全力の光芒
18
試合が始まってから彼女はすっきりした顔になっている。
この充実した時間を待ちわびていたらしく、これは逆にいえば、試合前の精神的揺さぶりが効いていたことの裏返しかもしれない。
「しかしウキョウさん、攻撃的なスタイルは向いてないのでは? その重苦しい槍と鎧で前進しつづけるのは限度があるでしょうし、本来の守備的ステータスの良さを生かせません。作戦負けだと思いますよ?」
「あんたの感想はともかく、試合中にえらくおしゃべりだな」
「気に障りました? 私、熱くなると口数が多いタイプなんです。女の子の意外な一面が知れて良かったですねー」
その冗談を言い終わって少女が動いた。
振り回したランスをかわし、サッと身を低くする。
「失礼ッ!」という変わった掛け声が聞こえた。
円を描くような素早い足払いがやってくる。
これは回避できたが、アサはコシガタナを逆手に持ち、足払いの回転を生かして切っ先を加速させた。
刃が俺の胸甲をかすめて線を刻む。
ランスの射程の内側に入られ、斬撃の連続。
俺は槍の柄でひとつずつ防御していく。
少女はキラキラした汗をかきながら、
「ほほーっ、反応速度が上がってますね。となると、あなたがこの試合の前にした『下準備』が見えてきました」
下準備?
「素早さの数値が同じだったのに私の攻めに反応できるなんて、考えられる原因は一つです」
言ってみろよ。
「鎧を軽くしましたね?」
……!
「そうすれば動きが軽くなってこちらのスピードについていける、というわけです。正解でしょう? しかし残念でした。鉄板を薄くしたとわかれば、私はその弱点を逃がしません!」
攻勢が嵐のように激しくなる。
体を回転させつつ上下左右から繰り出される刃。
剣舞のようにキレがあって美しさすら感じさせる。
直後、赤黒い革のブーツが鼻先をかすめる――回し蹴りだった。
そこからもう片方の足でジャンプし、空中で回転を加えながら俺のふところに飛び込んでくる。
「ペラペラの防御でこれを食らいなさい!」
アサの白い歯が光った。
唸りをあげる短刀。
ギイイイイン!!
まともに命中した。
鎧の脇腹への、芯をとらえた一撃。
……ところが少女は凍りついたように動きを止めている。
俺の身体を薙ぎ倒すどころか一押しもできず、コシガタナが完全にブロックされたからだ。
目を丸くしてつぶやいている。
「あれ……いや……なんで効かないの……!?」
彼女の手は巨石を殴ってしまったみたいに痺れているだろう。
俺の脇腹にも痛みはあるがまったく堪えない痛さだ。
「アサ。あんたの見立ては逆だ」
「逆……? まさか……」
仁王立ちのままニヤリとして告げた。
「あんたの攻めを完封するため、俺は鎧を重く分厚くした。しかもこの重いのを着て動かなきゃいけないから筋力を鍛えたんだよ」
情けない敗戦をした春からずっと惰眠を貪ってきたわけじゃない。
あるかわからない再試合に備え、実はトレーニングだけは欠かさなかった。
悪夢で寝不足のときも、政治が血生臭いときも。
アサ対策で防具を強くするという発想はだいぶ前から閃いていた。
以降、この再戦に至るまでの期間はおよそ四ヶ月。
鎧の改造を職人に発注してそれを着こなす筋力を身につけるには十分すぎた。
かえって以前よりも身軽に動けている。
「じゃあステータス・カードの素早さは……」
「更新は年一回だ。今計れば違う数値だろ」
「騙された……!」
さあ、こちらの手番になった。
コシガタナを払いのけ、踏みしめるように前進する。
来るなと言わんばかりにアサが反撃してくるが堅固な鎧が守ってくれる。
ランスを突いて、突いて、振り回す。
命中しなくても相手を威圧して後退させていく。
「見切り」は完全無欠の防御ではないと俺は気づいている。
槍をよける姿を観察していると、なんとなく「癖」があるとわかってくる。
上下、左右、前後――どこへ動いて回避するかというのは、そのときの彼女の体勢や俺の攻撃の仕方によって、ある程度決まっていた。
無意識に自分の動きやすい方向へ動くからだ。
どんな人間にもある利き手、利き足、利き目が影響しているようだ。
この法則性が理解できれば俺は向こうの予測を上回ることができる。
彼女が逃げていく先にランスを突き出す。
言わば「見切りの見切り」。
穂先がアサの上着の端を切り裂く。
ぶっつけ本番の技だが意外とできるものだ。
攻撃を重ねるとだんだん狙いがついてきて少女の胴体に近づいていった。
見るからに相手の装備が薄いので、一度でも直撃させることができれば勝負を決するダメージを与えられるだろう。
逃げる羽虫をいつ叩き落せるかという戦況。
(いけそうだ……!)
