ロマンの星空
4
俺の部屋は二階にある。
ベッド、机、ハンガーラックがそろったシンプルな空間だ。
胸の高さの窓がひとつあり、床は板敷。
ここで服を替え、隅に置いてある鎧、兜、槍を装備する。
ケンレー卿が外出するときに彼が乗る馬の前を歩いて護衛するのが俺の本業だ。
行き先はその日によって王宮や寺院、他の貴族の家など。
人並みの給料がもらえる。
館の玄関から出発し、大通りを進んだ。
太陽が高くなってきて道が混みはじめ、俺たちの前を市民が堂々と横切る。
服のバーゲンをしている露店は主婦がひしめきあってまるで戦争だ。
子供たちがそのあたりで鬼ごっこをしていてこれも面白い。
また、この町ならではの光景もある。
武装してぶらぶらしている人が多い。
「募集中」の看板をかかげていたりする。
あるいは街角の掲示板に名前を書いていることも。
決闘の相手を探しているのだ。
彼らは戦ってくれそうな選手を見つけると「ステータス・カード」を見せ合う。
手のひらサイズの羊皮紙に戦いの強さをあらわす五つの数値と自分の名前が書かれている。
国の機関に選手登録をしたら発行されるものだ。
俺の数字を例として挙げておく。
生命力、3850。
攻撃力、1800。
防御力、3210。
魔法量、300。
素早さ、1400。
守備的なスタイルが向いていて魔法量が少ないとわかる。
これは一年ごとに更新で計り直す。
試合を組むときに自分のステータスを無視してはいけない。
ひどく不利なマッチングをしてしまったら無駄に成績が悪くなるだけだ。
なのでお互いの数値を見比べ、いい勝負になりそうな相手を選ぶ。
マッチングが決まったら国の認定を受けた審判を呼んでくる。
審判は首都に一五〇箇所ある「派出所」に夕方まで常駐している。
ケンレー卿が馬の上から告げた。
「ウキョウくん、あそこの広場で決闘が始まりそうだ」
「そうですね」
「見に行こう!」
「え? これから宮中の会議が……」
「私がいなくても進むやつだ。こっちのほうが大事に決まってる! しかもどんな試合であろうとウキョウくんが戦いのヒントを得るチャンスがあるかもしれないだろう? いつかメレアガンのアサと戦うとき、真にふさわしい新人王はどちらだったのか私は示してほしいのだよ。さあ、真っ赤な血潮がたぎってきたぞ! 観戦タイムだ!」
なんという決闘バカ。
でもこの後援者のおかげで今の暮らしがある。
俺のステータス・カードには「ケンレーのウキョウ」と書かれている。
田舎者は形式的に貴族の代理人として戦うのだ。
娯楽を求めている市民がぞろぞろと集まりだす。
試合会場を丸く囲んだ人だかりになる。
しばらくして両選手は攻撃がいきなり当たらない距離をとって構えた。
「用意――始め!」
審判が右手を上げたらゲームスタートだ。
「しゃあああ! やれええええ! 行けえええ!」
庶民も貴族も歓声を上げた。
こういう賑やかな景色がいつも首都のどこかで繰り広げられている。
ちなみにこの試合はロートルと初心者によるグダグダの凡戦だったので見る価値はなかった。
「おや、ウキョウさん? こんな庶民の店にいらっしゃるんですかー」
カウンターの五つ隣の席でチーズ屋のヒリーが目を丸くした。
首都で暮らして三ヶ月。
行きつけの食堂を見つけるくらいには住み慣れてきた。
そこは朝から晩まで老若男女がワイワイしている大衆の世界だ。
ケンレー卿の屋敷はいつでも俺に三食を出す準備ができているらしいが、外のことを自分で見聞きする機会が大事だと考え、なるべく頼らないようにしていた。
退勤後の夕方、料理とジュースを注文。
先日に十五勝目を挙げたばかりで魔法力が戻っておらず、この日は決闘をしていない。
そんなときにヒリーが声をかけてきて相席の流れになった。
横にならんだ二人の男女。
とはいえただの知り合いだからムードなんてない。
とりとめのない世間話をして愛想よくふるまうだけだ。
俺はなんとなくメレアガンのアサの話をした。
新人王だか何だか知らないがどんなやつでも構わない、戦うときには俺が勝たせてもらうけどそのとき以外は興味がない、でもあえて想像するなら男相手にひけをとらないレスラー体形の女傑だろうなハハハッ、まあどうでもいいけど。
という普段考えていたことを述べただけだ。
するとチーズ屋がどす黒く笑う演技をした。
「おやおやウキョウさん……メレアガンのアサを知らないとは愚かですよ、実に愚かです」
