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霜を被った土をザクザクと踏みながら僕らは行軍する。焚き木を焚いて暖をとれるようにしつつ、周りにあるゴブリンの斥候の通り道に目星をつけておく。
この森で狩り始めて1年以上になると少しゴブリンの生態もわかってくる。ゴブリンは組織的な秩序を持つ生き物であるらしく、遭遇する鉄持ちはおそらく狩人てきな存在であるらしい。
彼らが集団で動物、魔物をハントしているのを何回か見かけた。奥にはゴブリンの村が存在し、ゴブリンのほかにオーガなどの亜人と狼型の魔獣が何種類かいる。この中で一番おいしいのは鉄持ちゴブリン、おいしくないのはオーガだ。オーガの体長は3mを超え、こちらの攻撃をもろともせず一撃必殺の打撃を繰り出してくる。そのため非常に危険で、かつゴブリンと変わらない銀貨しか貰えないため、一度戦ってからは極力戦わないようにしている。
狼も大きな個体がいる集団や毛皮が黒い個体など亜種的な魔獣は気を付けなければ簡単に死にかける。気を抜いていたから誰かなくなっちゃったなんて笑えない。
奥に進むほど鉄持ちが多く、銀貨の効率がいい。それと最近では奥まで進まないとジンが手ごたえなさ過ぎに不満そうにするのだ。そのため最近は奥まで進んで狩ることが多い。
ザクロはもともと戦闘狂であったがそれがジンにも移ったらしい。休みの日も鍛練を兼ねて近場で狼型の魔物を狩っていると聞いた。休みの日は休むためにあるのだと子供でも分かるのに馬鹿なのか。
そういう僕の最近の休日の過ごし方は畑いじりだ。植物は手間をかければうまく育ってくれる。水をあげ、成長が見られるととても落ち着くのだ。しかも育ち切れば食糧にもなるし、一石二鳥である。
「キルシュ、薪集めとくから索敵頼むわ。寒いったらありゃしねぇ。とっとと終わらせて帰ろうぜ。」
「んー、じゃあ、任せるね。」
今日は日差しもあるし、乾いた枝も見つかりやすいだろうから任せても大丈夫だと思うし、行ってくるか~。
「私も行くわぁ。なんか今日は嫌な予感がするし。」
ザクロの感はよく当たる。すこし不安を感じつつ僕とザクロは索敵に向かった。ゴブリンの狩人はほとんど同じ場所で狩りをするため見つけるのは簡単だ。問題はオーガの有無。偶発的なエンカウントでゴブリンを倒していた時、オーガの率いるゴブリンと戦闘になり死にかけた。そのためしっかり周りの安全が取れてから戦うようにしている。
単体ですら危険なオーガと数匹のゴブリンとの戦闘は、誰が死んでもおかしくなかった。まともに攻撃を受けたジンは腕を折り、ザクロが一人でオークの相手をした。基本的に戦闘はせず、索敵や裏方に回る役の僕もゴブリン相手にしなければならないほど、切迫した状態でぎりぎりの戦いを強いられた。
この戦闘以降、パーティーではリスクだけとってリターンが少ないオーガはできるだけ戦わないようにしようと決めた。ジンはオーガにリベンジしたく不服そうだったが幸いにして、エマも僕の考えに賛同してくれたため、それ以降は索敵をして安全を確保してから戦闘を行うようにしている。
「ねぇ、あれは何。」
ザクロが指し示した方向には多くのゴブリンが列をなして行軍していた。パッと見ても100匹はいそうだ。
「なんだろう。お祭りかな。」
「そうだといいんだけど、あんな装備すると思えないわ。」
行軍しているゴブリンたちはみな鉄持ちであり、これから戦いに行く気満々の装備だ。
「とりあえず、ザクロはジンに知らせてこれからのどうすればいいか聞いてきて、僕は一応奴らを見張っとく。」
ザクロはうなずくとキャンプ地に向かった。遠くから行軍するゴブリンたちを観察していると、彼らにはたぶんヒエラルキーがあることが分かった。前方にいる個体は堂々としていて位が高そうだ。後方に行くにしたがって体長は小さくなり、視線を世話しなく動かして不安そうに歩いている。歩く姿なんて観察したことなかったけれど、見るだけで何となく序列が分かるくらい個体によって差があるんだな。
「え。」
音を立ててはいけない哨戒任務で思わず声を出してしまった。幸いにして聞こえていないらしくこちらに気が付く様子はない。
ゴブリンたちの行軍する隊列の最高峰に荷車を引くオーガがいた。ゴブリンがオーガを手懐けるそんなことあるのか?どう考えてもオーガの方が能力は圧倒的に優勢で、むしろゴブリンが捕らわれているという方が自然だ。
