第五話 陰陽の極【ハ・マ】 ③
「漸くチカラを現したか! 『──の羅刹』!」
「陰陽の極!」
潰れた傷は緑の焔に呑み込まれる。いつしか、全身が燃えた。斬利は気にしない。と言うより、気づいていなかった。
異常の変化に、驚くでもなくやっとか、と反応を示す陰陽の極。
当然だ。彼は、この姿を知っている。
「フ、フ、フ……なるほど、そうか!」
「アアアアア!!」
脚の焔を放出させ、空を滑空し、文字通りの爆発的なスピードで迫る。迎撃に出る八咫烏。先程までなら、カラスの方が速かった。だが、今は違う。
「飛べ! 八咫烏ッ!」
ワンテンポ、命令が遅れた。刹那の間に違和感に気付き、命令までしたあたり、やはり彼はバケモノだ。
「───────────ガァ!」
だけど、それ以上に目の前の少年は怪物じみていた。斬る。ザァ、と黒い羽が地面に落ちた。
「──やはり、斬るか。フフフ、その眼だ! 我が宿敵よ!」
勢いのまま、敵へと迫る。ヒトの身でありながら、音速へと至りかけていた。
「グルルルルル!」
もはやどちらがケモノか判らない。オーバーコートが風に揺らぎ、袖から巨大な腕が剣を捉えた。
両者の目付きが、物理的にも変化を迎える。オオカミを思わせる鋭い視線。永劫の復讐者の熱い殺気。
(やはり……チカラが増しているな)
片手で受け止めてはいる。だが、ズン! と肉体が沈んだ。膝が地面と近くなる。彼はその身一つで耐えていた。
暴走状態の斬利は、肉体の限界を気にしていない。普段より無意識に掛けていた制限を躊躇いなく解除しているのだ。
その決意、覚悟を持って、ようやく互角。だが、それももう直ぐで終わる。斬利の肉体が先に限界を迎えかけてきた。いつ、破綻してもおかしく無い。
だと言うのに、
「──成程」
ここまで来て、
「──その牙は、抜けてなかったか」
パッと、手を離した。
「──流石だ。『──の羅刹』。我が友の子よ」
剣が、振り落とされる。
命中は必然。回避は不可能。獲ったと確信しない方が異常だった。それは、本人も然り。
「──また、会うとしよう。次は──」
それが、陰陽の極でない限り、は。──消えた。いや、確かに目の前にいる。だが、その姿はニンゲンでは無い。それは、銀狼。
「──共闘をしてみたいものだ」
フェンリルと呼ばれるそれへと変化した陰陽の極は、剣を容易く躱し胸元一閃。斬利を気絶させた。
人間体へと戻った彼は、斬利に切られたオーバーコートを羽織なおし、殺戮の新幹線へ向かう。
「悪くなかった。今のオマエなら、もしかしたら……」
誰も見ていない戦場を、彼は静かに去る。気絶した少年へ、紙切れを渡してから。