猫、名もなき世界へ
世界は、何事もなかったように続いていく。
戦争は縮小し、やがて終結と呼ばれる状態に落ち着いた。勝利でも敗北でもない。疲労が、剣より強かっただけだ。
英雄レオンの名は、歴史書に小さく残った。
「かつて期待された若き剣士」
「英雄候補の一人」
それ以上でも、それ以下でもない。
彼は前線を離れ、王都を去り、どこかで剣を置いたと噂されている。教師になったという話も、辺境で畑を耕しているという話もある。どれも確認されていない。
英雄の最良の末路とは、
噂話になることだ。
一方で、我輩の記録は、完全に消えた。
戦場にも、王都にも、村にも、猫の記述は残っていない。縁起物の話も、奇妙な噂も、整理の過程で削除された。
それでいい。
我輩は、今も歩いている。
国境を越え、街道を外れ、名前のない土地を渡る。人が少ない場所ほど、世界は素直だ。嘘をつくには、人は集まりすぎている必要がある。
ある町では、パン屋の軒下で眠った。
ある村では、子供に石を投げられた。
ある晩には、焚き火のそばで老人と夜を明かした。
誰も、我輩を英雄の猫だとは言わない。
ただの猫だ。
それで十分だ。
夜、星を見上げることがある。
英雄の物語は、星座のようなものだ。後から線を引き、意味を与え、永遠に見せかける。だが星そのものは、勝手に燃え、勝手に消える。
我輩は、線を引かない。
見たままを覚えるだけだ。
誰にも歌われなかった死。
誰にも褒められなかった選択。
誰にも知られず壊された物語。
それらは、世界にとっては不要だ。
だが――
不要なものが積み重なって、世界は成り立っている。
もし、また英雄が生まれるなら。
もし、また物語が必要になるなら。
その足元に、
名もなき何かがいるだろう。
それは猫かもしれないし、
別の何かかもしれない。
重要なのは、
それが記録されないことだ。
記録されないものだけが、
自由だからだ。
我輩は猫である。
英雄を見送り、
物語を壊し、
それでも世界を憎さなかった。
今日も、どこかの道端で丸くなる。
名もなく、
称えられず、
だが確かに、生きている。
それで、世界は十分に美しい。
この物語を書き終えた今、私は少しだけ安堵している。
なぜなら、この話は「書いてしまうと、戻れない話」だったからだ。
英雄を書こうと思ったわけではない。
猫を書こうと思ったわけでもない。
書きたかったのは、物語からこぼれ落ちるものである。
英雄譚というものは、いつの時代でもよくできている。
分かりやすく、熱があり、終わりがある。
だが同時に、それは非常に多くのものを切り捨てる。
間に合わなかった人。
声を上げなかった人。
正しかったが、都合が悪かった選択。
それらはすべて、
「物語に向いていない」という理由で消される。
だから私は、
最初から物語にならない存在を語り手にした。
猫は、説明しない。
猫は、正義を語らない。
猫は、英雄にならない。
ただ、見ている。
人間は、自分が見ていないものは存在しないと思いがちだ。
だが実際には、世界の大半は「見られていないもの」でできている。
この小説は、
その見られていない側から世界を眺めた記録だ。
もし読み終えたあと、
少しだけ英雄譚が信用できなくなったなら。
少しだけ「勝った話」より「生き残った話」に目が行くようになったなら。
それで、この物語は役目を果たした。
猫は、読者に何も求めない。
感動も、拍手も、評価もいらない。
ただ、
どこかで誰かが、
名もなく消えかけた何かを思い出してくれればいい。
それだけで十分だ。
我輩は猫である。
そしてこの物語は、
英雄の話ではない。
世界の足元にあった、静かな真実の話だ。
ここまで付き合ってくれて、ありがとう。
—— ナニニシマスカ