橋の欄干まで追いつめた。
向こうは何もしゃべらなくなって渋い顔をしている。
欄干があるのでこれ以上後ろはない。
(きっとアサは左へ逃げる)
俺はそのように見切った。
勢いをつけて突進。
右から左へ彼女を追尾していくように槍の一振りを放つ。
これなら命中する。
新人王を薙ぎ倒した感覚が両手に伝わってくる――はずだった。
「…………………………か、空振り!?」
アサが後ろに飛んでいた。
正確には、欄干に右手を置いて後ろに飛び乗った。
ランスの刃は上着の背をかすめただけ。
新人王が手すりの上に立ち、いたずらっぽく笑う。
「ふふふ、ここまでお見事です。さすが私の見込んだウキョウさん。……しかし、もう花は持たせませんよ!」
叫ぶと同時に、また跳ねた。
こちらをめがけて落下してくる。
「……!」
俺は空振りで崩れた姿勢をまだ立て直せていない。
ブーツを履いた少女の右足が、風を切りながら振り下ろされる。
食らった瞬間、視界が白や黒に明滅し、気を失いかけた。
破壊的な踵落としが俺の脳天に放たれ、ズドンッ! と重い音を鳴らして兜の真ん中をひしゃいだのだった。
アサがふわりと橋に降り立つ。
不敵に笑って追い打ちを始める。
ふらふらしながら頭を守ろうとする俺に容赦なく斬りかかった。
こちらは糸が切れた操り人形みたいに体を支えられず、崩れ落ちそうになる。
「ハハッ、驚きました? 私のメイン火力は足なんです。勝った試合の八割は足で決めてます。決闘のルールで禁止されてないのに、なぜかみんな想定してなくて、まともに食らって倒れちゃうんですよねー」
多くの選手にとってこれは盲点だろう。
武器を使わない攻撃が最大の威力だとは普通考えないからだ。
するとアサがコシガタナを使う理由はおそらく二つ。
まず武器のショボさで敵を油断させる。
そして肝心の足技を繰り出すとき、微妙なバランスを取ったり手を支えにしたりするから、普通サイズの剣を持っていたら邪魔になるわけだ。
こいつは……やっぱり強い。
前蹴りを食らって反対側の欄干まで飛ばされた。
「んぐッ……!」
肩から手すりにぶつかり、反作用で跳ね返される。
見上げると夜空の星々がちょうど輝いていた。
「さてさてー、もう一発行きましょうか。歯が折れないように食いしばっててくださいねー」
アサがまた欄干に乗る。
そこからジャンプし、星空を背にして落ちてくる。
短刀を振るフェイントを入れられて俺はそれに反応してしまった。
槍の柄で守っていないところに今度は回し蹴りが襲来。
兜のこめかみを打ち抜かれ、けたたましい音が鳴った。
頭蓋を揺さぶられて再び視界がおかしくなる。
意識がおぼろげになり、体に力が入らない。
ずいぶん遠くまで兜が飛ばされてガラン、ガラン……と橋を転がっていった。
俺はかろうじてランスを握りつづけて負けを免れている。
ノックアウトされる前に、考えろ、考えろ、あいつの勢いを止める手段を。
しかし頭の中は二度のダメージで重病のようにユラユラ、グラグラしている。
駄目だ、何も思いつかない……。
斬撃がまた俺を押していく。
「最早なすすべなしですか? いけませんねー、もっと燃えてくれないと」
負けたくないという意地はあるが、じゃあ具体的にどうすればいい?
