逃れがたい滅亡と、それから
さてさて……、生きているうちはウキョウさんに生存を伝えよう、というわけでペンを握りました。
騎士派の野営に入った私は五人の女の子に出会いました。姉の娘だとすぐわかるくらいかわいくて、同時に向こうも同じ血が流れていると気づいて大喜びしてくれました。彼女たちは本物の母親にずっと恋い焦がれていて、その面影を私に感じたのでしょう。
以降は護衛という名の話し相手を一番そばで務めています。
みんな優しくて、昔からの家族みたいに「アサちゃん! アサちゃん!」と慕ってくれて、本当にかわいい。チューしたいくらいです(笑)。
……でも、今は戦争。
夢のような日々が次の瞬間には惨劇になっているかもしれません。
先日の戦いでは追放派の大軍がなんと崖の上から攻めてきました。あんな奇想天外な策が大成功するなんて、向こうは神々が味方しているのでしょうか。そしてヒューリグレイヴの一門が神々に見放されたとすれば、やはり滅亡は避けられない……。
ともかく、戦場に来たからには、私は棺桶に足を突っ込んだ覚悟です。
ウキョウさんとの約束を守れるか確信はありませんが、精一杯がんばろうと思います。
今日はこのへんで。
追伸 そちらからツテ無しで手紙は送れないようなので返信不要です』
アサがほのめかした悲観的予想はやがて現実になっていく。
半月後に二通目の手紙が届いた。
『最近、西へ西へと毎日歩いています。敗戦のたびに拠点を移すのです。貴族の女も小さな子供も一日中行軍します。このまま西へ敗走を続ければ最後は海で戦うことになるのでしょうか。
顔を覚えたばかりの味方の将軍が翌日には戦死したりします。未来に絶望して身を投げたヒューリグレイヴ家の貴公子もいます。要人も兵卒も脱走が絶えません。今さらこの世に逃げ場などないでしょうに。
首都では追放派の政治が始まったと聞きます。捕虜を淡々と処罰し、権勢をほしいままにしたボルの弟の一人でさえボロ布を着せられ、痩せて黒ずんだ姿を市内の晒し者にされたといいます。運命に見放された者はこうなるのですね。そしてやがては私も含めて「賊軍」の全員が……と想像すると、たとえようのない気持ちになります。
さてさて……、五人娘との関わりが数少ない楽しみです。先日は私が決闘選手だったというので武芸を教えてほしいとせがまれました。
驚いたのは二番目の子がセンス抜群だったことです。昔から剣と戦いが好きで練習していたんだとか。そういう活発なところが父親に疎まれて不仲だったようですが、私にとっては教え甲斐があるし、私との意外な共通点もあったりして、一番かわいいかもしれません。
ちなみにこの子、わりとツンデレです。私がチューしようとしたら耳まで真っ赤になって怒ってました(笑)。
……とにもかくにも、これは負け戦です。
ウキョウさんとの約束を守れるよう最善は尽くします。もし果たせなくても許してくださいね。今日はこのへんで』
それからしばらく手紙が来なかった。
一ヶ月を越え、ナラデ村で新しい家が一軒建つくらいの時間が流れた。
荷役業者がようやく持ってきた三通目。
急いで開封したらアサの筆跡が細く弱くなっていた。
『私はもう生きているようで生きていないような気分です。今さら「戦場に来なければ」と後悔しても遅いのです。逃げたい、死にたくないと思っても苦しいだけですから、最近は何も考えないようにしています。
今後あなたに「さてさて……」と手紙を送る予定はありません。連絡するツテがじきに途絶えます。つれなくなったなどと思わないでくださいね。
戦いが終わったら少しでいいので弔いをお願いします。たった数ヶ月の人間関係でしたが、あなたにしか頼めないでしょう。
できればもう今のうちに「あいつは死んだようなものだ」と割り切ったほうがあなたの負担は軽くなるはずです。どうかわかってください。
私たちは西へこれ以上行けない西岸の孤島・ヒクシマに砦を建てて籠城しています。水も食料も足りなくて苦しいです。傷病者が昼夜を問わず死んでいきます。愛する者を失った人たちの狂乱、叫喚が聞こえない日はありません。この世の地獄です。
ここから生還するのは万が一の確率だと思います。あなたは否定するでしょうけど。
首都にいたころをよく思い出します。みんな夢のようです。
それでは……お元気で』
俺は息を飲み、しかし気を強く持った。
できることなら励ましの返事を送りたかった。
何があっても帰りを待っている、信じているから、と。
次の手紙はアサからではなかった。
封筒の紙が今までと別物だし、そもそも宛先がマーリンだ。
俺の恩師は五年前と同じように紫色のテントを丘の上に立てて暮らしている。
荷役業者が丘を登るのをめんどくさがったので俺が持っていくことにした。
とても冷たい雨が降っていて冬が近いとわかる。
マーリンはテントの入り口を開け、中に座って本を読んでいた。
俺に気づき、喜びを失ったままの顔を上げ、
「ついに届いたのね」
「この手紙は?」
「首都に残っている知り合いに頼んで、戦争が終わったら知らせてくれるようにしたのよ」
「!?」
戦争が――終わった?
