八尺様・その3
『ポポポ・・・ポッ・・・ポポポ』
部屋の周囲から半濁音らしき声が響く。環奈とマロンはそれぞれ武器を構えている。マロンが通信機のスイッチを入れて、姉に通信を送る。
「此方マロン!八尺様の襲撃を受けたよ!お姉ちゃん気を付けて!近くに居る!」
『分かったわ!此方の怪異探知機にも反応があるわ!周囲を警戒して探ってみるわ!』
通信機から姉の声を聞いたマロンは、再び短剣二つを両手で握り締めて、環奈は緊張し身体を震わせながらリボルバー二丁を握り締めて、声のする方向を見つめ続けた。
「ハー!ハー!ハー!ハー!」
環奈の息が荒い。
「大丈夫だよ環奈ちゃん!意識をしっかり持って!不安になりすぎると魅入られちゃうよ!」
マロンが環奈の背中を叩く。環奈はマロンの平手打ちで背中を叩かれ、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「ありがと・・・少し落ち着いたよ」
「環奈ちゃん、環奈ちゃんは私が守るから。環奈ちゃんは男の子の傍に居て」
「うん」
環奈は少年の傍に寄り、リボルバーを構え続けて居た。すると、突然通信から声がした。
『俺だ。ディーだ。八尺様は行っちまったよ』
「ディーさん!?」
環奈は通信機のスイッチを押して返事を返そうとするが、此処で躊躇った。八尺様についての事前情報を思い出したからだ。
(確か八尺様はこの少年を連れ去ろうと家の中へ入った時に、親族の声で話し掛けたって言ってたね。まさか!?)
環奈は今は通信を返さないようにして、マロンに話し掛けた。
「マロンちゃん!至急ディーさんに連絡して!」
環奈は先程まで震えた様子があまり見られず、緊張した赴きを見せながらも一人の隊員として覚悟を決めた凛々しい様子となる。マロンもそれに気付き、縦に首を振った後に通信機へ手を伸ばし、スイッチを入れる。
「うん分かったよ!此方マロン!ディーさん!聴こえる?」
『聴こえているぜ、どうした?』
「ディーはさ、好きなお酒は何?」
『酒か?やっぱビールだな!シュワシュワした上に冷やして飲めば美味いし、居酒屋で飲むのも好きなんだ!』
「ありがとう!」
マロンは通信を繋いだままにして、環奈へ向き直った。
「じゃあ今度は、一緒にディーさんへ通信飛ばそう」
「・・・うん」
環奈は通信を返す事にした。そして同じタイミングで、マロンも返事を返す事にした。
「「・・・ディーさん!」」
そして、それぞれの通信機から返事が返ってきた。しかし、想定外の事が起きる。
『『何だ?/おっ、返事が来たか!そろそろ開けて欲しいんだが!』』
ディーの返事が二つ同時に返ってきたのだ。マロンの通信機からは短い返事が来たが、環奈の通信機からはやっと返事が来たのを待ってましたと言わんばかりの返事が来た。
「ッ!!」
「環奈ちゃんを狙った!環奈ちゃんは絶対に渡さないよ!」
マロンが壁に向かって叫ぶ。その瞬間、部屋全体が揺れ始めた。
『ポポポポポポッ!!ポポッ!!ポポポポポポポポポポポポポポポポポポッ!!』
外から聴こえる声も激しくなり、部屋全体が音を立てて揺れ始めた。
「怒ってる怒ってる!」
「・・・良い?マロンちゃん」
「やってみる?」
マロンから許可を貰った環奈。そして、環奈は壁に向かって叫ぶ。もう彼女は怖がる様子は無い。
「来てみろ!!」
その瞬間、部屋全体が激しく揺れた。もう家が崩れるのではないかと言わんばかりの大地震が起きたかのような揺れに、環奈とマロンも中腰になり始める。
「うわああああ!!」
少年がベッドの布団の中へ踞って隠れた。
「怒ってる?」
「怒ってるね」
「もっと煽る?」
「・・・よし、やろう!」
そして、環奈とマロンは八尺様を煽り始めた。
「オカマちゃーん!」
「ババア!」
『ボボボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
その瞬間、壁が外側から破壊され、実体が姿を現した。
その姿は正に、八尺程の身長のある女性だった。
『ポポポオオオオオオオオオ!!』
八尺様が手を伸ばす。環奈は二丁のリボルバーから弾を二発も放ちら八尺様の頭を撃ち抜いた。
