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14:赫絲のランカブート

 昔のリードとフォルテはよく喧嘩をしていた。理由はわからない。些細なことで言い争っては揉めていた。喧嘩するほど仲が良いと見守っていたら、二人とも機嫌が悪くなる。そんな風になる前は、とても仲が良かったように思うのに。だから不思議で、私はあの人に聞いてみたのだ。


 「りーどは、りゅーるが嫌いなんですか? 」

 「お嬢様!?……僕は別に、き、嫌いというわけでは」


 昔の、あの人は……今よりもっと笑う人だった。いいえ、笑うと言うより……感情を表に沢山出してくれる人だった。あの頃のことを思う、懐かしいような……不思議な気持ちを思い出す。


 「僕は、あの方が嫌いということではなくて……」

 「なくて……? 」


 何かを言いかけ、呑み込んだ。あの人の目が、じっと私を見つめていた。照れている? 怒っている? その中間? なんだろう。目を瞬かせた私に苛立ちを募らせて、溜息。


 「ええ。嫌いではありませんよ。僕は貴方の方が嫌いですから」


 面と向かって嫌いと言われて、私の目からあふれ出すものに、物陰で私達の様子を窺っていたフォルテが怒って飛び出した。


 「言ったなりーど! 今日からお前はこの僕の物だ! 僕のしゅりーを虐めたからには、散々扱き使ってから捨ててやる!! 」

 「だ、だめだよ……りゅーる! りーどはりゅーるがすきなんだから! 」


 一瞬二人が微妙な顔で私を見てから、互いを見合う。


 「仲良くしなきゃ……ね? 」


 あの時の微妙なあの空気。今ならおかしな点が見えてくる。とてもよく似ていたから、解ったつもりになっていて……私は何も、知らなかった。


 *


(逃がした……か)


 ワヤンは小さく息を吐く。私の追跡を知って放たれた閃光弾。長距離射撃だけならば、奇襲で接近できれば沈められるが……簡単にさせてはくれないか。相手は準備は万全、殺す気でここに来ている。距離を詰められないとなると、歌姫シュリーのような子供ではない。


(私が追いつけないとなると、相手は……)


 追い払えただけでも良かったと言うべき? 重装備での移動速度……考えるなら何処かに身を隠したか、予め武器を隠す場所を見つけていたか。となればこの地下のマップ情報を入手していた? 


(何処から流れた? 此方の仲間内? )


 手にしたクリスに問いかける。私の判断は間違っていた? もしそうならば……どうか私を守って欲しい。守り刀にそう願う。


 「遅いアル! 」

 「一応ありがとうございましたワヤンさん」


 まだこの二人は使える。そう判断した私は防火装置を解除し、二胡と鈴篠に自由を与えた。他のメンバーを呼ぶより、近場のこの二人を使う方が何かと都合が良かったから。センターの二胡を丸め込めれば、他のメンバーの主張も退けられる。緊急時には、彼女の傍に居るのが最も良い。folcloreの力を使わせたいのなら。


 「ワヤンさん、もしかして戦闘とかしてました? 」

 「言われてみれば、微妙に負傷アルな」


 狙撃者が逃げた方を示し、私は二胡の意向を尋ねる。友のことを思えば苛立ちも芽生えるが、これが一番手っ取り早い。


 「教会内乱。スパイかも。狙撃銃」

 「我国語でおーけーアル」


 短い私の言葉を受けて、彼女はどうにも至難顔。私にこれ以上の説明を求めようにも、この場の三人が理解できる言語では限界がある。二人ずつ別言語に切り替え情報共有……それも二度手間三度手間。一刻を争う事態なら、それは無駄なこと。

 彼女に伝わる言葉で私が言い直したところで、一人取り残された鈴篠がにこにこと笑顔を浮かべている。おそらく何も解っていない。


 「髪型決める前に、言語を決めるべきだったアル。小鈴も少しは他言語覚えるアル! 共通語は覚えておくアル! 」

 「事務所と相談しておきますね、善処します」

 「小鈴の善処が善処された、試しナイ」

 「そうですね、それについても善処しますね事務所が」


 そう、この強かな娘。母国語しか話せないのだ。教会圏とやり合ったのだから、その辺りの言葉は理解していそうな物だが、無知を装い彼女は企む。それに上手く乗せられて、煽てられ……私達は私も拙くしか話せない、鈴篠がよく知る言語で会話をしている。


 「所詮は烏合の衆、仲間割れとは好都合。そいつと手を組み叩くアル」

 「烏合って言ったらうちも変わらないと思いまーす。駄目ですよー二胡さん♪ センターだからって独断はいけません。ちゃんと通信回線開いて民族音楽連合緊急会議でゴーサインが出ないと」

 「我には、権利があるアル! 」

 「ありますねー、緊急時センター権。だけどそれ使って失敗したら、センター退くことになりますが、良いんですか? 」


 メンバー内の投票順位は、この組織における序列順位そのものだ。自身より上位ナンバー不在時は、その場の決定権を発動できる。しかしそれは諸刃の剣だ。


(鈴篠ならば、決してそれを使わない)