じゃあアサは――ヒューリグレイヴ家は――どうなったんだ。
「入ってくる情報をできるだけ盛り込むよう頼んだから、ウキョウくんの知りたいことも書いてあるはずよ。だからこれは……あなたが読みなさい」
マーリンが涙をこぼして顔をそむける。
「わたしは……この結末を知っているから……」
第三者からの手紙を俺は一字一句飛ばさないように読んでいった。
『マーリン様に申し上げます。ちょうど貴女が予言された日付に騎士派は最期となりました。その仔細をお伝えいたします。
賊軍が砦を築いたのは西海の孤島・ヒクシマ。
上陸・殲滅をめざす追放派・王党派の国軍は三千艘あまりを出航させ、対する騎士派は一千艘あまりでそれを迎え撃ちます。
はじめは潮の流れが賊に味方しましたが、貴女の占われた通り、にわかに空が暗くなって風向きが変わりました。それからは多勢に無勢です。
国軍の剛の者が次々に弓を引き、相手の船に乗り込み、首級を上げていきます。最早これまでと悟った騎士派の者どもは船から入水したり、ヒクシマの砦から身を投げたりしていきます。ヒューリグレイヴの赤旗が海面を埋め尽くしました。時代が終わったのです。
敵方にも立派な戦士がいたことを噂は伝えています。
ノオトという軍人は歴史に名を残そうと思い、大勢が決したにもかかわらず突進を始めました。「狙うは敵の総大将のみ!」と船から船へ飛び移り、矢を撃ち尽くし、立ちはだかる兵を二本の剣で蹴散らしていきます。何十人も倒して総大将の船に到着し、あと一歩のところで重傷を負った彼は、三人がかりで取り押さえられたといいます。ところが、その一人を海に蹴り落とし、残る二人を逆につかみあげて道連れの入水をやってみせたノオトは、享年二十六歳で見事に名を残したのでした。
そして、マーリン様がおっしゃっていた「アサ」に関しては、特に申し上げたいことがございます。
国軍が上陸した砂浜は一人の少女が待ち構えていました。
アサと名乗り、「私の一騎討ちを受けてからここを通りなさい!」と叫びます。
以後、女相手となめていた若武者も、腕利きの軍人も、次々に斃されました。
その戦いぶりは惚れ惚れする美しさで、いつしか敵・味方を問わず、浜辺を丸く囲んで「すげえぞ!」「頑張れアサ!」と非常に盛り上がり、戦争中でありながらまるで決闘試合。
少女は三十以上の連勝をしたようです。
……しかしマーリン様、ここで率直に申し上げます。
彼女はメレアガンのアサではありません。
華々しく活躍した少女がどんな顔でどんな背丈で何を武器にしたという噂をいくら集めても、貴女にお聞きしたメレアガンのアサとは特徴が異なるのです。
同じ名前の別人と考えるしかありません。
「アサ」を葬ったのは槍の名手でした。
疲れてきた彼女の腹に深々と刃を突き刺し、喜びを叫んだそうです。
ですが、「アサ」は槍の柄を掴み、自分の腹のほうへ男ごと手繰り寄せ、彼の首を刎ねてみせました。
そうして満足の笑みを浮かべながら地に倒れて事切れたといいます。
この相討ちもまた間違いなく歴史に残るでしょう。
――お伝えするべきことはおおむね済ませました。
メレアガンのアサについては何もわかりません。
あとは、王妃陛下が無事救出され、騎士派の主張に反してご懐妊の様子が一切なかったことくらいでしょうか。
首都に伝わっている情報は以上でございます。
急ぎの乱筆、乱文、ご容赦ください』
フラフラと立ち上がるマーリン。
声がうわずる。
「な、何この手紙……!? こんな未来、知らないわ……!!」
俺の知るアサがヒクシマの戦いで死ぬと確信していたらしい。
だが実際は別人が死んだので狼狽して頭を抱えている。
「なんで……!? 何がどうなって、予言が外れるなんて、まったくわからない……!!」
そして手紙はメレアガンのアサが生きている可能性を残している。
俺はまだ信じられる、少女は大丈夫だと!
