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17:騒音のグローリア

 暗く静まりかえったモニターの中、たった一つに灯りが付いたのは、カチューシャがここから飛び降りてすぐのこと。


『つーわけで、新曲披露と行くぜ! スタジオまで来たら人間国宝の俺様の歌がライブが無料で聴けるぜ野郎共! 死ぬ前に、一回聞いとかなきゃ損! あ、危ないから一般人は来るなよな! 』


 こいつは何を言っているのだろう。イリヤは呆れてながらに思う。モニターから聞こえてくる音楽は酷く耳障りで、個人的な好みでない。こんなの聞いていたら耳がおかしくなる。


 「これは……」

 「音楽番組用のスタジオです。機材なら良いものが揃っています」


 若すぎる首謀者の言葉にイリヤは画面を食い入るように眺めるも、心境は穏やかではない。


(あの男、一体何を……)


 この時間差。ならば先程の放送はリアルタイムではない。此方が翻弄されてどうする? カチューシャを下へ向かわせたのは間違いだっただろうか。いや、それなら少なくとも二人は無事だ。間違ってはいないはず。


 「撫子、貴女の言い分は分かりますが、逃げないならばここにいる意味はない。場所を移しましょう」


 生かして捕えるつもりが彼方にないのなら、上が安全とは限らないのだ。


 「それと、一つ確認しておきたいのですが。いざという時……介錯は必要ですか? 」

 「ありがとうございます。でも、大丈夫です、自分で出来ます」


 もしそんな瞬間を押さえられたら、其方にとっても不都合でしょうと少女は笑う。その笑顔は愛らしくもあり、しかし危機感もない。ああ、この子は平和な場所で生きてきたのだなと、感慨深いものがある。覚悟は決まっているのだろうが、彼女の考え得る最悪は、最悪などではなくて……遠く離れた何処かでは、日常とも呼べるものかもしれないのに。


(違うよ。僕が言いたいのは……)


 憐憫だろうか、微かに胸を刺したのは。言うべきだろうか、イリヤは悩む。


 「撫子……その、僕は貴女がこの国の判断基準において、僕の目から見てもかなり可愛らしい部類に入ると思います」

 「どうしたんですか? ふふふ、嬉しいですけど恥ずかしいですね。照れたら大和に怒られちゃう」


 僕の言葉と言うよりは、相方のことを考えて彼女は照れる素振りを見せる。


 「今のうちに、顔焼くとか傷とか付けておきませんか? 貴女の顔は、貴女の立場にとって有効な切り札かつ、最悪のカードです。貴女の顔が醜かったなら、歴史と時代は何も変わりませんが、貴女の名誉と命は守られます」


 勝ち戦ならば、彼女は女神になれるだろう。しかしこれは間違いなく負け戦。この国は平和すぎた。彼女が守ろうとしたものさえ、彼女を裏切る理由が揃っている。だから歌姫なんて、なるものではないのだ。


 「……ありがとうございます。私の覚悟が足りなかったようですね」


 僕の言葉に、彼女はもう一度笑う。今度の笑みは先程とは違う。可愛らしいのは同じでも、一分の隙もない武人のような落ち着きだ。


 「でも私も歌姫です。貴方がたのように戦えはしませんが、この顔も身体も武器です。最後の時までそれを損なうことは出来ません」

 「なるほど、立派な模範解答だ。貴方は確かに歌姫だろう」

 「!? 」


 不意に会話に加わった声。僕は迷わず其方に銃を向けた! するとそこには見覚えがあるようなないような黒衣の男。


 「見せしめとしてBarockの歌姫を差し出せ。そして藤原撫子、貴方は祖国がRAnkabutに下るよう父上と話を付けろ。そうすれば貴女と貴女の仲間の命は助けよう」


 何処に隠れたか解らない連中を探すより、一番安全な場所にいる相手を狙う。馬鹿の一つ覚えだ。最上階に留まるボスなんて。しかしここが彼女の天守閣。最後の砦だ。暗殺者はいとも容易くそこまでやって来た。カチューシャが、火薬庫のように武器を隠し持った歌姫が消えるのを、待っていたとしか思えない。


(僕は取るに足らないと!? )


