眩惑
9
五年のあいだ気になっていたことが渦潮のように頭をめぐる。
今までどこで何してたのか、いつ首都に帰ってきたのか、今はどう稼いでいるのか、失恋の心の傷は治ったのか……ああ、どれから聞けばいいんだ!
全身が震えて叫びたくなる。
「今日だけでしゃべりすぎると疲れちゃうわね。またいつでもこの近所で会いましょう」
心中を察したようにマーリンが微笑した。
「ちなみにこのあと仕事があるの。長話できなくてごめんなさい」
「仕事というと占いですか?」
「いいえ、旅先で医学を教わったことがあって今はそっちメインでやってます」
五年も経てばスキルアップも転職もあるってわけか。
「まだ占いの仕事もしてるから完全な転職じゃないけどね」
なんとなく占いだけを続けてほしかった感があるけど勝手な願望なので言わないでおく。
「最近やってる出張医療にこれから行ってきます」
「男の人を元気にする治療?」
「普通の内科の病気です」
「その変態の服装で何を治せるんですか」
「信頼ないわね~。意外と女性の患者にも評判よ?」
ギャグ系の色物として好かれてそうな気がする。
奇怪なコスプレ女医を歓迎する病人は大した病状じゃないんだろう、ならいいや。
「あ、ウキョウくん。さよならを言う前に一番大事な話を伝えておくわ」
「一番大事な話?」
赤熱の夕日を背にしてマーリンが深呼吸をしてから瞳を爛々と光らせた。
「首都に帰ってきたのは実は半月前です」
「こないだですね」
「ある目的のために急遽帰ってきて、その決意を聞いてもらおうと思うの」
パシッと俺の両肩に手が置かれる。
顔を次第に近づけてきて真面目な空気になってきた。
で、目的とか決意って何?
もう一度深呼吸してから彼女は腹を据えて宣言した。
「わたしはこの町で幸せを達成します!」
どういう意味かと一瞬思ったが簡単にイメージできた。
長い放浪に区切りをつけて新たな人生へと踏み出すんだろう。
十八、十九歳になり、落ち着いた暮らしをしたくなったと想像できる。
きっと彼女のやることは彼氏探し。
将来の結婚を見据えて帰京したわけだ。
それを勿体ぶって大袈裟に「幸せの達成」と言い換えたのは興味深い。
普通の婚活はしないという意志表明に聞こえた。
変態占い師らしく嬉々として男を漁る姿が目に浮かぶ。
マーリン、あんたはすごいよ。
変わらない自由さが俺を勇気づけてくれる。
恩師の手を握りしめた。
「そうですか! 未来のために頑張ってください」
「うふふ! ありがとうウキョウくん!」
実は、この人を五年ぶりに見たとき、会うのが怖かった。
マーリンは俺を応援してくれた人の筆頭だ。
逃れがたい悪夢に陥り、期待を裏切ってしまいそうな現在、面目が立たないと思わないはずがなかった。
ところが彼女は温かい。
『あらあら? この世にいたんだって顔をするのね』
昔と変わらないテンションで俺を迎えてくれた。
久しぶりに日光を浴びたみたいな感覚。
そうだ、今ならちょっと前向きになれる。
もちろん状況は暗闇のまま変わっていない。
解決策がないと理性で判断し、諦めている自分がいる。
でもそれとは別に「まあどうにかなるかも?」という自分を持つことにした。
いいじゃないか。
そうしなきゃいつまでも迷宮の中だ。
こんな気持ちになるなんて……やはりマーリンは俺を照らしてくれる人らしい。
頭上を見上げる。
空が頼りない色になっていく。
深紅から、暗くくすんだ赤紫へ。
宵闇が太陽を追い出していくように見える。
自然風景はままならないものだが、一筋の光が見えたことを少しは祝福してほしいものだ。
ミーティング・デイの祭り。
その意味は「大事な人に会える日」。
初夏に一晩だけ行われ、首都で単に祭りといえばこれを指す。
部屋から外を眺めると、建物の背を越える「大きな人間」がたくさん見える。
木と布で造られカラフルに塗られた張り子の巨像だ。
首都の地区ごとに建造され、合わせて三十三体。
神話の英雄や偉大な祖先を表わして彼らへの感謝を込めている。
貴族や商人の寄付を受けて庶民が年ごとに趣向を凝らしていた。
巨像は路上で台車に乗せられている。
夜になれば張り子の中で火が焚かれ、数十の人手に引かれて巡行し、一帯を照らしていく。
天の星々を呼び寄せたみたいに町が輝くらしい。
道を見下ろせば、まだ昼だが歩行者が多く、軽食の露店が並んで繁盛している。
祭りの当日だからみんな浮かれているようだ。
さてと……俺は落ち着いている。
変わらず悪夢を見ているし再試合の決断もできない。
十五勝一敗のまま成績がストップして眠れない毎日。
だけどポジティブな自分を心の片隅に持つことにしたのだ。
俺はまだくじけない!
睡眠不足でほぼ死にかけの顔色だけどな!