しかし、現に目の前でオーガが2匹使役されている。オークを人間がウマを扱うように繁殖させ従えることができるのだとしたら、もしそんな数のオークに出会ってしまったら人間なんぞ何もできやしない。
ゴブリンと一定の距離を保ち歩いていると、ザクロが茂みから飛び出した。続いてジンとエマが顔を出す。
「うお、マジだったんか。」
「嘘なんてついてどうするのさ。しかも後方にはオーガが荷車を押してる。あれと遭遇してたら死んでたかもね。」
「なんか行事とかかな?例えば引込しとか!ほら、たしか砂漠の民は家畜の食料を求めて移動するって聞くし。」
「それはないんじゃないかしら。前見たゴブリンの村の家はへんてこりんだったけど木の骨組みでできていたし、そう簡単に引っ越せると思えないわ。それに雌と子供がいないわ。今から戦いに行くって方がピンとくるわね。」
「は、なに。例え話なんだけど。それに戦いに行くという行事かもしれないじゃない。」
「ま、まぁ、今日は諦めて帰るのもありかもね。目的地がわかるまで追跡してみるのも面白そうだけど、一日中行軍されたら疲れちゃうよ。」
「南に向かっているよな。方角的に村と同じだし昼まで様子見ようぜ。」
ジンがそう締めくくってゴブリンを尾行することにした。しかし、尾行をはじめてすこしと立たず目的地はわかった。僕たちが来た道を戻っているのだ。つまり、森の外へ。魔獣が森の外に出てくることなど聞いたことはない。もし魔獣が外に出るとしたら目的地は町だろう。それ以外にめぼしいところはない。
そして僕は今森を全速全開で走っている。足の速さには自信があるけど体力があるとは言ってない。てか死ぬ、息が、酸素が、、、もしやこれ人選ミスではないだろうか?いや、残ったとしても戦闘になったとしたら人数が多いほうがいいから人選ミスではないはず。でもそれって僕が厄介払いされてみたいで、やはり足が速いから選ばれたのだと思いたい。ジンも足早いからキルシュ頼むって言ってたし。そうだよな、そういうことだよな。ジン信じてるぞ。
「はぁ、はぁ、もう無理。」
あと少しで門が見えるところで僕の体力は尽きた。あ、足が、自分のものじゃない。カックンカックン言ってる。全力で走ると目が霞むんだ。それでも前に進む。ひぃひぃ言いながら門まできた。
「ゴブリンの大群が村に向かっているかもしれない。急いで町長に知らせてほしいんだ。」
まだ息が整っておらずひどく苦しくなりながら伝えると、門番は胡散臭そうにこちらを見る。
「おい、お仲間はどうした。とうとうくたばっちまったか。」
「ゴブリンの大群が迫っていることを町長に伝えてくれ。」
僕が何か話したところでほんとどの人は信用してくれないだろう。それに対して町長は曲がりなりにもたくさんの人を集め開拓した張本人である。町の人から信頼されており、彼が協力してくれれば、町から多くの人を避難させることができるかもしれない。
「はぁ、なんで俺がお前の言うことを聞かなきゃならねえんだよ。寝言は寝ていいな。」
ダメだ。こいつ話が通じない。門番が町で一番警戒心を強く持つべきなのに。魔獣が月1くればいいほうだからって形骸化した役割は、まさに家畜化された魔獣だ。
しかたなく町長の家に直談判しに来たわけだけど、子供の戯言といわれてしまえばそれでお終いだ。何とか部屋に入れてもらい待たされているが、時間が経つとともにそわそわとササラで心臓をなでられたかのような不安感が募っていく。
「貴様は修道院のやつだな。それで話というのはなんだ。」
出てきた町長は年を重ねているがガタイがよかった。昔は町のために魔獣を討伐し、剛腕のジャルガといわれていたらしい。渾名が絶妙にださくてかってに好意を抱いていたりする。
「ゴブリンがこの村に向かってきています。直ちに避難の指示をお願いしに来ました。」
「ふむ。わかった。」
そう一巡すると、町長は部屋を出ていったしまった。残された僕は呆気に取られたがとりあえず目的は果たした。不安からの急速な弛緩は安心感もたらしたがすぐに気を引き締め修道院に向かおうと席を立った。
そのとき、町長の話し声が聞こえた。相手は孫だろうか、幼い声も聞こえる。
「おぅ、ウィル待たせたな。今日はとても天気がいいから昼食は外で食べようか。きっと気持ちがいいぞ。」
「うん。」