に落ち着かなくなる。それはこの格好だからではなくて、……あいつが隣に居ないから。

 初めて相棒と呼ばれたその日から、ずっと共に戦ってきた。初めてなんだ、こんなのは。こんなの全然粋じゃない。


(クロウ、何を考えている)


 俺を逃がす気か? 俺の心残りを知っていて? それとも何だ。俺という荷物があるままでは戦えないほど、やばい山ってことなのか? 


「動くな」

「……!?」


 担ぎ込まれた搬送車。待ち構えた白服が俺へと銃を突き付ける。窓はマジックミラー、外にはこの状況が映らない。


「あのお方の命令です、ロック様。国へお帰り下さい」

「お、お前……!?」

「それが何より、貴方の大事な彼のためにもなる。貴方は盤上の駒ではなく、それを動かすプレイヤー! さぁ、飛ばして飛ばして! こんな馬鹿騒ぎはさっさとおさらばしてしまいましょう? 貴方を逃がした功績を讃え、彼にはお父上からお礼があるそうですよ。墓前で毎年式典くらいやってくれますよ、良かったですね」


 なんて物騒な話をするんだ。此方の顔が青ざめるのを見ても、お喋りな男は黙らない。


「待てベゼル! 俺は家には帰らない!」

「またまたそんなこと言ってー! 照れて可愛い年でもありませんよ? あ、可愛らしい格好ですねロック様。データを御母君にもご覧頂きましょう!」

「やめろ!! 帰るっ! 俺はクロウの所へ帰るっ!!」

「ええ、帰りましょうね! 我が国に! 真っ白な美しい貴方の僕らの家に!」


 金髪碧眼、笑顔だけなら白衣の天使。顔も少し俺に似ていて並べば兄弟のようには見える。しかしこいつは言葉が通じない。細身の少年の身体の何処にそんな力があるのやら。答えは簡単、昔から……俺はこいつに敵わない。楽器を振り回すようになった俺でも力比べでは勝てない相手。こいつもまた、化け物なのだ。

 親父め、俺が帰らないと思ってこいつを送り込んでくるとは! そんなに危ない状況なら、俺だけ逃げ出すわけには行かない! 俺があいつの相棒なんだ! あいつがそう呼んでくれたんだから! 他の誰でもないこの俺を! 俺が誰かも知らないで、俺の、気持ちも知らないで……!


「車を放送局まで戻せ、今すぐに!」


 銃は俺も隠し持っている。それを突き付けるは昔なじみでも運転手でもなく、俺に。こいつらには何よりの人質だと、俺はそれを知っているんだ。


「親父の後釜を失いたくなければそうしろ! クロウが死んで俺だけ生き延びたなら、俺は自殺してやる! 俺を死なせたくなければ、俺もクロウも死なせるな!」

「それは無理ですね。だって……もう追っ手が来ていますから。これからカーチェイスとなりますよ。しっかり掴まっていて下さいね」

「うわああああっ!」


 乱暴な運転に舌を噛んでしまいそう。慌てて座席にしがみつき、俺は必死に考える。


(……仕方ない)


 面倒事にはなるが、これしかない。


「追っ手を始末して放送局へ戻れ、ベゼル! 俺はあそこに愛する人を置いて来た」

「えー嘘くさいです。本当なら尚更戻れません。困るんですよそういう噂が広まるの」

「あいつじゃなくて! く、クーデターの首謀者。撫子!! あの子はとても可愛い。俺の好みだ! 親父もきっと気に入る! 俺とあの子が結びつけば、音楽戦争の盤面も大幅に変わるはずだ」

「……“藤原、撫子”」


 俺の発した言葉に、ベゼルが反応。途端に満面の笑みを浮かべ出す。


「……ご立派です、ロック様! そこまで祖国のことをお考えとは! このベゼル、感激致しました!」

「ぎゃああああああ!」


 入り組んだ道に差し掛かり、数秒停止。ベゼルは俺を抱えて車外へ飛び出した。車は自動運転のまま尚も進む。頭上を追っ手の車が去って行くのを俺は見る。


「げほっ、ごほっ! 何も下に降りる必要はないんじゃね!?」

「嫌だなーそれじゃあ逃げたところが見えるじゃないですか」


 少年は笑いながら腕時計を上へと翳す。頭上に映像を映し出し、蓋が破壊されたことを追っ手には気付かせない。車の床の脱出口からマンホールを破壊して俺達はそこへ落下したのだ。こいつもまた、戦争兵器の一つであるのは間違いない。国のためになる限り、こいつは俺を裏切らない。そういう意味では信頼は出来るか。ベゼルは嘘は吐かない、クロウとは全く異なる存在だけれども。


(親父がこいつを持ち込ませたって事は……本格的に、いよいよだ)


 どうせこんなことになるのなら、どうしてもう少し早く来てくれなかったのか。局前で暴れていた頃にこいつが来ていれば、全てがひっくり返っていたのに。


「さてロック様」

「な、なんだこれ? 拘束具じゃね? 」

「嫌だなぁ、ただの腕時計ですよ腕時計。ただし外すには腕を切断するか僕から解除パスを聞き出さないと外せない超硬化軽量金属仕様の限定時計ですけどね」


 何その無駄な技術。この軽さで無駄な防御力! 


