真っ白な世界
体が重い。
彼女――麗は目を覚まし、辺りを見渡した。
ここは、どこだろう?
重い体を起こし、なんとか立ち上がる。
そのとき、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「貴様! わしの前で、よくもそのようなことが言えたな!」
「白夜統主殿、これは個人の話ではありません。都市全体の利益の話です」
「ふざけるな!」
「ふざけておいでなのは、統主殿のほうですよ」
「なんだと!」
「――あれは生きた検体です。
人類史上初の“死者の蘇生体”。体の隅々まで調べるべきだ。必要とあらば、解剖してでも!!」
「黙れ!真白はどこに行った?なぜ連絡がつかぬ!」
一瞬の沈黙が落ちる。
「……銀のやつか…! あやつめ、功を焦って先走ったな。あの愚息が……!!」
端末を叩く音が響いた。
「わしの端末に、一切の連絡が来ぬ。銀が情報統制しておるのだろう! 貴様、知っておったな!」
「ええ、もちろんですとも。私は、銀様派ですから」
低く、熱を帯びた声。
「あれ――四季は、単なる人工知能ではない。手に入れれば、この惑星どころか、この世界すら掌握できるかもしれない!」
「世迷い言を……!」
「世迷い言ではありません!“虹色の瞳”は事実だった!!教団の妄言ではなかったのです!!!」
声は、昂揚していく。
「研究するべきです。非人道的だなどと言っている間に、他都市に先を越されますよ。有象無象の命など、試金石にすぎない!」
「……真白をどうするつもりだ」
「捕まえたところで、言うことを聞く相手ではあるまい」
「だから放置すると? 統主殿は、ぬるすぎる!
あれを他都市に行かせる? 正気ですか!」
言葉が吐き捨てられる。
「ナノマテリアル加工技術だけの話ではない! 我々の“資産”が、他都市に流れるのですよ! その損失を、どう考えているのですか!」
「……貴様と話していても埒があかぬ!」
「そこを通せ!」
「通せません」
「何だと!」
「これからは銀様が、この都市を導くのです。
統主殿は――ご引退なさるとよろしい」
麗は、漏れ聞こえる会話に戦慄した。
ここを、出なければ……!
「……冬君!」
彼女は、病院を抜け出した。
麗は走る。
彼のもとへ行かなければならない。
人にぶつかり、謝ろうとした瞬間、聞き覚えのある声がした。
「おや? 麗ちゃんじゃな〜い」
振り返ると、真黒君だった。
少し前まで頻繁に声をかけて来ていたのが、ここ最近はほとんど関わりがなかった。
女好きな彼のことだ。
飽きたのだとばかり思っていたが、久しぶりに会った彼の瞳は、以前と変わらず怪しい光でこちらをとらえていた。
「どう? 最近元気〜?」
「ごめんなさい、いま、急いでるの」
彼にいま関わっている暇はない。急がないと…!
立ち去ろうとした腕を、彼に掴まれる。
「そんな冷たいこと言わないでよ〜」
甘ったるい声。
距離が詰められる。
「ねえ。そんなにボクじゃ、だめ? これでも本気なんだけどな」
「……ごめんなさい」
振り払おうとした瞬間、足がもつれ、転倒する。
「ははっ、そんなに“あの怪物”君がいいんだ?」
声の調子が変わる。
「理解できないなぁ。ボクより、あれを選ぶの?」
周囲の気配が、濃くなる。
「知ってる? あいつ、今都市に指名手配されてるって。終わりだよ」
「もう、助けには、こない」
視界が塞がれ――
そこで、意識は途切れた。
◇
息を切らせて彼女を探す。
白夜さんより緊急回線で「麗が病院からいなくなった」と聞かされ、街中を探し回っているが見つからない。白夜さんは身動きが取れない。
そもそも都市の一部が敵対している状態では、頼りにするべきではない。誰が敵かもわからない。
俺と連絡を取ること自体、大変な危険を冒したはずだ。
それに、四季とも連絡がつかない!
俺が教団と戦っている間に、四季は麗を連れて、安全なところに避難させた。
病院に運んだまでは連絡があった!
しかし教団を退けた後に、銀がやってきて、四季を渡せと抜かしやがった。
ふざけた奴だ。
半殺しにして逃げてきたが、まだ追いかけてくるようだ。しつこい!
