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来ない。遅すぎる。ジンたちと別れてからかなり時間が経っているはずだ。日も高く昼頃も近い。それなのにジンの姿は見えない。今から行くべきか?でもすれ違ったら元も子もない。それに僕が言ったところで、出来ることなどたかが知れている、、、はずだ。
エマはともかくザクロとジンは約束を違えることはない。あぁ、嫌だ。絶対なんかあった。でも行きたくない。帰ってきたら気づかなかったふりをしよう。そうすればいつも道理だ。
「キルシュおにーちゃん。おにぃはまだ帰ってこないの?」
いちごの質問への返答に一瞬詰まった。ザクロがいながらゴブリンごときに逃げきれない?そんなこと考えられない。でも帰ってこなかったらどうしよう。僕は、、、
僕にとっての最悪とは何だろうか?それは死ぬことに似ていて少し違う気がした。死ぬことは最悪だ、だけど、ジンたちがいない生活もまた最悪だ。正教会の言う死者の世界があるかはわからないだけど、ばらばらに死んで離れ離れになることは嫌だ。
「いちご、ジンは迷子になっちゃったかも知れないから、探してくるよ。」
そう言っていちごのさらさらとした髪をなでた。いちごはネコみたいに頭を寄せてきて、気持ちよさそうに顔をふやかす。その感覚を名残惜しみつつ深く息を吸う。さぁ、ジンを迎えに行きますか。
森の縁で剣戟の交わる音が聞こえた。たぶんザクロだ。音のなる方へ走るとザクロ一人が戦い、ジンは全身傷だらけだった。かろうじて立っているジンはエマを背負っている。
「ジン!エマは。」
「気絶しているだけだ。エマを頼む。」
乱雑にエマを下すとゴブリンの方へ歩いて行く。しかし、その足取りは不確かで膝をついてしまう。ゴブリンから振り下ろされる鉄の剣。ゴブリンの憤怒に染まった顔が醜く笑う。ジンに向かって振り降ろされる剣をとにかく止めなければ。走って手を伸ばす。それよりも早くザクロが飛んできた。あっという間に首をはねた。
「時間は稼ぐからとにかく村へ。」
飄々と話すザクロからは信じられないほどの早口で指示が飛んできた。ジンの着ている楔帷子を脱がす。さすがにジンとエマの両方を運べないそう思っているとジンが口を開いた。
「俺は自分で歩ける。」
ジンは酔っ払いのようにふらふらと歩き出した。僕はエマを抱えてその後を追う。ザクロが発しているだろう金属音が果てしなく続き、町までの距離が永遠に思えるほど長い。死神に心臓を握られ僕らの命もまもなくだと諦めかけそうになる気持ちを何度も叩き潰して、無我夢中で門までついた。
門の中で落ち着くまでの記憶がほとんど飛びかけていて、さっきまでの出来事が嘘だったのではないかと思ってしまいそうになる。けれど門の外はゴブリンの叫び声で騒がしい。
「てめぇら、町にゴブリンを連れてきてどういうつもりだ。」
門番は激怒した。彼からしてみれば僕らがゴブリンを引き連れて町に着たように見えるのだから当たり前だと言えばそうだが、僕らは無実である。
「言ったじゃないですか、ゴブリンの軍団が攻めてきてるって。信じなかったのはあなたと町長だ。」
なんならジンたちのおかげで時間的猶予ができるはずだったんだ。それなのに正しい判断をしなかった。そのつけを払うべきは、少なくとも僕達ではない。
「大体前からお前らのことは気に入らなかったんだ。ガキが魔獣を狩ってくる?冗談よせよ。どうせどこかでくたばっている死体をあさっているに違いないってみんな思ってんだ。どうせ死体漁りが失敗してどこかから恨みを買ったんだろうが。警鐘だ!!スカベンジャーどもがまた災厄を持ってきた。」
また。という言葉が少し気になったが聞く前に門番は中心部へと走って行ってしまった。傷ついたジンたちを地下室につれていくとそこには司祭、いちご、ローゼンさんがいた。
「おにぃ。」「エマちゃん。」
イチゴの心配する声に焦点の定まらない目でジンが大丈夫だと言った。
「ずいぶんと傷だらけだな。子供の怪我というには少しばかり酷かの。」