 侮られた事実に、イリヤは猛る胸を押さえつける。感情的になっては駄目だ。こんな事は許されない。


 「考えようによっては、我々こそが最大の味方となり得る。目的は違っても、敵は同じだ。我々は同士になれる。三強がひとつ×××に、我らRAnkabut。我らの手腕は見ただろう? 」

 「たった一人で乗り込んできて、随分と大きな発言ですね。ですが僕も三強がТро́йкаの歌姫。彼女は我らの支配下にある。手出しをするというのなら、売られた喧嘩は勿論買います」


 歌姫は駒だ。駒に決定権はない。僕らを動かしたければうちのトップと交渉しろと吐き捨てて、イリヤも男へ銃を向ける。


 「あの映像から貴方の情報は祖国に送り、解析済みだ。×××のファンに身内を殺されたらしいですね。記録が残っていた。そんなお前が音楽戦争を憎む理由は分かる。だが×××と手を組んだ? 馬鹿を言うな。撃つつもりだろう、背中から! 僕らはそこまで分かって従うほど馬鹿ではない! 」

 「……最初は、Тро́йкаと手を組むべきだった」


 男はそう吐き捨て、窓から身を躍らせる。


 「待てっ! 」


 慌ててイリヤが窓を覗くも、姿は見えない。数階下の窓が破られている。あそこへ下っていったのか。


 「撫子、本当にまだここにいるつもりですか!? 」


 撮り逃した怒りをぶつけるわけではないが、動かない少女にイリヤは次第に苛立った。


 「貴女一人守りながら、戦うのは僕には訳ないことです! 」


 逆だ。この子を置いて行ければ、危険を始末できるのに。護衛なんて間怠っこしい任務、どうして僕が。姉さん達は勝手過ぎる。僕を一人安全なところに置いて行ったつもりだろうけど、こんないきなり敵がやって来るような場所より、二人は今危ないってことだろう!? 


 「イリヤさん、逆です。一度襲撃されたのに、何処へも逃げないだなんて思いませんよ。かえって此方の方が安全でしょう。どうしても暇で仕方がないと言うのでしたら先程の件、訂正します」


 少女は自害用に持っていた小刀を、此方へ差し出し語る。


 「貴方が醜いと思えるまで、これで私の顔に傷を付けて下さい」


 撫子を外見で判断してはいけない。彼女はまるで……姉さんのようだと、イリヤは恐れと親しみを同時に覚える。


 「僕の、負けです。分かりました……もうしばらくここで様子を見ましょう」


 嘆息の後、眺めたモニターには……黒服の男。今ここにいたはずのあの男が、もう映像に!? あまりにも早すぎる。破られた窓と、スタジオの階はかなり離れているはずだ。

 隣でモニターを見る撫子も、多少の混乱が見て取れる。肝が据わっていても、一応は年頃の娘。


 「幽霊とかではないですよ」

 「は、はい……」


 いつも誰かにしている癖か、無意識に隣の僕の腕を掴んで……慌てて離し目を逸らす。強いんだか弱いんだか。何なんだろうこの子。

 妙な気まずさのまま、最上階には似つかわしくない音楽が響いていた。


 *


 銃声と銃声。互いに打ち合った。脇腹には鈍痛。背後からの銃を一発食らってしまった。共に死ねるならば悪くないと、最後に彼女に触れたいと……近づきリードは絶句する。


 「……魔女め」


 穴の空いた遺体は、別人だった。言いようのない苦さがリードの胸へと込み上げる。如何に暗闇とは言えかつての主人を見誤るとは、こちらも精神が参っているのか。

 近付いた先にいたのは既に死んでいる男。今の音声は仕掛けられたスピーカー。膝を曲げ、背丈を低く偽装。歌姫の服は男の体格では無理があり、前後で切り分け身体に貼り付けられていた。真っ直ぐに伸ばされた腕には死後硬直を利用して、空の銃が握らせられている。

 私はどこまで彼女を美化して見ていたのか。あんな可愛い姿で、とんだ女狐だ。リードの胸に、再び苦い気持が押し寄せる。


 「確かに無駄にはしてないけどな……心情的にどうなんだ? 」

 「後ほど手厚く葬らせて頂きます。ワヤンさんを使うわけにはいきません。今は申し訳ないですが、使えるものは使わせて頂きました」


 味方からすら非難めいた声が聞こえる。人に死体蹴りまでさせるか。長く綺麗な銀髪を、本物のクラヴィーアまで切り落とし……死んだ囮を仕立て上げるとは。


 「教えて、リード」


 後方から感じる気配。振り向けば、主のように短い髪の……男衣装のクラヴィーア。死体に着せた服の下に、予め着込んでいたのだろう。敵を撹乱するのには、確かに有効な手だ。


