002 葦(あし)の村
その集落は、誰かが葦の草原の真ん中辺りに置き忘れて1~2年ほど、あるいは2~4年ほどがたってしまったような村だ。つまり文明からは距離を置かれ、まさに今にも自然に飲まれてしまいそうな村だ。
なぜなら村の東と南、ついでに西を死ぬほど鬱陶しい程の葦の草々に包囲され、残された北側には大きな川が流れている。大人でさえ必死に泳がないと向こう岸にたどり着けないような大いなる川――シドン川である。
毎日のように迫り来る草を切り開くことで、村の外周に広がる畑を耕し、また上流から運んできた丸太の柵で村を囲い、原始から存在する野生の脅威を跳ね除けることによってようやく、彼らのつつましい生活圏は維持されている。
今は青く実りつつある大麦畑の間を抜けて、そんな村に似つかわしくはない集団がたどり着く。王都から派遣されてきた兵士たちだ。
革新的に簡易的な、丸太を揃えて束ねただけの門と呼ばれる代物は、この時は閉ざされている。村の外に存在する、生きとし生けるものをコバむかのように。
ハダリー隊の隊長ハダリーが、門の内側の物見櫓モドキにいる見張りモドキの村人に声をかける。
「我々は王都から派遣されて来た兵士だ! 門を開けてくれ!」
重そうな木材のカンヌキが外される音が向こう側から響いた後、扉を開け放った見張りが切実そうな声で言う。
「やっと来てくれたか。村の反対側が大変なんだ。そっちに行ってくれ」
村に入った兵士たちは村を通る道を通って、反対側にある出口に向かう。
この世界では1日2食が主流なので、昼時だからといって農村のいたるところで煙が昇る、ということはない。
束ねた葦を組み合わせて作られた半円筒形の住居が規則正しくというわけでもなく、道の両側にソバカスみたいにバラバラと点在している。
そして洗濯した衣類を干す女や、遠巻きに兵士の様子を眺める男の子、彼の服につかまる妹、家の傍らの暖かな地べたに座り込んでまた1日歳をとる老人、何かに驚いて逃げだすヤネドマリ鳥などがいるだけだ。
【カンパ】
……ノドがカワく。
オレは、肩から下げた革袋を手に取る。
一端を縛るヒモを解きながら口へ持って行き、中の水を流し込む。皮からうつった獣の臭いごと、口の中に入る生ぬるい水。それを飲み込む。多少の匂はもう、水の内だ。
皮袋の口を負いヒモで閉め直していると、ホホの内側のキズが痛む。さっき殴られたときにできたヤツだ。これにはまだ慣れていない。舌先で触れてみると、ヒリついたサけ目がそこにある。
痛みから、憎しみがジンワリと広がる。
「くそっ」
思わずアクタイが、口からこぼれでる。
それを聞いたか、前を歩いてた大柄の兵士であるボゴタが振り向いて言う。
「どうしたカンパ? 大丈夫?」
オレは顔を背けて言う。
「なんでもねぇよ」
……悪いけど、そんな気分なんだ……。
顔を背けた先に、平屋の日干しレンガでできた建物がある。
作りから、それが村の宿屋だろう。心配そうにカンパたちの向かう先――つまり反対側の入口――を眺める女と何事かをたずねる娘、そしてより幼い男の子がいて、通り過ぎていく兵士たちを見ている。男の子の目は、強い者に憧れる少年の輝きの光そのものだ。その瞳は、兵士たちの姿を先頭から1人ずつ順に映してき、最後にオレを映しす。
そのあまりにもムジャキな眼差しは、過去の、優しさにあふれた時代のありし日の記憶を呼び起こす。そして幼い頃の自分の声が聞こえてくる…………。
「すごい! 草の家がある!」
幼い自分の感嘆に答えるのは、悲しくなるほど懐かしい声。
「あれは葦で作られているんですよ」
痛い程、なつかしく、優しい声が続ける。
「村の人たちが木で骨組みを組んで、そこに束ねた葦を被せていくんです」
愛に満ちた声が、髪をかき上げる。