 それは投票の抜け穴。下位グループのリーダー格がそれを成功させたら順位を大きく上げることも可能だろう。しかし、現センターである二胡にとって、デメリットばかりが大きい。


 「時間稼ぎと脅しアル!? 小鈴!! 」


 センターとしての華々しい活躍、評価を得たい。今の地位を守るために彼女にとって必要なこと。三強の一枚を破る布石を打ったのが自分だと誇示し、民族音楽連合を牛耳りたい。そう、もう転落の概念さえ消し去るほどの権力を。それでもそうするためには、危険を冒す必要がある。そんな二胡の傍らで、鈴篠はにこやかに待ちに興じる。


 「心配しているんですよ、私も事務所も貴女のことを」


 私は新規加入の歌姫。まだ順位付けはされていない。フォルクローレでの足がかりを作るなら……上手く動かなければいけないな。

 私が仮面を付け替える。それに真似するように、鈴篠も……狐面を手に取り私に笑みかける。共に深く語れる言葉がない繋がりに、別の手段を用いるよう、仮面を這う彼女の指は素顔を隠し……喜色に笑んだ。


 「ね、ワヤンさん? 」


 *


(私は人形かもしれない。だけど……)


 人形が、生まれた意味もあるのだと。私はそう信じたい。唯、徒に作られただけではない。やるべきことが、役目があったのだ。


(ねぇ、大和)


 私はこの場所が好き。貴女が居てくれたから。貴女に出会って、過ごした日々が何よりの宝物なの。目を瞑って、耳を塞いでいれば、ここは楽園。

 父を憎んだ時もあった。それでも貴女と紡ぐ平穏が、あの人が作ってくれた物ならば。私が訴えるのは「どうして? 」という言葉。誇りを文化を失っても、人々を守ろうとしたのではなかったの? 母を殺めても、守らなければならないことがあったのではないの? それがどうして、昨日と同じ今日を貴方は守れないのですか?


(父様……お父さん)


 私のことも、彼女のことも。なかったことにしなければならない貴方は、きっと聞く耳を持たない。

 もし全ての人が命だけは助かるならば、国は売り渡すべきなのですか? 違う場所で、違う景色で。それでも愛する人と笑い合えたら。故郷なんて言葉、必要ないの? 私とあの人は同じように、日常を過ごせるの? 嗚呼幸せねなんて、本当に?


(違う)


 夕暮れの教室。二人の帰り道。貴女が迎えに来てくれる、朝の青空。鳥のさえずりそれさえも、別の言語なのでしょう? 目に見える物、風や土の匂いもきっと別の物。私が、私が好きなのは……貴女との思い出がある、この土地で。貴女と国と、どちらが欠けてもならないんだわ。

 自分の立場とか、立派なことだけを考えたのではなくて。私はただ、我が儘で。今まで手にしていた物を、失いたくないだけなのだ。この土地は私にとって、貴女そのもの。貴女の半身に等しいもの。

 姿や名前は違っても、誰にとってもそういう物なのではないのですか!? 誰かを傷付けたいとか、奪いたいなんて思わない。だから傷付けないで、奪わないで。そう歌ったところで何も守れないならば、狼煙は生まれなければならない。小さな、小さな炎でも良い。誰の心の中にもあるはずの思いに、火をともすことが出来るなら。


(ねぇ、大和)


 私を馬鹿な女と笑ってくれる? これから私を讃える人と、貶める人がやって来て……その現実は、貴女にとって辛く苦しい物だと思う。誰かは聖女なんて崇め始めて、誰かは売国奴なんて言うかもしれない。それでも私は、そんな大それた者ではなくて……本当に、本当は、ただの女の子。そんな、本当の私を知っているのは貴女だけだから。


(だから、貴女は……)


 大和と別れ、撫子が向かった先は……放送局屋上、ヘリポート。もう一つの援軍を迎えるために。

 轟音と共に飛来する物。それを見守りながら、日常はすでに過ぎ去ったのだとまた思う。援軍の空飛ぶ船には戦うための力が備わり、私が動く以前のこの国には……似つかわしくない、非日常。


