暗雲
胸の奥が、ずっとざわついていた。
凛ちゃんが校門を出ていく背中。
放課後の校門付近で、すなおは立ち止まった。
凛ちゃんが、誰かに呼ばれている。昼間と同じ、悪そうな女の子たち。彼女たちの顔は笑顔なのに、凛ちゃんの顔には笑顔がない。
「……あれ」
凛ちゃんは少し俯いたまま、頷いている。そのまま、女の子たちに囲まれて歩き出した。逆方向だ。家とは、違う。
「……やっぱり、おかしい」
すなおは、咄嗟に後を追った。
距離をあけて、気づかれないように。
角を曲がる。細い路地に入る。
「すなお?」
背後から、明るい声。振り向くと、正義が立っていた。制服姿のまま、いつもの快活な笑顔。
「なにしてんだ? こんなとこで」
「しっ……!」
すなおは指を口に当て、前を指差す。
「凛ちゃんが……」
正義の視線が、凛の背中を捉える。
「……あれ、ヤバくね?」
即答だった。
「絶対、ロクなことじゃない。俺も行く」
迷いのない、まっすぐな言葉だった。
「でも……」
正義くんを巻き込むべきか否か。
「友達だろ?」
正義はそう言って、すでに歩き出していた。
薄暗い場所に建つビルの前。古いタイプのビルだ。
古いビルの中は、ひどく静かだった。外の音が、嘘みたいに遮断されている。
「凛ちゃん……!」
薄暗い奥、床に座らされている凛ちゃんの姿が見えた。
目の前には太った男と、痩せぎすの男が二人立っていた。鋭い目つきと、ゴツゴツとした趣味の悪い指輪をたくさん嵌めている。
「すなお、ちゃん……?」
驚きと涙で滲んだ目が、かすかに光る。
「ごめんなさい……私……」
「話はあと!」
正義くんが一歩前に出る。
「その子を、離してください」
男たちが、こちらを向く。笑っていない目。
「なんだ、お前ら」
「ガキが二人で、正義の味方ごっこか?」
「あんたら、こんなこと、許されると思ってんのか!」
正義くんの声は震えていなかった。
周りには凛ちゃんだけでなく、複数の女の子が薄着で並べられていた。その表情からは、とても合意で進められたものとは思えなかった。
「今すぐ治安部隊に連絡を――」
言い終わる前に、鈍い音が響いた。
後ろから別の男が、バットで殴りつけてきたのだ。
正義くんの体が、壁に叩きつけられる。
「正義くん!」
すなおちゃんが駆け寄ろうとするが、腕を掴まれて床に転がされる。
「うるせえな」
「正義感ぶってんじゃねえよ」
正義くんは何度も殴られ、それでも立ち上がろうとした。
「やめて……!」
凛ちゃんの声は、か細く、掠れている。
「ごめんなさい……私のせいで……」
「違うよ!」
すなおちゃんが叫ぶ。
「凛ちゃんのせいじゃない!」
「お前もそこそこ顔がいいな。
俺様の好みじゃないが……おい! お前らにやるよ」
「マジですか? アニキ!」
すなおちゃんの表情が固くなる。
男は、凛ちゃんの制服に手をかけた。
「そのかわり、こいつはおれがもらう」
指が、布に食い込み、引き裂かれる。その裸体を見て、身震いする男たち。
興奮が隠せないのか、顔に高揚の跡が出ていた。
「そんな後生な! 俺らにもあとで分けてくださいよ」
「考えといてやるよ、くくっ。こいつを使えばどんな人間も、イチコロよ」
懐から出したそれは、ザインクラフトに類する技術で作られたデバイスだった。
闇市で出回る品で、注射器のようにも見えるそれは、人の存在にウィルスを注いで、言うとおりに聞かせるタイプの簡易的なものだ。
催眠術よりも確実に人を縛る。
人体を調べたくらいでは検出されない代物なので、ザインクラフトを扱えないものには何をされたのかさえ理解できない。
技術は漏れるもの。
どれだけ黒金が規制をしても、お金が絡めば絶対はない。規制する側が禁止しても、悪用する者は出る。
そして、禁止する側がその技術に対抗できる技量がなければ、悪用する側の技量だけが伸びる。その関係は今、とても危うい状態だった。
凛ちゃんは目に涙をためて、
「……ごめんなさい……」
その瞬間、扉が音を立てて開いた。
そこには一人の少年が立っていた。
冬だった。




