没落令嬢は王宮の凄腕保育士〜5歳児にプロポーズされたら、初恋をこじらせたツンデレ第七王子が身分を隠し後輩として潜入してきました〜
王宮の敷地内、日当たりの良い一角に新設された『王立貴族保育園』
そこで私は、ベテランの保育士に囲まれながら、今日も元気に子どもたちと駆け回っていた。
私の名前はリリアーナ・フォン・アシュレイ。
アシュレイ男爵家の長女……と言えば聞こえはいいけれど、実は我が家は絶賛没落中の貧乏貴族だ。借金はないものの、領地の収穫量は減る一方で、今日のパンを買うのにも苦労する始末。
しかし、私には誰にも言えない秘密があった。
私、リリアーナは、前世の記憶を持っているのだ。それも、日本社会で日々子どもたちと格闘し、時に癒やされていた「保育士」としての記憶を。
0歳の乳児クラスから、やんちゃ盛りの年長クラスまで一通り担任を持ち、ピアノの伴奏、季節の製作物、保護者対応に運動会の企画進行……。過労で倒れて目が覚めたら、このファンタジーな世界で貴族の赤ん坊になっていたというわけだ。
「貴族に生まれたからには、優雅なお茶会三昧の人生……!」と期待したのも束の間、物心ついた頃には家計は火の車。両親は優しかったが、このままではいけないと一念発起した矢先に見つけたのが、「王宮内で貴族専用の保育園を新設するため、保育スタッフを募集する」というお触れ書きだった。
王宮で働く文官や騎士が、子どもと少しでも近くで安心して預ける場所が欲しいと要望があり作られたそうだ。
「これだ!!」と飛びついた私は、面接で前世の知識をフル稼働させて見事採用を勝ち取ったのだ。
「リリアーナ先生、少しピアノをお願いできるかしら? 子どもたちが歌いたがっていて」
「はい、もちろんです! マルタ先生!」
私は園の広間にある立派なピアノの前に座り、鍵盤に指を這わせる。
前世で散々弾き込んだ童謡のメロディをこの世界風にアレンジして弾き始めると、バラバラに遊んでいた子どもたちが「わあー!」と目を輝かせて集まってきた。
「さあみんな、手を繋いで大きな輪を作って!」
私が明るく声をかけると、フリフリのドレスを着た令嬢も、小さな騎士服を着た令息も、みんなニコニコと笑って歌い始める。
私は18歳。この世界ではそろそろ結婚を考える年齢だが、子育て経験もない若い令嬢が、なぜか0歳の寝かしつけから年長の泥んこ遊びまで完璧にこなし、絵画もピアノも卒なくこなすものだから、いつの間にか王宮内で「アシュレイ家の凄腕保育士」なんて呼ばれるようになっていた。
(ふふっ、前世で培ったスキルがこんなところで役に立つなんてね。それにしても、やっぱり子どもは可愛い!)
私は幸せを噛み締めながら、元気いっぱいに歌う子どもたちを見つめた。
* * *
その頃。
王宮の渡り廊下から、保育園の庭をジッと見つめる鋭い視線があった。
第七王子、アレクシス・フォン・グランツ。21歳。
艶やかな銀糸の髪に、切れ長でサファイアのように青い瞳。誰もが振り返る美貌の持ち主だが、常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せているため、周囲からは「近寄りがたい」「俺様で我がまま」と恐れられているお方であった。
王子と言っても、王位継承権が大分低い彼はしがらみもなく自由に育てられた。
結果、極度の人見知りで大分性格がこじれてしまっていた。
見た目はいいのに、女性からの打算的なアプローチには冷たくあしらう一方で、本音ではどう接していいか分からず虚勢を張っているだけの、恋愛偏差値ゼロの青年である。
「……おい、ルーク」
「はい、殿下。なんでしょうか」
側近のルークが溜息交じりに応じる。彼らはここ数日、日課の剣術稽古を抜け出しては、こうして保育園をこっそり覗き見していた。
アレクシスの視線の先には、子どもたちと一緒に泥だらけになりながら、太陽のような笑顔で笑うプラチナブロンドの少女――リリアーナの姿があった。
「あの女……今日もあんな無防備に笑って……。貴族の令嬢のくせに、泥だらけになってはしたない」
「はあ。そう仰るなら、見なければよろしいのでは?」
「ば、馬鹿を言え! 視察だ、視察! 王宮内の施設が正しく運営されているか、王族として見極める義務があるだろうが!」
「顔が真っ赤ですよ、殿下」
「うるさいっ!」
アレクシスは心臓の大きな鼓動を隠すように、そっぽを向いた。
数日前、退屈しのぎに庭園を散歩していたアレクシスは、花冠を作りながら子どもたちに囲まれて微笑むリリアーナを偶然見かけた。
柔らかな春の陽差しの中、天使のような子どもたちに囲まれて優しく微笑む彼女を見た瞬間。
アレクシスの心臓に、なんか刺さった。
(なっ……なんだあの輝きは。め、女神だ……!)