「あんた知ってんのか」
のんびりした様子に戻り、
「普通の女の子ですねー。決してパチパチに張った顔のレスラーではないけど美少女だと主張する自信もなく、ひっそりと町に紛れているようです。まあ、ちょっとはかわいいと思っててもそう主張できないのが女というものでしょう。要するに彼女はルックス的にはどこにでもいる一般人だと、私は噂で聞いたわけです」
市民はよく決闘のことを話題にする。
エキサイティングな見せ物として楽しみつつ、選手のプライベートについての与太話も好きだった。
どこのどいつが二股したとか、金に困って怪しいビジネスを始めたとか。
つまらない噂で言いたい放題されるところは舞台俳優に近い。
そんな世間のゴシップに少しアサのことも含まれていたみたいだ。
「ふーん、あっそう」
「興味ありませんか?」
「所詮ルックスは決闘に関係ないからな」
「ちなみに彼女はあなたを知っていて、成り上がろうと常に努力するウキョウさんのピュアな心を尊敬し、『私はいつも邪念や人並みの欲があって別のことばかり考えてるから、あんなにまっすぐにはなれないわ。うらやましい……』と嘆き悲しみつつ、でも戦うことがあれば必ずぶちのめしてやらあ私は新人王だぞコンチクショーメと意気込んでいると話題になってますよ、巷で」
「なんかあんたが適当言ってるみたいだな。その噂は誰から聞いたんだ」
「職場の上司のいとこの彼氏の内縁の妻の親友が又聞きしたそうです」
ズコーッ!!
俺は椅子からずり落ちそうになった。
極めてしょーもない話に耳を傾けてしまった。
全部冗談ですよ引っかかったなベロベロバーという顔をチーズ屋がしている。
ああ引っかかりましたよコンチクショーメ。
ふざけてないでもっと真面目な生き方をしたらどうだと言いたい。
さて、俺は知識を広げるためにこうして外食している。
他の誰かが有用なことをしゃべってないだろうか。
横からヒリーがまだ何か言うのを完全無視して耳をそばだてる。
早速それらしいことが聞こえた。
頬杖をついた二人の男が向かい合ってしみじみと酒を飲んでいる。
テーブルに兜を置いているので決闘選手のようだ。
「俺たち、夜中のキーファンハイデ橋に行けてないなあ。情けないなあ」
「ああ、まったくだ。俺も行けてない」
王国の領土のど真ん中にあるこの首都は、まわりが平原なので街道をさえぎるものがなく、陸運に恵まれていた。
一方で水運を担うのはヴィルトエンテ川で、市街を東西に割るみたいに流れている。
川には五つの橋が建設され、そのうちキーファンハイデ橋が一番古い。
「松が生えた荒野」という意味がある。
ここが首都になる前に架橋されたとき、周囲はそんな景色だったらしい。
現在は人や荷車でごったがえす繁栄の象徴みたいなエリアだ。
戦士らしき男たちが愚痴りあいをつづける。
「キーファンハイデ橋が夜になると見せる別の顔――ずっと憧れの夢舞台だ」
「ああ、まったくだ。夜更けになって『宵闇月が浮かぶ頃』にそうなるんだよなあ」
別の顔?
宵闇月?
古い木造橋だから夜になると通行禁止になって毎日メンテナンスされていると聞くが、その話ではないようだ。
「子供のころからのロマンだよ。だって夜中に集まってくるんだぞ? 決闘のトップランカーが」
「ああ、まったくだ。あの橋は最高技術がぶつかりあう戦場になる。はじめは禁断の集まりだったが王室のお恵みによって今は黙認されるってのもロマンだ」
「メンテナンスってのが実はウソで、夜中に観客が集まって騒がしくなるのを当局が防いでるっていうのも実にロマンだなあ」
「ああ、まったくだ。しかし俺たちの実力は及ばなかった。道端の低レベルな決闘でも勝ったり負けたりだ」
「最高技術の実力者とやりあいたいなんてもう恥ずかしくて言えっこない。あの橋で戦うのが夢だったけど、遠い夢だったなあ……」
「ああ、まったくだ……」
宵闇月が浮かぶ頃。
実力者たちの橋。
最高技術のぶつかりあい。
ロマン。
未知のイメージが急速に俺の胸をつかむ。
マーリンの通信教育では教わらなかったことだ。
やっぱり本だけで全ての知識を得られるわけではない。
こういう思わぬ収穫があるから自分で外を出歩く価値があるといえる。
そしてそろそろ俺はトップ選手と対戦してもいいだろう。
上位選手に勝てばランクアップは近くなる。
