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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ストロベリーミルクゴースト

作者: まさみ

挿絵(By みてみん)

最初に花子さんの足あとを発見したのは2年B組の生徒だ。


「いわゆるパリピ。夏の思い出作りをかねて、旧校舎に肝試しに行ったの」

いちご牛乳のパックにストローを突き刺し、ずごごと吸い上げる。

「サラちんウチの花子さんの話知ってる?旧校舎3階女子トイレ、右から3番目に出るアレ。何十年も前にいじめを苦にしてトイレの個室で首吊った生徒って話だけどね……てかなんでトイレで首吊るのかな、最後を締めくくるならもっといいトコあるだろに。便所飯の名残り?」

「前置き長いっすね、ちゃっちゃっと進めてください」

辛口でダメだしするのは、上履きであぐらをかき、やきそばパンを頬張るギャル。

「了解。えーと、どこまで行ったっけ」

「便所飯まで」

「そーそー便所飯。で、肝試しの最中に見ちゃったの」

「何を」

「花子さんの足あと」

昼休みの屋上には彼女たちの他に誰もいない。

いちご牛乳を合間合間に吸い上げて、饒舌トークで捲し立てた繭がまとめに入る。

「旧校舎3階の廊下を歩いてたらツルっと滑って、なんだろって見下ろしたら床が濡れてる。よく見たら上履きの足跡。ぶっちゃけみんなびびってたけど、確かめないで帰っちゃったらもっと怖いし、仲間内で見栄張り合っておっかなびっくりびちょ濡れの足跡辿ったの。したら」

「女子トイレに続いてたんすか」

「冴えてるねサラちん」

「冴えてねーしちんちんいうなし」

「下ネタ?」

「じゃねーよ、そのフリで逆に体育館とか続いてたらびっくりだよ」

サラは繭よりメイクが濃く、顔立ちも派手に整っている。

繭が小動物ならこちらは猫科の肉食獣か、ラメが散りばめられた青いネイルを目の位置にかざして呟く。

「で?おしまいっすか」

「どっこい、ここからがミステリー」

繭が真剣な面持ちで身を乗り出す。

本人は精一杯雰囲気を出そうとしているが、いかんせん下ぶくれの童顔のせいで迫力に欠ける。

「花子さんの足あとはななななんと!旧校舎3階トイレ、右から2番目で消えてたの!」

「花子さんは3番目に出るんじゃないんすか」

「だからミステリーって言ったじゃん、ちゃんと聞いててよ」

ぶん殴りたい。

口の減らない先輩をひと睨み、いらだって腕を組む。

「なんで右から3番目にでるはずが2番で消えるんすか、おかしいでしょ。そもそも花子さんて地縛霊じゃないんすか?夜の学校ふわふわしてたら浮遊霊じゃん、もっとガチでアイデンティティーにこだわってほしっす」

「寂しくなって出てきたんじゃない?死ぬ前はいじめられっ子だったって話だし、大勢でワイワイしてるの見て友達欲しくなったとか」

「いじめを苦にして死んだんならウェーイ勢は避けるっしょ」

「ごもっとも」

反論できず首を竦める繭。

サラは人さし指で小刻みに反対の腕を叩き、疑問点を洗いだす。

「アタシも花子さんの噂なら知ってます。旧校舎3階女子トイレ、右から3番目をノックして呼びかけると中に引きずり込まれる。顔を上げるとそこには首吊った女生徒がいて、こっちを見下ろして笑うとか啜り泣くとかなんとか。まーよくある学校七不思議っすよね、繭センは信じてんすか」