生まれて初めての感情だった。これまでどんなに着飾った令嬢から色目を送られても「退屈な女ばかりだ」と一蹴してきた彼にとって、泥で顔を汚しながら本気で子どもと笑い合う彼女の姿は、あまりにも眩しかったのだ。
これが「初恋」だと自覚できない不器用なアレクシスは、それから毎日、無意識に彼女の姿を見にいくようになってしまった。
「あーあ、あんなに転げ回って。あいつ、また子どもに抱きつかれてるぞ。まったく、男の警戒心が足りないんじゃないか?」
「殿下、相手は3歳の幼児ですよ」
「男は男だ!!」
理不尽な怒りをぶつけるアレクシスだったが、次の瞬間、彼の視界にとんでもない光景が飛び込んできた。
保育園の庭で、少し大人びた顔立ちの5歳の男の子――宰相の息子であるレオが、リリアーナの前に片膝をつき、一本のシロツメクサを差し出していたのだ。
『リリアーナせんせい! ボクがおおきくなったら、せんせいをおよめさんにしてあげる! だからまっててね!』
距離はあったが、読唇術を心得ているアレクシスには、その言葉がはっきりと読み取れた。
そしてリリアーナは、頬に手を当てて嬉しそうに微笑んだのだ。
『ふふっ、ありがとうレオくん。楽しみに待ってるわね』
ピキッ。
アレクシスの中で、何かが音を立てて切れた。
「……おい、ルーク」
「は、はい。今度はなんでしょうか」
「俺は決めた。あの保育園で働く」
「…………はい?」
ルークは自分の耳を疑った。仮にも王族で、女性耐性のない俺様王子が、女・子どもしかいない保育園で働くなど、何を言い出すのか。
「身分を偽装しろ。俺は明日から、あの『リリアーナ』とやらの後輩になる。新人保育士として潜入するんだ!!」
「いやいやいや! 無理ですよ殿下! 王族が保育士だなんて前代未聞ですし、第一、殿下に子どものお世話なんてできるわけが――」
「うるさい! 俺があの生意気なガキどもから、あの女を守らなきゃならないんだ!! いいから手配しろ! これは第七王子としての至上命令だ!!」
こうして、王宮を巻き込んだアレクシスの暴走が幕を開けたのだった。
* * *
翌週。
王立貴族保育園の職員室は、妙な緊張感に包まれていた。
「今日から新しく入ってくれることになった、アレク君よ。体力には自信があるそうだから、力仕事なんかは頼むといいわ」
園長である年配の伯爵夫人が、ニコニコと一人の青年を紹介した。
私は目をパチクリとさせた。
背が高く、肩幅も広く、がっしりとした体格。銀糸の髪は少し無造作にセットされ、青い瞳はどこか不機嫌そうに細められている。
動きやすさだけを重視したシンプルな服を着ているけれど、隠しきれない高貴なオーラと、尋常じゃない顔の良さ。
(えっ……すっごいイケメン……! でも、すっごく不機嫌そう! 保育士志望には全然見えないんだけど!?)
「……アッ、アレクだ。よろしく」
低く、少しぶっきらぼうな声。
他の年配の保育士たちが「あらあら、いい男ねえ」「重い荷物を持ってもらわなきゃ」とキャッキャと騒ぐ中、アレクの視線がなぜか私を真っ直ぐに射抜いた。
ビクッ。
な、なんだろう。ものすごく睨まれている気がする。私、何かしたかしら?