司祭はジンに手をかけた。ヒール その一言ともに傷がいえていく。初めて見た魔法は実際に受けたわけではないのに暖かく、なるほど、神とはこういうものなのかと納得してしまいそうになる。ジン、エマの順にヒールをかけていくとけだるそうに僕の方へ向きなおした。
「やはり、回復魔法は疲れるの。」
「あれが、魔法。」
「そうじゃ。といってもわしにはあれくらいが限界じゃがの。」
ジンの外傷はほとんど癒えひとまず落ち着けそうだ。エマもすぅすぅと浅い寝息が聞こえ始めた。冷えたらまずいからと、薪を燃やす。
「傷を治せるなんて司祭すごくない?」
「わしで3回。才能がなければせいぜい1回しか使えん。それでも重宝されるがの。しかし迷宮産のポーションでも代用がきく。それに傷薬で自然治癒できるのならその方がええ。」
「自然治癒の方がいいの?時間がかかると思うのだけれど。」
「通常、体は傷ついて強固になる。しかしポーションやヒールで回復した体が強固にはならないのだ。儂が思うにポーションとヒールは依然あった状態への時間の復元的修復だと考えられておる。そもそもヒールはもともと神への祈りによって発現すると正協会は言っておるが、、、」
うんぬんかんぬん、難しくてあくびが出た。
「なぁ、司祭。ここはどこなんだ。こんなところがあったなんて知らなかったぞ。」
「教えておらんからの。ジン、お主は少しせっかちな所は変わらんな。時間はあるのだ。エマが起きてからでも遅くはあるまい。」
「司祭私からも質問があります。ここにある資料は何ですか。この資料があれば魔獣の森を抜けることができるのですよ。森には地下資源が多く、この地の開拓は王国の悲願であることはあなたも知っていたはずです。」
「教会として王国への恩は忘れていない。しかし、個人の恩を仇で返すほど愚かではないわ。その本は決して王国に渡さんぞ。」
干からびかけたじいさんのものとは思えない強い視線でローゼンさんを睨む。地位だの恩だの。二人の過去に何かしらのしがらみがあることは容易に想像できた。ジンが前言っていたただの飲んだくれではないっていうのもあながち間違っていないのかもしれない。
「その本があれば、あなたは元の地位に戻れるでしょう!私だって本来あるべき地位に、、、」
「馬鹿者!そんなことさせぬぞ。ここにある本一つたりとも、傷付けはさせぬ。さては貴様、すでに本を盗んだな。」
本棚に1冊分のすきまが開いているのに気付いた司祭は置いてある本を一つ一つ確認し始めた。やばい、僕一つくすねちゃった。でも司祭も全ての本を分かってるわけじゃないだろうし、、、たらたらと汗が、、、瞬間ぴかっと司祭の眼が光った。まずい!
「ごめんなさい!僕が盗みました!」
たぶん昨日までの僕なら黙っていただろうが言わなきゃだめだと言葉を何とか絞り出した。絶対怒られると思って目を瞑っていると静まり返ったまま何も言ってこない。恐る恐る目を開くと意外そうな顔した司祭と目が合った。
「お主も盗み癖があるんか?」
「え、いや、ないです。」
エマ~、お金くすねてるのばれてるんじゃないか。それと僕は初犯だ。もちろん初犯だろうと悪いことはだめだけど、なんか釈然としない。
「キルシュがもっているのなら別に良い。それはきさんらに渡すつもりだったからの。」
本を一つ手に取り大切そうに埃を落とした。本を名残惜しそうに見つめた後、そんなことを言った。
「渡すつもり?こんなの貰っても困るだけだけど。」
「正しいところに売れば一生衣食には困らん。そもそもおぬしらを預かる代金の代わりとして、わしに渡してきた本じゃ。別に頼みなんぞ無償で受けると言ったのだがな、聞かんかった。儂は受け取るつもりはないし、そう考えるとおぬしらの所有物というのが一番納得できるの。」
「形見ってこと?」
「そうなるな。」
ここに来るまでの記憶はあまりない。それに知る必要もないと思っていた。それなのに急に形見を持ってこられても困るだけだ。どうするか、少し迷う。何せ重そうだし、すぐに痛みそうで嫌だ。
「この本は司祭が持っていなよ。どうせ僕らには扱いきれない。」