 「姉がお世話になっています」


 そう切り出した少年は笑みながら。それでもこの場に取引のために現れた。


 「歓迎しますイリヤ様、エカテリーナ様」

 「そんなにかしこまらないで下さい、同じ歌姫同士、名で読んで下さい撫子さん」

 「……恩に着ます、イリヤさん」

 「いえ。では、早速ですが本題に……」

 「はじめまして撫子。私はカチューシャでいいわ。空はこちらが抑えました。これで、邪魔は入らない」


 少年の傍らから現れた、不機嫌そうな少女。彼女は私と彼の悪手を遮るように割り込んで、狼狽えだした兄を見つけて、少し……満足そうに笑った。


 「それは持ってくるなって言ったじゃないか」


 少女の手には物々しい銃器。彼女が寄越した物資は戦闘を視野に入れた武器ばかり。


 「必要になるわ、兄様」


 歌姫ローザは、放送局前で守りの任に就いている。彼女の弟歌姫イリヤは物資の援助、妹歌姫エカテリーナは物騒な力と言葉を届けに。


 「どうやって、などと聞くのは野暮ですね。では感謝の言葉をお伝えします」


 近づく者を撃ち落とせる場所に味方を配置し終えた? そのための武器も持ち込まれている。いや、音楽戦争に向けて……空の足を押さえていたのか、隠していたか。


 「妹が、お騒がせしました。不要なら此方で引き取りますが、扱いは? 」

 「得意とする者も居ます。時間が許せば、使用法など一度説明頂けますと助かります」

 「それなら男手に。女性や子供には簡単に扱える物を渡しておきます。民間空中移動手段は全て此方が貸し切りました。ここに来るなら軍か政府用ヘリでしょう」


 音楽戦争前段階により、軍備縮小を求めた。でもそれは表面上、数値としての結果であり……それを真に受けた、受けさせられたのはこの国くらいのもの。だとしても、水面下で必要最低限の戦力は保持している。その戦力が、向かう先はおそらく……。国を守るためでは無く壊すために機能することになるのだろう。


 「話し合いか、戦いか……ですね」

 「いいえ。時間稼ぎか、奇襲かです。どちらにしてもここは戦場。貴女の城か墓場か、或いはそのどちらでもある? 」

 「駄目だよカチューシャ、僕らは彼女の味方だろう? 」


 あまり脅しをかけるなと、兄に言われた妹はまたふて腐れ出す。


 「むぅ、本当のことを言ったのだわ」

 「妹君の仰ることにも一理ございます。私もここから必ず生き延びられるとは思っていません」

 「悲観的になっては駄目です。これは……此方からの助言としてお聞き下さい。時間稼ぎに乗せられてはいけません。敗色が濃くなる。要求は期限を短く設けましょう……そうですね、明朝までが良い。そうして下さい」

 「それを過ぎれば……空からも抑えきれないと言うことですね、解りました」


 残されたのはたった一日。父が選ぶであろう答えは私も知っている。だからあの映像は、父のために流した物ではない。見て欲しかったのは、この国の人々。


 「地上からは無理でしょう。姉さんが居るとは言え、装備が足りない。傷付けずに無力化を図られればそれまでです。この国が完全に僕らの敵になるというのなら、こちらも本気でいけますが……のらりくらりと返答を濁される。貴女がせめて、この国一番の歌姫勢力であれば良かったのですが……仕方ありません。すでに我々三強勢力が入り込んでいましたし、無理な話」


 メディアは×××に牛耳られている。私に味方したことで、敵は協力者を非難する情報を流し始める。こうしてジャックしている間は良いけれど、このクーデターを潰されたなら元の木阿弥。飼い慣らされた家畜なのだ、民なんて。肉を食われるためだけにある。牙を野生を忘れた……家畜。外からの危険や圧力を受けるまで、結局の所他人事。トロイカでもバロックでも……×××以外の脅威を受け、立ち上がるものが居なければ本当にこの国はお終い。


 「明日……それまでなら、首謀者の貴女を逃がすことも出来ますし、こちらとしてもその方が助かる。録画映像でなんとかなりませんか? 介入のきっかけとなった貴女を失うことは、約束の反故の理由にはなりますが、割に合わない結果になっては困ります

 「私が逃げるのは、一番最後です。それが私の望む、トップの在り方です」


 真っ先に逃げようとした父と、同じ事は出来ない。


 「可憐な外見に反して、まるでサムライですね」

 「大和撫子ですよ、ふふふ。あら、すっかりお伝え忘れていましたトロイカの皆様。貴方がたに遅れて、『Barock』の協力申し出がありました。三強が内二組織が此方に付いてくれたのです。決して損はさせません」


 ×××も馬鹿ではない。二組織を敵に回して正面から戦いを仕掛けはしない。どちらか一方を丸め込もうと、取引を水面下で求めるはず。となれば、首相もその時間稼ぎに乗るだろう。そうなる前に、盤面を進めなければならない。そんな私の訴えに、使者たる少年は頷いてはくれたけれど……表情には陰りが見える。


 「バロックが? それは心強い……ですが、一つ気になる話があるんです」

 「イリヤさん? 」

 「此方に怪しい者が入り込めばすぐに気付きますし、勿論始末します。そういう面で、我々ほど安全な協力者は居ない。ですが問題はバロック。教会音楽集団が僕らと違う点……それは、あまりに多くの国が協力し合った組織だと言うこと」

 「内部に、敵が多いという話ですか? 」

 「ええ。だから裏切り者を簡単に始末ができない。今回彼らは味方と言うことですが、彼らの何処までが味方かは解らない。足並みを此方が揃えることは出来ないと、予めご了承下さい」

 「解りました。此方も人員を二つに分けてそれぞれ動くことにします。私と私の部下は……貴方がたに従う所存です。緊急、それから共有すべきと判断された情報のみを別チームと共有。互いの組織についての機密情報は、別のチームへは漏らさない。これは約束いたします」


