第6話 理想的展開
『制服のデザインの件、了解しました!すいません!ちょうど、数学の宿題の問題で解けないのがあるんですけど教えてもらってもいいですか?』
来た! 理想的展開!!
『いいですよ! どんとこいです。じゃあ問題を写真で送ってください』
『かんなからラインへの招待が届いています』
うおっ! 友だち追加用のURLがメールで送られてきた!
『ラインででもいいですか?』
も、もちろんだ!
ラインアプリ、一応入れてるけど、大学時代の友達のグループトークをROMるくらいでほとんど稼働していない。ましてや女の子の友だちなんて初めてだ!
どきどきしながら友だち追加ボタンを押した。
ん、今気づいたが、ラインの名前は『かんな』なんだな。これが本名かな?
『かなん』 → 『かんな』
3文字だけどアナグラムだな。わかりやすい。
ちなみに俺のラインでの名前は『光平』だ。
『かなんさんですね? 井 光平です。よろしくです』
『はい! じゃあ問題の写真を送りますね!』
問題が届いた。中学1年の方程式の文章問題だった。まあ簡単に解ける。
『問題解けたよ。答えは6分40秒だね。う~ん、これ、解説が必要なら電話のほうがいいかも』
なんて、電話するような関係になれたらいいなと一応打診。
『はい! じゃあ電話しますね!』
メッセージが来たのとほぼ同時にラインの電話着信。
うわっ、ホントにかかってきた!
自分で電話のほうがいいとか言いながらやっぱり怖い。体が震えてきた。
そうだった、俺はコミュ障だった。
電話なんて10年ぶりくらいじゃないか?
だがこれはJCからの電話。JCと会話できる機会なんてこれを逃したらこの先一生ないかもしれない。出るしかないぞ、俺!
「は、はい、も、もしもし……」
そういえば親以外と口を聞いたのも数年ぶりだ。口が回らない。
「あっ、こんにちは! よろしくお願いします!」
「あ、う、うん。こ、こ、こちらこそ……」
「勉強教えてもらうなんて厚かましくてすみません!」
「でもすごい助かります! ありがとうございます!!」
「井さんって、いさんでいいんですか?」
「いさんって呼びにくいので、光平さんって呼びますね!」
「あ、わたしは本名が『かんな』なのでそう呼んでくださいっ!」
「あ、イラストのお仕事も電話で打ち合わせしたほうが早いですよね!」
「これからもまた電話していいですか?」
「さすが家庭教師されてただけありますね! 答えの返信、超早かったです!」
「わたし数学苦手なんですよね~。春休みの宿題も数学ばっかり残ってるんです!」
というようなことをかんなちゃんは喋っていたと思う。
俺はその喋りに圧倒され、かろうじて相づちを打っていた……と思う。
かんなちゃんの声は明るく可愛い。しゃべるのが楽しい!って感じ。
この子は陽キャだな。陽キャ絵師JCだ。
俺はもちろん陰キャだ。俺が学生の頃は陽キャ・陰キャという言葉は聞かなかったが。
そうだな、根暗野郎とは言われていたな……。
「え、ええと、それで、この問題、『こうすればいいんじゃないかな?』みたいな、とっかかりはあった?」
「う~ん、全然わかんないです」
これは、自転車のたかしさんが徒歩のひろこさんに、いつどの地点で追いつくか?というのを求める問題だ。典型的な方程式の問題である。
「方程式を使う問題だっていう感触みたいなの、なかった?」
「なかったです。方程式かあ。苦手です……」
「そっか。とりあえず解き方を教えるけど、あとでちゃんと方程式について復習したほうがいいね」
「はーい」
かんなちゃんの理解してるところを探り、そこから積み上げていくように解法を解説する。
昔取った杵柄で、勉強を指導する分にはコミュ障を発症しないな。
電話越しだが、JCに勉強を教えるという昔見た夢が実現した。感慨深い。
言動には現れないが心の中ではテンションアゲアゲである。
そのアゲアゲなテンションの力でさらに提案する。
「数学の宿題、残ってるんだよね? 俺、今暇だから一緒に宿題片づけちゃおうか?」
ま、引きニートだからいつも暇なんだが。
「ええっ! いいんですか!? やたっ! ぜひお願いしたいです!」
こちらこそJCとのトーク楽しいです。ぜひもっとお付き合いしたいです。
ここまで理想的展開になるとは思わなかった。
「じゃあ次の問題もやっていこうか。問題の写真ちょうだい」
「はい! 今撮るんでちょっと待ってくださいね!」
この後、残っていた宿題を全部終わらせるまで勉強に付き合った。
さらに翌日、宿題とは別に方程式の復習も手伝った。
代数や方程式の概念はちゃんと理解しておかないと後々数学がさっぱり理解できなくなる。かんなちゃんにその危うさを感じたので、張り切って指導してしまった。かんなちゃんは教えがいがある素直な子だったのでついつい熱が入ってしまったのだ。
ウザがられてなければいいが。