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我輩は猫であるが、英雄の足元にいた ~異世界転生した猫は、英雄譚の裏側を見てしまった~  作者: 我輩
我輩は猫であるが、世界が我輩を忘れてくれない ~英雄譚を壊した存在は、神話になりかけている~

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利用価値のある人間

 人間には、三種類ある。


 我輩の経験では、だいたいこの三つに分けられる。


 利用できない人間。

 利用される人間。

 そして――利用する覚悟のある人間だ。


 


 港町の夜は早い。


 日が沈めば、灯りは酒場と宿に集まり、

 それ以外の場所は、静かに見捨てられる。


 我輩は、その見捨てられた通りを歩いていた。


 学者たちは町の中心にいる。

 人の集まる場所で、言葉を集め、噂を固めている。


 ならば我輩は、

 言葉にならない人間を探す。


 


 港の外れ、壊れかけた倉庫の前で、

 一人の男が膝を抱えていた。


 年は若い。

 だが若さが、すでに擦り切れている。


 服は汚れ、

 指先は震え、

 目だけが、やけに鋭い。


 


「……来るな」


 男は、我輩を見るなり言った。


「餌ならないぞ。

 俺には何もない」


 それは嘘ではなかった。

 本当に、何も持っていない人間の声だった。


 


 我輩は立ち止まった。


 逃げない。

 追い払わない。


 ――利用価値がある。


 


 男は、しばらく我輩を睨んでいたが、

 やがて力なく笑った。


「猫に睨まれる人生か……」


 そう言って、

 酒臭い息を吐く。


 


 話を聞くまでもない。


 この男は、

 英雄譚から零れ落ちた人間だ。


 英雄になれなかった。

 英雄に救われなかった。

 物語に、居場所がなかった。


 


「学者が来たな」


 男は、唐突に言った。


「金を持ってて、

 正しい顔をしてる連中だ」


 我輩は、耳を動かした。


 


「黒猫を探してる」

「知ってるか?」

「見つけたら、人生が変わるらしい」


 男は笑った。


 だがその笑いは、

 希望よりも、諦めに近い。


 


 我輩は、男の前に座った。


 じっと、目を見る。


 人間は、

 視線を向けられると、言葉を続けてしまう。


 


「……俺は、英雄を見たことがある」


 男は、ぽつりと呟いた。


「昔な。

 強くて、正しくて、

 みんなの期待を背負ってた」


 


 彼は、拳を握る。


「でも、壊れた」


 


 その一言で、十分だった。


 


 我輩は、初めて理解した。


 この男は、

 学者たちよりも、英雄譚の破綻を知っている。


 


 利用しよう。


 だがそれは、命令ではない。


 選択だ。


 


 我輩は、ゆっくりと歩き、

 男の足元に擦り寄った。


 ただの猫の仕草だ。


 だが男は、息を呑んだ。


 


「……お前」


 震える声で言う。


「噂の、猫か?」


 


 我輩は、鳴かない。


 肯定もしない。

 否定もしない。


 ただ、逃げない。


 


 沈黙の中で、

 男は理解していく。


 言葉ではなく、

 感覚で。


 


「……なるほどな」


 男は、ゆっくりと息を吐いた。


「俺みたいなやつに、

 選択肢が来るとは思わなかった」


 


 彼は、立ち上がった。


「学者に売れば、金になる」

「黙ってれば、何も変わらない」


 そして、

 我輩を見下ろして言う。


「で?」

「三つ目は?」


 


 我輩は、尻尾を揺らした。


 


 男は、笑った。


「分かったよ」


 その笑いは、

 少しだけ、生きていた。


 


「俺が話そう」

「ただし、

 お前の話じゃない」


 


 それでいい。


 それがいい。


 


 真実は、

 いつも人間の口を借りて歪む。


 ならば、

 歪ませる人間を選べばいい。


 


 我輩は猫である。


 だが今夜、

 初めて人間を使った。


 それは支配ではない。

 救済でもない。


 


 共犯だ。


 


 物語は、

 もう学者だけのものではない。


 人間の手で、

 人間同士が壊し合う段階に入った。


 


 我輩は、

 その中心に座っているだけだ。

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