 強い味方が多く付いた方が勝ち、そんな単純な話では終われない。三強が二強が味方に付いても、今の私達はバロックと同じ危機にある。今の状況は、想定していたよりもずっと良いもの。だけど油断は出来ない。たった一度の過ちで、転げ落ちてしまうような危ない場所に私は居るのだ。

 眼下に広がる騒乱の景色。人が少ない方向へ飛び降りたならば楽に死ねる。そうした方がずっと、容易く安楽に。だけど出来ない。私が首謀者なのだから。



 *


 生きること。罪深いこと。私なんか居なければ。そう思うの。だけど私は……僕は目を開ける。昼間の熱気も忘れるくらい。夜の空気は涼し気で、少し肌寒くもある。そんな薄暗闇で……僅かに光るものを見た。


(赤い、瞳……? )


 気のせいか? 瞬き一つで光は消えて、黒い瞳の彼が居た。本当の名前はまだ知らない。だけどこうして傍に居てくれる、信頼できる人。簡素な寝台の横には彼と、もう一人が私の目覚めを待っていた。


 「ウェルさん……何が、ありましたか? 」

 「なにも、ないよ」


 シュリーと、私を呼ぶあの人の声が震えていた。痛みはない、身体は軽い。薬が効いているのだ。それだけの怪我をした。歌姫に、傷が残るのは問題。この場を片付けたら……本格的な治療を受ける必要がありそう。そこまで考え、辺りを見回す。


 「ウェルさん。貴方が嘘を吐くの、はじめてですね」


 いいえ、嘘ではないか。この数時間は何も無かった。そういう前置きが含まれているのなら。


 「そんな顔では、私を騙せませんよ」


 優しい人、貴方は。動じることがないように、鈍くあろうとしただけで……本当は。本当は、みんな助けたいのでしょう? 飛び降りたフォルテにそうしてくれたように……。目の前に大和と撫子の二人が居たならば、クーデター側に付いていたはず。


 「私は重い貸しを作ってしまいました。大和さん、……私は貴方を死なせません。私を助けてくれた人。その人が救えたはずの人の分まで、貴方の仲間を」


 服の上から手当てされた場所を確かめ、私の秘密を知られたことを知るけれど、二人の暗い表情に、それを知る者がすでに居ないことも私は知った。


 「“僕”の迷いが、貴女の仲間に犠牲を強いた。次は、ありません。リードは僕が……始末します」

 「あんたの部下が裏切ったんだったな。どこの手の者か、心当たりはあるのか? 」


 顔を上げて、僕を見る大和さん。僕が眠っている内に、彼女は冷静さを取り戻していた。しかし感情がない。心をどこかに置き去りにしてしまったような、悲しい瞳で問いかける。


 「リードは……元は僕の使用人でもありましたが、今はマフィア側の組織の人間。しかしフォルテ側が僕を退けて得することなど……」

 「×××側が組織に入り込んだ線はないのか? それか味方が買収されたとか」

 「それは……否定できません。ですがライアー家の者に限ってそれはあり得ません」

 「私情以外の理由で言えるか? 」

 「フォルテにリードは忠誠を誓っています。僕を裏切ってもリードはフォルテを裏切りません」


 片割れのあの子の死後はより一層。リードはフォルテに入れ込んだ。あの人を現世に繋ぎ止められる縁は、フォルテしかいなくなってしまった。そう言っても過言ではないくらい、リードはフォルテに傾いた。喧嘩ばかりするようになる以前……二人が仲良しだった頃よりもずっとずっと距離を縮めたようだった。

 それもそのはず。僕では想像出来ないような任務を、二人は遂行してきたのだ。私を嫌いで当然なんだ。リードも、……。


 「ならあんたの片割れが」

 「……それも、ないです。そうするチャンスはフォルテにはあったから」


 一瞬だけ、考える。フォルテが身投げをしようとした理由。僕の殺害を組織から命じられてのことでは無いのか、と。


(違う、それはない)


 腑に落ちかけたがそうじゃない。フォルテはその後も平然と、ボスと連絡を取っている。僕を害する命令を受けていたら、フォルテはあんな態度を取れない。


 「騒ぐな馬鹿! 今はまだ歌姫は意識を取り戻していないんだ」

 「撫子様に連絡を? しかし相手の要望は」


 廊下が何か騒がしい。揉めている様子に気付いた大和さんが部屋を飛び出し、様子を探る。


 「何の騒ぎだ!? 」


 揉めていたのは彼女の仲間達だった。彼らは手にしていたノートパソコンを彼女に向かって差し出した。


 「お頭っ!! 良かった! あのですね」

 「三十分ほど前、地下Dエリアで戦闘が開始されました。たった今、地下カメラからの映像ですが、民族音楽連合の者が……クラヴィーア様との面会を望んでいます」

 「っ!? みせて、ください!! 」


 出血が多く、ぐったりと抱きかかえられたのは歌姫ワヤン。自身よりも背の高い彼女を支えているのは歌姫二胡。彼女も負傷しているが、監視カメラをまっすぐ見上げて口を動かす。彼女の瞳には、涙が浮かぶ。演技だろうか? いや、そんな者に此方は応じない。私が内部に居ることを知り、名指しで言うとも思えない。歌姫ワヤンから二胡に、何らかの情報提供があったと見るべき。


