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10:獣のクラマーテ

挿絵(By みてみん)

 相変わらず、小狡い手を使うな。画面の向こうを眺めつつ……呆れてしまった。けれど今、気になるのは音楽連合の二人などではない。気になるのは歌姫シュリー。あの子供は、教会陣営の歌姫。


(銀色……)


 モニターに映る歌姫と、自分の素顔。重なるそれを嫌いだと……(ワヤン)は思う。それでも彼女から目を離せないのは何故だろう、とも。


(Barock……)


 宗教音楽集団は、幾つかの派閥がある。その中の一つが教会音楽集団『Barock』。 Barockは、教会圏でまとまった集まりとは言え、勢力拡大の中、同じ宗派の地域も取り込んでいった。結果、混乱するのは複数の宗教が介在している場所だろう。

 民族音楽連合は、そうした対立から代表を出せずに漏れてしまった音楽と民族を助けるという側面を持つ。だから自分もここに組している。だけどあの子はそうじゃない。


(歌姫シュリー……)


 あの銀髪の歌姫は、何のためにここに来た?今回のことはBarockには何の関係もない。傍観するのが一番賢いやり方のはず。

 モニター越しに見るあの子。その目から強い意志は感じても、邪心は感じられない。彼女は取り乱さずに、突破口を探す目をしている。その目は、青。髪の色だけじゃない。瞳の色まで私と同じ。それでも私と違う目だ。


(どうして貴方はここにいる?)


 こんなに暗い、ステージに。どうして貴方はやって来た?


 *


 暗闇を照らすのは、携帯電話の頼りない灯りだけ。状況は最悪。それでも何故だろう。焦る心は僕にはない。隣にいるシュリーが、とても落ち着いているからだろうか?


 「……お金が、欲しいんですか?」


 淡々とした口調のシュリー。相手の真意を探る風……


 「お金じゃないネ、誠意アル」

 「お金欲しいですねぇ……事務所が携帯代も払ってくれないので、私携帯止められてるんですよ」


 分かり易い中華娘に続き、喪服の少女が笑う。しかし内心どす黒いなこの女。濡れ衣ならば、天然か?解らないがこの喪服娘は余程の幸運の持ち主だ。どちらにせよ、この子はこういっている。これは「ネットに繋がってない携帯ですから直接物理攻撃で壊すしかありませんよ」と。


(偶然かも知れないけど……)


 もしかして、フォルテの飛び降り事件についてこの子達は知っているのか?あの場の目撃者には処置を施したし、データは消した。それでも知っている者がいるとしたら……

 シュリーとフォルテには悪いが、あの女を僕は疑ってしまう。リード……あいつが一番怪しい。こうしてフォルテと引き離したのはある意味良かったのかも知れない。

 フォルクローレがシュリーを狙うのは、いつもフォルテが居ない時。奴の尻尾を掴むことが出来るかも。二人は昔なじみである彼女を疑いたくない気持ちがある。だからあの女がスパイであることを薄々気付きながらも、気付きたくないのだ。


(子供だな……フォルテもシュリーも)


 僕より世界の広さを汚さを知っているような口ぶりで、本当は綺麗なものを見ていたいんだ。子供じゃないか。本当に……。世界の何処かに希望があると信じて居るんだ。……いや、フォルテは一度希望を見限った。だから死のうとした。でも……僕と出会った。

 二人は僕を、希望だと思ったのか?だから無関係の僕を拾い上げ……こうして信頼してくれる。

 そんな面倒臭くて煩わしいこと、いつもの僕ならお断り。それなのにどうしてだろう。心が温かい。両手の指先まで、奇妙な痺れが生まれる。形容しがたい何かに、僕は打ち震えている。武者震い?……そうじゃない。この痺れ、甘いんだ。身体の隅々まで満たされていく感覚。充足、幸福感。


(シュリー……)


