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エッチな旅人

 空に浮かぶのは気持ちいい。

 遠くへ渡っていく白鳥のように未来を感じるからだ。

 十五歳で上京した俺は仕事の昼休みや退勤後、または休日に「決闘」を進めてきた。

 場所は石畳の敷かれた大通りや広場など。

 娯楽を求めるたくさんの市民に囲まれることが多い。

 誰と対戦するときも戦法は同じだ。

 まず鎧兜をガチガチに着込む。

 鉄のフルアーマーで全身を覆ってすごく重い。

 武器は丈夫な馬上槍(ランス)を使う。

 身長の二倍ほどの長さがあり、これもバカみたいに重い。

 試合が始まればとにかく相手に打たせ、自分の守備力を生かして耐えていく。

 向こうが調子付いて突進をしてきたらチャンスだ。

 ランスを地面に刺す。

 棒高跳びのようにしならせる。

 空高く飛んで魔法を詠唱。

一天砕破(イッテンサイハ)!」

 敵の防御力、大幅ダウン。

 俺の攻撃力、大幅アップ。

 しかもホーミング効果が付与され、攻撃命中率が百パーセントに。

 槍を脇に挟むことで自分の全体重を乗せることができる。

 甲冑の重さがここでは攻撃力のプラスになる。

 槍の重さもプラスだ。

 このときのために重装備を選んでいた。

 相手のディフェンスを弱め、自身のパワーを強め、空からの落下スピードも加わるから、刺突の威力は少なくとも二倍、四倍、八倍、十六倍にもなる。

 要するにこの技は「自分の体重」「鎧の重さ」「槍の重さ」「相手の防御力ダウン」「自分の攻撃力アップ」「落下スピード」「命中率百パーセント」という七つの強化点があった。

 対戦相手はこの全てに対策をすることができない。

 せいぜい魔法でいくつかを無効化するだけで終わってしまう。

 この巨大火力で腹を狙った。

 槍の刃は鈍らせていて安全だからルール上の問題はない。

 相手は激痛でKOされ、確実に武器を落とした。

 市民に喝采され、俺は兜を外す。

 微笑しつつ軽く手を振って彼らに応える。



 光り輝いていた。

 初めて踏み入れた宮殿の大広間は。

 音楽隊がラッパを鳴らして出迎えてくれる。

 中央には深紅のロングカーペット。

 左には黒いマントをまとった男性貴族、右には白いドレスを着た子女が立ち並び、祝福の歌を響かせた。

 頭上にはガラスのシャンデリアがきらめき、神話を描いた大天井画もある。

 まるで神々が集まったような豪華絢爛。

 優秀新人賞の表彰式だ。

 デビューから十五勝ゼロ敗の快進撃が認められ、年に一度のこの栄誉を得ることができた。

 決闘は春分から始まる一年間でワンシーズンとされる。

 真冬に上京して三ヶ月しか戦っていない選手が受賞するのは異例だが、それだけ勝率百パーセントというのは価値のあることだった。

 王妃陛下がカーペットの向こうで待っていらっしゃる。

 十五歳になった俺より一つ年上で、太陽を背負われたようにお美しい。

 背筋をのばしてカーペットを進む俺。

 試合のときのように着ている板金の鎧兜がガチャ、ガチャと一歩ごとに鳴る。

 陛下のそばまで来たら足下にひざまずく。

 高貴なお声をいただいた。

「汝は三ヶ月で十五勝して無敗、将来有望と見えます。しかれどもグレティーン王国の臣民であれば粉骨砕身、つづけて腕を磨くべきです。精進してください」

「はい、王国に恥じぬ戦士として、変わらず精進いたします」

「信義の認可を与えます」

 陛下は長い宝剣をお持ちだった。

 そのきらめく刃の側面で、俺の肩を撫でてくださる。

 儀式のハイライトだ。

 命を主君に捧げることが示された。

 音楽隊がファンファーレを鳴らし、バルコニーから紙吹雪が吹きあがり、人々は拍手喝采。

 お堅い感じであらせられた陛下もみずみずしくニコッとなさる。

「おめでとう。今後も頑張ってくださいねっ!」

 俺は頭をいっそう下げ、フーッと息を吐いた。

 心のなかで自分に告げた。

 この調子だな、だが先は長い。

 栄光からいつ転落するかわからないのが勝負の世界だ。

 驕らずに進め。

 そもそも俺がもらったのはナンバー2の賞だぞ、と。

 広間が静かになってきて司会役の男が言った。

「えー、続きましては最優秀新人の表彰を……行う予定でしたが、自己都合により欠席と連絡がございました。そこで受賞者の紹介だけをいたします。受賞者の名は『メレアガンのアサ』、十五歳の女性。昨年の夏にデビューし、シーズン成績は三十五勝二敗と素晴らしいものであります。彼女に対する賞品といたしましては……」