そう思わせてくれた恩師に感謝しながら今日を過ごそう。
空は薄曇りだが夜には晴れそうだった。
「こ~ん、に~ち、わぁ~! 決闘のお兄ちゃ~ん!」
窓の下から明るい声がする。
アサと鬼ごっこをしていた子供たちだ。
屋敷の前の歩道にたむろして手を振っていた。
「なんだお前ら」
「お兄ちゃんは元気ですか~?」
「下の下の上ってとこだ」
「僕たちは……上の上の上で~す!」
「見りゃわかる」
「ぎゃははは! すっごく楽しいね!」
「どこが楽しいんだ。つーか何しに来た」
「あ~~~そ~~~ぼ~~~!!」
「え? 嫌だ」
「ああああああぁ~~~~~~そおおおおぉ~~~~~~ぼおおおおぉ~~~~~~!!」
「うるさいぞ近所迷惑だやめろ」
「……あ、……そ、……ぼ?」
「小声でホラーっぽく言われると子供の霊に憑りつかれたみたいで怖いな……」
「も~う! 遊ぼ~よぉ~!」
「そんな義理はない。チーズ屋とワイワイやっときな」
「何言ってんのさ~。ヒリーお姉ちゃんが忙しくて構ってくんないから誘ってるんだけど?」
……忙しいって?
ガキ大将っぽいやつが簡潔に説明してくれた。
市民は祭りの夜にごちそう、たとえば丸ごとのチーズとかを食べたがる。
だから店は書き入れ時だ。
配達のため、麻袋に巨大なチーズを十個くらい重ね入れ、二人で担いだ棒の真ん中に吊るして町を走り回り、配り終えたら店でまたチーズを入れて……を繰り返すという。
一個でもあれは重いから想像するだけで肩が痛くなる。
よって日夜の労働に追われた「ヒリーの姉貴」は子守りをする暇がなくなった。
つーか、あいつ子供にも偽名使ってんのかよ。
「兄貴、こういうわけでみんな長いことほったらかしなんです……」
「誰が兄貴だ」
ガキ大将は深くうなだれ、借金を頼みに来たかのようだ。
「特にちびっこい連中は暇を持て余して何をするかわからないんであります。道行く人にイタズラするくらい普通です。こないだは貴族の馬車の前に飛び出してで轢かれないかどうかで遊んでました」
「酒飲みが酒代に困って示談金で稼ぐみたいなことすんなよ」
「みんなヒリーの姉貴の言うことしか聞かないから今はカオスです。助けてくださいよ兄貴」
「って言われても」
「姉貴が認めたボーイフレンドが来てくれればみんな従います」
「ボーイフレンドちゃうわ」
「誰もそうは思いませんよ。ともかく今日だけでも遊んでもらえませんか?」
「……」
「祭りの日なのに放置されたらみんなグレてしまいます。お願いします!」
少年少女たちが目を潤ませて懇願してくる。
「決闘のお兄ちゃんっ、おねが~い……!!」
まあ……悪くないかも?
実は子供と遊ぶのは嫌じゃない。
ナラデ村にいたとき、年下の相手をよくしたからだ。
そして俺が小さかったころに遊んでくれた人たちはカッコよく見えた。
イケてる遊びを教えてくれてまさに兄貴、姉貴という感じがしたものだ。
今でも彼らへの尊敬は消えていない。
都会のちびっ子もそういう存在を求めているのかもな。
まあ俺みたいな悪夢に捉われている馬鹿はカッコいい年上とは程遠いが……。
ともかく部屋にいるよりは生産的だろう。
ある種の人助けだし、眠気覚ましにもなれば儲けものだ。
「いつまで付き合えばいいんだ?」
「あ、兄貴!」
「驚いてないで、こっちの気が変わらんうちにお前らが決めてくれ」
彼らはニヤニヤと互いの顔を見合わせ、うまくいったと言いたげだ。
それから喜色満面になり、
「ねえねえ! じゃあ夜に遊ぼうよ!」
今じゃなくて夜?
「ミーティング・デイの巡行を近くで見たいの!」
「でも『子供だけで出歩くな』って母ちゃんが言って……」
夜は危ないからな。
「お兄ちゃ~ん、お祭り連れてって~!」
「保護者になってくださ~い!」
「よろしくお願いしま~す!」
別に構わない。
鬼ごっこなどよりも疲れずに済む。
日が沈んだらこの屋敷の前で集合しろと伝えた。
少年少女は俺との会話そのものが面白かったみたいにキャーキャー騒ぎながら「じゃ~ね~、お兄ちゃん! 絶対来てね~!」と手を振って帰っていく。
中々かわいいやつらだ。
ほのぼのした夜になることを期待しておこう。
前言撤回。
ガキどもを信じてはいけなかった。
平和なひと時を求めていた俺の身体は武者震いのようになっている。
「おやおやー、まんまと騙されましたね?」
「……!?」
「あの子たちは来ません。私は彼らを完全に手懐けてますから、ウキョウさんを誘うための児童劇団になってもらうくらいチョチョイのチョイ、というわけです。みんなにはあとでお菓子を配ります。子供って素直でかわいいですよねー」
ケンレー邸に面した歩道で待っていたらメレアガンのアサが現れた。
絵に描いたような「してやったり」の顔だ。
「では一緒にエンジョイしましょう、ミーティング・デイを!」
「な、何言ってんだ……」
血の気が失せている俺。
「当然、二人で歩き回ってキラキラの山車を眺めたり屋台をぐるっと制覇したりの夢のパーティーミッドナイトを過ごしたい、というわけです」
仕事が忙しいはずじゃ……。
「ええ、たおやかな女子がこれでバキバキマッスルになっちゃったらどうしてくれるんだコンチクショーってくらいには、よく働きました。しかし店長が優しくて、『おいヒリー、祭り見たことねえだろ。当日は残業しなくていいから楽しんでこい』って言ってくれたんですよー。この店長命令に背いてフェスティバル気分にならないチョイスが果たしてあるでしょうか? いや、ない!」
すまんが一人で行ってくれると嬉しい……。
「ご冗談を! ウキョウさんとならハッピーだと思うから誘うんです。というわけで、有無を言わさず出っぱーつ!」
お、おい!?
ギュッと袖を掴まれ、町の中心部へ引っ張られていった。




