失敗不能
英雄候補が到着した町は、
静かすぎた。
騒ぎも、
悲鳴もない。
それが、
一番悪い。
人々は整列し、
道を開け、
何も言わずに頭を下げた。
期待は、
音を立てない。
町長が進み出る。
「状況は、
すでにご存じかと」
英雄候補は、
首を横に振った。
「魔獣です」
「この町の地下に巣を作りました」
「逃げ場はありません」
逃げ場がない。
その言葉が、
妙に重く響く。
だが本当に逃げ場がないのは、
町ではない。
英雄候補自身だ。
「もし……」
「もし、失敗したら?」
誰かが、
言ってはいけない言葉を
口にした。
町長は、
微笑んだ。
「そのときは、
仕方ありません」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
仕方ない。
それは、
許しではなく、切り捨てだ。
我輩は、
屋根の影から、
町を見下ろしていた。
準備が、
完璧すぎる。
避難経路。
封鎖された出口。
祈りの言葉。
すべてが、
「成功する前提」で
組まれている。
英雄候補は、
地下への入口の前に立つ。
振り返る。
誰も、
彼の目を見ない。
期待は、
人の視線を奪う。
彼は、
理解してしまった。
ここで失敗すれば、
町が滅びるのではない。
自分が、物語から消される。
我輩は、
静かに耳を伏せる。
前の英雄も、
同じ瞬間を迎えた。
失敗してはいけない戦い。
それは、
戦いではない。
処刑台だ。
英雄候補は、
地下へ降りる。
背後で、
入口が閉じられる。
誰も命じていない。
だが、
自然にそうなった。
我輩は、
その場を動かない。
猫は、
閉じられた場所に
踏み込まない。
地下から、
低い唸り声が響く。
英雄候補は、
剣を抜いた。
手が、
震えている。
だが――
震えを止める方法を、
彼は知っている。
成功を信じること。
それが、
一番危険だ。
我輩は猫である。
失敗できない状況は、
人を最も早く壊す。
この戦いが、
勝ちでも負けでも、
彼は戻ってこない。
それを、
町は知らない。
いや――
薄々、
知っているのかもしれない。
だからこそ、
誰も止めなかった。