 決闘には女性も参加できる。

 メレアガンのアサ、どんなやつだろう。

 王妃陛下がお越しになる式典を休むとは、かなり図太い女といえる。

 勝手な想像だがレスラーのような風貌だろうか。

「フンガー!」と言いながら男どもを投げ飛ばしていく様子が目に浮かぶ。

 そいつと勝負することになれば本当に強い新人がどっちなのかハッキリして面白いかもしれない。

 ――まあ、どうでもいいことだ。

 試合の機会がなければどんな人間でも構わない。

 俺は誰とやるときも淡々と白星を重ねる。

 成り上がって故郷を救うため、目の前の一戦ずつに向き合う以外、すべては邪念なのだ。



 かつての俺は首都に住むことさえ想像できなかった。

 ひどい辺境で育ったからだ。

 五年前。

 運命が変わったのは間違いなくそのときだ。


 子供だった俺は牛小屋のかどに隠れて様子を見ていた。

 冷たい雨の向こうによそ者がいる。

 木の柱と土の壁でできたボロ家がまばらに建つこの集落の、茶色くぬかるんだ道を、女がぶらぶらしていた。

 三角帽子、黒いローブ、長い木の杖という魔術師みたいな姿。

 あたりを見まわす瞳はやたら熱っぽい。

 唇をペロリと舐め、なにか品定めをしているように見えた。

 ついでにいうと彼女のローブは胸元が湯上がりのようにはだけていて、明らかに不審者。

 村の大人も家々の窓からそいつを警戒している。

「そこの男の子、お話ししましょ?」

 俺の姿は見えないはずだが、女がこっちを向いて立ち止まった。

「あなたのことは知ってるわ。こないだ十歳の誕生日だったウキョウくんでしょう?」

 名前と歳がバレてる……?

 なんなんだ、こいつ。

 男たちが近くの家から駆けつけて彼女を囲んだ。

「おやおや、お嬢さん。どちらからいらっしゃって、どのようなご用です?」

 愛想のいいお辞儀が返ってきた。

「十四歳で旅をしている占い師のマーリンといいます。このあたりの落ち着いたアンニュイな景色が気に入りました。自給自足ののち一ヶ月たてば出ていきますので、お邪魔してもよろしいかしら?」

「へえ?」

「冷たい雨も泥だらけの道も、見ていてとても興味深いのですが、こんなわたしは変でしょうか?」

「そうは言いませんが、この『灰色の村』が好きだとは意外ですね」

 俺もこれは同意だ。

 村はいつでも重苦しい天気だった。

 季節を問わずほとんど晴れの日がなく雨が降ったり止んだりする。

 日照が足りなくて小麦はほとんど育たない。

 雑穀を育てて細々と食いつなぎ、ろくに納税できなかった。

 しかも頭上の雲が分厚くなれば豪雨になる。

 冷たい洪水があっというまに住人を流した。

 顔を知らない俺の両親もそれで行方不明になったらしい。

 集落の名はナラデ。

 ボロ家、痩せた畑、荒れ地と森しかない辺境。

 だから灰色の村と呼ばれていた。

 男衆がつづけて問いかける。

「で、マーリンさんは占い師?」

「そうです」

「実は先日、洗濯物を風で飛ばされて無くしたんですが、こういうのも占いでわかるんですか?」

「わかりますよ。その猿股は――井戸に落ちています」

「おお! 『猿股を飛ばされた』と言わなかったのに言い当てられた!」

 実際にそれは井戸から見つかった。

 本物の占い師ってことになる……だろうか?

 マーリンが先に猿股を拾って井戸に隠していたというインチキもありえる。

 男たちは少女の装いを眺めまわすと、しばらくして笑顔になった。

「変わった姿をされていますが、特殊な服装が特殊な力を生むこともあるのでしょう。善良な方であると信じます」

 信じるのかよ!

 人が良すぎる。

 まあ前からお人よしだとは思っていた。

 ナラデの村民はいつでも助け合い、孤児の俺を捨てずに育ててくれたのだ。

「マーリンさん、空き家をお貸しします。屋根の下で休んでください」

「いいえ、皆さんのそばで過ごすと、ひと月後の別れがお互いつらくなります。わたしはあたりの景色を見てセンチメンタルに浸りたいだけですので、村のはずれので野宿し、皆さんと親しみすぎないようにします」