鼓動の高まりを感じながら手紙を握りしめた。
真相を明らかにする知らせは真冬に届いた。
その日は、雨ばかりのナラデ村では珍しい雪景色。
頭に雪を乗せてやってきた荷役業者からひったくるようにして手紙を確かめると、封筒の紙質が前と違って粗末だった。
しかし「ウキョウさんへ」という見知った字が書かれている。
俺は子供みたいに飛び上がった。
『お久しぶりです。私のこと、覚えてますか(笑)。
もし弔いを済ませていたらそれはフライングですので撤回してください(笑)。
さてさて……、今回の件はまさに九死に一生です。
ヒクシマに敵が上陸してきたとき、私は砦の隠し部屋から迎撃に向かおうとしました。五人の姪っ子がこの部屋で貴族の娘らしくしっかりと神々に祈ってから身投げできるよう時間を稼ぎたかったのです。
ところが二番目の子に制止され、
「ヒューリグレイヴの腐った血を一番受け継いだ私だけが死ねばいいんだ! アサちゃんは逃げろ! 逃げ道は用意したから!」
騎士派の精鋭部隊が部屋にやってきました。
「アサ・ヒューリグレイヴ様から最後の指示をお受けしました。我々と落ち延びましょう」
アサ・ヒューリグレイヴ……私と同じ名前の一番かわいい子です。
十三年前、お姉ちゃんは自分に妹がいると知った直後にこの子を産みました。
そこで「故郷に帰って妹に会いたい!」という気持ちを忘れないように「アサ」と名付けたのです。
私たち家族はずっと前からつながっていたわけです。
精鋭部隊が私と他の姪っ子を強制的に連れて行きました。
砦には極秘の脱出ルートがあり、出口は戦場の反対側になっていて、漁船に偽装した小舟がすでに停泊しています。
「アサ」を犠牲にして生き残るなんて、と私たちは嘆いたけれど、男たちは涙をこらえながら私たちを乗せて漕ぎはじめました。
沖に出て北へ大回りしていくときの気持ちはとうてい言葉では表せません。
遠くなったヒクシマ城塞が炎上していて、身投げする人の小さな影が途切れませんでした。
私たちは王国の北西に再上陸し、原野を切り開いてひそかに住んでいます。雪ばかり降る厳しい土地です。敵の追手がいつ来るかもわかりません。戦いの犠牲になった人たちのことを思うと、自分は生き残ってよかったのかと気が沈みます。
――だけど、希望はある。
最近、姪っ子たちと協力して牛を育てています。全身が茶色くて牛乳がおいしい品種です。いつかウキョウさんを唸らせるような絶品のチーズができるかもしれません。
そして私は「約束」を果たすでしょう。
「生き残る」だけでなく「また首都に戻る」という、あなたとの約束を。
チーズが完成したら首都へ売りに行きます。
一文無しになった我々はお金を稼がなきゃいけませんからね。
私が騎士派の残党だと知る人は数えるほどですから、ちょっと上京しただけでバレて捕まったりはしない、というわけです。
前みたいにヒリーの偽名を使って、勤めていたところに卸そうかな?
あのお店、営業再開してると思います。
子供が多すぎて家計が火の車らしいので、外が紫で中がピンク色のチーズをぜひ買ってあげてください。
私はあれの良さがわかりませんけど(笑)。
味はともかく見た目が吐……おっと、下品なワードが出かかりました。
何も言ってません! セーフ!
セーフ!!