『……民族音楽連合っ、folclore……センターは、Barockとの一時協力を申し出る。代理センター、ワヤンの指示アル』

 「代理センター……? 二胡が失敗したのか? もう一人、女が居たはずだ。神楽とかいう……」

 「ならば彼女を死なせたと、いうことでしょうか? 」


 二胡の言葉に、私は大和さんと顔を見合わせる。ウェルさんだけは解っていない。彼は音楽に興味がなかった。folsloreという組織の在り方についても知識は皆無と言うことか。しかし今、説明をすることは難しそう。


 「Dエリアの映像は? 」

 「はい、もう一画面で出します! 」

『まぬけな皆様、ごきげんよう! 』

 「こ、こいつっ!? フォルクローレの……!! 」


 此方も監視カメラに向かって、アイドルらしく笑顔をアピールする女。まるでファンサービスかのようだけど、彼女が下がったところで映ったのは、飛び散った血飛沫と数人の亡骸だ。


『私達、武力面では少し心配がありまして。私の事務所もそれを考えていて……結果がこれです』

 「神楽……鈴篠っ! 」


 てっきり二胡の失態は彼女のロストだと考えた私達。その予想を裏切り、当の本人は監視カメラに手を振っていた。対峙した時も、底が知れぬ相手だと思ったけど、カメラ越しに見ているから……? あの時以上にそう思う。


 「何言ってんだ、この女」


 同じ国を、代表するはずの歌姫同士。此方に協力するため、神楽は二胡をfolcloreを裏切った? 

 そんな友好的な態度には見えない。だって目が笑っていない。歌姫なら嘘でも、人を騙して笑えるはずなのに……彼女は敢えてそうしない。そんな不気味さには誰もが震える。

 理解できない。気味が悪いと吐き捨てた大和さん。ウェルさんはじっと映像の中の二人を見比べる。状況への理解……抵抗という概念は、彼の方が薄いよう。異常な状況にある少女を彼は無感動に観察していた。まるで……品定めをするような目で。


(ウェルさん……? )


 気のせいか? 本調子ではない私の身体がおかしいの? また、彼の目の色が……ほんの一瞬だけ赤に染まって見えていた。


 「シュリー……病み上がりにごめん。だけど……決めるのは君だ」


 私の視線に気がついた、彼が私の名を呼んだ。助言も手助けも……そのための力を持たない彼は、私が選んだ結果に対し、尽力しようとしてくれる。真っ直ぐすぎて、少し怖いくらい……純粋な好意で、私を助けようとする。貴方は本当は……何なのだろう。深く考えてはいけない。答えを見つけたら、彼が居なくなってしまう気がする。

 例え貴方が何だとしても、頼れる人……信じられる人が貴方しか居ない。過去をよく知る人さえ信じられない。何もなくなってしまった私。本当のことは何も知らない貴方だけ、安心して身を預けられるのは。もたれ掛かってはいけない。きっと、離れられなくなる。私を支えようとした、彼の腕をそっと遠ざけ私も笑った。


 「はい、大丈夫です。解っていますウェルさん」


 貴方は、怖いひと。恐ろしい。弱くても、一人で戦えていた私が……戦えなくなってしまいそうな甘さを与えてくれるから。身体に良くないと解っていても、食べたくなる甘いお菓子みたいな人。他の人には冷たい対応だからより……その甘さが際立つのだろう。こんな弱さ、歌姫には必要ないのに。私が弱点を増やせば、敵はそこを狙ってくる。フォルテ以外何も要らない。何も弱さを作っちゃいけない。私がこの人を特別に思うのは、フォルテがこの人を特別気にかけているからで……それ以上ではないのだと、強く強く私は自分に言い聞かせるのだ。


『民族音楽連合でセンターを取れるならそれでよし。でもワヤンさんに気付かれてしまいましたから、計画が丸潰れ。プランBに移行するよう事務所が言いまして』


 語りながら、彼女は何をしているか。化粧だ。どこで? 血の海で。最後に唇に血で紅を引いたところで彼女はにこりと笑った、艶やかに。素朴さと神秘を兼ね揃えた少女の可愛らしさ、その面影はそこにはない。


 「××……×っ!! 」


 変貌した少女を前に、声を上げたのはウェルさん。彼の言葉に私達も画面を見上げ、彼女の正体に気付く。


 「そうだ、こいつ……×××の!! 」

『手を組むことにいたしました。彼らはとてもサイレント。もう其方へ入り込んでいるかと思います、菓子折の一つもございませんがどうぞよろしく』


 ぞっとするような彼女の笑顔を後に、カメラが壊され途切れた映像。沈黙したその場に、微かに聞こえてくる……もう一画面の訴え。


 「どうする、クラヴィーア」


 大和さんが私に聞いた。


 「……彼女と、話します。×××は、folcloreも敵に回した。回しても構わないだけの戦力を得たことになります。今は情報が欲しい」

 「罠かもしれないぞ」

 「それならもう、私は死んでいましたよ」

 「何回死にかけてるんだ、あんた……こんな所来るべきじゃなかっただろ」


 呆れたような大和さんの声。ほんの少しだけ、そこには感情が宿っていた。


 「まぁ、やりやすいけどな。撫子も憎いことしやがる。そっちの根暗男だけじゃ無理でも、俺が居ればあんな怪我はさせねぇ」


 ため息の後、彼女は仲間に指示を出す。


 「あの連中が居るのはBエリアか。BとDエリアとを通じる道を封じろ! 確保しといた階を爆破で押しつぶせ! お前はあの二人を回収に行け、追っ手には気をつけろ! 面会と手当の場はここで良い」


