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014 謁見3


【アイネ】

 肩を抑えられた。


 首輪をつかまれた。


 でもっ!


 まだアキらめきれないっ!


 アキらめたくないっ!!


「ボっ、ボクはっ……ボクはあの土蜘蛛にトドメも刺したんでs……」


そこまで言ったところで首輪を後ろに引っ張られ、首ごと言葉がつまる。




【カンパ】

 何を考えているんだ!


 この女は!


 せっかくオレが、大事にならないように取り押さえてやってるのにっ!


 なのにまた勝手な行動をしやがって!


怒りがわいてきて、思わず手に力が入る。そんなとき、ふと気づいてしまう。


 押さえ込んでいる少女の先に


 あの王がいることを……


 あの王が、目の前にいるということを……


 いつも遠くから見るばかりで、


 近づくことがかなわなかったあの王が……


自分の左腰を見て、そこに剣があることを確認する。


 ……やれるのか?


暗く、そして熱い希望と疑問がわき上がってくる。


 今なら……


 ひょっとしたら……


 やれるんじゃないのか……


右手が勝手に動きだす。それは不自然なほど、震えている。そして右手が剣の柄に届きそうなとき、


 その手をつかまれる。


「何をしている」


耳元の声の方に視線を上げれば、鳥のカッコウをした男がすぐ横に立ち、オレの手を押さえている。


 気づかれた……


それがその時、オレが考えられた全てだ。

 サイワいというべきか、オレが何をしようとしていたのか、バカな女のおかげで他に誰も気づいていない。なりふり構わずとか、保身とか、対処の方法はいくらでもある。


 だけれども、オレは止まってしまった。


 その時、手の震えも、思考も、世界も固まった。


 そんな気がした。





【】

 カンパは動きを止めている。


 その手を押さえるコスキンも止まっている。


 首輪を引かれて、アイネも止まっている。


 兵士たちも、奴隷の女が抑えられているのを見て止まっている。


 そして他の奴隷たちも、商人やその護衛たちも、成り行きはどうなるのかと止まっている。


 そして王も止まっている。


 アイネを見下ろすその顔は、驚きの顔だ。それも亡くなったはずの人が、いきなり目の前に現れた時にするたぐいの、驚きの顔だ。

 そしてこの開放的に広すぎる広間で、その乾いた唇だけが動く。


「……お前は……」


 その声は余りにもカスれていて、聞き取った者は誰もいない。ただ、目の前の少女が強い眼差しで、自分を見つめている。その瞳は青空のようにんでいて、“昼”を思わせる熱さのカケラがある。

 そしてそれは、王の忘れかけた遠い日の1場面を呼び起こしてくるのだ。





【30年前のとある1場面】


 バルガは仕事終わりに露店で、すっかりカラになってしまった腹を満たしていた。すっかり空腹になってしまっていて、腹に穴でもあいているんじゃないかとサッカクするくらいには空腹だったのだ。


 木を斧でぶつ切りにして置いただけのようなイスに腰をおろし、豆や草を煮詰めた赤みがかったドロドロのスープを2、3度口に運んでは、揚げた果実をかじる。濃いスープの後味に、油と甘味が乱入してくる。


「いたいた。おい、バルガ!」


混じり合わない味のヨインにヒタるバルガを呼ぶ声があった。彼のよく知るその声は、何か面倒なことを持ってきたときのコスキンの声だ。なのでバルガはその声をムシすることにした。


