日輪
「しくったな」
冬はそうごちた
憑神:《サウラヴァ》が顕現してしまった
土竜がモチーフだといわれるが、どうみてもモグラには見えない
眼がないところくらいだ
鋭い牙と爪を持つ四足歩行の怪獣、ナマズのようなひげが生えている
バリバリと蓄電をしながら
《地界侵食》で土壌を汚染し始める
ずぶずぶと地面に建物も人も飲み込まれ始める
とどめを刺し損ねた
憑神のほうに意識を移行していたのだろう
「GYAAAAAAAAA!!」
何を叫んでるのかはよくわかる
どうやら俺を探してるらしい
けれど、視界能力を捨ててしまった以上、俺は見つけられない
憑神サウラヴァは嗅覚情報や触覚情報の取得が得意だが、視界能力が低下している
こちらの存在の匂いはフィルター済
触覚も奴の侵食する大地に触れてなければ見つかることはない
「ナツとヒマワリ達を見つけて、この町を出る」
『冬! それは』
「...全員は、無理だ」
『そんな...』
だが、それ以上は言えなかった
冬は確かにジャクラを殺した
だが憑神の起動を止めることなど冬でなくとも止められなかったろう
冬には切り札がある
だがそれを切れば間違いなくロストする
その後もまだダエワは残っている
切り札をここで切っても状況の改善にはなりえない
ここは引くしかない
ナツとヒマワリの存在を見つけた
よかった 合流できたらしい
彼女達が地界侵食に飲まれる前に見つけて脱出しよう
◇
地響きが鳴っていた
私達は近くにいた馬に乗って走っていた
妹の元へ その時だった
地面の色が変色を始めている
これは何だろう?
嫌な感じがする
「ヒマワリ!」
「冬さん! よかった 無事だったんですね」
「ここから逃げるぞ この町はもうだめだ」
敵は地界侵食を使いだした
汚染された大地では地の利は圧倒的にジャクラ優位になる
地面に立っているだけで定期的に電撃が飛んでくるし、こちらの攻撃は地面に潜られてしまえば通らない
「だめです! まだ妹が」
「...きびしいことを言うようだけど、この状況で人探しは無理だ 君と母君も死ぬつもりか?」
「かまいません! 私も母も あの子がいないなら 私たちも一緒にこの町と運命を共にします」
堅い意思を秘めた瞳だ
妹見つけるまでは何をいっても動きはしないだろう
「私も、彼女の妹君を見つけることに協力する まさか、断る、とは言わないだろうね」
ナツさんの圧が凄かった
首輪が締まる
おいおい、マジかよ
切り札はある
だがここでそれを使えば確実にロストする
エネルギーが足りないのだ
俺のだけでは……
その時
「犠牲が、あればどうにかなりますか?」
誰の声かと思い振り向くと
「お母さん!」
ひまわりの母君が目を覚ましたようだ
まだ本調子ではないようだがそれでもなんとか立ち上がる
「私が、犠牲になります 持っているのでしょう? 逆転の一手を」
「お母さん? なにを...」
ヒマワリと母君が見つめあう
ヒマワリは戸惑ったような表情をしながらも何かを察したように下を見る
その手はかすかにふるえていた
俺と彼女は初対面だ
俺の何を知っているわけではない だが
個体差はあるもののアニマは通常の人間よりも察する能力が高い
超能力とまではいかないが、こちらの表情や言動に乗った微妙な機微をキャッチする
おそらく俺の声音に潜んだわずかな躊躇に秘された何かを感じ取ったのだろう
「死ぬよりも、ある種、ひどいことになる その覚悟がありますか?」
『冬!待って』
(黙ってろ)
「どうすればいいですか?」
彼女は迷わずにそう語った 覚悟のある強い瞳だ
「切り札を使うにはエネルギーが足りないんです 使うなら、人一人分の存在エネルギーをまるまる使う必要がある」
存在エネルギーを失うということは、この世界に存在できなくなるということ
ひまわりからもその妹君からも母君のことを知覚できなくなる
「娘たちを、お願いしてもいいですか?」
「最善は、尽くします」
安請け合いはできない
俺にできることは、俺にできることまでだ
「それでかまいません」
「お母さん!」
「ごめんね もっと守ってあげたかったけど、ヒナちゃんのこと、お願いね お姉ちゃん」
ひまわりが母に抱き着く
母君はヒマワリの頭を優しくなでて娘から離れる
俺は手の平を上にして、こう聞く
「お名前を、お聞きしてもいいですか?」
「キク、と言います」
「覚えています」
俺は高潔な魂に敬意を示す
「世界がこうなって、着実と終わりが近づいている そう感じていました でも... あなたが現れた 私はあなたを知りません その目的も 思想も でもなぜかわかりませんが、あなたは私たちのためにこの地に来たのではないか そう思ったのです」
それはアニマの直観か あるいは...
いやなんでもいい 俺のやることはかわらない
「あなたが自分の存在をかけて私たちを守るなら 私たちもまた あなたに差し出さなければなりません 戦争は 一人でやるものではありません 全員で背負うものです 奪うことの苦しみも 仲間を守る誇りも 私の命がここで皆の明日につながるなら 私の命は今日まででいい」
死を想うとは、命を常に捨てられる状態を指すのではないと俺は思う
何のために生きるのか
それは翻って何のためなら死ねるのかを知ることにあると思う
彼女もヒマワリも 俺も自分の命の使い方は決めている そういう人間だと思う
「あなたを、誇りに想います キクさん」
ただ生きてるだけを
生きているとは言わない
なぜ続けるのか
なぜ築くのか
彼女達は俺たち以上に、その重みを知っている
彼女の手を取る
「コードを実行する テーマ:《透ける世界》 刻紋:日輪起動」
ジャクラは訝しんでいた どうなってる?