「ま、まさか……」

「もう逃がしませんよ、ロック様。体内に究極小型集積回路ゼプトチップを入れさせてくれないんですからなかなか連絡が付かなくてお父上も僕も困っていたんです」

「最悪、じゃね……?」


 この時計は発信器付き。例え今回の件が終わっても、常に居場所が割れてしまう。何とか破壊しなければ。他の陣営の技術力を頼ってでも!


「さて、折角名前を広める良い機会です。丁度良いピンチもあるようですから歌って踊れる世界的新ヒーロー・ベゼル君の初陣ですよロック様! ちゃんとロック様の分の衣装もありますからね! 」

「俺の心を救わない奴をヒーローなんて言いたくないんじゃね!?」

「わかってます、データ参照。検索完了。この国の文化、数世紀前に生まれた概念ツンデレ装甲というものですね! 古の知識に明るいとは流石ロック様!」


 逃げたい、早く帰りたい。こいつのいない世界まで。クロウの所に帰りたいが、こいつとクロウを会わせてはいけない。ベゼルは危険だ。俺への悪影響だと即刻クロウを殺しかねない。どうしたものか、考える内にもこいつは俺を担いで下水道を走り続ける。俺が答えを見つける前に、おそらく放送局まで辿り着いてしまうだろう。


 *


 私は何をしているんだろう。クラヴィーアはそう思う。


「ウェルさん、そんなに泣かないで」


 私は歌姫なのに。一瞬でもそれを投げだそうとした。死んであげたいと思った。あの人のために。そんなにも私を思ってくれたリードのために、全部を捨てても良いと思った。

 たぶん、フォルテもそうだったのだ。死のうとした私達を、ウェルさんは死なせてくれなかった。この人と過ごした時間なんて、リードには及ばない。それなのに、私は彼の腕を振り払えない。今自分の中に溢れる心の、その名前が分からない。哀れみや優しさのような、それでも大切に思うような。


「あいつを、追いかけるのか……?」

「……そうしたいけど、できません」

「僕が、こうしているから?」

「私が、歌姫だからです」


 この人は、私を殺すつもりなのかな。長い永い時間をかけて、私が死んでしまうまで……その手を離してくれないような気がした。例え振り払ってもまた何度でも、こんな風に。


「大和さん、取り乱しました。すみません。上からは何か連絡は?」

「あいつ野放しで大丈夫なのか? また襲ってくるとかは」

「RAnkabutの手の者は、リード一人ではありません。彼はそれを討ちに行ったのだと思います」

「信じられるのか? あんたを撃った相手だぞ? 口から出任せで味方の所に逃げただけとか、……!?」


 眩しい。目眩まし? 私も一瞬身構える。だけど違う……誰も此方を襲わない。明るさだけがこの場に戻った。すぐに大和さんの通信機に連絡が来る。


「電気が戻った!? このフロアだけか? いつまで保つかわからないがチャンスだ、うちの連中に発電所をハッキングさせる!」

「ウェルさんも、お願いします」


 途端に騒がしくなるフロア。いつまでも私達は立ち止まってはいられない。私は彼にも仕事を与える。生きている以上、やらなきゃいけないことは幾らでもある。私も彼も。役割、役目……そんな理由が。私は歌姫……彼は。


「分かった」


 頷く彼は短く言い切り、涙を拭って切り替える。成り行きだった、私の護衛という仕事。それを再び彼自身がその手に取った瞬間だった。


 *


 英雄と讃えられた男の、迫真の舞台。勿体ない。最高のライブだった。直接それを見ていたのは……敵とフォルテだけだった。


(私だって、身体にガンガン響いてぶっ倒れるかと思った)


 機材の音量を上げるため、スタジオ隣の音響室にいた。両耳に耳栓してたが……それでもおかしくなるかと思った。直接その音を受けた二人は無事では済まない。


「クロウっ!」

「おう……生きてるぜ。何とかな」


 自力で身体を起こした男にフォルテは肩を貸す。もはやBarockに信頼できる相手はいないことを思い出し、今更後悔が押し寄せる。


「すぐに、医者を呼……べない。悪い……」

「お前ん所の、大事なもの。俺に貸してくれたんだ。やらなきゃ男じゃねぇよ」


 歌う者にとって耳は、身体は大事な資本だ。殺さずに歌姫を殺すには、喉か耳を破壊すれば良い。その備えとして開発されたBarock製の耳栓を、別陣営に貸すなんて陣営への裏切りも良いところだ。音楽技術や情報が、余所に流れてしまうこと。それこそが陣営の弱体化を招くのだから。だからさっさと取り戻そうとした耳栓……見れば既に、彼の片耳にそれがない。


(クロウ、まさか……!?)