もうこの都市はだめだ。四季を手に入れるまで追いかけてくるかもしれない。
一か八かだ、この都市を抜ける。麗も…、考えるのはあとだ。
今は探さないと!
四季は俺の住んでるマンションに向かい、大事な荷物だけをまとめて合流する手筈だったが、なぜ連絡が来ない!
…四季は簡単にはやられない! まずは麗を探す!
すると、電話がかかってくる。
嫌な予感がする。
画面に映っていたのは、真黒と、麗だった。
「はろ〜、見えてるぅ?」
背後から聞こえる、麗の悲鳴と、男たちの下品な笑い声。
「これから始まる、我らのアイドル、陽月麗さんと、楽しい楽しいお遊戯会をはじめま〜す!」
「しっかり見てろよ、ましろぉ、くん♪」
……みないで、冬君……
彼女の声が、今も耳朶に残っている。
忘れられない。
麗は、その後、消息不明となった。
泣きながら告げられる彼女の声が、今も耳朶に響いて、忘れられない。
麗はその後、消息が不明になった。
陽月の家から、彼女の死が告げられた。
そして同時に、真白が麗に乱暴を働いたと公表が為された。
理由は「真白が一方的に懸想していたが、拒絶された事による錯乱が原因だ」そうだ。
実態は、黒金都市との関係を考えてだった。
真黒家は黒金の分家筋だ。
陽月家はその家の女性と番うと幸運に恵まれるという、古臭い伝承の下、各都市とのパイプ役として重宝されてきた。真黒家の嫡子との縁談が上がっていた。
その嫡子が事態をややこしくしたせいで都市の関係に亀裂が入るのを嫌い、その汚名を俺に押し付けた。
彼女には、本当の意味で、自由な人生などなかった。
ただの政争の道具、その役目だけが彼女に与えられた全てだった。
このことは、陽月家の人間から身体に直接聞いた。
白銀銀はこれを喧伝し、さらには都市の中にいる非人道的な教団の一員として真白をテロリストとして認定し、賞金をかけた。完全なプロパガンダだ。
だが、都市の者達はそれを信じた。
疑った者もいただろうが、皆、口を噤んだ。
都市で生きる者である以上、都市の意向に逆らって生きていける者はいないからだ。
都市の者達は囃し立てた。「真白を捕まえろ!」「真白を殺せ!」と。
新しい玩具を見つけたかのように、都市は異様な熱気に包まれていった。
それが後々、自分達の首を絞めることになるとも知らずに。
銀は「四季の提供、もしくはその設計図を渡せば(手配を)取り下げる」と打診を打ってきた。
言うことを聞くのなら、全て見逃してやる、赦してやる、なかったことにしてやると、そう言ってきたのだ。
俺は受け入れなかった。
◇
「なぜ奴らを入れた! 誰もいれるなと言ったはずだ! 例え家族を名乗ろうと入れるなと!」
俺は管理人である屋守に怒鳴りつけた。
「でも! 家族って言ってたので、凄く困ってそうでしたし……」
その言葉にキレそうだ!
「貴様はボットか何かなのか? 頭のなかに何を詰めているのだ! それが俺の不利益になると考えなかったのか!?」
「でも、家族は大切にしないと……」
繰り返す雑音。壊れたラジオか何かか、テメェは!
「俺の研究資料がなくなってるんだよ! あれらを売っぱらう気でいたにきまってんだろ!」
研究資料だけならまだいい!
だが、四季、お前は…
「いいじゃないですか?」
は? こいつ…いま、なんていった……?
「家族が困ってるんです。物ですむなら……ぶぐっ!」
冬は思い切り殴りつけた。
何をされたのか分からない彼女の胸ぐらをつかんで引っ張る。
「今すぐ貴様を縊り殺してやりたい気分だ!!」
震え上がる、屋守。
「てめぇはその家族のせいで死にかけたことがあんのか! 殺されかけたことがあんのか? ああ!」
血の繋がりなど、何の保証にもならない。
「お前がどんなド畜生な家族のためでも死ねるのなら、死ねばいい。だがな! お前の気持ち悪い理屈を俺に押し付けるな、クズが!
気持ちいい夢だけ見てたいなら一生寝てろ。現実に這い出てくるな、ウジムシが!!!」
「ただ死ね! 意味もなく死ね!! 惨たらしく死ね!!! 」
罵詈雑言を浴びせて、その場をあとにする。
四季…! どこなんだ…!!