 「どうしてそんなに、私が憎いの? それは、フォルテのためになるの? 」

 「……そうだと言えば、死んでくれそうな響き、ですね」


 嗚呼、それが良い。シュリーなら、昔なじみの情に訴えかけるのが一番だ。隙を作るくらいは出来よう。算段めいた思考が組み立てられていく。けれど口から零れるのは、演技になれない私の本音。


 「貴女の存在は、フォルテを死に追いやる。あの子のように。死者の上に生き延びても……この先、貴女に幸せなど何一つもないのです。だから、死ぬのは貴女だ」

 「私、貴方が何言ってるか……わからない。昔みたいに、皆で笑えるように……僕は歌姫になったのに。それなのに、どうして……貴方が私を、フォルテを泣かせるの? 」

 「そんなものは、幻想です。あの頃、笑っていたのは、シュリー……貴女だけだった。シュリー、聞いてくれ。あの日から、今日まで……僕は貴女を愛していた」

 「!? 」

 「僅かでも僕を、フォルテ様を愛しているのなら。何も言わずに、僕にこの場で殺されてくれ。その後僕がどうなろうと構わない」


 突然すぎる告白に彼女は理解が追い付かず、戸惑う素振りをしばらく見せた。


 「……私は地獄に落ちても構わない。しかしあなたを、地獄の悪魔共に渡したくはないのですシュリー!! フォルテ様が、ボロボロになりながら……あなたの“綺麗”を、“神聖”を守った! あなたは美しいまま死ぬ義務が、責任があるのです! あの方の全てを無駄に、しないで……シュリー……! 」


 聡く……鈍いクラヴィーア。私の言わんとする意味を、ようやく理解してくれたのか。シュリーが私へ涙を浮かべて近付いた。


 「……銃は痛いから嫌。私を殺したいのなら、思いきり……抱き締めて。それでね骨を折るのよ。折れた骨が肺に刺さって、息が出来なくなって……私が死んでしまうまで」

 「シュリー……」

 「時間がないなら、無理は言わない。貴方の手で、首を絞めなさい」

 「おい、クラヴィーア! 嘘を吐いたのか!? 」


 男勝りな少女の声に、シュリーは何も答えない。歌姫として今の彼女は無責任だ。けれどこの場は……彼女が歌姫になる以前。フォルテに邪魔されず、話をした……あの、僅かな時間と同じに戻っただけなのだ。


(私をも、救うつもり……なのか)


 伸ばした手。抱き締めたい。ずっとあなたに言えなかった。そうしてしまえば全てに後悔してしまう。選んだ道も歩いた道も……全てを忘れてしまうから。震える腕を向けるのは首だ。私がこの手で、歌姫クラヴィーアを殺すのだ。


 「!? 」


 あの時とは違う。今邪魔に入ったのは……私と同じ影のよう、黒衣を纏った青年だった。これまで見てきた陰気な表情は隠れ、黒い瞳は憎悪に燃え光る。


 「ウェル、さん!? い、痛いです」


 私を睨み、目で射殺さんとする男。彼は背後からクラヴィーアを抱き締めている。血の匂い……傷口が開いてしまった? 彼女が言った通りに、殺そうとしているのか? いや……違う。


 「痛いのは、生きてるってことだ。死にたくないってことなんだ。何も感じていないなら、本当に死んでも良いって思ってるなら……君はそんな顔はしない。あの日の僕みたいな顔でなきゃ、おかしいんだ」


