第六話 市場の声、魔法科学の予感
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朝の光がアルベルム学園都市を包み込む。海風に吹かれながら、市場へと続く石畳の路地を、クレセルイとベルセリールは並んで歩いていた。
このいつも通る道には、ベルセリールが気になっている建物があった。綺麗にくり抜かれた様な穴の空いた建造物についてクレセルイに尋ねる
「ねぇクーちゃん?あの建物って何であんな綺麗に巨大な穴が空いてるの?そして、どうみても使い物にならないのに放置されてるの?」
「ああ、あれは二十年前のソルモス戦争の時に連合軍を率いた聖女アステリア様が槍で魔法を放って破壊した後なんだよ?あれは観光名所にもなってるからね?」
「えー!あの伝説の聖女アステリア様の残した戦いの跡なんだー!それは……観光名所にもなりそうだね」
しかし、クレセルイの回答の中の一つにベルセリールは疑問に思った。
「あれ?槍で魔法ってどういうこと?魔法は魔石でしか使えないよね?なんで槍で魔法が使えるの?」
ベルセリールの質問にクレセルイは少し笑みを浮かべて話す。
「アステリア様の槍、名前をコルニス・コルムは槍の形をした大きな魔石、魔導武器と呼ばれる物なんだ?魔石職人の卵なんだから今から話す僕の授業を聞いてね?」
ベルセリールは眼を輝かせながら頷く。
「コルニス・コルムは本来、巨大な兵器となる魔石を作る計画で、いつもベールちゃんがやっているみたいに、巨大な魔石の周りを削りながら複数人の名のあるルジエールの魔石職人達がファリアを注入していったんだ」
「で、気がついたら細くて長く、赤い水晶みたいなものができあがってしまった」
「しかも、ファリア構造も複雑になりすぎてこんな魔石が使えるわけないってなったのだけど、そこにアステリア様が現れて!使わないなら私が欲しい、まぁ槍みたいな形だし武器としては使えるでしょ?ってなったの」
「へーそれで、そのコルニス・コルムはアステリア様の武器になったわけなんだね?」
「そう、しかもアステリア様は魔法の才能も凄かったからその複雑なファリアの構造をした槍から普通……いや、想定以上の魔法が使えてしまった……凄い人なんだよね」
「クーデリアでもアステリア様ごっこ流行ってたけど、みんな長い箒とかをもって槍みたいにしてたのって!そういう経緯があったからだったんだー!」
「えーお姫様が聖女アステリア様の事を知らないのは流石に勉強不足じゃない?」
「うぐぅ……グゥの音も出ません……」
二人で会話をしながら歩いていると、あっという間に目的地に到着していた。経過した時間はいつもと変わらないのに不思議とクレセルイにとっては早く感じられた。
陽光に照らされる魚屋の店先、赤や黄色の野菜が山のように積まれた果物商。にぎやかな呼び声と人の行き交いが織り成すその光景に、ベルセリールの狐耳がぴょこぴょこと揺れていた。
「ねえクーちゃん。やっぱり市場っていいよね。食材の顔が見えるっていうか、ちゃんと生きてるって感じがする」
「うん、僕もそう思うよ。流通の形態や鮮度、それに……ほら、値段も」
「うふふ、それが本音だね?」
二人が冗談を言い合いながら歩いていたそのとき、通りがかりの店先で、何やら深刻な話し声が耳に届いた。
「……最近、川の水が変なにおいしててさ。野菜がうまく育たないんだよ」
「洗濯も変な色になるし、もう国に何度言ったか……」
二人は自然と顔を見合わせ、無言で頷くと、声の主の元へと向かった。
「すみません、それってどの辺りの川の話ですか?」とベルセリールが尋ねると、話していた中年の女性が振り返り、少し驚いた顔をしながらも答えた。
「このあたりの南側の川さ。昔は澄んでたんだけど、最近じゃ動物も寄り付かなくなってね」
クレセルイは鞄から小さな手帳を取り出し、地図を広げた。地図上に印された水路を目で追いながら、彼の瞳が鋭く光る。
「……ベールちゃん。ちょっと、ここ見て」
指差された先には、問題の川と地下水路が交差する箇所が描かれていた。
「この川、地下水と合流してる。つまり、川の汚染源は地上じゃなく、地下から来ている可能性がある……」
「それって……地下水が汚れてるってこと?」
「うん。もしそうなら、もっと広範囲に汚染が広がるかもしれない。放っておけないよ」
クレセルイの脳裏に浮かんだのは、“ファリア”——魔力素粒子の一種。魔石や魔法を扱うために不可欠なエネルギー物質だった。
「ベールちゃん。ファリアの性質って覚えてる?」
「うん。魔石に封じることで安定するけど、本来は目に見えないエネルギーで、空気や水に混ざると自然に拡散しちゃう」
「その通り。だけど、特定の魔石、特に低質な加工や破損によって漏れ出した場合、周囲のファリア濃度が極端に偏って……」
「腐敗作用を起こす、だったよね」
「……さすがだね」
ベルセリールはふふんと得意げに胸を張った。
「ちゃんと先生の講義、聞いてるもん。あれ?今の私、偉くない?」
「うん、偉い偉い」
そんな会話を交えながらも、クレセルイの表情は次第に真剣さを増していく。
「この汚染、もし魔石処理のミスや密かな実験跡地からの漏洩なら……国が調査すべき案件だ。でも、話を聞く限り、役所とかは一切動いていないみたいだし……最近は特にひどいこのルジエールの貴族中心社会の中では平民の声が無視されているのだろうね」
「ひどい……」
この時、ベルセリールは隣にいるクレセルイが両手を強く握りしめている事に気がついていた。
「国が動かないなら、僕が調査する。研究者としても、魔法科学者としても見過ごせない」
その決意に、ベルセリールが言った。
「じゃあ、私も手伝うね」
「危ないかもしれないよ?」
「クーちゃんのそばなら、危なくたって行くよ。実は戦闘とかも自信あって負けないんだから!しかもこれでも、対不審者用に覚えた体術と剣術と弓術持ち合わせているんだよ私!凄いっしょーえっへん」
そんな彼女の姿を見たクレセルイは、ほんの少しだけ微笑みを浮かべた。
「……ありがとう、ベールちゃん」
二人は市場の喧騒を背に、自宅へと帰っていった。
屋敷に戻ると、クレセルイはすぐに研究室に籠もった。詳細な地図と古文書、水脈図を並べ、文献を照らし合わせながら、ファリアの流動と地域の地層を読み解く。
「……やっぱり、この川。三日前に魔石反応の爆発があった地点の下層だ。そしてこの水流は……」
彼は別の地図を重ね、気づいた。
「地下水路……。ここに合流点がある……!」
クレセルイは息を呑み、確信する。
「原因は、地下だ。地下水が汚染されている。次に向かうべきは……地下水路」
研究机の端で湯気を立てる紅茶のカップ。静かに扉を閉めたベルセリールは、その背にそっと手を添えながら、優しく呟いた。
「クーちゃん、帰ってきてからずっと調べ物してるみたいだけど!無理はしないで?……ちゃんと休まなきゃ、だよ?」
その声に微かに頷きながらも、クレセルイの目はすでに次の調査へと向いていた。