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衝突

 いや、いや、まさか。

 お前が、あの新人王の?

 んなわけあるか……またからかってるんだろ。

 しかし証拠らしいものを見つけた。

 ヒリーの左肩に「屋根(シェヴロン)」という金色のバッジがある。

 彼女のランクを表わす折れ線の紋章だ。

 戦士の格付けはまず「無宝(ノーベザント)」から始まり、左肩にどんな飾りも付けられない。

 その次は「一枚宝(ワンベザント)」、「二枚宝(ツーベザンツ)」、「三枚宝(スリーベザンツ)」。

 ベザントという金色の丸いバッジで階級を示す。

 今の俺は二枚宝(ツーベザンツ)で、ベザントがふたつ左肩に並んでいる。

 三枚宝(スリーベザンツ)より上は「屋根(シェヴロン)」「屋根付一枚宝(シェヴロン・ワンベザント)」「屋根付二枚宝(シェヴロン・ツーベザンツ)」「屋根付三枚宝(シェヴロン・スリーベザンツ)」と続き、折れ線の上に丸を足していく。

 シェヴロンは豪邸、ベザントは金貨を表わし、国王陛下がそれを下賜するほどの戦士ということだ(今はもらえない。そういう時代があったらしい)。

 ランクの詐称は重い罰金刑がある。

 そしてデビューから三十五勝二敗の成績ならおのずと屋根(シェヴロン)に達しているだろう。

 彼女は欄干のガーゴイル像をよしよしと撫でていた。

「それにしても食堂で聞いた『宵闇月が浮かぶ頃』の話を真に受けるとは、ほんとにあなたはまっすぐですねー」

「どういう意味だ……」

「あれは二年前に終わったことなんです。狭くて古くて風で揺れるキーファンハイデ橋は、決闘者の極限を引き出す戦場として人気だったんですが、川に落ちて溺れた人がいたそうでして、『やはりここは危ない。フルアーマーならマジで溺死する。命あっての決闘だ』というわけです。トップランカーは二年前から他の場所に行ってますねー」

「あ、そう……」

「おとといの人たちは低いランクでくすぶりつづけて、場所が変わったことを知らずに愚痴っていたんです」

 確かにあの男たちは疲れて視野狭窄になったような顔をしていた。

 俺はそいつらを安易に信じてしまったらしい。

 彼女の話が本当ならそういうことになる。

「とはいえ――」ヒリーだかアサだかわからない女がふふっと鼻を鳴らす。「場所が違うのにまだここに来る人がいるんです。二種類の人がいます」

「二種類?」

「ひとつは、ウキョウさんのようにちょっぴり信じやすくて何も悪くない、ぴゅあぴゅあはーとな早とちりさん」

「優しそうで辛辣だな」

「冗談です。もうひとつは、危険な橋をあえて渡りたがる、実力者のうちの実力者。華やかな場所に背を向けてやってくる本物の敵を倒し、最速で成り上がりたい人間、つまり私ですねー」

「!」

 ケープの内側からコシガタナという刃物を抜いた。

 はるか東の国から輸入される舶来品だ。

 片刃の短刀で、鍔はなく、主に護身用にされる。

 グリップは黒い鮫皮が巻かれて滑りにくい。

 決闘で使っている人を見たことがないがどう戦う気なのか。

 次に彼女はステータス・カードを出した。

「暗くて見にくいですが交換しましょう」

 選手名のところにメレアガンのアサと明記されている。

 カードの偽造や他人のふりをすることも罰金刑なのでチーズ屋がアサであることは理屈としてはほぼ間違いないが、俺はまだ芝居を見せられているような気分だ。

 能力についてはこう書かれていた(下は俺の数値)。

 生命力、1650(3850)。

 攻撃力、700(1800)。

 防御力、1800(3210)。

 魔法量、90(300)。

 素早さ、1300(1400)。

 軒並み低い。

 これで新人王になれるのか?

「さてさてー、やりましょうかー」

 チーズ屋がコシガタナを構えた。

「ま、待て。審判は?」

「夜中に来てくれる人はいませんし、成績は事後報告でもいいんです。もちろん、あなたと私が反則したり勝ち負けをごまかしたりしないのが条件ですが――信じていいですよねー、ウキョウさん?」