 語気は弱いが、感情の滲んだ声で男が声を振り絞る。体格からは違和感しかない。しかしその光景は、母に捨てられまいと必死に泣き叫ぶ赤子のようだ。


 「約束しただろ。君もフォルテも守るって」

 「ウェルさん……」


 クラヴィーアの肩口に、男の涙の雫が落ちる。


 「……ごめん、なさい」


 男の頬に手を添えて、クラヴィーアが小さく零す。唯それだけの一挙動……歌姫の表情が慈愛に溢れていたからか? 人が浮かべる、浮かべられる表情ではなかった。ほんの十数年そこらしか生きて居ない小娘には、そんな顔は出来ない。だから、これはもう……人ではなかった。私はそこに神を見た。私の主が傷つきながら守ろうとした存在は、その犠牲の上に開花した。人が触れてはならない、天上の存在に。

 歌姫、小娘一匹……ならば殺せる。だけどそれが神ならば……私はこれ以上のユダにはなれない。恐ろしくて……美しくて、魅せられ震え上がるしか。


 「“クラヴィーア”様……数々の非礼、お許し頂かなくて結構です」


 私は覚悟を決めた。私は神へと跪き、形ばかりの許しを乞う。頼りないが、私の後釜は既にいる。フォルテ様、クラヴィーア様の死を……防ぐ。私に出来なかったことを、既に成し遂げた不愉快な男だが。


 「私は……私の罪を償います」

 「ま、待ってリード! 」

 「ウェルメイド! 私の愛した主様方に、傷一つ付けてみろ。次は貴様を殺しに来てやる! 」


 どうか守ってやってくれ。私の代わりに、二人を。そんな思いが届いたかは分からない。

 リードは走り出し、決着の場へと飛び込んだ。背後から、後に続く足音はまだなかった。


 *


 武器を捨てて歌おうぜ! 歌で解り合おうぜ、なんて……下らない。馬鹿げた話だと俺でも思う。だけどこいつなら、本気でやりかねない。そういうアホだと誰もが俺を思ってる。実際馬鹿なこともやって来たしな。これはこの際置いておく。

 この暗闇で、誰がどんな状況にあるかわからない。しかし、どこにいるか分からない獲物を狙うより、極上のエサが俺はここだと馬鹿騒ぎを始めたら? 簡単に無視はできないはずだ。


(俺はエサだ)


 クロウはそれを自覚する。フォルテの言うよう、囮としては最適だ。持ち込んだ発電装置を放送機材に繋ぎ、映像……音声を発信する準備は完了。


(俺以上のエサはない)


 “出力次第では、20……30分持つか分からねぇぞ”とは言っておいた。奴もそれを了承した。それまでに仲間が絶対に何とかする。何とも出来なかったなら、歌姫フォルテはBarockを捨てこの俺の後を継ぐとまで言った。


 「最高にロックだぜっ! 」


 ここでやらなきゃ男が廃る。クロウは思いきりギターを掻き鳴らして歌う。魔法みたいだと思うだろう。最初は音だ。音が広がる。広がった音が音叉のようにまた広がって無数に響き、震えて……電気に変わる! 俺のエレキギターは最高だ。振り回す以外にもアンプ要らずで爆音だ! 歌った声が奏でた音が……全て力に変わるんだ。広がる音、部屋の震えが発電装置の中で……音発電を稼働する! 欠点があるにはあるが、この土壇場で弱音は吐かない。やるだけやってみるだけさ。


『来やがったな、大物さんよぉ! 歓迎するぜ!!』


 拡声器で五月蠅く響く此方の声に、来訪者は苦言を漏らす。俺も自分が五月蠅くて、聞くのにちょっと苦労する。


 「ここが英雄殿が選んだ最後の場ですか? 」


 現れたのは黒服の男。クラシック楽器なんて似合いそな格好なのにな、この場では喪服か裏の人間にしか見えない。声の響き、背格好や目鼻立ち……先の犯行映像に映っていた男で間違いない。


『すげーロックな墓場だろ? これこれから盗む気なら、俺の支援者が国際裏特許取ってるから使用料払えよな』

 「こんな素晴らしくて下らない技術、英雄殿以外の誰が使うのだろうか」

『そこは防音設備の技術革新からだろうな! で、RAnkabut! 武器もねぇ丸腰の俺をわざわざ殺しに来たのか? それとも俺の歌を聞きに? 握手とサインはいるかい? 可愛い歌姫さんら放って俺の歌を聞きに来るとは、良い趣味だぜにーさん! 』