「リリアーナ先生」
「は、はいっ!?」
「彼は未経験だから、年齢も近いし、あなたが新人教育の担当になって、色々と教えてあげてちょうだい」
「ええっ!? 私がですか!?」
このイケメンを、私が指導するの!?
戸惑う私をよそに、アレクはズカズカと私の前に歩み寄り、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「お前がリリアーナか。……まあ、せいぜい俺の足手まといにならないように教えてくれ」
(めちゃくちゃ俺様だ!?)
内心ツッコミを入れつつも、前世の保育士魂に火がついた。
「……わかりました。私でよければ、精一杯指導させていただきます。アレク先生、よろしくお願いしますね!」
私は満面の笑みで右手を差し出した。
アレクは一瞬ピクッと肩を震わせ、耳まで真っ赤にしてから、バシッと私の手を乱暴に握り返した。
「ふ、ふんっ! よろしく頼む!」
……なんだか前途多難な気がするけれど、こうして私と「新人保育士アレク先生」のドタバタな日々が始まったのだ。
* * *
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
「はぁ!?俺はなんもしてねーだろ!!?」
「アレク先生、顔が怖いです! もっと笑顔で! ほら、『いないいないばぁ』ですよ!」
「い、いないいない……ばぁっ!」
「ぎっ、ぎゃあぁぁあああぁぁあぁぁっ!!」
「ああっ、更に泣いちゃったじゃないですか!」
初めての保育現場で、俺様全開だったアレク先生は案の定、子どもたちに大苦戦していた。
「アレク先生、突っ立ってないでそっちのオリバーくんのおむつ替えをお願いします!」
「はあ!? お、おむつだと!?」
私が指示を飛ばすと、アレク先生は顔をしかめ、あからさまに顔を背けて後ずさりした。
「なんで俺が他人のガキの尻を拭かないとならねぇんだ……っ! ぜ、絶対に嫌だぞ!」
「何言ってるんですか! あなただって赤ちゃんのころは、周りの大人にやってもらってたんでしょ?」
私が腰に手を当ててピシャリと言うと、アレク先生はビクッと肩を震わせて言葉に詰まった。
「う、ぐ……っ」
「文句を言わないの! まだ一人でできないなら、まずは私の手元を見て学んでください! ほら、そこのおしり拭きを取って!」
「お、おう……っ」
完全に私のペースに呑まれ、タジタジになったアレク先生からおしり拭きを受け取ると、私は目にも留まらぬ早業で次々とおむつを替えていく。
今度は乳児クラスの部屋で、アレク先生は絶望的な声を上げて固まっていた。
一人のお昼寝が途切れたのを皮切りに、連鎖的に何人もの赤ん坊が大合唱を始めてしまったのだ。屈強な体格のアレク先生が、小さな赤ん坊たちを前にオロオロとパニックになっている。
「おい……っ、なんでこいつら、一斉に泣き出すんだ!? どうすればいい!?」
私は素早い動作で抱っこ紐を二つ手に取った。
前に一人をしっかり固定し、ヒョイッと後ろにもう一人をおんぶ。さらに片手で三人目の赤ん坊を抱き上げる。前世の激務で培った究極の秘技『同時三人抱っこ』だ。
「よしよし、みんな偉いわねー。怖くないわよー。アレク先生もほら、変な顔してないで笑って笑って!」
「……3人!?」
総重量十キロ越えの負荷をものともせず、ゆらゆらと絶妙なステップを踏みながらあやす私を見て、アレク先生は限界まで目を丸くして凝視していた。
「前と後ろに一人ずつ紐で背負って、さらに片手でもう一人抱っこ……だと……!? しかもその重さで、何分もリズムとりながらあやして……! 王宮騎士団の精鋭でもそんな筋力とバランス感覚は不可能だぞ! お前、一体何者だ!?」
「何者って、ただの保育士ですよ? ほら、アレク先生も感心してないで、ミルクの準備をお願いします!」