 僕を見つめ返すシュリーの瞳。不安そう……それでも自分を律して強がっている。僕よりずっと小さな身体で、それでも僕を守ろうと必死なんだ。そんな君を見ていると思うんだ。僕は君を守りたい。この上なく慈しみたい。可愛がって甘やかして君が駄目になってしまうくらい溺れさせたい。


(あれ、何だろう。何考えて居るんだ、こんな時に。気持ち悪いな僕は)


 軽い自己嫌悪を感じる僕は、それでも邪心を拭えない。シュリーの纏う荘厳で凛とした空気を汚し爛れさせているようで申し訳ない。

 君を見ていると、それだけで……僕は満たされていくけれど。でももう一つ何かを望むなら……今僕が感じているこの奇妙な感覚。それに君も襲わせたい。その時君がどんな表情で僕を見るのか。嗚呼、僕はそれを見てみたい。

 だって、僕は確信している。解らないけど解るんだ。これまでずっと……長いこと何かを探していたような、そんな気持ちを思い出す。多分それが、それなんだ。


 「シュリー……」

 「あ、あの……ウェルさん?」


 「あのー、そこのバカップルさん……私達無視して壁ドンするの止めてくれませんか?こっちが違う意味で壁ドンしたいです」

 「人の話聞いてたナイ?」

 「五月蠅いな。どうせ撮られたんならもう一回くらい良いじゃないか」

 「な、何言ってるんですかウェルさんっ!!」


 今は一刻を争う。そんな時に何を言っているのかとシュリーが慌て出す。怒ったような顔が照れている風にも見えて実に愛らしい。本当にこの小娘二人組邪魔だな。空気読めよ。


 「は、話を戻しますよ。お金ですね……それなら確かにあります」


 しかし、現実とは残酷だ。シュリーとしては僕に空気を読んで貰いたかった様で、つまらない交渉に話を戻す。シュリーがそれを望むなら仕方ないかと僕もそれに従った。


(……一体どうしたって言うんだ、僕は)


 シュリーにキスしてからおかしな事ばかり考えている。昨日までは、ついさっきまでは……可愛い子だと思っていたくらい。可愛いっていうのはそのまま言葉通りの意味だ。ああいうキスをしたくなるような意味での可愛いではなかったはずなのに。あの菅原だか高橋だかにこんなことを知られれば、変態ペド野郎扱いされそうだ。


(あれ……、田中が言ってたっけ)


 民族音楽連合の、二胡って歌姫。二胡って名前からして中華系……だよな?初めてまともに視線を合わせた脅迫者その一。確かこれもそんな名前だった。


 「でもそれであなた方が本当にそれを消してくれる保証はないですよね?」

 「なら……昨晩の続きといくネ?そんな一般人のお荷物連れて、我とやりあえるアル?」


 ここでやり合うのは得策ではない。それはシュリーも解っているだろう。だけどデータ云々の前に一つ問題がある。金でこの場を納めたとしても……この二人が素直に僕たちを見逃してくれるだろうか?

 そこまで考えた僕は、あることを思い出し鞄を探り始めた。武器でも取り出すのかと相手は警戒、戦闘態勢に入るが僕は緊張感を感じさせない声で彼女らに言う。


 「……二胡だっけ?知り合いに君のファンが居るんだけど、サイン貰えたりする?」

 「う、ウェルさーん……」

 「約束したつもりはないんだけど、あっちはそのつもりかもしれないなと思って……あれ?色紙がない。ああ、あの勘違いロック野郎に取られたんだった。ええとクロック……みず、もと……読めないなぁ」


 鞄から取り出した色紙、969メイカーボーカルのサイン。字が汚……達筆過ぎてよく読めないが、一応相手は有名人だ。僕の狙い通りなら……来たっ!