首都は決闘ができる情勢になりそうですか? あなたはまたその世界に飛び込むのでしょう。私は……もう成り上がる理由がありませんが、どこかで気が変わる可能性もあり、まあ何とも言えません。ひとまずあなたを遠くから応援しています。
悲しい経験をしたけれどあなたのおかげで自分の道が見えてきました。そして家族と暮らすことができてやっとそれなりの人生を掴めた気がします。今までの暗闇はムダじゃなかった。あなたが支えてくれたからです。とても感謝しています。
……ここで残念なお知らせです。
貧乏なので、紙がなくなりました!
気持ちの半分も伝えていませんが今日はここまでですね。
それでは、ウキョウさん、またお会いしましょう!!』
俺は雪を踏みしめて丘を登った。
テントの前に立っていたマーリンに手紙を見せる。
彼女は神妙な顔でこれを読み終えて……深々と頭を下げた。
「私の未熟な占いであなたたちを苦しめてしまった。本当にごめんなさい」
破滅の予言が外れた理由は非常に解明しにくいらしい。
こめかみから考えをひねりだすみたいに話してくれる。
「運命は悪いほうに引き寄せられやすいと前に教えたけど、もちろん良いほうへの引き寄せもあるの。あなたがあの子の帰りを信じつづけたことがこの未来を導いた、という風に普通は思うでしょうね」
ところが「次女がアサたちを逃がす」という今回のルートは本来そもそも存在していなかったという。
新しい分岐がどこかの時点で無から造り出されたのだ。
これは仮説だけど、とマーリンが前置きする。
俺がアサの生存を信じる気持ちは、まず彼女に伝わり、彼女を変えた。
変化したアサは近くにいた五人の姪に変化を与える。
姪っ子たちもまた周囲の人間に影響を及ぼしたはずだ。
こうして最初の小さな動きが波のように広がって増幅されたのでは、と推測できる。
「少女たち全員の死」を回避したいという無数の願いは無形の大きな力になるだろう。
そして新ルートを生む決定打はアサ・ヒューリグレイヴの死だ。
神話学的にはこの「生贄」が神々の重い腰を動かしたことになる。
もっとも、ここまでの話は推論なので、ひどく的外れかもしれない。
「ハァ……占いに詳しいつもりだったけど全然わかってなかったわ。本当に情けない」
嘆息するマーリン。
俺は決して恩師を責めない。
ずっと俺のために尽力していたことを知っているからだ。
「ウキョウくん、わたしはメレアガンのアサにも謝らなきゃいけないわ」
あいつは気にしてないと思いますけど?
「これは自分の責任だから絶対しなきゃいけないの」
なるほど、マーリンらしくて良いですね。
「もう一度旅に出るわ。あの子を探して直接謝るために」
アサたちは追放派による残党狩りを避けてどこかに住んでいる。
一人で見つけようとすればかなりの長旅になるだろう。
その苦難にかえって燃えるのか、恩師の瞳は活力が戻りつつある。
早くもテントを片づけはじめ、
「ウキョウくんもついてくる?」
俺は――頷かない。
村の家と畑を再建する作業が残っているし、それが終わったら決闘選手に復帰する。
でも利他を優先したわけじゃない。
自分のやりたいことも同時に大切だ。
「行きませんけど、手紙を届けてくれますか? アサからもらってばかりで、こっちから出してなかったので、今から書きます」
「あら、いいアイディアね。わかったわ。名文ができるまで待っててあげる」
微笑するマーリン。
俺は景色をながめながら丘を降りていく。
一面の銀世界を照らす太陽。
真っ青な空で二羽の白鳥がくるくると追いかけあっている。
手紙を出すなんてその場の閃きだったから、今から急いで何を書けばいいんだと思ったが、この絶景を見ているとどうにかできそうな気がした。
なんでも書けるじゃないか。
故郷の珍しい雪のことや、ずっと見ていた悪夢をもう見なくなったこと。
首都の食堂にまた行きたいこと、貧しい子供たちの行方を探したいこと。
決闘をやめるのは勝ち逃げで卑怯じゃないかとか、単純にアサが無事でよかったとか、戦争は大変だっただろうとか。
だけど、結局。
最終的に。
全部まとめてしまうと書きたいことは一つだと思う。
「また会いたい」
この気持ちを伝えたいんだ。
完結です。
個人的に「七月末までに書き上げる」とキツめの目標を立てていたので達成できてホッとしました。
読んでくださった皆様一人一人のおかげでここまで来られたと思います。ありがとうございました。
それでは……またの機会に。