 未だにいつもの雑談みたいな調子。

 全部ウソでしたーとバラすなら早くしてほしい。

 俺が兜をかぶってランスを構えるとすぐに彼女は動いた。

「行きますよー」

 意外と機敏に飛び出し、右手で短刀を振りかぶる。

 槍のふところに入られると厄介なので食い止めたい。

 俺はカウンターのごとく穂先を突き出す。

 女にも容赦せず、みぞおちに一撃を叩き込んだ――はずが、ヒリーは小さなサイドステップで回避し、なお向かってくる。

 ならばとランスを横薙ぎに振った。

 当たる範囲が広いから外さないはず。

 ところがスッと身を低くした彼女の頭上すれすれを通過していく。

 直後、刃が斜め下からやってきた。

 俺の脇腹をとらえる。

 決闘人生ではじめて内臓に響くような有効打をもらった。

「おぐっ……うおおっ!」

 痛みをこらえて反撃。

 槍を縦に振ると、相手は前もって少し右へ動いている。

 持ち手の側で突くという奇襲も試したが、彼女は後ろへ飛び、ギリギリ当たらない距離を取っている。

 飄々と俺を観察し、フットワークを使ってまったく命中させない。

 さらにもう一度、槍を紙一重でかわされた。

 これは――見切りだ。

 どんな武器を使うにしても予備動作というものがあるが、それを見破る人間は敵の攻撃の速さ・コースを予見し、よけてしまう。

 しかも普通の戦士ならあわてて大きく回避するところを最小限の動きで済ませるので自分の次の攻めがしやすくなる。

 ステータス・カードに書かれない手練れの技。

「ウキョウさん、表彰されたからと調子に乗っちゃあいけません。勝負に賭けてる人間はこの町に山ほどいるんです」

 少女が世間話のように言う。

「新人どうしで苦戦してたらお先が心配ですねー」

 肩を連打されてよろける俺。

 すでに鎧の各部がへこんでいた。

 ちょこまかした当て逃げ戦法とちがって斬撃に体重が乗っている。

 これは夢を見てるんじゃないのか。

 ありふれた一般市民のチーズ屋がこんなに強いはずがない。

 あわてて虚勢を張った。

「所詮あんたの攻撃力は700。効かないな」

「さっき脇腹に食らって吐きそうな顔してましたけど?」

「急所に当ててくる敵が今までいなくて驚いたんだ」

「なるほどー。まだ勝利を信じてるとしたら、なにか奥の手がありそうです」

「どうだろうな」

「図星でしょう?」

「いや、奥の手があっても必要ない。俺はステータスも武器も防具も上だ。でも、あんたのヒラヒラの上着は中に鎖帷子を着てたとしても紙みたいなもんだ。一撃でも食らったらヤバいんじゃないか?」

「へえー、わたしより上手い冗談ですねー」

 攻勢が強まって欄干のほうへ後退させられる。

 落ち着かなきゃいけない。

 故郷のため、応援してくれる人のため、俺は負けられないのだ。

 頭のかたすみで戦略を練る。

 一天砕破には「七つの強化点」があると何度か紹介しているが、そのうちの「命中率百パーセント」は極めて重要だ。

 どれだけ攻撃力をアップさせても、よけられたら終わってしまう。

 もし敵が必中効果を取り消す魔法を使ってきたら、どうするか。

 最も確実な対策は「自力で命中させること」。

 だから俺はいつでも相手のスキを見て、必ず当てられると思ったときだけ一天砕破を使ってきた。

 今のところ彼女にスキはない。

(でも……防御無視の軽い服を着て、回避に絶対の自信があるってことは、命中率百パーセントの魔法をたぶん想定してないんじゃないか? 全部よける自身がなきゃ、あの格好はできない。賭けに出るとすればそこだ)

 向こうが必中効果を無しにできないと信じてみればどうだろう。

(お、なんか大丈夫な気がしてきた。だって相手はチーズ屋だぞ!)

 一天砕破を回避されたって策はある。

 俺には分厚い甲冑があるから防御に徹して持久戦にしてやろう。

 実際、彼女の攻撃力700というのは大したことがなく、耐えようと思えば耐えられる。

 最悪でも引き分けにできると思うと胸が軽くなった。

 槍に力を込める。

 迫るコシガタナをガッ、ガッと押し返す。

「おや……?」とバックステップするヒリー。

 俺はいつでも賭けに出られる。

 だったら今でも構わないはず――よし、決めた。

「そろそろ行くぞ」

「!」

「だああああッ!」

 雄叫びとともにランスを突き出した。

 彼女はその軌道を見切ってわずかに左足を引く。

 踏み板に一撃が刺さり、足場が振動。

 それがどうしたというようにチーズ屋が攻めに行こうとする。

 だが足もとを攻められた理由に気づき、ハッと頭上を見た。

 相棒をしならせて俺は飛んでいる。

 上昇し、橋から穂先を引き抜く。

 星と月が煌々と輝き、熱くなった体に夜の空気が心地いい。

 放物線の頂点で浮遊したようになり、そこで持ち手を脇に挟み、あとは落下するのみ。

 槍の切っ先を見たヒリーが二、三度まばだきをした。

 足と体が正面を向いていて、逃げることを諦めたかのようだ。

「命中するなら俺の勝ちだ! 一天砕破!!」

 胸の前でコシガタナを縦にしたが、それが防御になるというのか。

 身構えた彼女がフーッと唇をすぼめたことなど気にしなかった。

 何を考えていようが打ち砕いてしまえ。

 迷いなく全力を槍につぎこんだ。

 少女がつぶやく。

「――――――せえのっ」

 軽いパンチのごとくふわっと短刀を前進させる。


 一瞬、ヒリーの体が白く光ったかもしれない。


 刃と刃がぶつかると予想外な音がした。

 荷馬車がグワシャーッとぶつかりあうような破壊の衝撃。

 同時、俺の脇腹に激痛が走る。

「あ、ぐおああッ……!?」

 内臓を引きちぎられたかと思えた。

 コシガタナで打たれたときの比じゃない凄絶なダメージ。

 脇腹に挟んでいた槍の柄が逆にこちら側にめりこんでいる。

 俺は弾かれ、吹っ飛ばされた。

 兜が脱げる。

 槍はすでに手を離れて空中にあり、狂った風車みたいにブンブン回っていた。

 橋に墜落。

 背中を打ったし、上半身が痺れていてまったく起き上がれない。

 息が苦しくゼーゼーと鳴る。

 熱湯のような脂汗を全身に感じる。

 兜と槍がガランガランと落ちてくる音がだいぶ遠くに聞こえた。

 これが……敗北?