 「そ、それ!969メイカー水本 黒烏のサインっ!!」

 「ファンなの?」

 「違うネ!でもオークションで売り飛ばせば高く売れるアル!!」

 「それじゃ、この場はこれで収めて貰えたりしないかな」

 「良し解ったア……いや、それとこれとは話が別アル。出す物出すネ。でもそれもくれるなら我のサインあげるアル」


 この少女、本物の金の亡者か!目先の金に流されないとは、筋金入りだ。

 狙いからは外れたが、結果としてこれはこれでチャンス。シュリーもそれに気付いたようだ。


 「ウェルさん……」


 相談を装い僕の方を向くシュリー。今は女の子の格好なのに、男の姿の時のよう。彼女の言葉は鋭く、研ぎ澄まされている。敵を打ち負かそうとするように……


 「一つ……いいえ二つばかりやって貰いたいことがあります」


 シュリーの視線を受けて、僕はそれを理解する。この状況でやれるとしたらそれくらい。


 「……なるほど」

 「嫌、ですよね?」

 「別に。元々僕の所為だし、シュリーを守るためなら」

 「ありがとうございます」

 「何の相談ネ?」

 「金品引き渡しの相談に決まってるじゃないか」


 さも平然と、僕はチャイナ娘に言ってやる。懐に手をかけ財布を捜す振りをしながら。


 「それじゃ、こうしよう。まず僕のクレジットカードを君たちに渡そう。そこで君たちがデータを僕らに渡す。その後シュリーが小切手を渡す。これでどうかな?」

 「我はそれでいいアル。小鈴は?」

 「事務所的にはオーケーかと」

 「よし、それじゃシュリー!僕の携帯を使え。口座番号を打ち込むんだ。この子達がデータを引き渡したら画面を見せろ」

 「はい!」


 僕は携帯電話をシュリーに渡した後、懐から財布を取り出した。膨れあがった財布を見、アルアル娘は満足そうに笑い出す。


 「じゃ、財布を投げるアル」

 「よし、解った……あ」


 僕は取引に応じる姿勢を見せて、しかし自然な動作で財布の中身をぶちまける。散らばった硬貨の音に気付くや否や、中華娘がひょいひょいと小銭やら札やらカードやらを器用に拾って僕に近付く。


 「ああもう!何やってるネ!クレカはどこアル!」

 「ああ、それはこっちに……」


 僕が指差したカードを拾うと、金の亡者娘は初めて可愛らしい笑顔を見せた。ほくほくした表情で上機嫌に彼女は喪服女に指示を出す。


 「確かに、貰ったアル。小鈴!渡すアル」

 「解りました。それじゃその間二胡さんはサインでも書いてあげたらどうですか?」

 「そうアルな。どこにサインすれば良いネ?」

 「うーん……じゃ、シャツにでも」

 「解ったアル」


 僕が上着をはだけて座り込むと、彼女も僕のすぐ前まで着て屈む。


 「Tシャツなら兎も角Yシャツは書き難いアル」


 などと文句を良いながら、鼻歌交じりに上着の下にサイン書いていく。相手は完全に無防備……今がチャンスだ。


(シュリーを守らないと……)


 アイドルグループのリーダーやってるだけはある。なるほど……確かにこの中華娘も可愛らしい。肌は白くて綺麗だし、髪は黒くて艶やかだ。今の暗殺者衣装自体には色気などないが、素材は決して悪くない。気の強そうな大きな瞳の美少女だ。……唯、小五月蠅いのは僕の趣味じゃない。そういうのはもう間に合っている。

 不意に思い出したのはフォルテのこと。今頃きっとシュリーの身を案じていることだろう。あの子にとって何より大切なシュリーを任されたんだ。これ以上足は引っ張れない。

 さっきの写真が問題だって言うのなら、それ同等かそれを上回ることを、僕がこの中華娘にすればいい。

 そう。シュリーを守るためには……最低でも僕はこの子のキスをしなければならない。そしてその不祥事を揉み消すために、先のデータとの交換交渉を持ちかける。


(あの喪服はシュリーが引き付けている。やるなら今だ)


 それでも決心が付かない。抵抗がある。相手が可愛いアイドルだとしてもまるで食指が動かない。シュリーなら、こんなことはないのに。


 「……」

 「な、何アル?そんなに我を真剣に見て……」


 僕の視線に気付いたのか、何か勘違いしたらしい中華娘が顔を赤らめる。いや、何勘違いしてるんだ。自意識過剰な女って僕はあんまり好きじゃないんだけど、もうどうにでもなれっ!!