 瞬時に、私の顔は青ざめる。血の気が引いた唇で、私は必死に彼へと語りかけるけど……反応が、どうにも……遅すぎやしないか? 


「お前、ちゃんと両耳やったよな? もう外したのか!? だ、駄目だから! 両方返してくれないと……うちの耳栓の品質は保証するけど、……直撃じゃやっぱり無傷とは行かないよな。絶対……後から医者連れて行くからな! 闇医者とかなら、何とか組織以外の伝手もあるから……俺も」

「う。ふ、ふふふふ……は、はははははは!! 本当に、良いエサですね英雄殿は。こんな獲物を私の前に、連れてきて下さるとは!」

「……嘘」


 返事をくれたのは、クロウじゃなかった。耳栓もない、ショック死してもおかしくないレベルの音を聞かせられたのに……黒衣の男は生きていた。クロウと違って、一人で起き上がり……小さく零したフォルテの言葉もしっかりその耳は拾った。クロウは聞こえていないのか、驚く此方の顔を見るばかりだというのに。


「生きて、……いたのか?」

「それは今? それともあの時ですかご主人様(マイロード)


 リードによく似た顔で、笑う男は……リードじゃない。俺のリードはこんな風には笑わない! 


「シュリーを傷付けたのは、お前か“バレル”!」

「いいえ私は、拘束具バレッタ!」


 名乗りを上げた昔なじみが手を振るう。腕が伸びた!? そんな馬鹿なと目を見開く私の腕をしっかりと……掴んだ腕は余りに冷たい。彼女の腕はもはや生身の人間ではなくなっていた。


「美しい髪を……貴方という神を捕えるしがないバレッタです」


 何があった。どうしてお前が生きている! 俺のためにシュリーを殺そうとするリード、シュリーを守らずシュリーを殺そうとするバレル。同じ顔で、同じ事……だけど全然二人は違う! お前だけはあの子を裏切ってはいけないのに、何度主を騙す気なんだ!? 許せない。


「それは貴方様ですよ、フォルテ様。あの方が貴方にそうしたように、シュリー様を傷付けるのはいつも貴方です」

「黙れ。お前はもう死んだんだ。これ以上余計なことを語るなら、“俺”がお前を始末する」

「躊躇わずに、昔なじみに銃口を向けるのですねフォルテ様」

「気安く呼ぶな、裏切り者が」

「流石はお強いフォルテ様。シュリー様は、躊躇ってあんな大怪我をしたのにね」

「黙れと言ったはずだ! お前がシュリーを、二度とその名で呼ぶことを許さない!」

「お優しいですこと! 殺す気なら、頭を狙わないと」


 防弾装備を着込んでいたか。胴体の急所を撃ったくらいでは、奴の余裕は全く消えない。忠告に従う前に……あいつが私の頭に狙いを定める。


「そうだな」


 同意したのは聞き慣れた人の声。それは遅れて。先に聞こえた発砲音は、嘘の女を再び地に伏せた。身体の一部が機械でも、頭を撃てば無事では済まない。冷酷で確実な一撃だ。バレルが事切れたためか腕の拘束も緩み、フォルテは解放される。

 見事なヘッドショット。俺の部下は信頼できる腕を持つ。嗚呼、誰より信頼していたさ。撃った男は倒れた女と同じ顔。憎しみを込めて、彼を見たのは何年ぶりか。


「……シュリーを撃ったのはお前か、リード。それとも……こいつか」

「私です、マイロード」


 嘘を、付けばいいのに。付いてくれたら俺はお前を許せる。優しく騙してくれたらいいのに、全部こいつに押しつけて。でもリード、それをしないお前が好きだよ。お前が俺を、私を選んでくれたのは……私と貴方がよく似ていたからなんだよね。


「理由は」

「……貴方のため、あの子のため、私のためでした」

「……本当のことを、言ってくれ。リード」


 本当のことを、言わないで。口からこぼれ落ちる嘘と一緒に銃口を、俺はリードへ向ける。嘘でも良い。嘘だと言って欲しかった。すべて片割れの所為にしてしまえ。そうしたなら、俺はリード……お前を許せる。俺の望む言葉を言ってくれ! 俺の心をお前は知っているんだろう!? 俺の望みを、知っているはずなのに、何故言わない!? 