 *


 局内へと招かれた二人の歌姫。どちらも重傷、怪我の度合いで言えばワヤンの方が重い。運び込まれた彼女は意識を失ったまま……。


 「本当に、いた……アル」

 「痛い。元気そうじゃないか」

 「黒服のっ! お前には後から別件で慰謝料請求してやるアル! 」


 ワヤンを担いだまま、それでも僕の足を蹴った二胡。彼女自身も負傷しているのに、まだまだ小憎たらしい。


 「話は後です。まずは手当をさせて下さい」

 「こいつから……お願いするアル。私は……」

 「解りました。話をしましょう、だけど貴女の手当をしながらです。よろしいですか大和さん? 」

 「俺はここの管理と此方の目的以外のことならあんたに従う。俺はあんたらに預けられたんだ、好きにしてくれ。医者はいないから、手術なんかは無理だけどな」

 「応急処置なら私も出来ます。後は……間に合わせます、此方の医者を」

 「……」

 「ワヤンさん……髪が」


 手当をするため近付いて、シュリーは彼女の異変に気付く。長かった彼女の髪が切り落とされている。綺麗だったのに。そう零してから、シュリーはもう一つ気付いたようだ。


 「……これ、見るアル」

 「これは……私の着替えですね。帽子も」

 「向こうはどうあっても、お前の死をでっち上げたいようアル」

 「だからワヤンさんの髪を……? 」


 首を取ったという証に、携帯の不便さから毛髪に留めたという。


 「構図の問題アル。ワヤンを転がして後頭部だけ映す。お前の帽子を乗せればお前が死んだようにも見えるアル。私もただではやられないネ。あの女のカメラを、奪ってきたアル」

 「……これ」

 「リード……」


 ワヤンと共に画像に写っているのは黒服の……確かにリード。しかし彼女が示す壁……そこに描かれた悪趣味な色の文字は、Barockとは別の文字。


 「……『RAnkabut』」

 「なんだ、そりゃ」


 聞いたことも無い。音楽関連の組織だろうか? 僕と大和が検索をかけても情報は上がらない。


 「しかし、×××が手を組んだって言うのは、その組織で間違いねぇってことだな。クラヴィーア、これは撫子側にも教えるべき事だ。許可をくれ。貰えなくてもする」

 「ええ、そうして下さい。一刻も早く! 」

 「シュリー? 」


 大和に許可を出すシュリーの顔は、青ざめていた。


 *


 「バレル、リード」


 リード=シュトラーセ。それは私の偽名。父の名前は主同様裏返る。

 シュトラーセ=ライアーには双子の子が居た。リード=ライアー、それから……バレル=ライアー。私とあの子を見た、あの日の父はいつになく真剣な顔つきで。


 「フォルテ様かクラヴィーア様か。お前達が選びなさい。私もお前達が話し合って選んだことに、口は挟まない」

 「お父様、それじゃあ」

 「ただし、二人とも……同じ主には仕えられない。だから……話し合いなさい。時間はもって、明日までだ」


 何か言いかけたあの子を遮って、父は私達の別離を唱えた。


 「何か、あったのですか? 担当は形式上では与えられています」

 「シュリュッセル様が、歌姫候補に選ばれた。それを知ったフリューゲル様が……錯乱して、一悶着起こしたのだ」


 父はその事件について、詳しくは話してくれない。フォルテ様を選ばない従者には、知る必要もないことなのか。

 その"事件"によって、一家は二つに分けられる。財産である私達使用人も。どちらを選ぶか、権利があるならクラヴィーア。あの子の方が勝ち馬だ。


 「リード……」


 あの子が私の顔を覗き込む。書類上であっても、元々シュリー様に仕えているのはこの子の方だ。しかし私達四人は、分け隔てなく……兄弟のように育った仲。バレルはこのまま自分があの人に……そう思うことが出来ない。そう、それだけじゃない。

 勝ち気で生意気な子供……私がフォルテ様が嫌いな理由の一つ。自分に自信が無いこの子は、尊大なフォルテ様が……好きなのだ。そして、私は……。


 「リード……私と」

 「フリューゲル様は、私の主。今更鞍替えは出来ない。解ってくれ、バレル」


 かわいい、可愛いリュール。かわいい、可愛いシュリー様。私は……あなたを。あなたの笑顔ひとつで、私はずっと……救われてきた。こんな手の掛かる子より、私がお仕えするのはあの子が良かった。幼い頃から何度、そんな風に思ったことだろう。それでも、フォルテ様を選んだのは私。