 僕は中華娘を抱き締めて、そのまま後ろに倒れる。後は作戦通り、僕の携帯でシュリーがそれを写真に納める。フラッシュの光の後、我に返ったその少女の肩が怒りで震え出す。

 今の光で見えたのだろう。


 「な、何するネっ!!しかもこの札っ、全部レシートアルっ!!」


 仕方ないだろ、フォルテとシュリーに奢りまくって金欠なんだ。ついいつもの癖で領収書を財布に貯め込んでいたが、こんな時に役立とうとは。


 「暴れない方がいいよ。今の君、とっても恥ずかしいことになっているから」

 「二胡さーん、パンツ丸見えですよ。それ二胡さんの事務所的にもNGなんじゃないですかね」


 味方?の喪服少女にまで駄目出しをされる中華歌姫。

 いや、でもそんな物で済むだろうか。怒りで紅潮した頬は、穿った見方をすれば照れている風にも解釈できる。そして今の彼女は、僕の上に馬乗りの状態。これ完全になんとかですよね。そんなデマが広まってもおかしくない位置だ。


 「写真だけじゃない。今のはムービーにも録画してある。これが流出したら、フォルクローレのセンターの地位は危ういんじゃない?」

 「ぐぐぐ……なんて鬼畜野郎ネっ!!」

 「僕の知り合いも、君のCD買ってるみたいだよ。あーあ……こんなの見たらもう君を見限るだろうな。センターは君じゃなくてそっちの子になったりして」

 「ううう……っ、ひ、人の足下見て最低アル!」

 「これを流されたくなかったら、本物の録画録音機材とデータ置いていけ。これでお互い様だろ」

 「……あれ、どうしてあれが爆弾だって解ったんですか?」

 「そうだな。今、君が言ったからかな」


 どうせシュリーには偽物を渡しただろうと疑って見たが、そんな物まで仕掛けていたとは。

 やはりあの喪服娘、運の良さがどうこうではない。確実に敵を仕留めてこの地位まで生き残ったかなりの猛者だ。


 「解りました、負けるが勝ちって事務所が言ってますし。これ、データと機材です」

 「シュリー、それを渡してやれ」

 「え?はい……」


 まだ戦うつもりの同僚を見限り、喪服少女は降参の意を示す。データの入った携帯を手渡すと、彼女は中華歌姫を引き取りずるずると引き摺りだした。


 「小鈴っ!!」

 「さ、撤退ですよ二胡さん!給料分以上の働きは時間の無駄です。だってこれ残業手当でないんですよー?」

 「ここであいつら殺せば何の問題もないネ!」

 「流石にいきなりBarockは無理ですって。せめてもうちょい良い後ろ盾がありませんと、音楽戦争どころか戦争始まっちゃいますよ」

 「なら尚更殺しておくべきアル!」

 「もう、グループのリーダーならもうちょい民主主義して下さいよ。多数決的な意味で。みんなの本国もまだそういうの乗り気じゃないんですから」

 「嫌アル。金と握手券が全てアル。人気一位の私が王アル神アル女神アル」

 「二胡さん。極秘データ、今私の手の中にあるんですが、それは……」


 これ以上ぐだぐだ言うなら流出させるぞという脅しに、流石にあの中華娘も折れたらしい。


 「それじゃ、今日のことはくれぐれもご内密に!」


 ようやく騒がしい奴らが去った。そこで緊張の糸が途切れたのだろう、その場に座り込むシュリー。僕が助け起こせば、ほっと安堵の息を吐く。


 「大丈夫?」

 「はい……」

 「よし……シュリー、行くぞ。準備だ」

 「え?」


 向こうが僕らのやりとりを理解できないと推測される距離を得た所で、僕は護身用に貰った銃を、少女達の無防備な背中に向けて構える。