真白は血が出るほどに唇を噛んだ。
◇
雨が降っている。
だが、音がしない。
麗……
四季……
人の顔が、見えない。
世界が、真っ白に、染まっていった。
◇
「ごめ、なさ……い……
お金が、欲しかったの……薬を……買う、ための…」
母を名乗る肉塊は、そう俺に告げた。
鼻を削ぎ落とす。
次は耳だ。
肉塊が何かを喚いているが、よくわからない。
父を名乗る肉塊は、遺物を使って他人の家に上がり込み、今日も今日とて、他人の家族で遊び回っていた。
催眠系の遺物でこちらを操ろうとする。
催眠光系の低品質なものだ。
この程度の遺物では、そもそも俺の精神には効かない。
効くレベルのものでも、対策手段は持ってる。
殴る。
殴る。
殴る。
顔の形が変わるまで。
母を名乗る肉塊のおかげで、人のバラし方はわかった。
できるだけ時間をかけられるよう、努力する。
「あ〜ぁ……かはっ……なぁ、へへっ……
どぅだったよ! よかったろ! よく撮れてたろ!
ボクの自信作だ」
「そんなに、構ってほしかったか?」
「……あ?」
「好きだったんだろ、本気で」
「……あ?」
ニヤケ面がひくつく。
「自分の不出来さを見せつけられるな。自分の好意を否定されるのは」
「て、めぇ!」
「俺が代わりに答えよう。お前の愛情は――おぞましい」
人の愛情を弄び、なのに自分は人に真に愛されたがる屈折した精神の持ち主。度し難いほどのクズ。
「ま、し、ろぉ〜!!」
真黒と、以下関係者は、できるだけ時間をかけるよう工夫する。
親を名乗る肉塊たちは、二週間しかもたなかった。
今度はもっと、うまくやる。
◇
「ニュースで流れてたの、聞いたかよ」
「最低な野郎だな、真白って」
「まぁ、俺は麗って女の方も疑ってるけどな」
「なんでだよ?」
「噂じゃ、相当な好きものだったらしいじゃないか。あんだけ顔がいいのに。俺もあやかりたかったぜ」
「ちげぇねぇ」
下品な笑い声が、耳朶を打つ。
「……あん?なんだよ?お前…」
「お前、誰って……ん?……お前……まさか――!」
二人はそこから先を紡げなかった。
二人はそのまま路地裏に引きずり込まれていった。
二人が、路地裏から出てくることはなかった。
◇
白夜は、真白に都市から出るよう告げる。
銀は本気だ。
これ以上、手助けはできない。
しかし、真白は船に乗る前に敵に囲まれた。
一つずつ、一つずつ、白銀は追い込んでいった。
真白が白銀を潰さずとも済んだであろう――逃げ道を。
◇
「兄者」
「白夜か」
相変わらず、兄者はこのような事態だというのに、淡白にそう答えた。
「出るのか、この都市を」
「ああ、私はここを出る」
なんのことはないようにそう答えた。
「まさかとは思うが、私を人質に使う気かね?」
怯えはなかった。
むしろ、そんな無駄なことをするつもりかと疑問を口にしているのだ。
「確かに私は彼にとって命の恩人だが、互いの利益によって繋がっていただけだ。情はないよ。
無駄だと思うがね、それでもやりたければやり給え」
淡々と事実を語る兄者は、いつもと変わらず平常運転だった。
焦りも、怒りもない。
「捕らえるつもりなぞありません。最後の別れを、告げにきただけです」
「ただ最後に聞きたい。我々は、勝てると思うか?」
「普通に考えれば、真白が勝つ可能性は万に一つもないだろうな。もっとも、そんな理屈を捻り潰すのが、あれだと思うがね」
「だから、この都市を離れるのか?」
「それもあるが、この都市近辺でやれることはやった。次は、別の都市で、別の研究をする」
兄者らしい回答だ。だが......
「……本音は?」
「……私も、一応、白銀の一員なのだと最近思ってね。せめて、……種は残さないと」
己の知的好奇心にしか興味のない兄者にしては珍しい、何か一族としての責務のようなものが宿っていたように感じた。
「……そうか……」
「良かろう。さらばだ、兄者」
「ああ、さよならだ、白夜」
二人はお互い、もう二度と会えない。
そんな予感を感じ取りながら、生涯最後の別れを告げた。
そして――
白銀都市は、滅びを迎えた。




