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第十八話 ベルセリールの研究ノート


 クレセルイがアルベルム学園に出向いている間、ベルセリールはルジエールの屋敷で初めて一人きりの日々を過ごすことになった。


 研究室の扉を開けると、いつも彼が座っていた机や整然と並ぶ魔法機材、大量の資料が詰め込まれた本棚が目に映る。今は主人不在のこの部屋に、静寂だけが広がっていた。


 ベルセリールは「今のうちに掃除でもしておこう」と心を決め、慎重に機材や魔石に触れないよう注意を払いながら掃除を始めた。しかし高い棚の隙間を拭いていると、不意にバランスを崩した本が頭上に落ちてきた。


挿絵(By みてみん)


「きゃっ!?」


 反射的に声を上げてしまう。だが、からかうように「ベールちゃんは本当にドジだね」なんて笑ってくれるクレセルイはもういない。静かな研究室で、ベルセリールは胸に手を当てた。彼の存在が、自分にとってどれほど大きかったかを改めて痛感する。


 落ちてきた本の表紙を見て、彼女は首をかしげた。見たこともない文字でびっしりと書かれている。文字の形がどこか可愛らしく、不思議と惹かれるものを感じて、その本をリビングへ持ち出した。


 ページをめくると、絵には見たこともない料理のようなイラストが並んでいる。しかし文字はやはり読めない。ベルセリールはヒントを探そうと、再び研究室へ戻り、机に置かれたクレセルイのノートを見つけた。


 ノートにはルーナリアの好物や、くだらない実験のメモなど、日常と研究が入り混じった内容が綴られていた。なかでも「亀とウサギを実際に競争させた」などの無駄知識は、ベルセリールの頬を緩ませた。


「クーちゃんって、こんなに遊び心あったんだね」


 ページをめくると、飛行船の設計図らしきページが現れた。「飛行船フィルベリオン号」と題されたその図面には、動力部分に「魔狼炉」などと記されている。そこに挟まれていたメモには、こう書かれていた。


——古代アトラ語が解明できれば、ルメスタ浮遊島を浮かせていた動力装置……ルークメントクリスタルとグラビティキャンセルの原理を解明できるかもしれない。


「ルークメントクリスタル……? 確か、クーちゃんが話してくれた賢者の魔石のことだっけ?」


 そして彼女は、さきほどの奇妙な文字が「古代アトラ語」だと知る。リビングへ戻ると、ベルセリールはワクワクしながら本を開いた。料理の絵と見慣れない文字列。これがもし古代の料理本な——。


「読めないなら、絵から解読してみせる!」


 彼女は絵に描かれた見覚えのある食材と文字を照らし合わせ、似た文字列を見つけては意味を推測していく。絵のニュアンスから現代語に当てはめ、時間をかけて解読を進めた。


 そして二日目、ついに最初の文が繋がった。


「……サルミル十グラム、レーマルウーダ五グラム……サルミルは甘味料っぽいし、レーマルウーダは唐辛子系の調味料……!」


 クレセルイ不在の間に、ベルセリールの「古代料理を現代に蘇らせる挑戦」が始まった。研究室に残されていた奇妙な調理器具「カンシャーナ」などに目を輝かせ、解読したレシピをもとに調味料を再現していく。


 だが中には危険な材料もあった。


「……レッドデスのエキスを抽出……って、これ猛毒キノコじゃん……。しかもマラタナンダラダケも猛毒……」


 レシピには「両方の毒素を混ぜると逆に薬効を持つ甘い液体になる」とあったが、どちらも違法な毒キノコ。ベルセリールは小さく肩を落とした。


「……流石にこれは無理だね……ただもしかしたらーあったりしないかな?」



 ※※※


 ベルセリールは古代料理再現のため、珍しい食材を探してルジエールの市場を歩き回っていた。


 白色の花びらをイメージしたリボンを髪の両サイドに結び。以前の白色のサマードレスよりさらにスカートがふわっと広がるサマードレス姿で市場にやってきた。


 この服は、以前ルーナリアと買い物にいった際に買った新しい服の中の一着だ。


 慣れない食材の名前を呟きながら、露店を一軒ずつのぞき込む姿は、周囲から見ればどう見ても目立っている。


「うーん……レッドデス、どこかに売ってないかなー?」


 そんなベルセリールに、一人の青髪でウサギ耳の女の子が気づいた。女の子はしばらくベルセリールを目で追っていたが、目が合った瞬間に互いに視線を逸らす。だが、すぐにベルセリールが笑顔を作って近づいていった。


