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我輩は猫であるが、英雄の足元にいた ~異世界転生した猫は、英雄譚の裏側を見てしまった~  作者: 我輩
我輩は猫であるが、世界が我輩を忘れてくれない ~英雄譚を壊した存在は、神話になりかけている~

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猫、噂になる

 噂というものは、いつも安全な距離から始まる。


 自分には関係がない、

 顔の見えない誰かの話として、人は噂を消費する。


 英雄を壊した猫の話も、最初はそうだった。


 酒場の奥、割れた椅子の上で、

 酔った男が笑いながら言う。


「剣も振らず、魔法も使わず、英雄を終わらせた猫がいるらしい」


 周囲は笑う。

 猫だ。猫が英雄を?

 そんなものは物語にすらならない。


 だが噂は、笑われながら形を変える。


 ある町では、その猫は“黒い影”になった。

 ある村では、“戦争を止めた獣”になった。

 ある修道院では、“神が書き間違えた存在”と記された。


 そして、いつの間にか――

 噂は「探す対象」になった。


 我輩は、そのすべてを知っていた。


 なぜなら、それらはすべて、

 我輩の歩いた後ろに落ちていった言葉だからだ。


 


 今、我輩は港町にいる。


 海の匂いは嫌いではない。

 魚の気配があり、夜は静かで、猫にとって悪くない土地だ。


 だが今日は、空気が落ち着かない。


 人が多すぎる。


 漁師でも、商人でも、旅人でもない。

 目が合うとすぐに逸らし、逸らした後でもう一度こちらを見る者たち。


 ――探している。


 我輩ではない。

 「物語」をだ。


 宿屋の壁に、紙が貼られていた。


 簡素な文字で、こう書かれている。


 ――黒猫を見た者は、速やかに報告せよ。

 ――虚偽の報告は罰する。

 ――報奨金あり。


 金額を見て、我輩は一度だけ目を細めた。


 馬が三頭買える。


 猫一匹にしては、随分と高い。


 我輩は尻尾を揺らし、何事もなかったように通り過ぎた。


 世界は、我輩を忘れてくれなかったらしい。


 それは、自由の終わりを意味する。


 名もなく、記録されず、

 英雄の足元で世界を眺める――

 そんな立場は、もう許されない。


 


 路地裏で、子どもたちが囁いている。


「ねえ、あれが黒い猫かな」

「違うよ、もっと怖いって」

「英雄を殺したんでしょ?」


 我輩は、思わず立ち止まった。


 殺した覚えはない。


 だが、英雄譚は、

 殺さずに壊すことを、決して許さない。


 壊された物語は、

 必ず誰かを犯人に仕立て上げる。


 それが、世界の癖だ。


 


 夜、港の外れで、我輩は月を見上げた。


 前と同じ月だ。

 同じ光。

 同じ静けさ。


 だが、我輩を取り巻く意味だけが、変わってしまった。


 物語は、終わったはずだった。


 英雄は英雄でなくなり、

 我輩は猫に戻った。


 それで終わるはずだったのだ。


 だが世界は、

 終わりを許さない。


 我輩は猫である。


 名前は、まだない。


 だが今、

 名前を与えようとする者たちが、

 世界中で我輩を探している。


 それが何を意味するか、

 我輩はよく知っていた。


 名を与えられた瞬間、

 猫は、もう猫ではいられない。


 


 我輩は、静かに歩き出した。


 逃げるためではない。


 選ぶためだ。


 この世界が、

 我輩を物語にしようとするなら――


 我輩は、物語の書き方そのものを壊す。


 それが、

 英雄譚を壊した猫に残された、

 最後の自由だった。

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