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平行線は永遠によりそわない  作者: たまとら
1/3

1 出会いは自分の命を拾う

薬師のラダはナオヤに出会う。

惹かれいくが、踏み込めない。

やがて神殿の方舟計画とその一方的なナオヤの役割を知って…。

1

木のへし折られる音に追い立てられて、ラダは必死に走って行た。

自分のはっはっと荒い息と血のめぐるどくどくという音が、頭の中で木霊する。

鎮めたい。

もっと気配を探らなきゃいけないのに。

ちらっとそんな事もかすめたが、余裕は無かった。

相手は気配を隠してもいない。

その毒のある爪が木に当たるたびに、めきっと折れる生木の音が上がっていた。


振り返るとタイムロスになる。

とにかく必死で走る。

なんでこんなに街の近くでコイツがいるんだ。



街道から見つけた薬草の匂いに、ふらふらと森に入った。

でも魔獣除けは掛けてるし、ここ(・・)は街の外壁のすぐ近くなのに…。

魔獣のメタナーガ。爬虫類のワニに似たソレは、六本の腕を使って信じられない程に素早く動く。

しかもざっと見ただけで8メートルはある。

俺なんか一飲みだ。

こんな凶暴な奴は、岩山の奥深いダンジョンで遭遇するモノだ。

出合い頭に驚いてナイフで鼻先を削った。

怯んでくれたおかげで未だ生きている。

これからも生きていたいから、必死で走る。

でももう肺が熱くて、首の後ろから生暖かい腐臭の息を感じている。


とっさに左の木に腕を突いて右に跳んだ。

チラ見した視界の片隅で木が砕かれて、でかい鱗まみれの頭から飛び散っている木のかけらがみえた。


ひいぃぃひいぃぃ。


喉から出る息も、もう情け無い音だ。

終わりの無い逃亡劇に絶望感がつのる。

手にしているのは薬草採りのナイフ一本。

メタという名前のついたナーガの鱗に刺さるはずもない。

柔らかいのは鼻先の下と喉元…。無理だ。


頭の雑念のせいか、盛り上がった木の根に躓く。

とっさに右に転がった。


がずっ。


鈍い音が左の大地に突撃する。

地面に突き刺さった顎は、粘着な涎を垂らしながら持ち上がった。

縦に一本の虹彩の入った目がラダを捕らえる。

尻をつけたまま足を蹴って後ずさる。

そんな弱い獲物を嘲笑うかのように、その大きな顎が開いた。

腐臭と、黄ばんだ牙が赤黒い口腔を覆っている。


逃げ場のないラダは、ソレを口を開けて仰ぎ見ていた。




視界を影が飛ぶ。

鳥のような影がふっと横切ると、それはとんと、本当にとんと、メタナーガの頭に止まった。

剣の白い光が反射した時には、それは巨大な頭にすっと差し込まれていた。


ラダを食うための肉襞の洞穴が、ゆっくりと傾いていく。

粘着な涎がソレを追いかけて巻き散らかされ、陽を受けてキラキラと映った。


どおぉぉぉぉ…ん。


巨体が倒れると地面が揺れる。

足元に土埃を撒き散らして倒れ臥した頭には、きっかり正中に剣を差し込まれ、絶命してもびくびくとうねっていた。


はっはっはっっっ。


過呼吸ぎみの息が胸筋を揺らす。

助かった。

助かったのだ。

腰を落としたままラダはへたり込む。


「ケガはないか。」


メタナーガを疲れた様にぼんやり見ているラダに、声の主は手を差し伸べた。

答えようと視線を上げたラダは声を失った。

そこには黒髪で黒目の小柄な青年が立っていた。

魔力の強さは色で分かるという。

だから黒は至上の色だ。

ソレを髪にも目にも持っているのを初めてみた。


ん?と手を開いてその手を掴み、引いてくれる。

ようやっと立ち上がる。

恥ずかしい話、足が震えている。


彼はメタナーガの頭から剣を引き抜くと洗浄をかけてつかに戻した。


「街の近くにこんなモノがいるのか。どれほど物騒なんだ。」

彼は笑いながら、投げ捨てた自分の荷物を拾い上げた。

「いや、いない。初めてあったよ。マジでびっくりした。普通の魔獣避けしか掛けてこなかったから、本当にやばかった。」

ラダは汚れた体をはたいて彼に向き合った。

「俺は薬師のラダだ。おかげで生きている。感謝する」


笑を浮かべた顔を見て、ラダは相手がとても美しい事に気がついた。

小ぶりな顔の中で黒いまつ毛に縁取られた切れ長な目が、黒曜石の様に輝いている。

ちょっとした動きで上気したほほは、桃の様に滑らかで上がった唇から覗く歯の白さが眩しい。

鳥の様に飛んだということは、このすらりとした体にはしなやかな筋肉がついているという事だ…。


「薬師か。ラッキーだ。俺は薬草採りのナオヤ。ケチャ爺さんに頼まれてこっちへ来た。」

「ケチャ爺さんの知り合いか。最近見ないと思ったが、爺さんどうしたんだ。」

「山で脚を折った。もう引退だって奥さんに叱られてた。」くすくす笑う声も心地よい。

「どおりで。最近来ないんで薬草の在庫がもう無かったんだ。来てくれてありがたい。」

そう、往診帰りに詰んで行こうと考えるくらいに在庫が無かった。良かった。


「ちょうど良かった。案内を頼むよ。」


そう言いながら、ナオヤは転がるメタナーガを見る。

「この爪と睾丸を持って行きたい。バラすからちょっと待ってくれ。」

メタナーガの爪と睾丸は高い。

薬効と売値、両方で。そして肉も旨い。


「肉は持っていかないのか?」

「俺の鞄はもう一杯で。」

マジックバッグだか、初めての街に張り切ってきつきつに荷物を詰めてきた。

その答えにラダはにやりと笑った。

「俺の鞄はすっからかんだ。肉も牙もバッチリさ。」


そうして二人で巨大なメタナーガを解体した。

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