思考をフル回転させて打開策を考えだしたい……なのに俺の意識はこの肝心なときにユラユラ、グラグラして薄れかけている。
クソッ……相手は人間なんだからどうにかなるはずなのに。
(――ん? 待てよ、もしかして……)
もう一度向こうに「揺さぶり」をかければいいんじゃないか?
方法は簡単なことだ。
思いっきり揺れてくれそうなものが目の前にあるんだから!
槍の握力を強めた。
そしてしばらく防御に専念しているとアサが調子づいてくる。
「おやおやー、私を止めると豪語したのは誰でしたっけ? 小さな蝋燭の炎でも消える瞬間はすごく光るんですよ? ほらほらウキョウさん、根性見せてくださいよー」
欄干のきわに俺を追いつめる。
「しかし辛そうな顔ですねー。最後の気力も残っていませんか? そうなら恥ずかしがらず言ってください。すぐ終わらせてあげますから。よいしょっ!」
アサが手すりに片手を置く。
欄干に飛び乗ろうとするのは三回目。
その一瞬を待っていたんだ。
ランスの一撃を全力で放つ。
少女が立とうする足場をめがけて!
古い木造橋が軋んで全体が揺れ、特に欄干がユラユラ、グラグラと振動した。
「あっ、うわっ!?」
バランスを崩してアサがのけぞる。
完全な無防備。
そのスキを逃さず、槍の横薙ぎの一振り!
――彼女の悲鳴を初めて聞いた。
柔らかい肉と硬い骨に由来する生々しい感触が俺の両手に残った。
横に飛ばされたアサの身体が隕石のような速さで橋に落下。
暗い川の上でドッ!! ゴッ!! ドドッ!! という轟音を響かせ、土煙をあげて何度もバウンドしていく。
どうなったか見に行かなきゃいけないほど彼女は飛ばされた。
歩いて近寄ると片膝をついてうずくまっている様子が見えた。
左手はアバラのあたりを押さえ、右手はコシガタナを握って震えている。
「んぐっ……あうっ……おぐぐ……」
押し殺したような呻き声。
辛そうに肩で息をしていた。
重傷を与えていないかという懸念もあるが、再戦を夢見た一人の決闘選手として俺は身震いのようなものを感じる。
決闘試合では男も女も関係ない。
食うか食われるか、それだけだ。
アサがゆっくりと顔を上げる。
へらへらした態度が今の一撃で消えていた。
欄干からの飛び蹴りが敗れたこと、互角の相手と戦っていることを素直に認めた表情。
かといって怯えてはおらず、これからの戦い方をおそらく考えている。
「こっちのほうが手強いぞ」と俺は思う。
無言で立ち上がる少女。
ダメージを受けてガクガクしている両脚を動かし、しかし激烈なスピードで突進してきた。
コシガタナの連撃が速い!