馬鹿にしきった口調で挑発すれば、繭が俯いて頬を膨らます。

「だって見たんだもん、足あと」

子供っぽく拗ね、「2-B 藤田繭」と油性サインペンで書かれた上履きでタイルを蹴る。

「どうしたいんすか繭センは」

「確かめにいこ」

「出たよ」

繭は好奇心のかたまりだ。

その上怖い話が大好きときて、しばしばサラを肝試しに連れ出そうとする。

「だって気になんない?なんで花子さんが右から3番目じゃなく2番目の個室に消えたのか」

「帰るトイレ間違えたんでしょ。解散」

「寝ぼけて踊り場でおしっこやらかしても帰るトイレ間違えんのはありえない」

「いやそっちのがないっしょ、ドン引き……」

「5歳の時なんで時効」

「実体験すか、ますます引いたわ」

繭が紙パックを握り潰し、目を輝かせて宣言する。

「きまり!今日の夜9時旧校舎に集合!花子さんの足あとの謎を二人で突き止めて、校内新聞にでっかく載るよ」

「目標が小さいんだか大きいんだかわかんねっす」

「いいじゃん、ひと夏の思い出作りってヤツだよサラちん。それとも先約アリ?彼氏?だったら真っ先に教えてって言ったでしょ」

「あ~も~わかりましたって、繭センに付き合って心霊ツアーすりゃいいんでしょ」

なげやりにOKするサラ。

繭は一度言い出したら聞かないヤツだ。昔からそうだった。

だけどサラは、実の所繭が嫌いじゃない。

鈍くてズレてて天然でイライラすることもあるけれど、口が悪くて同級生に敬遠されがちな自分の世話を焼いてくれる親切心には信頼おいていたし、彼女と2人でだべりながら屋上でお昼を食べる時間に癒されていた。

金網が張り巡らされた屋上で寄り添い、飛行機雲が直線で伸びる青空を見上げる。

繭が好きで突き放せないからこそ、サラは文句たらたらこの人に振り回されるはめになるのだ。


繭とは旧校舎の前で待ち合わせた。

「サラちん、こっちー」

「手えぶん回さなくても見えてるっすよ」

「警備員さんにばれなかった?」

「プール裏の金網一か所破れてるんす、そこ抜けてきました」

「灯台もと暗しだね」

「用法間違ってるし」

「え、ちがうの?」

「肝心なことは意外と自分の近くにあってわかりにくいって意味っすよ」

「大体同じじゃん、おまけしてよ」

などと馬鹿話をしながら、夜が更けて不気味さが増した旧校舎へ歩いていく。

サラはキャミソールとホットパンツに着替えているが繭は制服のままだ。

「繭セン、調子は」

「いいよー。前はよくぶっ倒れてたけど、最近は絶好調」

「ならよかった」

「心配してくれたの?やさしいねサラちん」

繭がサラを覗き込んで頭をなでるまねをする。子ども扱いされるのは苦手だ。サラはよそよそしく咳払いし、友人や先輩、ネットをあたって集めた情報を述べる。

「待ち合わせまで時間があったからアタシなりに調べてみたんす、ウチの花子さんのこと。ネットでも一部じゃ有名みたいっすね、30年位前から噂が出回りだしたとか」

「花子って子はホントにいたの?」

「名前はちがうけど、同じ頃に死んだ生徒なら」

「自殺?首吊り?」

後ろ手を組んで覗き込む繭を一瞥、サラは少し言い淀み、できるだけ無感動に答える。

「当時の校長の娘さん。放課後自宅で首を吊ったらしいですよ」

「自分が校長してるガッコに娘がいたんだ。ということは、その子がいじめられてたの?」

「他に不審な事件はねェし、花子さんの確率が高いっすね」

「そっか……」

繭が表情を暗くする。いじめを苦に自殺にした、花子の有力候補者に同情しているのだ。

ふと視線を下げて繭の足元を見る。

彼女は「2-B 藤田繭」とサインペンで書かれた上履きで新校舎を回り込み、裏手の旧校舎へ向かっていた。

「死んだあとも便所飯してるなら、成仏させたげたいね」

「……っすね」

しんみり浸る繭の横顔をチラ見、小声で相槌を打っておく。

玄関から靴脱ぎ場へ行き、等間隔に並んだ下駄箱を素通り。旧校舎は使われてないから土足でもかまわない、繭に至っては最初から上履きだ。

サラは持参したペンライトのスイッチを押し、光源を確保する。

「アタシもB組の子に会いましたよ」

「なんて言ってた?」

「マジびびったーって大騒ぎ。わざわざ写メまで見せてくれました」

ホットパンツの尻ポケットからスマホを出し、送信してもらった写真を表示。

そこには確かに、懐中電灯の光に照らされた上履きのあとがあった。

親指タッチで上履きのあとをズーム、サラが眉間に皺を寄せる。

「変な足跡見かけたほかはなんも起こんなかったらしいっすね」

「肝試し行った子、すっごい怯えてた。カーテンがふわっとめくれて、教科書落ちただけでビクッてするし。サラちんが持ってる写真、私も見せてもらおって肩叩いたら真っ青になっちゃって」