「なんと慎ましい女性だ! 遠慮なさるなと申し上げたいが、その意志は固いようですね。どうぞお好きなところで過ごしてください」

「ありがとうございます。では一ヶ月だけお邪魔しますね」

 いいのかよ、これ。

 俺はそっと顔を出した。

 やはりマーリンは胸を見せつける不審者としか言いようがない。

 すると年の割に大人っぽい彼女が気づいてウインクした。

「また会いましょう? ウキョウくん」

 こいつ絶対おかしいぞ。



 村の丘に紫色のテントが立った。

 マーリンはそのあたりで朝から野草を摘み、魔法で鳥やウサギを狩っている。

 昼と夕方には木陰で火を起こして料理。

 かなり自給自足に慣れているらしい。

 村人は彼女を重宝してよく集落に呼び寄せた。

 なにせ占いが的中しまくる。

 明日の天気から牛の出産日まで完璧だった。

 洪水が起こる日さえも言い当てた。

「村を飲み込むほどではありませんが、家の出入り口に土嚢を積んでおくほうがいいでしょう。あと、小川の近くの一軒家は鉄砲水で破壊されますから、住民は必ず避難してください」

 当日になるとまったくその通りになり、土嚢のおかげでどこも浸水せず、前もって別の家に逃げた老夫婦は難を逃れた。

 ……それでも俺はよそ者を信じない。

 もし村を騙す妖術師だったりしたら大変なことになる。

 最初は優しいふりをするというのは詐欺の常套手段だ。

 ナラデは悲劇の村だが住んでいるのは良い人ばかりだから彼らを守りたい。

 ある日、小川で水を汲んでいたマーリンに対し、単刀直入に聞いた。

「こんな灰色の村で何を企んでるんです。村人に悪いことしたら許しませんよ」

 俺は農具のフォークを槍のように構え、場合によっては実力行使をするつもりだ。

 すると噛みあわない返事が来た。

「ウキョウくんは才能を信じる?」

 才能?

「この国で数十年に一人の逸材はどうして現れるか知ってる?」

 何の話ですか。

「魔法学では次のように考えられる。つまり逸材はこの世界じゃない場所からやってくる。別世界を前世としているから普通じゃない何かを秘めている。この別世界についても学説があるわ。いわく、魔法と見分けがつかないほど発達した『カガク』という技術がある場所ではないかと。そのカガクの世界が前世なら、カガクの潜在能力を持ったままこの世に転生する人がいるかもしれない。潜在能力はこの世に合わせて武芸などの才能に変化しているかもしれない。ただし、前世それ自体さえも存在は不確かだから、まったくの妄想的学説といっても過言じゃないけれどね」

 ……???

「あなたの質問にはまだ答えられない。占いにおいて好ましい運命を選ぶには一見無意味な遠回りをすることがあるの。今日はここまでよ。じゃあねっ」

 煙に巻かれてしまった。



 翌日に再挑戦。

「今日はちゃんと話してください」

 木の下で読書をしていた彼女にフォークを突きつけた。

 微笑とともに返事が来る。

「ここに来た『大きな理由』と『小さな理由』、どっちを言ってほしい?」

「なんですかそれ。小さな宝箱のほうに本物のお宝が入っている昔話みたいなこと?」

「いいえ、わたしにとって文字通り大事なほうと些細なほうという意味よ」

「じゃあ大きな理由を教えてください」

「わかりました。小さな理由から話します」

 からかわれてる?

「わたしは失恋を慰める旅をしているの」

「シツレン?」

「かわいい男の子であるあなたには失恋の意味を教えてあげるわ」

 何言ってんだこいつ。

「大好きな人を失って国を放浪し、東の荘園、北の雪山、西の海岸をぐるっと回って、この南のナラデ村まで来てしまった。旅は寂しいし危険だけど、首都とはちがう景色の移ろいが、儚く無常なわたしと重なって慰めになるし、今までにない幸せに出会えるのではという希望もある。なんでこんなことになるのかウブな少年にはわからないかしら?」

 何がなんだか。

「たっぷり話しましょう。わたしの愛の遍歴を」

 マーリンはそこから語りまくった。

 大好きな人との出会いの前兆がどうのこうの……

 最初は拒んだけれど押し切られてうんぬん……

 二人の身分差が逢瀬を少なくしてどうのこうの……

 幸せは今から思えば夢のように一瞬でうんぬん……

 しかも大人になってから記憶をふりかえると、そこには直接の下ネタがめちゃくちゃ含まれていて、マーリンはとんでもない女だった。

 泣いてんだか悦んでんだかって調子でしゃべりつづけ、最後にはハアハア言っていた。

「失恋のこと、わかってくれた?」

 十歳児には理解できず俺はポカンとしている。

「まあその反応になるでしょう。大人になってから思い出して笑うなり興奮するなりしなさい。さて、ここに来た小さな理由を話したわ。大きなほうはまた今度ね。バイバイっ」


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