選手の昇格・降格は国家機関により決められ、どんな基準でされているかは非公開だが、いわゆるジャイアント・キリングが大きな評価ポイントのひとつなのは間違いない。
実際、番狂わせをした戦士はそのあとすぐに昇格することが多かった。
俺は故郷を救いたい。
応援してくれる人たちの期待に応えて勝ちまくり、最高速で成り上がりたい。
俺には「一天砕破」がある。
棒高跳びのごとく空に浮かび、魔法を詠唱すれば、槍の重さ・鎧の重さ・自分の体重・落下スピード・相手の防御力ダウン・自分の攻撃力アップ・命中率百パーセントという七つの強化点があらゆる敵を粉砕するはずだ。
魔法量が戻る二日後にキーファンハイデ橋へ行くことにした。
春の夜中は寒い風が吹き抜ける。
家々の窓はほとんど暗く、人間が寝てしまったかわりに野良猫が大通りを渡っていく。
歩くたびに甲冑がガチャガチャと鳴った。
半分ほど欠けた月が東から俺を照らす。
ナイフから反射されたような白く怜悧な光だ。
キーファンハイデ橋の前に立った。
ゆるやかな上昇アーチを見ると空の暗闇に連れていかれそうに感じる。
幅は五人の大人が手を広げたくらいしかなく、はっきり言って狭い。
「メンテナンス中 夜間通行禁止」
手前の立て看板を無視して進んだ。
古びた木の踏み板がギシッ、ギシッと沈む。
欄干には水害を防ぐという魔獣・ガーゴイルの木彫像がならぶ。
下をながめるとヴィルトエンテ川があり、決して大河ではなく、両岸が石垣で固められ、荷運びの舟が係留されているのを見ると、これは川というより運河だろうという気がする。
流れているように見えない平らな水面は夜空よりも暗い。
橋の中央までやってきた。
誰もいない。
欄干に馬上槍を立てかけ、背中を預けて待つことにした。
都会で夜空と向き合うことは今までなかったかも。
田舎で眺めるのと同じくらい星が輝き、しばらくすると流れ星が見えたりした。
しかし誰も来ない……どうなってんの?
考えてみたら、ここは狭いから決闘には向かない。
トップランカーならもっと実力を出しやすいところに集まりそうだ。
おととい男たちが話していたことが本当だったのか急に怪しくなってきた。
あー、寒い!
鉄の鎧がキンキンに冷えてきた。
さすがに帰りたくなる。
体を欄干から起こし、槍をつかんだ。
そのとき何かが聞こえた。
最初はかすかだったが……口笛の音?
ノスタルジックな曲を吹いている。
踏み板の軋みと足音をともなって次第に橋を上がってくる。
まず頭のほうから姿が見えてくる。
その両目はまぶたをやや下げていておだやかだった。
ショートカットの栗色の髪は柔らかい頬を包むみたいに内巻きの毛先。
すぼめた唇をピューッと鳴らしている。
たぶん同年代の少女。
俺は「へっ……!?」と叫び、立ち尽くした。
彼女はフェルトのケープを羽織っている。
黒にかなり近い紅色に染められていて、三枚も重ね着している。
両脚はロングブーツを履いていた。
膝までの長さで、ケープと同じ色で、スエードの革製だ。
やや俺から離れたところで足を止めて口笛をやめた。
「こんばんはー。寒いですね」
いつもの冗談を言うみたいに声がのんびりしている。
「『春は夜明けの前がいい』と昔の人は言ったそうですが、確かにわかります。この時期の夜中はまだ冬っぽさが残っていてつらい。それが明け方になると、地平線が少し明るくなって東の雲は紫色っぽく見えて、もうすぐ春の陽気がやってくる。その待ち望んだ瞬間が時の移ろいを感じさせて楽しい、というわけですよ、ウキョウさん。さすが昔の人は思慮深いですねー」
な、何の話だ。
「まだ朝晩は寒いってことです。私、けっこう冷え性でして、この厚着をしてようやく出歩けます。まあ真夏も大体この服ですが」
……病気とかじゃないか。
「ははっ、他はいたって健康です。単にあったまれない体質というわけです。本当はこれに慣れちゃいけないんでしょうねー、『冷えは万病のもと』と言いますから。さてさて、雑談よりも言わなきゃいけないことがありますね。私はほんとは嘘つきでした。ヒリーとしてチーズ屋に雇われてる身ですが、ほんとの名前はアサ。下級貴族のメレアガン卿に身元を保証された『メレアガンのアサ』です。おとといお食事のときにそれとなくほのめかしたんですが、ともかくずっと騙していたわけで、謝れというなら謝ります。あなたの敵になるのが嫌で言い出せなかったんですよ」