 会話の最中も、俺はギターを弾いている。想像していたより若い男は、軽く耳を手で覆いながら不快そうに視線を寄越す。


 「この映像、おそらく局内の貴方の仲間達も見ているのだろう? それはつまり、貴方をこの場で殺せば英雄という心の支えを失った彼らは烏合の衆。まとまるものもまとまらない。小娘などより大物を仕留めたとあれば、組織も喜んでくれる」

『どうかな? 俺は俺一人でここまで来たわけじゃないぜ。いつだって仲間に助けられて歌ってきた。俺一人いなくなってぶっ壊れるほど脆い組織じゃねーんだよ』

 「英雄殿の組織はね。でも他は? 貴方の存在で、このクーデターは連携を可能とした。そんな潤滑油がなくなったら? 此方としては自称首相の娘なんていう一般人より、そんなエサに釣られた有力な歌姫共を始末することに意味がある」


 思惑があり個性的な歌姫達は、決して一つにまとまらない。お前が消えれば各個撃破は容易だと言い切った。


『見た感じ、西洋系だな。そんなあんたがどうしてテロ集団まがいの所に行ったんだ? 』

 「それは貴方も同じだろう。故郷とは別の国の下で働いている。生まれた場所がそのまま無条件に愛すべきものとは限らない」


 真顔で、無表情のまま男が撃った。いたぶるつもりなのだろう。急所は外しまずはクロウの軸足を撃つ。次はもう一方を。


 「貴方は生きた伝説だ。貴方がいるだけでそこが正義と裏付けられる。それは一種の信仰だ。歌姫達より貴方は一つ頭が抜きんでている」


 倒れても、それでも演奏をやめない此方の姿に、……今度は右、左と腕を撃つ。演奏は歪になり、指は正しく動かない。まだ止まらない歌に苛立ち、次は掌が狙われた。


 「貴方は今の時代の、音楽という世界における神だ。我々RAnkabutは、信仰以上に神を許さない」

『……はっ、クソ野郎! 楽器なんざ、身体一つありゃ十分なんだよ! 俺はまだまだ歌えるぜ! 』

 「では、いよいよ丸腰だ。耳障りな楽器がなくなっただけ良いけれど、世界に向けた遺言はありますか? 」


 喉元に突き付けられたのは銃ではなく、刃物。首でも落として強制的に歌えなくしようというわけか。悪趣味な奴らだと、クロウは呆れてしまう。


『やれ、フォルテ!! 』

 「!? 」


 俺の遺言に男の身体には、稲妻が走ったかのよう。銃撃が来ると察知して、男は目を見開いたまま凄まじい反応速度で背後に身体を向ける。誰も居ない。慌てて此方を振り返る……その刹那! 今まで録音された俺の歌が、スピーカーから最大音量で放出された!


 「馬鹿、な……」


 倒れる寸前、そんな風に男の口が動いて見えた。俺にも聞こえていないんだ。人体に影響のあるレベルの騒音。音楽家として致命的な難聴後遺症だけじゃない。音による振動は、

 脳にも心臓にも響く。要は五月蠅すぎて……まともに動かなくなるってこと。

 音楽史上、こんな拷問と幸福に恵まれた奴はいない。誰も聞いたことが無い音楽に、お前と俺だけは辿り着いたんだ。綺麗ってものではなかったけどな。

 クロウは笑う。ライブの終わりに。


(大事な楽器。身体をぶっ壊す覚悟があったのかって? 信じられねーって顔してるな)


 「戦場じゃ、防具も大事なんだぜ? 弦楽器ミュートばっか作ってるだけあるぜ、Barock製の耳栓は凄いな」


 共に聞こえてない言葉と共に、クロウは方を持ち上げ片耳を示す。両耳では会話が成り立たない。だから耳栓は片方。片耳は捨てるつもりで賭けをした。


 「お前、俺を英雄って言ったな。英雄ってのは、簡単に負けるわけにはいかないんだ。それだけ誰かの期待と夢を背負ってるんだから」


 完全に意識を無くした男にそう告げて、クロウは片耳からしか聞こえない自身の声を響かせた。


 「フォルテー! いい加減切ってくれ! このままだと俺までほんとに死んじまう!! 」


書きたかったシーン二つまとめて書けました。書きたいあまりに気が逸り、ちょっと短かったかも。反省。

忘れる前に伏線回収しとこ。

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