繭の無神経さにあきれる。

「後ろからいきなりはたまげますって。てか繭センはいいでしょ、朝イチで見てんだから」

「細かいとこまでじっくり見直したら新しい発見あるかもしんないじゃん」

繭がふくれ面で抗議、瞬きもせず写メを見詰める。

見れば見るほど何の変哲もない上履きのあとだ。繭が履いているのと同じような……

サラが懐疑的な表情で独白をもらす。

「中に入ってたのが人間……ってオチはないか」

「B組の子に聞いてきたんでしょ?ちゃんとドア開けて確かめたって言ってたよ」

「ドアは鍵かかってなくて、個室はからっぽだったんですよね」

「念のために隣……右から3番目のドアも開けたけど異常なし」

「ノックはしなかったんすか、花子さん呼び出す儀式の」

「足あと見た時点で飛んで帰ったって」

まあ、気持ちはわからなくもない。夜の学校、懐中電灯がひそやかに照らす廊下に上履きのあとを発見する。

点々と続く水滴を辿ってみれば女子トイレで、ドアの手前で不自然で途切れているときたら、強がっていても内心ビビりのパリピは逃げ帰るに違いない。

あるいは、悪ノリを自重させるほどの圧が立ち込めていたのか。

「……してみる?」

繭がおずおずと口にする。何をとは聞かなかった。サラはどうでもよさそうに肩を竦め、ペンライトを軽快に揺らす。

「どっちでも。流れにまかせるっす」

噂が正しければ、花子さんを呼び出すにはドアをノックする必要がある。

もしB組の子たちにタブーを犯す大胆さがあれば、花子さんがどちらの個室に取り憑いているか判明したかもしれない。

「おすすめはしないけど」

「え?」

「なんも。行きましょ」

繭を引っ張るようにして先へ進む。朽ちて軋む床板を歩み、階段を上って3階をめざす。繭はサラの腕にしがみ付き、落ち着かない様子で周囲に目を配っている。

「歩きにくいんすけど」

「気にしないで」

「邪魔なんすけど」

「空気みたいに軽いでしょ私」

恐怖心を隠せずサラにべったり密着する繭。引き攣り笑いに無理がある。怖い話が大好きなくせに怖がりなんて難儀な人だとサラはため息を吐く。

「あー……ちょっと寄りたいとこあるんすけど、いっすか」

「え?トイレ?」

「図書室です」

「待って、なんで」

「今日図書室に寄ったら、30年以上前の卒業アルバムは旧校舎から移してないって言われちゃったんですよ。ずぼらっすよね、ウチのガッコ。まあ借りる人いないから仕方ないか」

「ひょっとして……花子さん?」

繭が冴えを見せる。サラは目だけで頷き、3階の端にある図書室に行く。

立て付けの悪い引き戸をどうにか開け、大股に室内に踏み入る。

「卒業アルバムってあれかな」

繭がサラの背中に隠れて指さす先には段ボールがある。からっぽの書架の前を素通りし、軽く埃を払って段ボールのふたを開く。中には繭の読み通り、30年以上前の卒業アルバムが詰めこまれていた。