 一天砕破を命中させたのに?

 少女のブーツと白い脚がそばに立っている。

 涼しい夜風が吹く。

 傷ひとつない短刀をしまい、上着のすそを押さえながら彼女がしゃがむ。

「今のは『無常鍍金(ムジョウメッキ)』です」

「何……?」

 声が出にくい。

「見切っても槍をかわせないと思って使いました。何がどうなったんだという気持ちはよくわかります。私も滅多にお見せしない技ですので」

 ハンカチで俺の額を拭こうとするのを断った。

「すなわち、あなたの渾身の攻めをそのままお返しする魔法。『自分が食らうはずのダメージを反射して相手に与えるシールド』。これが無常鍍金です」

「……そんなの、できるのか、あんたに」

 そういう大技を使うには膨大な魔法量が要るはず。

「確かに私の魔法量は90しかありません」

 ならどうやって。

「攻撃がこちらに当たる瞬間というのは文字通り一瞬ですから、まばたきほどの時間だけ魔法を使えば90でも足りる、というわけです。さっきはその刹那を逃さないよう間合いを計り、『せえの』で前進しました。コシガタナまでしっかり鍍金して、ひとつの誤差もないタイミングであなたをお迎えしたわけです」

 言葉にするのは簡単だ。

 でも並の人間がそんな寸分のコントロールをできるだろうか。

「まあ、さすがに難しいので、見切りといっしょで練習あるのみですねー」

 ヒリーの頬にえくぼができた。

 普通の十五歳の表情。

 彼女は両手にハーッと息をかけ、

「おお、寒い。明日も朝早いのでおいとまします」

 背を向けようとする。

「ま……待ってくれ」

 震える手を上げて呼び止めた。

「もう一度……決闘だ。やりなおそう……」

「ウキョウさん、勝負はつきました」

「俺は……応援してくれる人がいるんだ。ケンレー卿がいるしマーリンもいるし、村のみんなが苦しんで助けを待ってる。みんなのために……負けちゃいけないんだ。あんたの強さはわかった。次は油断しない。そっちの魔法のタイミングを一瞬でも外せばいいんだろ……行かないでくれ。こんな負け方をした自分が許せない……」

「お言葉ですが見苦しいですよ」

「わかってる!」

 何度も同じ相手と決闘しないのが暗黙のルールだ。

 いさぎよく力の差を認めるべきだとされた。

 根底には「本物の決闘なら二度目はない」という考えがある。

 全部よく知っていた。

 それでも俺は……。

 俺は……。

「一度も負けない選手はいません。ウキョウさんはここでくじけないと私は信じます。だって故郷やみんなのために頑張るって素敵なことじゃないですか。私はあなたがうらやましいです、正しく進んでいるまっすぐなあなたが」

「そんな。買いかぶりだ」

「私は……嘘つきです。人を騙します。悪い女です」

「あんたが、悪い女?」

 柔らかくなってきた月の光を浴びながら、その背中はなぜか泣きそうに揺れている。

「どす黒いものを抱えて胸が壊れそうになりながら私利私欲のために戦っている。こんな悪人は本来報われちゃいけない。あなたのほうが勝つべきです。でも私は……成り上がって、やりたいことがあるから……誰もが『なんでそんなことを』と言うような目的のためにここまで来てしまった。迷惑な奴です。いつか罰を受けるでしょう」

「……」

「こんな奴ですが、よければ今までのように接してください。あなたに毎朝会っていて楽しかったので、ウキョウさん……明日も会いたいです。では、あったかくしておやすみなさい。夜はまだ冷えますから」

 俺は言葉を返せない。

 彼女がメレアガンのアサだってことはよくわかった。

 世間から見れば最優秀新人が優秀新人を破ったという順当な出来事だ。

 だが俺は普段のヒリーしか知らなかった。

 冗談ばかり言い、お気楽な人生を送っていそうだなと思っていた。

 そのイメージのまま戦ってしまい、結果はこの通り。

 見上げれば皮肉のように美しい星々が夜空いっぱいに広がっている。

 去っていくブーツの音を聞いた。

 鎧の重みがどうしようもなく胸を押し潰す。

 遠ざかって消えていく足音。

「ああ……ああ……ああ……あああああ……!!」

 頭をかかえて呻く。

 負けた、負けた、負けた。

 正直見下していたチーズ屋に、俺は惨敗したのだった。


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