(シュリー様には才能がある)


 だからあの子に譲ってあげた。あの子はこれで大丈夫。辛いことも苦しいこともない。煌びやかな光の中で、生きて……生き延びられる。私はあの子のためならなんだってする。どんなことでも。嗚呼、でもそれは……私が選んだ人も同じで。


(フォルテ様……)


 自分を大きく見せて、強がって。必死に誰かを守ろうとするその姿。私は主と自身を重ね見る。何時からだろう。フリューゲル様に仕えることは私にとって、喜びへと変わっていった。


(かわいい、可哀想な……フリューゲル)


 どんな暗がりにあっても、貴方の瞳は光り続ける。強い強い意志を宿して。才能で劣る貴方が、シュリーに並ぶまで……どんなに苦労されたか。私がそれを知っている。貴方の他の、誰よりも。


(あの子のため)


 私は何だってできる。それは、本当に? そう、私自身を揺さぶる出来事があった。自分の分身のように見てきた主を、私が見直すような出来事が。


(きっと、私には……出来ない)


 確証はない。だってあの子はもう、いないから。

 だけどきっと、あの子が居たって……私に同じ事は出来ない。それに肉体が耐えられたとしても、私の心は砕け散る。


(フォルテ様……貴方には、才能があります)


 それは、あなたのシュリーをも凌ぐ……別の才能。何があっても貴方は偶像であれる。どんなに悲しくても、辛くても……舞台で貴方は笑っていられる。他者を魅了するほどの、自分さえ巧妙に騙した愛らしい笑み。貴方は本当に愛らしく、悲しい……マリオネット。

 操り人形の糸はどこにある? その糸は、何時か貴方の首に絡まり命取り。


(それはきっと……)


 それはきっと。貴方がそんなにまでなって守ろうとした……綺麗で罪深いあなたの片割れ。

 泥を被るのは貴方。そして……私が守りたかった、あの子。


 《歌姫シュリーを殺せ》


 その命令を、待ち侘びていた私がいたこと。告げられてから気がついた。


 「し、しかし……フォルテ様にとって、歌姫シュリーは」


 私の大事な主は、私の大嫌いな歌姫のために生きている。歌姫シュリーを殺めることは、歌姫フォルテを殺すこと。


 《用済みだ。報告は既に受けている》

 「!! 」


 私が、隠していた情報。組織は既に掴んでいた。フォルテ様の、自殺未遂を。いや、話が食い違う。時期的におかしい。フォルテがまた、やったと言うの!?


 《フォルテの“映像”は残っている。あれが、シュリーだとバラ撒かれたくなければ、二度と馬鹿な真似はしまい》


 例え、シュリーが殺されようと。シュリーの名誉を守るため、フォルテ様は生き続けなければならない。


 「ボス……それでもフォルテ様は、貴方を信じています」

 《ああ。だからこれを私に使わせるな、ライヤー》

 「ライ"アー"です」

 《ならば任務を果たせ、ライアー》


 途切れた通信機。銃より軽いはずの重みが、何故だかとても……重いのだ。


(フリューゲル……)


 とても良い名を持った貴方なのに。あなたは、何処へも行けはしない。それが歌姫。音楽戦争時代に生を受けた、あなたの運命。生きていても、死んでいても、灰一握りまで暴かれ汚され貶められる。それはきっと、あの子のように。いいえ、……あの子よりもずっとずっと酷い辱めを貴方は知ることになる。

 そこまでして、そこまでして……人は、国は、救う価値が本当にあるの? 救われる価値なんか、あるの……?


(教えてくれ、誰か……)


 本当はこんな世界、なくなってしまった方が良いんじゃないの?

 差別なんかしない。どんな髪色、どんな肌色、どんな性別、どんな年齢……全てを等しく滅ぼすことが、それだけが……救い。


(救い……)


 あの子を殺したら、あの子は私を嫌う。憎むでしょう。殺してくれるかも知れない。そうだったら良いのに。でもあの子は弱いから。それも出来ずに苦しみ続ける。

 それが解っているのに、私はマシな地獄を選ぶことしか出来ない。


(貴方を攫って、何処か遠くへ)


 そんな風に逃げられたら良いのに。だけど貴方は歌姫。貴方の代わりはいない。何処にも逃げられなんてしないんだ。例え私と貴方が死んだとしても。


 「音楽戦争を、進めたいようだね"お嬢さん"」


 重い任務を受け、主の待つ国へと向かう。そんな私を呼び止める……者がいた。彼が持つのは手回しの弦楽器? あれの名前は確か……


 「"乞食のリラベットラーライアー"」

 「っ!? 」


 声の調子はまだ高く、幼い少年とも言える。彼は異国めいた旋律に、聞き取れない言葉を乗せていた。歌声に聞き惚れて、一瞬話しかけられたことも忘れてしまう。私の勘違い、聞き間違いだっただろうか? そう考え彼を通り過ぎようとした時……私はもう一度彼に声をかけられる。今度は声と共に……別の音が耳に届いた。


 「やっぱり楽器はいいね。懐かしい。でも……僕には要らない」


 先程まで手にした楽器を放り投げ、彼はそれを踏み壊す。音楽に対する冒涜だ。楽器を巧みに操る指があるのに、勿体ない。元は音楽に慣れ親しんだだろう手が、こうも楽器を乱暴に扱うなんて信じられない。この男は一体何者だ? 