「管理がずさんだなあ」

ペンライトを耳に挟み、その場にしゃがんで中身をあさる。めあての卒業アルバムはほどなく見付かった。繭と並んでページをめくると、卒業生の集合写真が現れる。

制服の胸にリボンを付け、三列に並んだ卒業生たちから離れた右上に、丸く区切られた顔写真がある。卒業式に出れなかった生徒だ。

「これが花子さん……?」

「みたいっす」

楕円の枠で切り取られていたのは、せいぜい小学校高学年ほどにしか見えない背丈の女生徒だ。

「イメージとちがうな。いじめられっ子には見えない」

「むしろする側?」

「そんな」

慌てて否定する繭をよそにクラス別のページを開き、卒業式を欠席した女生徒をさがす。

いた。

自信に満ちて微笑む女生徒の隣では、のっぽの少女が俯いている。

卒業アルバムをめくって校長の訓辞を流し見、顔写真の下に付された名前を確かめる。同姓だ。

「確定だね」

サラは冷めた目で校長の肖像を眺める。

「わが校は~わが校は~って、五行に一回必ずでてくる。どんだけ学校命だよって感じ」

シニカルな感慨を漏らしたその時。

締めた蛇口が緩むような音に続き、ゴムの上履きが床をこする、湿った音が響き渡る。

「…………ッ!」

卒業アルバムを箱に返し、繭と顔を見合わせて引き戸を開ける。

先へ行くほど闇が深まる3階の廊下、サラがペンライトを持ち直して行く手を照らせば、濡れた上履きのあとが暴かれる。

「花子さんの足あと……」

上履きの足あとはずっと先まで続いて曲がり、女子トイレへと消えている。繭がサラの腕に取りすがり、必死に引き止める。

「待って、変だよ。さっきの写真もっかい見せて」

繭に急かされスマホに写真を呼び出す。

「やっぱり……サイズが合わない」

「繭センも気付いたっすか」

「だってあの子すごい小柄だよ、多分クラスで一番小さい……なのにこの上履き、でかくない?ちびでデカ足の子もいるけどそれにしたって」

足あとの実物と写真を並べて見比べる。靴裏の形状はまったく同じだが、花子の物と断定するには寸法がひっかかる。

「きっと人違いすよ」

「意味わかんない、説明して」

「行けばわかるっす、本当の花子さんがだれなのか」


何故は校舎を徘徊しているのか。

何故右から2番目の女子トイレに導くのか。


ペンライトの明かりと浮かび上がる足あとを頼りに進み、堂々と女子トイレに踏み入る。

B組の子の証言通り、足あとは右から2番目のドアの前で途切れている。

「ノックするの?」

タイルを踏んで最初のドアを通過、右から2番目で停止。


B組の子たちはノックをせず帰ってしまった。

だから本物の花子さんを見ずにすんだ。


「ノックをすると花子さんがでるって噂のホントの意味は……」

右から2番目のドアが爆ぜるような勢いで揺れる。

「ひっ!?」

誰かが内側から蹴り付けている。何度も何度も狂ったように、めちゃくちゃにドアの裏面を蹴り上げている。

荒々しいノックに聞こえなくもない連打の音に続き、隣の個室、右から3番目のトイレから嗚咽が響きだす。


『ごめんなさい……ごめんなさい……』


右から3番目のドアの内側、弱々しく啜り泣く少女の声。2番目のドアの内側では誰かが暴れ狂い、苦悶の呻きを上げている。

繭がおもむろにサラの手を握り、反対の手で3番目のドアに触れる。

繭を介して流れ込んできたのは、のちに花子と呼ばれる事になる女生徒の残留思念だ。


来る日も来る日もいじめられた。来る日も来る日も教科書を捨てられ物を隠された。上履きを便器に投げ込まれた、ずぶ濡れの上履きで歩かされた、耐えきれずトイレの個室に逃げ込めばバケツの汚水を浴びせられた。