「そうだな。今さらその量の本を渡されても困るだけだ。それに、そっちの方が気になる。」
そう言ってジンが指を指さしたのは、隅にあった宝石だった。
「それも持ってきたものだな。貰うつもりもないぞ。持っていきたければ持って行け。」
「ほんとに!」
「ここにあるものはすべて持って行っていい。」
欲見ると部屋の隅には金属の武器らしきものや大人用の防具があったりする。
「司祭意外といい人だねぇ。いつにもましてかっこいいよ!でもなんで今更教えたのさ。もっと早く教えてくれたらいい武器を揃えられたのに!」
これだけの宝石であれば、金貨が数えきれないほどになるだろう。そうすればアミュレットやら、鉄器を買い装備を充実させることができたはずだ。
「それは、、、今となっては申し訳なかったと思っておる。金を与えてしまってはおぬしらが戦いの道に向かってしまうと思ったのだ。」
「ならないよ。」
なるわけがない。むしろ大金を手に入れたとしたら速攻で討伐なんてやめるだろう。生きるにお金が必要なのに、戦闘で命を落とすなんて本末転倒だ。
「キルシュはならんだろうな。ジン、きさんは違うじゃろ。そしてパーティーのリーダーはジンじゃ。」
そう言われたジンはそっぽを向いた。
「別に批難をしているつもりではない。ただ、身の丈に合わない場所まで行ってしまいそうでな。儂も、拘束するつもりはないが、見殺しにすることもできん。今回の傷もそうであろう。ゆめゆめ安い目的のために賭けてはならんぞ。」
批難するつもりはないといいつつ、講釈を垂れる。そういうところだよ、じいさん、、、
「まぁ、なんだ。これは、心の片隅に置いておいてほしいのじゃが、、、貴様の命は、そうやってつながったのだ。結末が粗末ではむなしいではないか。」
そういった司祭は、動力を失ったからくり人形のように椅子に腰をかけた。沈黙が流れる地下室だったが、次第に上が騒がしくなる。建物が崩落する音とモンスターの叫び声が聞こえた。町の人達はどうなったのだろうか。
エマの顔がすこし苦しそうになっている。形の良い柳眉をへの字に曲げて、それでも美人だといつまでも見てられる。すぅ、と頭に手を伸ばしそうになり我に返った。ザクロがニヤリとした顔でこちらを見てた。
顔が赤くなるのをかんじつつ、行き場を失った手はどうししたら良いのかと、宙ぶらりんのまま止まる。その手をザクロが握りなおした。あれれ、痛い痛い痛い痛い。女の子の力じゃない!
「ほんとに痛いって!」
「ふん。」
「っち、、、、、ジン。」
不意を突かれたエマの寝言が、思いのほか寂しく感じた自分に驚いた。そういえば、最近エマの隣にはジンがいることが多くなった。というかよく僕のことを誘い買い物に行くことがめっきり減り、ジンを誘うことが多くなった気がする。考えを振り払うようにローゼンさんに声をかけた。
「ローゼンさんは、ここにある本が欲しいのですか。」
「欲しいというか、その本は王国が持つべきだと思うわ。この本があれば王国の経済範囲は拡大に大きくなる。そしたら国が豊かになって貧困に苦しむ国民を減るわ。それはとっても素晴らしいことだと思わない?」
「なるほど、、、」
そういった僕の声色は低く、不機嫌に聞こえただろう。それを感じ取ったローゼンさんも顔に影を落とした。こんな本でたくさんの人を助けられるのならその方がいいのかもしれない。けれど心の狭い僕は見ず知らずの人がいい思いするのに少し気にくわない。反面そんな図々しさを見せた自分が少し恥ずかしく思う。慌てて訂正しようと口を開くとそれより先にジンが話し始めた。
「それって俺らに何かメリットがあるんか?そもそもあんた、言ってたじゃないか。元の地位に戻りたいって、それを隠して理想だけ語られても嘘にしか思えない。」
理想を語るよりも欲を晒せ。皮膚の下の内臓すら愛せ。聞こえの良い言葉で、醜悪な臓物を隠すより、聞こえの悪い、残酷な現実の方を選んだ方がいい。そんな教義が頭をよぎった。
知らないことはないのと同じだけど、知ってしまったらやはり無視できなかった。それ以降、話を続ける彼女の言葉に相槌の一つも聞こえなかった。