 「な、何するんですかウェルさ……むぐっ!!」


 大声を出そうとしたシュリーを押さえ込み、小さな口を手で覆う。


 「あのさシュリー。彼女が簡単にあんな美味しいデータを渡すと思う?僕なら渡さない。ちゃんと僕の別にバックアップを送って置いた。あの子もそうだろう」


 だからあの中華娘の言葉が正論なのだ。彼女たちはここで始末しておくべきだ。片腕でシュリーを抑えながら、僕は引き金に指をかける。その刹那、もう一方の手に痛みが走った。


 「駄目……っ」


 シュリーが僕の手を噛んだのだ。まさかシュリーにそんなことをされるとは思わず、僕は銃を落としてしまう。それを拾い上げたシュリーは服の胸部に銃を入れ、僕から凶器を遠ざける。


 「シュリー……早く、返してくれ」

 「駄目です」

 「彼女たちは敵だろう?僕は君たちを守りたいだけなんだ」

 「だって今、約束したじゃないですか!」

 「僕は約束はしていない」


 僕は嘘は嫌いだ。だけど今はちゃんとした。誓うとも約束するとも一言も言っていないし、内密にの後に返事してないしね。持論を展開し奇襲を図る僕に、シュリーは真剣な顔をして諭す。


 「ウェルさん。戦いにだって、やって良いことと悪いことがあります」

 「悪い、こと?」

 「それは、嘘です」

 「騙し討ちなんてよくあることだろ」

 「はい。ですが取引で嘘を吐いては駄目なんです。それは信頼を失います。今後一切、もう何の取引も駆け引きも行えなくなる。不要な血が流れることになる。だから、破っちゃいけない約束っていうのはあるんです」


 僕から敵を守るよう、敵に背を向け僕を見つめるシュリー。その目の中に、僕は何かを懐かしむ。シュリーは誰かに似ているな。何処かで出会ったことがあるような……誰かにとても。


 「そんなの馬鹿げているよ。これまで何度、そういう風に人は裏切られてきたんだと思う?」


 シュリーを守りたい。そのためにあの歌姫達は殺さなければ。データが流出してからでは遅いのだ。


 「ウェルさん……それなら貴方はどうして、あんな方法を取ったんですか?」

 「あんな、方法?」

 「さっきの証拠は決定打に欠けます。相手を同じ状況に追い込むのなら……貴方は彼女にキスをすべきでした。僕も……それを貴方にお願いしたんです」

 「それは僕もそうだと思ったけど……」


 計算としてはそれが一番ダメージになると思った。でも土壇場で出来なかったのだ。したくなかった。


 「……やっぱり、誰にでもあんな事は出来ない」


 本心を打ち明けると、シュリーの顔に違う迷いの色が浮かぶ。僕の言葉にシュリーが何を思ったかは解らない。しかし、これ以上僕を責めることはしない風……この場は収まったと見て良いだろう。


 「じゃ、先を急ごう」


 しっかりと彼女の手を掴む。手に力が入っていた。強張っていたんだ。

 あの甘い痺れではない。シュリーに叱られて、緊張していた。僕は……怖かったんだ。

 ぴったりと魂が重なるように、呼吸の色まで手に取るように解る。あの時はそんな一体感さえ感じたシュリー。彼女と僕とでは価値観が違う。

 それに驚いた。そしてたじろいだ。その相違が僕からシュリーを遠ざけるのではと不安になった。

 決して手離すものかと握りしめた小さな手。少し痛かったかも知れない。それでもシュリーは振り解かない。されるがまま、僕に腕を引かれて歩く。僕の隣……と言うには少し後ろ。遅れて歩くシュリーの姿に安堵して、僕は続く仕事を思い出す。