「そうすると雨や風を防ぐことができて、お家の中にいても安心できるでしょう?」
その人を愛情の対象としてしか見ていない低い視線からは、後ろに太陽が重なってマブしくなり、意に反して目を細める。
「お母様は何でもご存知ですね」
少年は嬉しそうに、そしてそれが太古の昔からある当然の権利であるかのように、母親に手を伸ばす。
「でもいいなぁ。あんなお家に1度泊まってみたいなぁ」
母親は春の太陽みたいな笑顔で微笑んだ。優しい手が、少年の柔らかな髪の毛をなでた。
粗暴な、男の声が言う。
「そういやさぁ、なんでだ俺たちが奴隷を迎えに来なきゃいけないんだ?」
兵士の粗暴な声が、暖かい思い出に全身で浸かっていたカンパを、現実世界へと暴力的に引き上げる。
「何でも、村の使者が血相を変えて駆け込んで来たって話じゃないか」
耳ザワリなそれはブーバーの声だ、とカンパは思う。先頭のハダリーが言う。
「管理官も詳しくは知らなかったが、村で何者かが村に開門をせまっているそうだ。……そしてまた我らが王に奴隷商人が会いに来ることになっているらしいが、まだ到着していない。来るとすれば、この辺りを通ることになっているらしい」
それに対し、別の兵士の声があがる。
「奴隷たちが反乱でも起こしたんだろ」
兵士たちが笑い出した。カンパには、そんなことが起こるわけないと思って笑っているのか、その状況のイメージがコッケイに思えて笑っているのか分からないし、この世界は俺たちのモノ、といった色合いの笑い声が嫌いだ。
「浮かない顔してどうした? 疲れたのか?」
話しかけてきたのは、ハダリー隊の副リーダーであるベーヤだと、声で分かる。
「別に疲れてないっす」
カンパはそちらを見ることもなく答える。
「そうか……」
返ってきたその言葉はカンパをかわし、辺りの土くれやたまたま吹いた穏やかな風などの中へと消えていってしまう。
ベーヤの「そうか……」が消え去ってからしばらくの後、兵士たちは村の反対側にあるという門の辺りにまでやってくる。
そこでは、散ったクモの子を集めたような、人だかりが出来あがっている。
その人だかりは、3タイプのヒューマロイから構成されている。1つは門を守る男たち、1つは少し離れてそれを心配そうに眺める女たち、そして最後は大人たちの普通でない様子に興味を惹かれ、遠くからおっかなびっくり見る子供たち、である。
そして付け加えるならばもう1タイプ。
それは、“ギハスロイ”と呼ばれる者たち。彼らの形は人間に似ている、とも言えなくもない。
なぜなら腕は2本だし、脚も2本。直立歩行もするし、ヒューマロイと同じ言葉を話す。しかし体表にはイボのような突起が体全体に満遍なくあったし、体の色はまちまちで赤や緑や青かったりする上に、腹から胸のあたりなどに差し色として、だいたい他の色が入る。
ヒューマロイのようで、ヒューマロイではない。ヒューマロイが彼らの種族を差別する理由として、その事実だけで十分だ。
いずれにせよ、彼らは過去の畏怖とそこから来る軽蔑を込めて“ギハスロイ”と呼ばれている。
このよにクモの子供たち……ではなくヒューマロイやギハスロイたちがゴッタ返す中、ハダリーたちが件の門に近づくためには、外側の人たちから順番にかき分けて泳ぐように進んでいかなければならない。
と思っていると、兵士たちに気づいた人々は次々と、進んでその道を開けていく。兵装を施した集団というものが、農村では浮き出るほどの威圧感をカモし出し、おのずとそうさせたのかもしれない。
ただしそれは、「なんとかしてくれよっ!」というイササか厳しい眼差しが突き刺さる道のようだ。
ただしハダリー隊メンバーも、ゴドリー隊メンバーも、そんなものは歩いているときにうっとおしい羽虫ぐらいにも気にせずに歩いてゆく。




