開口
最初に変わったのは、
空気だった。
重い。
誰かが、
無意識に一歩下がる。
次に、
音がした。
――ぎ。
地下へ続く扉が、
内側から動いた音だ。
誰も、
近づかない。
視線だけが、
そこに集まる。
――ぎ……ぎ……
扉は、
すぐには開かない。
中にいる誰かが、
迷っているような、
そんな間がある。
我輩は、
人の足元を見た。
誰も、
前に出ていない。
助ける気も、
迎える準備もない。
あるのは、
確認だけだ。
扉が、
わずかに開く。
隙間から、
何かが――
いや。
誰も、
そこを見ようとしない。
見ると、
決めなければならないからだ。
誰かが、
喉を鳴らす。
「……戻ってきた、のか?」
質問は、
答えを必要としていない。
扉が、
さらに動く。
――ごり……
木と金属が擦れる音。
誰かが、
祈りを止めた。
町長が、
一歩だけ前に出る。
だが、
それ以上は進まない。
扉の向こうに、
何があるか。
それは、
知るべきことではない。
知ってしまえば、
態度を変えなければならない。
扉が、
完全に開いた。
光が、
中へ差し込む。
だが、
中から何が出てきたかは、
描かれない。
我輩は猫である。
この瞬間、
世界はもう決まっている。
英雄であっても、
英雄でなくても。
人々は、
自分たちが選びやすい物語を
これから語り始める。
扉は開いた。
それだけが、
事実だ。