 「ああ、そうだ……」

 「あれ……、まだ携帯お持ちだったんですか?」

 「ああ、あれは……まぁ、あの子と同じ感じだよ……っと」


 手持ちの携帯を操作する僕の遙か後方。何かが爆発する音がした。というかさせたというか。シュリーが苦い物を飲み込むような表情で、僕を責めてくる。


 「ウェルさん……幾ら相手が同じ手を使おうとしたからって、目には目を歯には歯をで返さなくとも……」

 「大丈夫。証拠隠滅程度の火薬しか詰んでないから。彼女たちは残念ながら無事だろう。目的は火災報知器の作動だよ。もしまだバックアップを持っていたら、スプリンクラーで機器を壊してしまおうと思って」


 *


 「…………」


 あの銀の歌姫の実力を見ようと思ったのに。ワヤンが見たのは同僚二人の醜態だった。


 《何アルあの男っ!結局黒烏のサインも貰ってくるの忘れたアル!》

 《密室に二人っきりとか変なスキャンダルにならないと良いですね》

 《小鈴は発想が気持ち悪いネ》

 《扉を開けるには、どちらかを拷問器具にセットする仕掛けとかありませんよね?》

 《その発想はもっと嫌アルっ!!》


 《ワヤンさーん!監視カメラ作動してたら応答願いまーす!》


 私は何も見なかった。聞かなかった。同僚が閉じ込められた区画のカメラはオフにして、モニターに録画された映像を映す。


(あの青年……)


 黒髪黒目の陰を帯びたあの男。鈴篠はカメラだけなんて嘘を言ったが、元々監視カメラに写った分がある。現場に持っていった媒体は、全てがブラフではったりだ。


(そう……問題は)


 ここに映った物の方が余程問題。映像でキスをしたのは歌姫と青年。けれど、写真に写ったのは別の物。歌姫とキスをしているのは……人間じゃない。

 確認をして震え上がった。写真に至っては、まともに撮れている物は殆ど無かったが、唯一姿を捕らえた一枚……そこに映っているのは、あの青年では無かった。角を生やした獣だ。他に例える言葉が見つからない。男の姿は人に近くはあるけれど、まず頭に角があり……暗がりでもはっきりと解る赤い色の髪を持つ。その髪は、青年の物より遙かに長い。


(空腹の、獣……)


 一目見て解る。あれは良くない者だ。見てはいけない者を見てしまった。

 幼い歌姫を食い散らかすように、喉元に食らいつくように……命を貪るようなキス。何故激しく、あんなにもあの歌姫を彼は求めるのだろう。禍々しいあの獣が、貪りながらも守ろうとする相手。彼女と彼は何なのだろう。

 あの男が化け物ならば……化け物が求める相手が化け物であるはずがない。理論上、そうなる。ならなければならない。彼女は光であるはずだ。


(歌姫シュリー……)


 何故貴方はここへ来た?


(貴方が光であるならば……)


 ワヤンは席を立つ。腰を上げ、身支度をする。あの歌姫とあの獣の真意を探る必要があるから。簡単に言うなら、興味を持った。直に言葉を交わしてみたいと。

 間もなく日が暮れる。影も自在に歩ける時間。ならば会いに行こう。そう思う。

表紙は念願(私にとっては)のカラー絵・女フォルテと男シュリー。


グーグル翻訳先生でラテン語翻訳。

clamate…鳴き声 だそうな。


カタストロフの毎回のタイトルは「●●(なるべく漢字)の××(カタカナ)」

で統一しようと思ったため、色々困ったことになった感じ。

一回ギャグ回で「週末のカタストロフ」回をやりたかったがためにorz


鈴篠ちゃんの口癖が事務所なのは、日本人テンプレが何かあったらすぐ会社に連絡取るから…っていうのを聞いたからそれを採用。

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