隣の個室の便座に爪先立ち、仕切りの上から覗き込んではやしたてるいじめっ子。

校長の娘として贔屓される同級生。

仕切りをこえて垂れたネクタイが目に入った瞬間、ふたを被せた便座に立ち上がり手を伸ばしていた。

両手でネクタイを掴んで引っ張る。

ネクタイが締まる苦しみに悶絶するいじめっ子、その顔が赤く膨れ上がって舌が突出、激しくばた付く足が仕切りやドアを蹴り上げる、ドンドンドンドンまるでノック。

勝気で小柄ないじめっ子を、のっぽのいじめられっ子が吊る。

我に返った時は既に手遅れ、いじめっ子は縊死していた。パニックに陥った彼女は個室を飛び出す。その後教師たちが駆け付け死体を発見、校長が呼び出される。

生徒が皆帰った放課後、残っているのは数人の教師と校長だけ。

口裏を合わせれば、隠ぺい工作は簡単だった。


「校長は娘の死体をこっそり自宅に運び、首吊り自殺に見せかけた」

「なんでそんな」

「学校命だからでしょ」

サラは苦々しげに吐き捨てる。

娘がいじめをしていた事実が明るみに出、その復讐に絞殺されたと取沙汰されるよりも、いじめを苦に自殺したと書き換えた方が世間体は傷付かない。

「当時は検死のハードル高かったし、遺族が自殺と認めて特に事件性が見当たらなけりゃ通っちゃったんすよ」

B組の生徒が廊下で見たのは、花子にいじめられていた女生徒の足あとだった。

うってかわって優しい声で、3番目のドア越しに語りかけるサラ。

「アタシたちをここに連れてきたのは、死体を見付けてほしいからだよね」


『わたし怖くて。誰もなにも言わない。親も校長先生もクラスの子も、みんなほんとは知ってるくせに』


本物の花子はずっと、人を殺した罪の意識に苦しんでいた。

たとえそれが殺したいほど憎いいじめっ子でも、実際に殺すのはまた別だ。

花子さんの足あとが右から2番目で途切れていたのは、彼女がずっと悔やんでいたからだ。


『たすけてあげて』


それを聞いた瞬間、勝手に身体が動いた。

「サラちん!!」

繭が止めるのも聞かずに右から2番目、鍵がかかってないドアを開け放ったサラの目に飛び込んできたのは、ネクタイで吊られ、仕切りからぶらさがった女生徒の死体。

「あんたは自殺じゃない。殺されたんだ。知ってるよ」

大股に個室に踏み込み、前髪に顔を隠した女生徒に詰め寄る。

「いじめられっ子にまんまと仕返しされて、お父さんにまた吊られて、悔しくて哀しくてトイレにひきこもったんでしょ」

サラは深呼吸し、泣き笑いのような複雑な表情を浮かべる。

「ネットで見た。あんたのお父さん、10年前に死んだよ。末期の肝臓がんで、最期はすっごい苦しんだって。よかったね」

次の瞬間女生徒の身体を支えていた臙脂のネクタイがちぎれ、彼女の姿ごと跡形なく霧散する。

隣の個室の嗚咽も止み、静寂が舞い戻った。


いじめっ子と同時に花子さんも消えた。

一緒に成仏したのか、はたまた地獄の道連れにされたのか。生霊だったのか、卒業後に死んで幽霊になったのかも謎のままだ。

「サラちん、お父さんが死んだって」

「口からでまかせ」

「やっぱり」

「大事なのは霊が納得するかどうかっす」

昼休みの屋上にて、繭はおいしそうにいちご牛乳を飲んでいる。ストローで勢いよく中身を吸い上げれば、パックがべこりと萎む。

「衝撃の結末だったけど、いちおー浄霊は成功でいいのかな」

「いいんじゃないんすか。こんなに空が青いんだし」

「何それー」

繭がのほほんと笑い、サラも釣られて微笑む。

屋上の鉄扉が開き、2年B組の子たちが出てくる。サラが聞き込みをした、肝試しパリピご一行さまだ。中の1人、ポニーテールの女子がサラに走り寄る。

「こんにちはサラ先輩」

「おー、元気?」

「おかげ様で。昨日はマジで花子さんの呪いにびびったけど」

「繭の呪いじゃね?机の近くで騒ぐから」

馬鹿っぽい男子が失言に気付き、申し訳なさそうにサラを振り返る。

「すいません、先輩の先輩だったんすよね」

サラは小さく頷き、さっきまで繭が座っていた地面を見る。

「教室で発作を起こしてそのまま……机に突っ伏して、目ェ覚まさなかった。屋上で待ちぼうけてたから、様子見にいったら案の定」

「じゃ、私の肩を叩いたのって……」

後輩たちが見る間に青ざめていく。

サラは生前繭が使っていたロッカーを思い出す。

仕切りで二段に区切られた内部が仏壇に似ているせいか、3年に進級した友人やサラをはじめとする元後輩たちが、時々繭を偲んで駄菓子やジュースを手向けにくる。

「お供え物は賞味期限切れる前にみんなで分けて」

「やったー!」

サラが許可を出せば、可愛い後輩たちがハイタッチではしゃぐ。

繭が消えた地面には、ストローが刺さった紙パックもない。ってことは、アレはいちご牛乳の幽霊なのかな。


今度繭に会えたら聞いてみようとサラは思った。

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