兜が脱げた急所の頭をしつこく狙ってくる。
うかうかせずに「見切りの見切り」で対抗した。
今度は少し当たるようになり、急所へのジャストミートはないものの、相手の手足を着実に傷めつけていく。
そして飛び蹴りの気配を察した。
槍を引き搾り、狙いをつけて一閃。
二度目のまともな感触があり、アサが吹っ飛んでいく。
橋に墜落したところを見に行くと、横向きに倒れていて、短刀を胸の前で包み込むようにしてなんとか手放さないようにしていた。
(ま、まだ終わらねえぞ、こいつ。岩にかじりつくような執念が残ってやがる……)
頬を冷や汗が伝う。
優勢だという確信が持てない。
俺はこのとき集中力が落ちていたようだ。
ハッとしたときにはアサがもう飛び起きて目前に迫っていた。
すさまじい短刀の連打にコンパクトな蹴りを交えてくる。
一つ一つの威力がさらに増した気がする。
「フフフ……負けませんよ……!」
アサは微笑していた。
瞳をキラキラさせ、唇の端から血を流し、全身から汗を散らしながら。
何度目かわからないが欄干のところまで押し込まれた。
また飛び上がろうとするなら足場を揺らしてやるのだが――今度は違う。
さらに猛然と攻めてきた。
一撃ごとに「私が勝つ」という執念がこもっている。
過去最大の圧力で背中が欄干に押しつけられ――木材が軋む。
次第にガタガタ、メキメキと、洒落にならない音になっていった。
「まさか突き破って俺を川に落とす気か……!? 何考えてんだ……!!」
アサは短刀を振りまくり、蹴りを続けている。
最後の死力を尽くして「うおあああ!」と絶叫しながらだ。
右へよけようとすれば右から斬られ、かがもうとすれば下からキックされ、槍で反撃する隙もなく、逃げることができない。
こうして退路を奪われた俺は詰み筋に入ってしまったらしい。
袋のネズミとなってこのまま川に突き落とされてしまうのか。
いや、退路はある。
(前後左右、下にもないけど、上にはあるんだ)
橋に槍を突き立てて棒高跳びのように空を舞えばいいじゃないか。
……俺は「一天砕破」を使わないつもりで今夜の戦いを始めた。
この技を出せばアサは必ず「無常鍍金」で応じるだろう。
相手のタイミングを外すことができれば反射カウンター攻撃の餌食にはならないが問題はその方法だ。
確実な手段が思いつかなくて……俺は必殺の術を封印することにした。
だが……小舟が渦潮から抜け出せないみたいに……この運命は決まっていたんだろうか。
アサが必死の形相で最後のひと押しをする。
ミシミシ、バキィッ!
ついに欄干の真ん中が張り裂けた。
すぐ背後には真っ暗な川面。
決断した。
飛び上がる。
晩夏の夜空へ向かっていき、放物線の頂点を通過し、木造橋が鳥瞰できる。
アサはこの時を待っていたのかどうか――ともかくキュッと唇を結んでコシガタナを縦に構えている。
勝負。
槍を脇に挟み、全体重を乗せて落下する。
槍と鎧の重量を足した破壊力。
矢のような速さの「動」と、待ち受ける少女の「静」――。
俺は一天砕破をまだ言わない。
反射魔法を使いかけていたアサが目を丸くする。
穂先が短刀にぶつかるとすぐに、俺はランスを握る力をゼロにした。
すると串焼きから串が抜けるみたいに両手の中を槍の柄が滑っていく。
これから俺は体当たりをする。
武器の一撃ではなく捨て身のショルダータックルに全てを託していた。
(向こうは槍でくると思ってるから、これがある種のフェイントになって、命中のタイミングが少し遅れる。こいつの無常鍍金に勝つにはこれしか思いつかなかった。でも「そのくらいの時間差は誤差じゃないか」とか「体当たりの気配を見切られるんじゃないか」とかを考えると……)
だから使う予定じゃなかった。
今は賭けるしかない。
アサの顔が近づいてきた。
瞳が宝石みたいだった。
顔と顔がぶつかりそうな距離になり、全身全霊を投げ打つように叫んだ。
一天砕破!!
グレティーン王国にこんな伝説がある。
昔、心を通わせ合った若い男女がいた。
だが様々な障害により逢えなくなってしまう。
そのまま死んでしまった二人は天に輝く星に生まれ変わった。
二つの星の間には「川」がある。
無数の小天体が帯状に集まって「銀河」になっているのだ。
男と女は天界でもこうして隔てられていた。
ただし一年に一度だけ、神の使いが銀河に橋を架け、逢う機会を与えてくれる。
それがちょうど今頃、気候が良くなってくる晩夏のことだった。
二人の再会を祝してこの時期の星空は最も美しくなるのだという……。
橋にペタリと座りながら見上げると、よく晴れた夜空は星々の光が一面に広がっていて、その伝説を思い出させた。
まるで藍色の紙に金粉を散らしたみたいな芸術的景色。
星空の真の美しさを俺は初めて知ったのかもしれない。
決闘は――負けた。




