第二話 新幹線へ
「つってもなぁ」
フォッサマグナか……。遠いな。
(ま、行くんだけどさ)
それはそれとして……だ。いくら異獣混人だとしても、もともとは人間だ。理性がないとはいえ、彼らには両親がいた。友達がいた。居場所があった。学校に行き、会社に行き……日常が壊れたのが異獣混人。だから、憂鬱であった。殺し合いだ。しかたないとは言え、あまりいい思いはしない。
人を殺しているのには変わりないのだ。
「……はあ」
溜息をはいた。駅までの道は、足取りを重くさせる。
いつもの大剣は、手のひらサイズまで圧縮され、ポケットに入った。
空は何時にもなく晴れている。雲一つない。大路地はやはり、人込みであふれかえっている。
もし、この中の一人が異獣混人になったら……なんて考えると、余計に気が重くなる。
と、
「おや、お久しぶりですね歯車くん」
声を掛けられた。『歯車』なんて変な呼び方、一人しか思い浮かばなかった。
「歯車って、その呼び方は止めてって言っているでしょグラエデットさん」
振り向いた先には、セーラー服を着た少女。日本人とは思えぬ美しい金髪は、かなり目立っている。
グラエデット・ハートランド。斬利の恩人であり、一時期親として育ててくれた。
高校生ぐらいの見た目だが、実年齢85歳。理由は不明だが、16歳ほどから成長が止まったらしい。おかげで、制服を着ていても違和感はない(まあ、別の違和感はあるけど)。
「いいじゃないですか。もう10年もそうやって呼んでるんですよ。今更変えられません」
「俺としてはいつでも変えてもらって構いませんけどね」
年齢だけを考えたら、孫と祖母ぐらいの年の差だ。彼の大剣も、彼女が造ったものだ。
「で、暗闇の火の討伐に行くのですか?」
「何で知ってるんですか……」
怖い。父親が死んで、10年間彼女に育てられたが、未だに彼女のことは知らない。
どこから情報を仕入れているのか、本当に教えてほしい。
「秘密。ま、頑張ってください。『月の導き』の定期メンテもしなくちゃいけないしね」
「あー、そっか。もうすぐ……」
『月の導き』。大剣だ。10センチから10メートルまで圧縮、拡大が可能な西洋剣だ。
鋼の光輪の肉を刀身に、悪辣の忍の超能力『変幻自在』を宿らせた。
さらに細かい調整のために煉獄の絆の異能をぶち込んだ奇跡の一品。
「もし、余裕があったら暗闇の火の炎を持って帰ってください。強化に使いますので」
「強化って、具体的には?」
うーん。と、少し悩んで彼女は言った。
「剣から炎を出す、とかですかね」
「そりゃすごい。期待せずに待っててください」
ちょうど駅に着いた。「じゃーねー。なんかあったら呼ぶんだよ!」そう言って彼女は人込みの中へと消えていった。
(変わってないな、あの人)
前会ったのは一年前だっけ。
高校を中退して、借金返済んい注力するようになってから、めっきり会う機会もなくなった。
定期メンテナンスのときぐらいだ。たまには、こっちから連絡すべきなのかも……。
「っと、席ここか」
切符を買い、新幹線に乗る。ここから静岡まで約1時間。
近いのか遠いのかわからない微妙なラインだ。
席に座る。ああ、気持ちいい。普段ボロアパートの床に座っているんだ。安っぽいシートでも、高級に思えてしまう。
幸いにも、隣には誰もいない。
(ちょっと、寝ようかな)
「理は我が手元に。追憶は我が胸に。陰陽より携わりし、太極。祖は力を示し、祖は道を示す」
東海道線を高速で走る細長い列車に、彼は乗っていた。
中ではない。上にだ。
彼は裸足だ。巨大な狼の爪が生えており、車体に爪を食いこませ、固定させている。
「我が狂乱名は『陰陽の極』! 世界をただす、神の使いである!!」