「あ、ああ……っ!」
完全に私のペースに呑まれたアレク先生は、すごすごと調乳室へ向かっていった。
その後も、アレク先生の驚愕は続いた。
幼児クラスでの自由遊びの時間。子どもたちがバラバラに走り回り、収拾がつかなくなってきた頃合いを見て、私は部屋の端にあるピアノの前に座った。
「さあみんな、今日はお絵描きよ! 先生がピアノを弾くから、歌いながら好きなものを描いてみてね!」
私が童謡をアレンジした軽快なメロディを奏でながら明るく歌い出すと、騒いでいた子どもたちが「わあー!」と目を輝かせて集まり、画用紙にクレヨンを走らせ始めた。
フリフリのドレスを着た令嬢も、小さな騎士服を着た令息も、みんなニコニコと笑って歌っている。
「……すげえ」
ぽつりと、アレク先生が呟いたのが聞こえた。
子どもたちの輪の少し外側で、彼は呆然としたように私を見つめている。
「絵も歌も、言葉も通じない赤子を泣き止ませるのも……本当に、なんでもできるんだな、お前という女は……」
いつもの不機嫌な顔はどこへやら、その青い瞳には明らかな感嘆と、熱を帯びた優しい光が宿っていた。
「おい小僧、リリアーナに抱きつくな! 離れろ!」
「やだ! リリアーナせんせいは、ボクのおよめさんになるんだもん! アレクせんせいはあっちいって!」
「お嫁さんだと!? 20年早いわ! お前みたいなガキにリリアーナは渡さん!!」
(……なんでアレク先生、5歳児相手に本気でムキになってるの?)
呆れつつも、不器用ながらに一生懸命子どもと向き合おうとするアレク先生の姿に、私は少しずつ好感を抱き始めていた。
重い遊具の出し入れは率先してやってくれるし、子どもが転んで怪我をした時は、誰よりも早く駆けつけて手当てをしてくれた(顔は相変わらず怖いけれど)。
「アレク先生、今日もお疲れ様でした。はい、お茶」
「……ん。サンキュ」
子どもたちが帰った後、夕暮れの保育室。
二人きりで片付けをしているこの時間が、最近の私の密かな楽しみになっていた。
「アレク先生、最初はヒヤヒヤしましたけど、だいぶ子どもたちと打ち解けましたね。今日なんて、女の子たちに髪を三つ編みにされても怒らなかったじゃないですか」
「……べ、別に。ガキの遊びに付き合ってやっただけだ」
そっぽを向くアレク先生の耳が、夕陽のせいではなく赤く染まっているのがわかる。
ツンケンしているけれど、本当は優しい人なのだ。
「私、アレク先生と一緒に働けてよかったです。これからも頼りにしていますね」
私が素直な気持ちを伝えると、彼はハッと息を呑み、私の顔をじっと見つめた。
サファイアの瞳が、熱を帯びて揺れている。
「リリアーナ……お前ってやつは、本当に……」
彼が大きな手を伸ばし、私の頬に触れようとした、その時。
「リリアーナ先生!! 大変です!!」
バンッ!と勢いよく扉が開き、同僚のマルタ先生が血相を変えて飛び込んできた。
アレク先生は慌てて手をポケットに引っ込める。
「どうしたんですか、マルタ先生」
「王宮からの使いよ! なんと、第七殿下があなたをお呼びなの!!」
「えっ……? 第七殿下が、私を……?」
思いもよらない言葉に、私は呆然とした。
第七王子と言えば、気難しいとかで有名なあの方だ。下級貴族でただの保育士である私が、なぜ直接呼ばれるのか。
「今すぐ王宮の応接室に向かってちょうだい! 粗相のないようにね!」
「は、はい!!」
リリアーナは慌ててエプロンを外し、他の保育士に引き継ぎをしていた。
一方、残されたアレク先生は、言葉を失って固まっていた。
( 第七王子がなんだって!? 俺は今ここで、リリアーナといっしょにいるだろうが!! なんで俺が呼び出しを……!? ルークか!? あの野郎、勝手な真似を……ッ!)