地面を伝う振動から動いている人間の数をすべて把握できる
一度聞いたことのある足音ならだれなのかわかる
その上、嗅覚も強化されている
にも拘わらずマシロもどきを見つけられない
まるで透明人間にでもなったかのようにあとを追えなくなった
そこまで思い当って、もしかして逃げた?
いやいやそれはないだろう
あってほしくないという願望のほうが強かった
久方ぶりの強敵だ
逃げるなんて選択で失望させてほしくなかった
仕方ないが地界侵食で一帯を地に沈めるか
地界侵食で土が活気ずき、地面に建物も人も飲み込みだす 近くにいた人間を片っ端から捕まえて確認するが、どれも先ほどの男とは異なる
さらに侵食を広げてみるかと考えていたところ
ジャクラは巨大なエネルギーの発生を上空に感じ、地の内に即座に逃げ込んだ
雷土 ジャクラ達ダエワの汚染は物性を変える 地面の中で通電する雷
地の中を泳ぐような速度で移動することも、敵を地面の中に沈めて身動きさせずに感電死させることもできる
しかし一番の厄介なところは何よりその回避性能の高さだろう
地面に潜ってさえしまえばこちら側から手出しができないのだから
一方的な攻撃を地面からできてしまう
かつては空中からの攻撃が主流だったが、地面の中から一方的に攻撃できてしまう今の状況を考えると相手側から見えないうえに遮蔽物が分厚く存在する地の利点も既存の戦術論を覆してしまうことだろう
清浄な水なら通電はしないし、雷土を浄化する機能も持つが、現在のように水を浄化してくれる護神像を破壊され、汚染された雨しか降らない環境下では彼を害するものは存在しない
ほとんど無敵と言って差し支えない
いままでは
深く 深く 深く 深く潜る なのに どうして!
体の芯から熱くなる 熱い!痛い!熱い!痛い!熱い!痛い!
体中を熱のナイフで切り刻まれているかのように熱くなっていく
なんだ? 何をされている!
地の底で上を見上げる
そこに彼は憑神の力で著しく弱った視力で確かに見た 太陽?
「あぎゃ、ぎゃぎゃぎゃっ!! なんだよぉ こんなことまでできんのかよぉ もっと早く本気出してくれよなぁ~あ... 残念だ」
もっと本気の嫌がらせがしたかった
彼は後悔していた 戦時下こそ最高の極楽浄土 ずっと戦争が続いてほしかった
強い奴がひしめく状況で明日をも知れぬ日々
光 晃、白純 夏 そして、光 善
彼らをおちょくるのはサイコーだった
だがどんなことにも終わりは来る
終わっても人生は続く 退屈な人生が
死ぬなら自分よりも強い奴に蹂躙されて終わりたかった もうその願いはかなわないと思ったが 最後の最後に ああ、悪くない
本音を吐露して全身を熱線で切り刻まれるように彼は地の底で焼け焦げ絶命した
冬の視界には世界が透けて見えた サイバー空間のように縦と横を線画で描画される世界
地面の中も人や建物も透けて見えている 世界が変化したのではない
冬の存在が世界の見方を変えたのだ
当然地面の中にいるジャクラも丸見えだった
日輪、その兵器は本来この世界のものではない されど現実のものでもない
これは緋色の軌跡と呼ばれる作品に出てくる兵器の名前だ 疑似太陽を打ち上げて敵を殲滅する凶悪な兵器で本来なら惑星間戦争で使われるもの
それに比べれば威力も範囲も持続時間もあまりにもお話にならないレベルで弱体化しているが、一つの側面においては本来の兵器を上回る
日輪の放たれる熱線のベクトルをすべて支配下に置いているため、通常日輪を起動すれば、周囲の被害も免れず自滅覚悟の攻撃になるが、すべての熱線をコントロールできる冬には熱線を当てたくないものには当てず、当てたいものにのみ、狙って当てられる
全ての熱線に当たり判定が付いている
仮に盾を使おうと光を完全に遮断できる場所にでもいない限り、少しでも光の入り込める範囲があれば攻撃が直撃する
だが今回は敵が地面の中という完全に光を遮断することができる敵だ
だからこその透ける世界 コードの力は冬の存在を一時的に改変する
透ける世界は物を透けて見える透視機能だけでなく、自己の刻紋武装全てに対して透過機能が付与される
日輪の届く範囲は地面の中であろうと逃げることはできない
最大範囲の視界拡張で町全土を監視し、潜み住むダエワを殲滅する
日輪の光が届く範囲のダエワは何が何だかわからずに体を熱線で切り刻まれて死滅する
まるで人体発火のように跡形もなく燃え尽きる 当然周りの無関係な人、物には傷一つつけずに
冬の持つ透ける世界の効果により、日輪の性能は極悪なものに昇華された
広範囲+当たり判定+透過性能の三コンボ 冬の持つ戦略兵器4つの内、最高火力を持つ日輪を正面から防げるものはそうそういない
発動さえできてしまえばほとんどのダエワを瞬殺できるだろう
最も今のレベルでは10秒持つのがやっとで長期戦には向いていない 燃費が悪いのが最大の弱点だった
『冬!』
冬は日輪使用後、倒れ伏す
最後の力を振り絞り、存在エネルギーを使い果たしたキクさんの塵器を回収して意識が途絶える
ヒマワリが駆け寄ってきて、何か叫んでいるが、もうその音の情報を処理するだけの力も残っていなかった
空に浮く最後の善意の周りをまわっていた四つの黒天の一つが砕けるのを見届けて意識が途切れた




