第一話 借金取り
とあるボロアパートの一室で、二人の男が言い争いをしている。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……だめだな」
少年から受け取った金一封を、男は捨てた。
男はサングラスを掛け、黒いスーツを着こなしている。頬についた巨大な川字の引っ搔き傷。スーツの上からでもわかる異常な筋肉。
いかにもな怖いお兄さんって感じだ。
「はぁ? 足りてるだろ!!」
対する少年は、怒りをあらわにして理由を尋ねる。
彼は男に比べ、かなり小柄なものの、体格さなんて気にしていない。
「いいや、これは利子分だけだ。そも、『喰らう月』一体殺したぐらいで、100万もの大金が返済できるわけないだろう」
男は冷静に説明している。ただ、少年……斬利は納得していないのか、けげんな表情を浮かべていた。
「……いくら返済できた?」
「10万円」
「すっくな!!」
もう少し高値だろ。いくらメジャーだとは言え、もう一声ぐらいは欲しい。
苦労したんだぞ。
「表闇市での人身売買はコストがかさむ。売値より多少利益は落ちるのも、仕方あるまい」
「裏闇市で売れよ!! なんで健全?な場所で売ってんだ!!」
100年前、『異獣混人』が生まれた。
読んで字のごとく、人間と異界の獣とが混ざった怪物だ。
原因は宇宙から飛来したウイルス。極小隕石『ノアの箱舟』に含まれていた、未知のDNAだ。
『ノアの箱舟』に搭載されていたウイルスは、いままでのどの生物とも遺伝子情報が合致していない。
宇宙戦争だー! とか、 俺たちみんな死ぬんだ!! とか言われていたらしいけど、結局そんなことは起きなかった。
外側からは。
問題は、そのウイルスが既存の生物に触れることだった。
最初に発生したのはアメリカ、ロースカロライナ州に創設された研究所。
当時研究員であったエドウィン・マーカーが、ウイルスと一体化したのだ。
それは、人の肉体を持ちながら、様々な生物の特徴を得る異形化だった。
『異獣混人』と呼称されるそれは、その日を境に世界中で観測されるようになった。
「借金取りである俺たちがわざわざ危険を冒せと?」
「コネあるだろ。ヤーさんなら安全だろあそこ!」
表闇市は、一般住民たちのための闇市だ。第二次世界大戦後、日本を支えた闇市だが、経済成長を迎えると同時に、政府公認の正式な市場となった。そこで売っているものは、個人の作成した個物だ。自由に出店するフリーマーケット。それが、表闇市だ。
対する裏闇市は、かつての闇市そのものだ。無論、国は容認していないし、ばれたら一発アウトだ。そこでは様々な、表に出せないものが大量に出品されている。人身売買、薬物、クレジットカード、個人情報……。本物の地獄だ。
「手数料ふんだくっていいのなら次から裏闇市で売ろう」
「やっぱいい。どうせ法外な値段だ。売り上げの8割とかいわれても驚かんぞ」
「ばれたか。まあいい、本題だ。いい仕事を持ってきた」
肩をすくめる男に、半分呆れがある。早く帰ってほしい。
そう思っていると、彼が一枚の紙を差し出してきた。
「また討伐ぅ? もう戦うの嫌だよ」
「そういうな。せっかく『湖の帝王』の情報を持ってきてやったのに」
「!」
斬利は目を見開き、驚く。『湖の帝王』。彼の父親を殺した、最強の異獣混人。現在する異獣混人で5本の指に入る実力を持っている。彼が先日倒した喰らう月とは、比べ物にならない。
「いや、いいんだ。おまえが依頼を達成しなければ、この情報は処分するだけだ。俺たちには何のデメリットもない」
「……言え」
「フ。『暗闇の火』っといえば分かるよな」
暗闇の火。人をベースに、悪魔の翼が生え、全身が炎で燃え続けている異獣混人だ。
「やつはフォッサマグナに生息している。一体だ。一体殺せばいい」
「分かった。やるよ」
もとより、選択肢など無い。ただ、やる気を問われているだけだ。
斬利はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に置いていた大剣を手に取る。
同じく借金取りも立ち上がり、先に部屋を出る。扉を開け、振り向いて彼は言う。
「期待しているよ。異獣混人」