アレクシスは頭を抱えた。
今からリリアーナが行く応接室に、王子としての自分がいないといけない。
しかし、自分は今、保育士のアレクだ。
今すぐここを飛び出し、着替え、先回りして王子に戻らなければならない。
アレクシスは青ざめた顔で、走り去るリリアーナの後姿を見送った後、自分も反対方向へと全速力で駆け出した。
そのパニックに、リリアーナは全く気付いていなかった――。
「ルーク!! どういうつもりだ!!」
「ひぃっ! で、殿下!? 早!!保育園からここまで走ってこられたのですか!?」
王宮の裏口を猛ダッシュで駆け抜け、自室に飛び込んだアレクシスは、悠々と紅茶を飲んでいた側近のルークの胸ぐらを掴んだ。
息は絶え絶え、銀糸の髪はボサボサである。
「お前が……っ、勝手にここに、リリアーナを呼び出したんだろう?!…… はぁ、はぁ……!」
「ええ、そうです」
「だって、殿下もお年頃なのに、正体を隠して砂場でお山を作っている場合ではないでしょう? このままでは、殿下の初恋は『手のかかる後輩』で終わってしまいますよ」
「うっ、うるさい! もう、いいから早く着替えをよこせ! あいつがもう応接室に向かって来てるんだぞ!!」
文句を言いながらも、ルークは手際よくアレクシスの粗末な服を剥ぎ取り、豪奢な王族の衣装へと着せ替える。
乱れた髪を整え、王子の威厳を纏ったアレクシスが応接室のソファに腰を下ろした、まさにその数秒後。
コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「……失礼いたします。王立貴族保育園の保育士、リリアーナ・フォン・アシュレイにございます」
入ってきたリリアーナは、いつもエプロン姿とは違う、清楚な令嬢の装いだった。
緊張でガチガチになっている彼女を見て、アレクシスは思わずゴクリと喉を鳴らす。
「……面を上げよ」
努めて低く、威厳のある声を出す。
リリアーナが恐る恐る顔を上げた。その視線が、アレクシスの顔を真っ直ぐに捉える。
(さあ、驚け。そして俺がずっと傍にいたことに気付いて……)
「…………あれっ!」
リリアーナが目を見開いた。
アレクシスは心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。
(そうだ、俺だ。お前と一緒に泥んこまみれになっていた、アレクだ……!)
「殿下は……もしや、アレク先生の双子の生き別れのお兄様……とかですか!?」
「……は?」
アレクシスは、見事にズッコケそうになった。
リリアーナは真剣な顔で、しかしどこか目をキラキラと輝かせながら一人で納得し始めている。
(わ、間違いないわ! 私が愛読している『双子王子の身代わり婚約』と同じ展開よ! 身分を隠して市井に下った弟君と、王宮に残った兄君……! ということは、アレク先生は王族だったのね!? あんなに仕事ができなくて不器用なのも納得だわ!)
「お、おい待て。何をブツブツ言っている。双子ではない、俺は――」
「ああっ、ご安心ください! 私、口は堅い方です! アレク先生が第七殿下の影武者として、暗殺者から逃れるために保育園に潜伏していることは、誰にも言いませんから!」
「違う!! 影武者でもないし暗殺者も関係ない!!」
あまりの鈍感さと斜め上の妄想力に、アレクシスはついに頭を抱えた。
「いいか、よく見ろ! 影武者でも双子でもない、俺がアレクだ! お前に『いないいないばぁ』のやり方を教わって、一緒にどろ団子を作って、さっきまで一緒に片付けをしていただろうが!!」
立ち上がり、大股でリリアーナに歩み寄る。
そして、彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「え……? ええっ!? 殿下ご本人が、どうして保育園に……!?」
「お前が!!」
「ひぃっ!」
「……お前がっ!!!」
「あそこで、俺以外の男にデレデレして、将来の約束なんかしてるからだろうが!!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るアレクシスに、リリアーナは目を白黒させた。
俺以外の男? 将来の約束?