 「僕が欲しいのは貴方さ、ライアー」

 「……人違いだ」

 「銀色の歌姫は、鍵である。彼女を失うことで、世界は一つ閉じた扉を開く。その先に、貴方の望む地獄(せかい)があるよ。だけど、殺す相手が何処に属しているかで話は変わる」

 「だから、……人違いだ。何の話だ? 」

 「リード=ライアー。これは簡単な話だ。僕は君の勧誘にきた。つまりは引き抜きだよ」


 私の名前を知っている。ならば立ち去るわけにも行くまいと、銃を彼へと突きつけた。だと言うのに、幼き彼は全く臆さず私を見つめ返すのだ。


 「今の楽器は、私に対する嫌味か? そんなことでよく、引き抜きなどと」

 「意味のないことは止めよう。怒るのは時間の無駄さ、君は僕らの仲間になるんだ」

 「ああ、無駄な時間だな。今すぐ撃ち殺してやる」

 「そんなに怒らないで。それだけ貴方が僕の言葉を否定できないという証明になってしまうよ、考えてもみて欲しい。僕は貴方を脅す手段が在るのにこうして会話を試みる。これは誠意なんだよ? 解るだろう? 」

 「……話は、なんだ」

 「君の仕事は聞かせて貰った」

 「簡単に言ってくれるな。そんなはずは」

 「ないなら僕はあんなことは言わないよ。教会音楽陣営が内輪揉めというのは構わないけど、それは唯、三強が一が自滅し衰退するということで、残りの二大勢力に世界の行く末は託されることになる」


 それでは困る連中も大勢居ると彼は笑った後に、「困るのは貴方もそのはずだ」などと付け加える。こんな子供に、私の何が解るというのか。睨む私にも、彼は脅えることもなく、話を勝手に続ける。


 「お前が……その大勢の一部? 」

 「そんなところ。僕らは他の陣営にも仲間を結構送っていてね。色んな情報が入ってくるんだ。不思議だよね、機械の世界は。これが文明? まるで蜘蛛の糸だ。世界中に張り巡らされたこの糸は……貴方の大事なお人形さんまで及ぶかもしれないよ」

 「ほぅ、しかし私が断れば? 」

 「貴方は断らない。いいや、断れない。言ったよね、スパイがいるって」

 「……」


 弱みは既に握っている。少年の言葉にはありありと自信が浮かぶ。


 「電脳世界で、三強を凌ぐと自負するか? 」

 「僕らは強いよ、全てにおいて。貴方達がそれを見ようとするかしないかは別だけど……」


 少年の風貌は、異国の者には見えない。しかし、同じ場所には属していない。教会音楽圏の裏社会まで潜り込み、私を待ち構えるこの余裕。そしてその情報網。それは一目値する。

 しかし、何処だ。思いつく限りの国々は、名ある組織に属している。取りこぼしがあろうと、民族音楽連合が拾っているはずだ。


 「ああ。貴方が思っているようなものではないよ。僕らに音楽はない。かつてはあったが今はない。それ故僕らは音楽戦争を根底から覆す」

 「ま、まさか……お前は」


 あった。過去を語るその言葉。彼の言葉で私は知った。彼が彼らが何者であるのかを。


 「リード、貴方は我々の名を世に知らしめる役目を与えられた。歌姫シュリーを殺める際は、事故に見せかけてと言われただろう? でも駄目だ。もっと大舞台で……世界中に知れ渡るような場所で、あなたは名乗り……彼女を殺めろ」


 「四強が一角。そう、名乗るなら……僕らはAl(アル)………いいや」


 それは一匹の蜘蛛。世界に張り巡らされたその糸は、多くを絡め貪り喰らう。加えられたのは人の手で。生まれたのはまだ何処にも存在しない物。全てを屠るために作られた、悪しき生き物。目を凝らさなければ何も見えずに、絡め取られて死んでいく。


 「『RAnkabut(ランカブート)』それが君と僕らの名だよ、リード」


 私に喰らえと、奴が言う。悩み傷付き壊れ朽ち果てた私の心に呼びかける。


新たに登場、新組織。

勿論この作品はフィクションです。現実のありとあらゆる組織団体には関係しません。


中東系の音楽ってどんなのだろうと調べたところ、現代のごたごたがモロ影響しているのですね……。何か格好いい外国語はないかしらとまたネットの海を彷徨う。ワールドワイドウェブ、ネットは広大な蜘蛛の巣。ネットに強い組織なら蜘蛛っぽい名前が良いな。

あら、ある言語ではアンカブートというのか格好いい。アルという定冠詞が付くと。

アルをRにして怒られないように某聖典関連の検索で引っかからないようにフィクション感出そう。


そして誕生今回の話。赤も糸も二つ付けたのは、双子が二組出ているからです。たぶん伏線。

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