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004 少年と少女



【カンパ】

 オレは兵士たちの後ろから扉の外へ出る。

 ハダリーと異国の男――エユィドナ共和国から来た商人ヴォネラム――のやり取りを横目に見て思う。


 ウサン臭いヤツだ……


 善良そうな商人の顔をしていながら、実際に売っているのは立場の弱い人たちそのもの。つまり、奴隷商人。


 でも、あいつはそれだけじゃない。何かブキミだ。


 それにしても……


 視線の先にいるのは汚れやほつれたりしている服を着た、縄に繋がれた人たち。ウサン臭い商人の言う“商品”たち……。


 村の壁付近は草が取り除かれているのだが、彼らはその狭いスキマに小石のように身を寄せ合っている。ざっと見渡して100人と少し。

 若い男たちや若いとは言えない男たち。だいたい半分がギハスロイか。子供と言えるのも何人か。そして男の数よりは少ないが、女の集団もある。

 彼女たちは男たちとは別に、縄でくくられている。出荷前に傷でもついたら困る、といったところか。


 薄汚れた衣服から突き出た痩せた手足が、奴らのマズしい食事事情を物語っている。そしてこいつらの目は、まるで死んでいるじゃないか。こいつらもこいつらだ。状況に甘んじて、抵抗することも逃げ出すこともしない。見ていると……


 イラついてくる……


 そのとき、視界のハシに入ってくる


 アザやかな色。


 何だ?


 気になって意識を向ければ……


 兵士が1人、1歩また1歩と左へ歩いて行く。

 その向こうに立っていた男の奴隷が腰をおろし、さらに奥の護衛が右へとはけていく。植物のガクが開き、ツボミが開いていくように。


 その先に見えたもの。


 この廃退的はいたいてきな景色にそぐわない


 鮮やかな淡い色。


 思わず気になり、意識のピントを合わせる。


 それはユリの花のように淡いピンク色の……髪。


 髪は持ち主の肩あたりの長さで、ストレートというよりは毛先が跳ねていて、ヒラヒラとどこに飛んでいくかわからない蝶が舞っているよう。

 前髪は物心ついてからほとんど切ったことのないように伸びて、前が見えるようにか眼球の前だけはかきわけていた。


 その目は、全てを慈しむかのようで


 死んでない……


 自分とほとんど年が変わらない、


 あどけない少女のその目は


 奴隷という絶望の中にあって


 まだ死んでいない……


 それは不意打ちか、驚きか、あるいは衝撃か。わずかな間、オレの視線は動くことを忘れる。


 そして彼女が何を見たか、何を聞いたか、何を感じたのか。彼女がムジャキにホホえむ。その笑顔は、春の日差しに負けないくらいにはマブしい。


 そして彼女の瞳が、


 こちらに向けられる……





【アイネ】

「もうすぐ王都かぁ」


 ボクの右隣にいたお姉さんが、他にすることがないから仕方なく、といった感じで話しだす。


「そしたらいやらしいオヤジに買われちまうのか」


「買われるって……」


奴隷商の人もよく言いう、“買われる”とはどういうことなのかボクが聞こうとしたところで、左隣にいたお姉さんが割り込んで言う。


「……アンタたちはいい。ワタシはきっと……売れずにコウザンに送られる……」


彼女はギハスロイだ。この2人とは今回の旅で仲良くなった。なぜなら移動中も、休憩中もずっと近くにいたからだ。

 それにしても、2人は大事なことを忘れている。だからボクは言ってやる。


「でもまず王様のところに行くんでしょ。そして王様に気に入られれば、王女になれる。そしたら、キレイでかわいい服も着れるし、ご飯もお腹いっぱい食べられる! 誰かがそう言ってたよ」


夢は広がる。それも限りなく。そこに右から、


「ウガ王国の王さまは既婚者だ。王妃にはなれないよ」


と言われた所で、ボクは思いつく。


「あっ、王子でもいいのか。それにそれに……」


自然と心まで、笑顔になれる。「お前は気楽でいいな」と右から聞こえ、左から同じ意味のため息が聞こえたとき、何かにつられて目線を上げる。

 そこには村の門から出てくる少年がいる。黒い髪。それも兵士? 剣をつけていて、服もそれっぽい。ボクとトシが変わらないくらいの男の子なのに……。


「……少年の……兵士?」



 それはまっすぐな目だ。


 余りにもまっすぐ過ぎて


 まるで痛みを感じるような……


 それは不意打ちの驚きか、悲しみか。一瞬、その痛みを何とかしてあげたいような気持ちになる。


 なんであの少年は、兵士なんて危険なことをしているのだろう?


 しばらくして、思ったより長い間見つめてしまったことに気づいて、慌てて顔をそらす。いきなり顔を向けられたギハスロイのお姉さん(・・・・)がびっくりしている。右隣のお姉さん(・・・・)が何かに感づいたのか、寝そべっていた上体を起こしながら「ハッハーン」と鼻を鳴らしてくる。そして手をつながれているにもかかわらず、器用に腕を僕の首にまわしてきて


「さてはお嬢様……」


まわされた腕には体重が乗っていて、ジミに痛い。地べたに座っているお尻も痛い。腕を誰かの首にまわすということは、顔も自然と近づくということ。


「恋をしたな」


と耳もとで囁かれる。何かと目ざといお姉さんのトイキが耳に当たってこしょばゆい。

 そしてそれは違う!


「ちがっ……」


否定しようと体勢を変えたところで、さらに詰め寄ろうとした右隣のお姉さんの体重を支えきれなくなる。つまり2人で仲良く、後ろにひっくり返ってしまう。


「何をしているんだ?」


ギハスロイのお姉さんの冷静な声が、上から降ってくる。







 カンパは思わず長いこと、見つめて……見つめ合ってしまったことに気づいて目をそらす。

 そして冷静に考える。


 何だったんだ? 今のは?


 奴隷の女が気になった?


 違う。そうじゃない。


 ヘンな女がいたから、つい見てしまっただけだ。



 カンパは否定したがるかもしれないが、シドン川で魚がはねて再び水着水するまでぐらいのわずかな間、2人の視線は確かに交差した。

 そしてお互いの視線が、自分に触れるのを感じたのである。


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