001 “夜”
“夜”が西の地平線から登ってきて、天頂にある“昼”をおおいだす。
この世界では太陽は空の中央で動かず、“夜”と呼ばれる天体が移動して来て、その光をさえぎる。巨大な“夜”は長い間、光をさえぎる。この世界の者たちは、それを“夜”と呼ぶ。
そんな“夜”の下、夜空と同じように延々と続く葦の原に、その少女は寝そべっている。地面の上に。少女は、思いを世界に向ける。
この世界は、どのくらい広いのだろ……
彼女が世界に思いを馳せていく間、1ピキのヨツホシバッタが彼女の足に飛び乗る。
ここまでけっこう歩いてきた。たけど、まだ1つ隣の国の街にさへたどり着いていない。
飛び乗ったバッタは、遊牧地に解放された馬のように歩いていくが、あるモノに行く手をハバまれる。
そしてこの世界にはどんな人たちが住んでいて、どんな日々を送っているのだろ?
バッタをハバんだのは縄だ。それも使いふるしたボロ雑巾みたいに質の悪い縄で、それが伸びて少女の右足首と左足首をしばっている。
きっとそれは素敵な人たちがいるんだ
ヨツホシバッタは跳んで縄をはるか後ろへと、置き去っていく。着地したのは少女の手首の上。右手首だけ、あるいは左手首だけではない。両手首の上にだ。なぜならその2つは、愛し合う恋人同士のように固く結ばれていたのだから。ただその少女の両手首と恋人同士の結びつきの違いは、愛によるものか縄によるものかの違いでしかない。
そしてその人たちは、心がときめくような素敵な日々を送っているんだろ
バッタは縄からまた別の縄へと跳びうつって歩いていく。足首とは反対方向だ。なぜならそちらにも縄の道は続いてたのだ。つまり、少女の首へと。縄はそこで、少女の首に巻きついている。絞めすぎないように、かつ抜けられないように。
そんな営みを見て、触れて、感じることは、どんなにステキなことだろ
この世界にはステキな人しかいなくて
ステキなことであふれている
この世界は、光でしかない
縄は首を回って結ばれた手首の内側を通り、またマタ下を背中側へと抜けていく。その行き先は、左隣の同じくみすぼらしい服を着た女性へと続いている。その左隣の女性の、両手首を縛るために。もちろん、愛によってではない。
両手を持ち上げて、恐ろしいような深さの“夜”空へとテノヒラをつきだす。指の柱を、通り抜ける流れ星。
少女が動いたので、ヨツホシバッタは驚いて遠くの方へと飛んでいく。するとその下に、少女の手首を結ぶ縄が伸びている。縄はそのまま右側の地べたに寝る女性のマタ下、両手首の内側を通り、首に巻きつく。
このような縄でつながれているのは、少女と両隣の3人だけではない。縄による連結は、そのさらに外側へと続いている。そしてその列の上にも、さらには下にも、同じような連なりがイクエにも続く。この広場を埋めつくすほどに。
少女の左隣の女性が、すすり泣きを始める。と、少女が声をかける。
「ダイジョウブだよ。明日はきっとステキな1日になるよっ」
その声は他の人を起こさないようにヒソめられながらも、力強くあった。
“昼”をおおいつくしていた“夜”が、徐々にその巨体を退かせはじめる。現れた“昼”から、徐々に光が地上へと届く。この光は、差別などしない。地上にありとしあるものに、平等に注がれてゆく。
そして圧倒的に広がる葦の原の中を、細い道に沿って歩いていく集団さえにも平等に光は注がれる。
ただその集団は、フツウの旅人とは違っている。鎧に身を包み剣や槍、盾などの武器を携行して歩いているのだ。
6人ずつの集団が2つ。それぞれ1つの縦列を整然と成し、前後になって進んでいく。
彼らはウガ王国王都から来た兵士たちで、先頭を行くのがハダリー隊長が率いる6人隊――ハダリー隊――で、それに続くのがゴドリー隊長が率いる6人隊――ゴドリー隊――だ。
彼らはヘビのように風のように、葦の広がる草原を突っ切る1本道を進んでいく。
そのハダリー隊の最後尾には、黒髪の少年がいる。巻きグセのある黒髪の彼も他の兵士たちと同じように、ヒモのついた剣を肩から下げ、左手に盾を持っている。そして大人たちの足の早い行軍に、ギャロップするラクダのように脚を動かし、遅れることなくついて行く。
大人の背丈に達するほどの長さの葦の原を通る道を通りながら、このまま村まで何ゴトもなく着くだろう。みながそう思い、カレた木立のあるゆるやかなカーブをさしかかったときのことである。
若者が人生の長さについて感じるように、道の両脇に絶えることなく続く葦の壁。その1部が、ほんのカスカにゆれ動く。それは本当にワズかなゆれ動きだったので、横を通り過ぎていく兵士たちも気づかない。
ただ1人、黒髪の少年を除いては。
黒髪の少年は何かを感じ、速度をゆるめる。そこに何があるのかを、見極めようとする。しかしそれがまずかった。ついでにいうと、後ろにいる人物がよくなかった。
後ろにいたのはゴドリー隊で、その先頭にいたのはゴドリー隊長その人だ。威圧的、暴力的で恐れられ、シッセキよりも先にコブシを飛ばすような人だ。
そんなゴドリー隊長の進路を、減速したカンパがふさぐ。するとどうなるか?
Pow!(ドカッ!)
突然の衝撃に倒れるカンパ。何が起こったかわからないままに、左ホホに痛みをおぼえる。カンパが後方を見れば、そこにはコブシを振り切ったゴドリー隊長その人がいて、
「ってめー、ボサッとしてんじゃねーよ」
と見下ろしながら言い放つ。しかし黒髪の少年は、負けていない。倒れたまま、相手をニラミ返す。
だが、もちろんそんな態度を許すゴドリーではない。
「……テメー」
「どうしたカンパ?!」
向かい合う2人に割り込んできたのは、もう1人の6人隊の隊長。カンパと呼ばれた黒髪の少年が所属するハダリー隊のハダリー隊長だ。
ゴドリー隊長が言う。
「コイツがボーっとしてたから、指導してやったんだ! オマエんとこはどうゆう教育をしてんだ?」
ハダリー隊長がカンパを見る。その顔を向けるわずかな間に、カンパは思う。
あの時、草ムラの中に何かいた気がする……
ただ、それが見つからなければ、もっとメンドーなことになる……
カンパは仲間に支えられ、起き上がって言う。
「なんでもねーです。スンマセン。先を急ぎましょう」
そして進行方向を向いてしまう。ハダリー隊長がゴドリー隊長に言う。
「だとよ。王の客人がトラブルに巻き込まれているかもしれない。先を急ぐぞ」
ゴドリー隊長はまだフフクそうながらも言う。
「……わかったよ」
こうして2個の6人隊は再び、進み出す。
そんな中、ハダリー隊長はカンパに並び、小声で言う。
「気をつけろ。アイツらは俺たちの足を引っ張ることしか考えてないからな」
「……はい……」
カンパは歩きながら思う。
この世界はクソだ
クソなヤツらしかいないし、クソなことしか起きない
だからこの世界は、闇でしかない……