「ごめんね!ついウサギ耳が可愛くて見つめちゃった!」


「い、いや……俺も……」


挿絵(By みてみん)


 女の子は言葉を詰まらせながら、視線を泳がせる。ベルセリールはそんな彼の戸惑いを気にせず、いつものように明るく声をかけた。


「ねえ、あなたってテスベリカの人? その服装と耳飾りがテスベリカ帝国の物に似てる気がするけど?」


「おっ、すごいな……なんで分かったんだ?」


「クーちゃん……あ、夫がね、貿易書類を見せてくれたことがあるの。テスベリカの装飾って少し独特で覚えてたんだ!」


「そっか……俺はテスベリカ帝都、コルティスノープル出身だ。けど、父が行方不明になって……残った遺産を食いつぶすのは嫌で、もっと稼げるルジエールで働くことにしたんだ」


「それって……すごく立派だと思うよ!女の子が一人でここまで来て頑張ってるんだもん!」


「……俺、男だから」


「ええっ!? ご、ごめんなさい!完全に女の子だと思ってた!」


「よく間違われるから気にしてないけどな……。それにしても、君も随分と目立ってたぞ?」


「えっ?私が?」


「美女が一人で市場をウロウロしてたら、そりゃ目立つに決まってるだろ。正直、危なっかしいって思って見てたんだ」


「へえ……自分では全然気づかなかったなー」


「はあ……で、何を探してるんだ?随分珍しいものを探してるように見えたけど」


「えっと……レッドデスっていう食材を探してるの。知ってる?」


 ルインはその名前を聞いた瞬間、顔色を変えた。


「レッドデス!? あれは猛毒キノコだぞ!どうするつもりなんだ、そんな危険なものを?」


「料理に使おうかと」


「はあ!? 誰かに恨みでもあって毒殺しようとしてるんじゃ……」


「ないない!ちがうって!古代のレシピを再現してみたいだけ!」


「……古代のレシピ?」


 ベルセリールは懐から取り出した自作のメモを彼に差し出した。ルインは食い入るようにそれを読む。


「こ、これ……アトラ語……!? しかも文法が……成立してる……!」


「でしょ?絵を見ながら、一致してる食材を探して、その文字をキーに他の文章と照らし合わせて解読してみたんだ。クーちゃんのノートに古代アトラ語って書いてあったから、これがそれなんだと思う」


「……信じられない……父さんが一生かけて少ししか解読できなかったアトラ語を……君は絵からほとんど解読したのか!?」


「ふふっ、でも絵があったからできただけだよ?私、文字だけだと絶対無理だったと思う」


「……君、一体何者だ……」


「私はベルセリール・アルドラシル・クシュル・クーデリア・クアトルム」


「ベルセリール……アルドラシル……クーデリア……!? まさか……脱走姫……!?」


「やっぱり有名なんだね、脱走姫って」


「有名だとも!国外追放されたクーデリア第四王女……でも噂では、行く先々で平民のために動く義賊みたいだって話もあったけど……」


「それは誇張だよ!でも困ってる人はほっとけないのは事実かも?」


 ベルセリールは笑顔でそう言った。ルインは彼女の瞳に真剣さを感じて息を呑んだ。


「俺、ルイン・ブルーラビアって言うんだ。父は探検家で学者だった。未開の森を調査に行って、それっきり……」


「そうだったんだ……ルインちゃんのお父さんもすごい人なんだね。ルインちゃんも、学者志望?」


「ああ。俺もいつか父さんみたいになって、失われた古代の謎を解き明かしたいと思ってる」


「じゃあ……私と一緒に古代料理を作ってみない?」


「……え?」


「私が解読したこのレシピを再現して、本当に合っているか試したいんだ。一緒にやってくれる?」


 ルインの目が輝いた。


「もちろんだ!君の文法が正しければ、アトラ語解読の大きな一歩になる!手伝わせてくれ!」


「ありがとう!ルインちゃん!」


「ルインちゃんはやめてくれ……」


「でもその前に、レッドデスはあきらめような?下手したら市場どころか人生詰むからな!?」


「……いや、私は妥協はしたくないんだよね!」


「いや!もし見つかったとして大丈夫の補償がない状態でそんなもん食えないだろ!」


「夫が作った機械に毒素を調べる機械があってね?それ使えばわかると思うの!」


「あぁ……そんな機械が……あるの?」


 ルインは呆れながらも、協力してくれる事になった。

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