保育園で私が相手にしている男なんて……。
「……もしかして、5歳のレオくんのことですか?」
「そうだ! 『お嫁さんにしてあげる』だと!? ふざけるな、あんな鼻垂れ小僧にお前を渡してたまるか!!」
「……えっと、殿下?」
「俺はお前が……っ、その、なんだ。お前が子どもたちと笑い合っているのを見て、その……欲しくなってしまったんだよ!!」
しんと、応接室が静まり返った。
アレクシスは自分が口走った言葉の気恥ずかしさに耐えきれず、そっぽを向いて耳まで真っ赤にしている。
(えっ……? これって、もしかして……)
リリアーナの脳内で、今まで読んできた数百冊の恋愛小説の知識が猛スピードで駆け巡った。
『気難しくて俺様で、誰も寄せ付けなかった王族が、身分を隠して下働きをしてまで一人の令嬢を追いかける』。
(――王道中の王道、ツンデレ王子の激重初恋ルートじゃないの!!)
しかも、相手は自分。
恋愛小説のヒロインを客観的に見るのは好きだったが、いざ自分がその立場になると、心臓が爆発しそうだった。
「で、殿下。あの、からかわないでください。私はただの没落貴族で、仕事一筋の保育士で……」
「からかってなどいない! 俺は、生まれて初めて……心の底から好きになった女性だと思ったんだ」
アレクシスが、そっとリリアーナの肩から手を離し、今度は彼女の頬を優しく包み込んだ。
保育園で見せていた不器用でぶっきらぼうな顔ではない。一人の男としての、熱を帯びた真剣なサファイアの瞳がそこにあった。
「リリアーナ。俺のお嫁さんになれ。……いや、なってください」
俺様全開だった彼が、最後に絞り出すように発した敬語。
その破壊力に、リリアーナの胸の奥で、何かがトクンと大きく跳ねた。
今まで『子どもたちの笑顔』にしか向けられていなかった彼女の情熱が、初めて目の前の不器用な青年に向かって燃え上がった瞬間だった。
「……一つ、条件があります」
「条件? なんだ、言ってみろ。爵位なら気にするな……俺は王位継承権も低くてーー」
「違います! 私、お嫁さんになっても保育士は辞めませんからね! この王立貴族保育園を、国一番の施設にするのが私の夢なんです!」
ビシッと指を突きつけて宣言するリリアーナを見て、アレクシスは一瞬きょとんとした後……腹を抱えて大笑いした。
「ははっ! あっはははは! お前、俺のプロポーズの返事がそれか! 全く、お前という女は……」
涙が出るほど笑った後、アレクシスはたまらなく愛おしそうにリリアーナを抱き寄せた。
「いいだろう。俺も第七王子として、お前の保育園を全力で支援してやる。……ただし!」
アレクシスが、耳元で低く囁く。
「俺以外の男に抱きつかせるのは禁止だ」
「……殿下、男って、相手は子どもですよ?」
「子どもでも男は男だ!!」
* * *
それから数ヶ月後。
王立貴族保育園は、第七王子の強力なバックアップのおかげで遊具も充実し、さらに活気に満ちていた。
「おいコラ! レオ! お前またリリアーナの膝に乗ろうとしたな!」
「やだやだ、アレクせんせい! リリアーナせんせいはボクのおよめさんになるんだぞ!」
「ダメだ! リリアーナは俺の婚約者だ! 身の程を知れ!!」
今日もまた、大人気ない俺様王子と5歳児の熾烈な戦いが繰り広げられている。
身分を明かした後も、アレクシスは暇を見つけては「視察」と称して入り浸り、子どもたちと本気で張り合っていた。
「もう、二人ともやめてください! ほら、おやつの時間ですよー!」
私がパンッと手を叩くと、二人は渋々といった様子で離れる。
怒ると少し怖いけれど、愛しいツンデレの王子様。
没落貴族に転生した元保育士の私は、王宮で無双するどころか――最高に厄介で、最高に可愛い大きな「子ども」を、生涯かけてお世話することになってしまったらしい。
私は、こちらを見てドヤ顔をしているアレクシスに向かって、とびきりの笑顔を向けたのだった。
※連載版始めました!
日頃お世話になってる保育園の先生方の様子を思い出しながら書いてみました。
いつもありがとうございます。先生ーー!
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
反応頂けたらとても嬉しいです!




