降車
朝は、
どの町でも同じように始まる。
鐘が鳴り、
扉が開き、
人は昨日の続きを生きる。
我輩は、
その町の外れに立っていた。
誰にも、
見られていない。
それが、
一番自然だ。
背後では、
すでに物語が動いている。
英雄の席が用意され、
説明が配られ、
不安が整理されていく。
完璧な流れ。
我輩は、
一歩、前に進む。
誰も、
呼び止めない。
呼び止める理由が、
もうないからだ。
猫は、
象徴として使われ、
役割として消費された。
それで十分。
振り返らない。
振り返れば、
また物語になる。
我輩は、
草の中を進み、
道なき道へ入る。
そこには、
英雄も、
観客も、
説明もない。
ただ、
風がある。
しばらく歩いて、
我輩は立ち止まる。
何も起きない。
それが、
正しい。
世界は、
我輩がいなくても、
回る。
それを、
確かめる必要もない。
我輩は猫である。
物語から降りることは、
敗北ではない。
それは、
物語にしないという選択だ。
背後で、
誰かが英雄になるかもしれない。
誰かが壊れるかもしれない。
だがそれは、
我輩の責任ではない。
猫は、
世界を救わない。
世界も、
猫を必要としない。
それで、
均衡は保たれる。
我輩は、
静かに姿を消した。
名前も、
影も、
残さずに。
物語は、
ここで終わる。