八尺様はその場に倒れて霧散した。
「・・・あれ?あっさり倒せた?」
「いや・・・そうじゃない!」
マロンは怪異探知機を見ると、先程の少年が踞った布団から反応があった。
「な、何で!?」
「・・・もしかして、私達は前提が間違ってたのかも!ほら、旅人に着いて来たって言ってたでしょ?もしかして、八尺様は魅入った子供に寄生して、自分の姿を模した幻影を見せる・・・簡単に言えば自身の姿を見た子に寄生して、その姿を見させる・・・」
「・・・まさか!?」
「環奈ちゃん!刀を抜いて!」
「う、うん!」
環奈は両足の太股にそれぞれ着けた二つのホルスターへ二丁のリボルバーをはめ込み、柄を片手で掴んだ後に背中の鞘から長い刀を抜いた。しかし、刀身は全く無い。環奈の身長程の長さを持つ鞘を背中に背負っているにも関わらず。そして、柄を片手で握り締めて振り回す環奈。その瞬間、柄から白い輝きと共に鞘と同じ長さの白い炎で構成された刀身が展開された。しかし、刀身は壁を斬ってるにも関わらず、壁には傷一つ無く、刀身はすり抜けるだけだ。
「悪鬼のみ斬る僕の刀!少年に取り憑く八尺様よ!姿を現せ!」
環奈は既に緊張した様子は無く、両手で柄を握り締めて布団に突き刺した。中の少年諸とも貫くが、血肉を貫く音はせず、布団も貫いた事による皺は発生せず。
そして、布団から白い炎が発生した。炎は布団を焼かず、その中に居るであろう怪異を焼いていく。
そして、布団が吹き飛んで二人に覆い被さろうとする。二人は布団を避けた後に現れた対象を見つめた。
「やっぱり・・・魅入られた時点で少年に憑いてたんだ」
「うん、マロンちゃんが正しかったね」
片手で柄を握り、環奈は二歩下がって構える。マロンは短剣の柄を掴んで構えていた。
二人の前には、空中に浮いた少年と、その背後に立つ半透明の巨大な女の姿をした怪異が居た。
『ワタシノモノワタシノモノワタシノモノワタシノモノワタシノモノワタシノモノワタシノモノ』
少年に憑いた為か、言葉を話し始めた八尺様。
「・・・もしかしてさっきの揺れとかも」
「だね。憑きながら部屋を揺らしてたんだね。さっきの通信も、私達に幻聴を聞かせてたんだね」
「恐らく憑かれた人しか幻聴とか揺れを感じないんだとしたら、私達も既に憑かれてるって事かな?」
「かもね」
それが本当ならば、魅入った時点で取り憑くのは確かに恐ろしい。しかし、それならば方法は一つだ。
「でも少年に憑いてるのが大元らしいし、どうにかなっちゃう前に倒せば私達も助かるね」
「だね!」
その時だった。少年は壊れた壁の穴から外へ飛び出した。
「不味い!逃げられちゃう!」
「急いで追うよ!」
二人は壊れた壁の穴から外へ飛び出し、外で待機していたディーに話し掛ける。
「ディーさん!」
「環奈か!言いたい事は解った!」
「はい!」
そして、ディーは通信機を通して隊員全員に声を掛ける。
「此方ディーだ!直ちに全員家から出るぞ!少年を追い掛ける!本部から装甲車を一台、いや二台出撃させるよう俺が通信を送る!他は車両に乗って少年を追え!!」
『了解!!』
こうして、少年に取り憑いた八尺様との闘いが始まった。環奈とマロンは『HORRORS』専用の機関銃搭載式の軍用ジープに乗り込み、マロンの姉が運転席に乗り込んだ。
「さあ行くわよ!」
「「はい/うん!」」
そして、少年を追ってジープを走らせた。
名前:ディー
年齢:32歳
性別:男
一人称:俺
二人称:お前
三人称:お前達
好きな物:酒、運動
苦手な物:ピーマン
『HORRORS』に所属する古株メンバーの一人であり、アサルトライフルとコンバットナイフを持つ黒人のアメリカ人。フランクで人当たりの良い性格をしており、『HORRORS』のムードメーカーの一人である。
環奈の刀に付いて。
名称は“頼政”。刀身の無い柄だけの刀だが、環奈が霊力を込める事で刀身が姿を現す。怪異や霊体といった存在を斬るのが目的の為、対人や対獣、対機械といった物理的戦闘では全く役に立たない。斬った怪異に“浄化の炎”によるダメージを与え続ける効果があり、斬り続けた相手を最終的に祓う事が出来る。とはいえ、祓えるかどうかは本人の力量や技量による。