「フォルテ様。組織は貴方を逃がしません。例え貴方が死んだとしても。クラヴィーア様が貴方となります。貴方がそうであったように」

「リード……」

「貴方の望みとは違う。ですが私は貴方に生きて居て欲しかった」

「……お前」

「金の歌姫。貴方は本当は……あんな暗がりにいるべき人じゃなかった」

「よく解らないが、お前等甘いぞ」


 俺達の会話に割り込むクロウは怠そうに、ギターを取るよう俺に言う。鈍器でバレルを殴っておけという事らしい。


「あれ生身で聞いて俺より元気ってことは、それだけこいつは人間から遠離ってるってことだ」

「あれでまだ生きてるって?」

「似たような奴と、国で何度かやりあった。この手の輩は始末するの大変なんだ。どこまで人か解らねぇ。しかしやばいな、これだけの技術……持ってやがるのか彼方さんも。良く見て見ろ。こいつの頭、完全に機械だぜ? 遠隔操作の自動操縦ってところじゃないのか? 普通こんなの送り込むなら破壊された時用に爆弾の一つや二つ盛り込みそうな物だが。技術流出も防げるし」


 クロウの言葉に俺とリードは絶句する。


「簡単な話だろ。危険な戦場に生身の兵士を送り込むなんて前時代的すぎる。機械同士で殴り合えれば一番だ。それでも生きた人間がやって来るなら、機械に強い奴がいるってことだろ。それを確かめるために両方送り込んで来たみたいだな」

「そんな悠長なこと言ってる場合!? ほら! さっさと逃げるわよ!!」


 私がクロウを引きずり出す、それを見かねたリードが私達を担ぎ上げ……出口へと向かう。


「リード……」

「最後に、貴方から……聞けて良かった。逃げる、と」


 此処にいれば死ぬかもしれない。かつて死のうとした私が、逃げる……死にたくないと口にした。それが嬉しいとリードが言った。


「……最後なんて、言わないで」

「しかし私は」

「ああ、絶対に許さない。シュリーを傷付けたこと、絶対に! だから、償いなさいよ。ずっと、私達の傍で」

「しゃがめっ!」


 クロウの叫びに、リードが身を翻す。頭の吹き飛んだバレルが、腕を上げていた。拘束具の他、腕には銃火器も取り付けられていたらしい。


「お見事、リード。痛かった。ああ、会いたかった! でも痛くもなんともない。私は何も痛くない。だけど貴方はどう?」


 迂闊に撃てば爆発。撃たなければ撃たれる。一発で行動不能に陥らせるよう、破壊箇所を見極めなければ。頭ではなかったのか。


「頭と心臓にスイッチがあるの。衝撃で入るよう設定されている。お察しの通り間も無く私は爆発します。でも安心して。リード、貴方の裏切りはまだ組織に伝えていない」

 「お前の意思でその爆発を、止めることも出来る。そういう取引か……何が、望みだ」

 「簡単なこと。貴方が裏切ると、私が困るの。だから貴方は裏切らなかった。そういう事実が私は欲しい。第一その大荷物でここから逃げ切れません。だからリード、貴方には……そこの英雄さんと相打ちになって? そのくらいの大手柄があったなら、組織も貴方の働きを認めてくれる。そう、フォルテ様の安全は保証される」

 「ふざけるな! そんな話誰が聞くか!」

 「愛しい私のマイロード、これを決めるのは貴方ではありません。リードなのです」


 バレルの持ちかける取引を、フォルテは受け入れられない。クロウが大怪我を負ったのは私の所為なのに、ここで犠牲になんか出来るか! 私の考えを傍で聞き、それでもリードは何も言わない。値踏みするようクロウを眺めた視線の冷たさに、私は彼の名を呼んだ。


 「リード! そいつは俺の恩人だ! 傷一つ、付けたら許さない!」

 「我が儘を言うのは子供の特権。それでも歌姫である貴方は子供ではなく人形ですよフォルテ様?」

 「……降ろせ。詳しい事情は知らないが、お前は全然粋じゃねぇ! どこに居るか知らないが、生身のお前を一発ぶん殴るまで気が済まない。アンコールと行こうぜ!」

 「クロウ!」

 「荷物減ったら間に合うだろ。早く行け」

 

 リードの腕から離れ、クロウは再びギターを手に取った。逃げる際に重いからとリードに放り捨てられたそれを。まともに動かない血塗れの腕で大事そうに抱き寄せる。丸腰で戦場に立つのは粋じゃねぇと言わんばかりの表情で。


 「俺の相打ち相手はそっちのにーさんじゃねぇ。付き合って貰うぜ、モニター越しのねーさんよ!」

久々のカタストロフ。書きかけで放置していましたが、イベント終わってやっと着手できました。やっぱり私自身、絵本に並んで好きな作品です。

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