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我輩は猫であるが、英雄の足元にいた ~異世界転生した猫は、英雄譚の裏側を見てしまった~  作者: 我輩
我輩は猫であるが、世界が我輩を忘れてくれない ~英雄譚を壊した存在は、神話になりかけている~

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正しい誤解

 記録官アーベルは、満足していた。


 いや、正確には――

 安心していた。


 港町に来てから数日。

 噂は集まり、証言は揃い、

 ばらばらだった断片が、ようやく一つの形を取り始めている。


 それが、たとえ歪んでいたとしても。


 


「英雄は、裏切られた」


 アーベルは、報告書にそう書き記した。


 


 証言はこうだ。


 英雄のそばには、

 常に一人の男がいた。


 落ちぶれ、

 名もなく、

 英雄になれなかった人間。


 その男が、

 英雄に疑念を与えた。


 英雄譚は、

 そこから崩れた――。


 


「猫は?」


 助手が尋ねる。


 アーベルは、書類の端を軽く叩いた。


 


「象徴だ」


 


 それ以上でも、以下でもない。


 


「人は、説明できないものを恐れる」

「だから猫に意味を与えた」


 彼は冷静に語る。


 


「だが、世界を変えたのは人間だ」

「猫ではない」


 


 助手は、ほっとしたように息をついた。


 理解できる形だ。

 納得できる構造だ。


 


「では……猫の探索は?」


「続ける」

 アーベルは即答した。


 


「だが目的は変わった」


 


 彼はペンを置き、はっきりと言う。


 


「猫は原因ではない」

「触媒だ」


 


 それは、危険度を一段階下げる言葉だった。


 世界にとって、

 都合のいい判断だ。


 


「猫は、意思を持たない」

「人間の感情が、勝手に意味を投影しただけだ」


 


 アーベルは、満足していた。


 説明がついたからだ。


 英雄譚は、

 人間同士の裏切りによって壊れた。


 それなら、

 どこにでもある話になる。


 


「これでいい」


 彼は呟く。


 


「英雄は人間に裏切られた」

「だから英雄でなくなった」


 


 猫は、

 ただそこにいただけ。


 


 それで、すべてが収まる。


 


 ――はずだった。


 


 その夜、

 アーベルは奇妙な夢を見た。


 


 書庫だ。


 無限に続く書棚。

 英雄譚が、整然と並んでいる。


 


 彼は一冊を手に取る。


 正しい英雄譚。

 修正済み。

 矛盾なし。


 


 だが、

 ページをめくるたび、

 余白に、何かが書き込まれている。


 


 短い線。

 意味を持たない記号。


 


 猫の足跡だった。


 


 どのページにも、

 同じように残っている。


 


「消したはずだ……」


 


 アーベルは、夢の中でそう呟く。


 


 その時、

 背後から声がした。


 


「消したのではありません」


 


 振り向くと、

 そこにいたのは――

 誰でもない存在だった。


 


「ただ、

 見ないことにしただけです」


 


 アーベルは、目を覚まして汗をかいていた。


 


 朝だ。


 夢だ。


 そう、夢に違いない。


 


 彼は自分に言い聞かせる。


 


「説明は完成した」

「世界は、納得する」


 


 だから、問題ない。


 


 同じ頃、

 港町の外れで、

 我輩は屋根の上にいた。


 


 人間の男――

 我輩が選んだ共犯者が、

 町の中で、噂を広げている。


 


 英雄は人に裏切られた。

 猫は、ただそこにいただけだと。


 


 素晴らしい。


 


 それは、

 半分だけ正しい。


 


 そして、

 一番危険な誤解だ。


 


 我輩は猫である。


 名は、まだない。


 だが今、

 世界は安心しきっている。


 


 猫は、考えていない。

 猫は、選んでいない。

 猫は、関係ない。


 


 ――そう思い込んでいる。


 


 それでいい。


 誤解されたままの方が、

 盤面は動かしやすい。


 


 次に世界が気づくときには、

 もう説明では追いつかない場所に

 来ているのだから。

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