第三話 教え子に教えられる温かな光
朝の陽光が研究室の窓から差し込む。淡く揺れるカーテンの向こうに、青空が広がっていた。
ベルセリールの声は、そんな空と同じように明るく響く。
「……でね、夢の中で“ファリア”っていう鳥が出てきたの! 青くてふわふわで、なんか喋ってた気がするの!」
「それはファリアじゃなくて、君の想像の中のマスコットだよ、ベールちゃん……」
「えー? 違うかな? でも名前が同じだったから、なんか嬉しくって!」
ベルセリールはいつもの白のサマードレスに、黒リボンをあしらった姿で研究室へ現れた。ピンクの長い髪はゆるく束ねられ、狐耳がぴょこんと揺れている。青い瞳は好奇心の輝きに満ちていて、彼女がどれだけこの“学び”を楽しみにしているかが伝わってきた。
クレセルイは作業机の前に立ち、軽く頷いた。
「さて、今日は“光る魔石”作りの続きだよ。昨日の感覚、覚えてる?」
「うんっ、ばっちり!」
クレセルイは彼女の作業に合わせて、机を片付け、小さな器具や魔力測定の道具をきちんと並べる。ベルセリール専用の小道具入れまで用意していた。
(……これが“準備”というやつか。誰かのために)
「まずはこの鉱石の表面を削って、魔力を注入しやすいようにするところから。昨日より少し大きめの石を使うよ」
「任せて! まずは削るのね。えっと、ここにピンセットを固定して……」
ベルセリールは昨日よりも自信に満ちた手つきで道具を取り出し、鉱石をセッティングする。
そして、クレセルイの指示のもとで鉱石の表面を削り、そして魔力を注入するステップまですすんだの……けれど――
「んんっ、ちょっと……ここの固定が、うまく……っ」
彼女の手元がふらついた瞬間、鉱石が台座からずれて、魔力バランスが崩れたのか魔石となるはずだった鉱石が砕けた。
ガラスが割れるような、そんな音と共に砕けた。
「――あっ!」
石の破片を前に、思わずベルセリールは息をのむ。
「ご、ごめん……クーちゃん、失敗しちゃった……!」
彼女は声を震わせていた。
目に涙を浮かべながら、彼女は欠けた石を手に取った。クレセルイはその表情を見て、そっと笑う。
「大丈夫。失敗するのは当たり前だよ。僕だって、最初のころは何十回も割ったし。欠けた石は、装飾用に回せばいい。使い道はいくらでもある」
「……でも、悔しいよ。せっかく頑張ろうって思ってたのに」
ベルセリールはぎゅっと手を握った。少し震えていた。
「うまくできると思ったのに。……私って、料理以外だと本当にダメだなぁ……」
「違うよ、ベールちゃん?天才でもあるまいし、いきなり完璧に作れるわけないんだよ?」
クレセルイは、彼女の手にそっと触れる。
「それでも君は、昨日よりもずっと手つきが良くなってた。あとは慣れだけだよ。最初の失敗を悔しく思えるってことは、きっと次に繋がる。君は、僕に教えてくれって言ってきた人物の中で、いちばん努力してる人間だよ」
クレセルイは今までも神童と呼ばれていた事を理由に他の貴族達に自分の息子にも魔石制作術を教えて欲しいと頼まれ教えた事が過去にあった。
しかし——いざ始めてみると、皆口を揃えてこう言うのだ。
『天才だから君はその方法で出来るかもだけど自分には出来ないから無理、ちゃんとした先生に教わるからもういいや』っと
過去を思い出して下を向くクレセルイにベルセリールが何かを悟ったように声をかける。
「……クーちゃん……」
ベルセリールの声を耳にしてクレセルイは再びベルセリールの方を向く。
「よし、次の石で、もう一度やってみよう」
ベルセリールは小さく頷いた。涙を指で拭って、再び机に向かう。
「うん、がんばる……っ」
そして、彼女は深呼吸をして、改めて石の加工に取り組んだ。今度は、ゆっくりと、丁寧に。
それから何時間と流れてゆく——
気がつけば複数個の魔石を彼女は失敗して砕いた。砕くたびに悔しそうに、しかし諦めることはない、才能を理由に辞めたりしない! その姿を見ていたクレセルイは、心の中で、頑張れっと応援していた。
クレセルイが教えるも、お前みたいに頭が良くない、お前みたいに天才じゃないから無理、今までクレセルイが言われてきた数々の言葉。しかし、目の前の少女は一言もそんな事を口にするどころか直向きにがんばり続ける!
やがて——
「……あっ!」
机の上の小さな鉱石が、淡く光を放った。
金色の微かな光がふわりと浮かび、部屋の空気を染める。それはまるで、小さな星が生まれたかのようだった。
「成功だよ、ベールちゃん。ちゃんとファリアが封入されてる」
「……っ、やった、やったぁ!」
ベルセリールは嬉しそうに石を両手で包み込んだ。その青い瞳が潤んで、笑顔が溢れた。
そして、何よりその成功を自分が喜んでいる事にクレセルイは気がついていた。
クレセルイはその笑顔に、つい目を逸らす。
(――こんなに、楽しそうに笑うんだ)
(初めてだよ、僕の授業を真剣に受けてくれてる人は……君が、こんな風にいてくれるなら。僕の研究室も、悪くない)
***
夕方。屋敷の食卓に、あたたかな香りが立ち上る。
ベルセリールが用意したのは、チキンの香草焼き、ポタージュスープ、小さなトマトのサラダ。どれも丁寧に盛り付けられていた。
「クーちゃん、はい、どうぞ!」
テーブルの中央には、彼女が作った“光る魔石”が小さな台座に飾られていた。ほんのりとした金色の光が、ろうそくよりも柔らかく、二人の顔を照らす。
「……ふふっ、ちょっとロマンチックじゃない? これ」
「言い方が妙だけど……まあ、確かに悪くないよ」
「でしょでしょ? これ、私が作ったの!」
ベルセリールは胸を張って笑った。小柄な体に、誇らしさが満ちていた。
クレセルイはその光に目を落とす。
「この光は、君の手で生まれた魔力だよ。ちゃんと封入されたファリアが、こうして灯ってる」
「すごい……本当に、魔法って感じするね……」
二人の会話は、やがてチキンの味へと移り、スープの温かさを語り、笑い声へと変わっていった。
***
夜。寝室の灯りを落とした後も、ベルセリールは自分が作った光る魔石を手元に置いていた。
クレセルイは扉の前に立って、振り返る。
「ベールちゃん。明日も研究室、来る?」
「うん、行くよ。今度は、もうちょっと光を強くできるようにしたいな」
「そっか。……待ってる」
扉が閉じられると、部屋は静寂に包まれた。
でも、ふたりの心のどこかには、確かに同じ熱が灯っていた。
それは――魔石の光のように、小さくとも確かにあたたかく、ふたりを照らしていた。
この日の出来事も「クレセルイの研究ノート」と呼ばれる一冊の研究日誌の新たな一ページとして、刻まれてゆく——