「ムシすんなって。相変わらず、察しがいいというか……」


「……やっぱりメンドーごとじゃねーかっ」


とバルガが思いながらスープのお椀から顔を上げれば、そこにはコスキンと一緒に見知らぬ女がいた。

 その女はフードのついた白い外套がいとうを羽織っていたが、フードを下ろした。サンゴ色で少しクセのある髪を長く伸ばした、整った顔の若い女だ。


「なんだ、いい女じゃないか。自慢しにきたのか? まあ、いい。ビールのうまい店を知っているから一緒に飲みに行かないか?」


バルガはそう言って、揚げた果実の最後の一欠ひとかけを口に放り込んだ。コスキンは真面目に、


「チャカすのはやめろ。彼女に失礼だろ。こちらは前に話した、お前に会いたがっていると言った……」


と言ったところで、女が割り込んだ。


「サイネヴィです。神殿教国は神殿教の神から派遣されてきました」


と、言った。彼女は名乗っただけなのだが、その声はバルガの耳の中に深くコダマした。まるで心の中にまで、響いてくるようだった。

 バルガは思う。


 ……神殿教国って、たしかヒューマロイが邪神の使徒を倒して、独立したとかウワサの……


 だが女は、そんなことはお構いなしに続けた。


「あなたの力が必要なんです。ぜひ、力を貸していただきたく」


バルガの瞳をのぞき込む彼女の眼差しは、青空よりんでいて、“昼”より熱かった。








「私がこの者をもらいましょう」


 その声は30年の時を越えて、王を現実に引き戻す。

 言ったのは、若いが静かな声。ナルガ王子だ。


 王は驚いたように、そして知らない人物がそこに立っているかのように我が子を見る。その表情にはアセりの色が見てとれる。

 王はしばし、王子を見つめる。

 王子は父親のいつもと違う様子に、何事かと見つめ返す。2人がそうしているときに、ある者が王に近づく。それは奴隷商人のヴォネラムで、


「ウガ国王よ、この者に関して1つ、申し上げておかなければならないことがあります」


と言う。王は息子からゆっくりと視線を外し、商人を見て


「何だ?」


と聞き、ヴォネラムは、「それではお耳を拝借」と言いながら王の耳元で口元を隠しながら何かを伝える。

 それは2~3語程度のとても短い時間だったが、王はさっきの3倍は驚いた顔をして、


「それは……本当か!?」


と商人の顔を見、そしてアイネの顔を見る。

 さらにもう1度、何かをウッタえる顔で商人の顔を見て、アイネの顔を見る。


 王の手が伸びて、その細く冷たい指がアイネのアゴに触れる。アゴを持ち上げられ見上げるアイネの顔は、整ってはいるがまだあどけなさが残る。

 アイネはそのままムジャキに数回、マバタきする。


 ……やっぱりどこか似ている……


 王は懐かしい面影をその顔に重ねてしまう。王は自然と口を動かし、


「お前の母親の名は?」


と聞けば


「……知りません。ボクはコジだから……」


と返ってくる。王は口をつぐむ。

 少し何かを考え王は、


「ならば出身は?」


と聞き、アイネの


「神殿教国、です……。神殿教国の、神殿教会で育ちました……」


という答えに


「神殿教国っ! しかも神殿教だとっ!」


とかなり興奮した様子を見せる。アイネは何か責められているような、不安を覚える。


 王のかたわらで王子ナルガは、ギュッとクチビルをかみ閉めて2人のやり取りを静かに見つめている。


 興味深そうに見ていたヴォネラムは、ウガ王国国王の異様な反応の仕方に片方の眉毛を上げる。


 カンパは、バルガ王程ではないにせよコスキンも何かしらを感じ取っているのを近くに感じている。


 広場にいるその他大勢は、成り行きを見守るしかない。それは城壁に積み重なるレンガも同じ。


 王は上半身を起こしながら、腕を組む。


 そして空を見上げる。


 王はそのままの格好で、


おろかな鳥よ。……ワレはこれを買うべきだと思うか?」


と、まったくタズねていないような口調で言葉をだす。アイネが愚かな鳥を振り返ると


「愚かな鳥に、答える道理はありません。愚かな鳥は、愚かモノでしかありませんから。……しかし、もう答えはあなた様の中にあるのでしょう?」


その言葉で王の心は決まったようだ。王はアイネを見て、


「お前は戦えると言ったな?」


と聞き、アイネは


「……はい」


と自信なく答える。王はその自信のなさに目をつむり、


「まぁ、良い。ヴォネラムよ、この者をもらおう」


と宣言する。続けて


「この者を後宮に迎え入れる。フェマよ、手配しろ。またいくつか申し伝えることがある。後で顔を出せ」


と後ろを振り返って言う。後ろに控えていた女が「かしこまりました」と頭を垂れる。王は続けて、


「ただし、戦いも得意ということだ。兵士として働いてもらおう。そこのお前、この者はお前に同行させる。だからお前と同じことをやらせろ。……そうだな、明日からでも始めるがいい」


と言われたカンパは、「なんでオレが!」と言おうとしたところをスンデのところでこらえて、


「……了解、しました……」


と言う。次に王は


「そしてナルガよ」


と息子に呼びかけ


「この者はやれない。だが他の者は好きにしていい」


と言うが王子は


「興がそれました。また次の機会にでも」


と当たりサワりなく断る。王は


「好きにしろ」


と言って歩き始める。が、すぐに足を止め、


「……この者は?」


とヴォネラムにたずねる。王の前には王都で石を投げられ負傷しているギハスロイの女、マリピスがいる。奴隷商人は、


「少し趣向を変えてみようと、そろえました。負傷は王国の民の投石によるものです」


王は軽く鼻を鳴らすと、立ち去ってい行く。

 王の取り巻きたちも、追いかけるように去って行く。


 売れた奴隷たちは、商人の護衛が縄を解き、侍女が奥へと連れて行く。もちろんアイネもだ。


 アイネは広間脇の建物の入り口をくぐる時、1度、後ろを振り返って見る。


 そこには悲しみが留まっている。


 そのとき彼女が確認できたのは、それだけだ。


 やがて彼女が見たその悲しみは、その場の石畳やレンガに染み込んで新たな悲しみを目撃する日を、髪の毛1本分も動くことなく待つのだろう。


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