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我輩は猫であるが、英雄の足元にいた ~異世界転生した猫は、英雄譚の裏側を見てしまった~  作者: 我輩
我輩は猫であるが、世界が我輩を忘れてくれない ~英雄譚を壊した存在は、神話になりかけている~

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猫を探す者たち

 翌朝、港町は少し騒がしかった。


 人の声が多い。

 だがそれは市場の活気ではなく、

 理由の分からない緊張が混じったざわめきだった。


 我輩は倉庫の屋根の上から、それを眺めていた。


 猫の高さから見る世界は、

 いつもよりも不自然に整っている。


 人が、立ち止まるべきでない場所で立ち止まり、

 話すべきでない相手と、声を潜めて話している。


 しばらくして、

 原因はすぐに分かった。


 町の中央に、見慣れない一団が現れたのだ。


 兵士ではない。

 冒険者でもない。


 だが、どちらよりも厄介な匂いがした。


 ――学者だ。


 


 彼らは剣を持たない。

 だが代わりに、紙と記録と、確信を持っている。


 先頭を歩く男は、年の頃は四十を少し過ぎたくらいだろう。

 質の良い外套、磨かれた靴。

 その姿は、町の人間から見れば、明らかに「よそ者」だった。


 男は町長と話し、

 静かに、しかし断定的に言った。


「この町で、黒い猫を見た者がいるはずです」


 言い切りだった。


 疑問ではない。

 確認でもない。


 最初から、

 “いる”と分かっている声だった。


 


 我輩は耳を伏せた。


 学者というものは、

 真実を愛しているふりをする。


 だが実際には、

 自分の信じたい形の真実しか愛さない。


 


「猫、ですか?」

 町長が困惑したように言う。

「確かに噂はありますが……英雄がどうとか……」


「ええ」

 男は頷いた。

「その噂です」


 男は懐から一冊の本を取り出した。


 分厚く、何度も書き直された痕跡のある書物だ。


 表紙には、こう記されていた。


 ――《正史補遺・未成立英雄譚》


 その文字を見た瞬間、

 我輩は理解した。


 記録者だ。


 世界の出来事を、

 「正しい形」に並べ直す者たち。


 


「英雄譚は、完成していません」

 男は淡々と語る。

「あるべき結末が欠けている」


「欠けている、とは?」


「英雄が、英雄でなくなった理由です」


 町長は言葉を失った。


 周囲の人々も、

 意味が分からないまま、黙り込む。


 男は続ける。


「我々は、その欠落を埋めに来ました」

「英雄を壊した存在――

 便宜上、“猫”と呼ばれているものを」


 


 便宜上。


 その言葉が、

 我輩の背中を冷やした。


 名前ではない。

 だが、分類だ。


 分類された瞬間、

 存在は“扱えるもの”になる。


 


「危険な存在なのですか?」

 誰かが尋ねた。


 男は、少しだけ考える素振りを見せてから答えた。


「危険、というより……不都合です」


 その一言で、十分だった。


 剣よりも、

 魔法よりも、

 その言葉の方が、よほど多くの命を消してきた。


 


「物語は、世界を安定させます」

 男は静かに言う。

「英雄が英雄である理由が揺らげば、

 人は、何を信じていいか分からなくなる」


「だから?」


「だから、修正が必要なのです」


 


 我輩は、屋根の上で身を低くした。


 なるほど。

 理解した。


 彼らは、我輩を殺しに来たのではない。


 書き直しに来たのだ。


 英雄譚が壊れた理由を、

 猫という“異物”に押し付け、

 なかったことにするために。


 


 町長が、恐る恐る聞いた。


「もし、その猫が……

 ただの猫だったとしたら?」


 男は、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。


「それでも構いません」


 そして、こう続けた。


「ただの猫が、

 英雄を終わらせたことにすればいい」


 


 我輩は、静かに尻尾を揺らした。


 これで分かった。


 世界は、

 我輩を恐れているのではない。


 説明できないことを、

 恐れているのだ。


 


 学者たちは、町に滞在することを決めた。


 噂を集め、

 目撃談を集め、

 猫の輪郭を、言葉で囲い込むために。


 我輩は、その様子を見下ろしながら思う。


 物語に戻されるくらいなら、

 いっそ、敵になろう。


 名を与えられる前に、

 書き込まれる前に。


 


 我輩は猫である。


 だが今や、

 世界史の余白に立っている。


 次に筆を持つのが、

 彼らか、我輩か――


 それで、この物語の形が決まる。

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