書き出しの事など
何かを綴るとき、書き出しに、いつも恐れていた。伝えたい事は山ほどあるのに、吐き出し方を悩んだ。これを、悩まずにいられる人など、いるのだろうか。いや、いない筈だ。だから皆、悩んで、悩んで、必死に、綺麗で、面白おかしい言葉を、探しているのだろう。
文字や思いの受け取り方は、千差万別で、それこそ正解なんてないもの。そう思っていても、僕は時々、不安になる。本当は自分だけがわかっていなくて、皆、絶妙に伝わるか、伝わらないかの、綱渡りを楽しんでいるのではないか、と。或いは、全て思い通りに伝わっていて、本当は伝わったままの事を自分は思ってしまっているのではないか、と。
僕の初めての小説は、そんな書き出しで始めたいと思った。
「気持ちが悪いわ。」と彼女は言った。どうしてそう思うのか?と聞くと、「何かわからないけど、気持ちが悪いの。」彼女は顔をそらした。
「伝わって欲しいな。難しい事を語るつもりは無いんだ。」
「そうかしら。いえ、わかった。たぶん、わざと難しくしているように感じるんだわ。」
「そんなつもりは無いよ。」
「だって、簡単な事じゃない?みんな、会話には困る事があるものよ。」
さも、当然のようにいうので、僕は困って、何も言えなくなった。そして今、丁度その気持ちになっているのに気が付き、これをどの様に伝えようか、またもや困った。コーヒーの水面に映る自分と睨めっこしていると、この話に飽きたのか、彼女は別の話を始めた。「待ってくれ、僕はこの気持ちを君に聞いてほしいんだ。」そんな言葉が言えたらいいのにと、僕は頬を膨らませた。
「――でね、その先生の話がとても面白くて、私、つい聞き入っちゃったの。……ねぇ、聞いてるの?」
ひとしきり盛り上がって、唐突に彼女は僕の顔を覗き込む。僕はというと、先ほどの感情をどうにかして言葉にしたくて、会話の内容なんて、これっぽっちも耳に入ってなかった。はっと我に返って、「聞いてるよ。」なんて嘘をついてみたものの、彼女は勿論、信用なんてしてくれてないみたいに見える。少しむくれて、わざとらしく、ふーん、なんて言っている。
「君がそんなに聞き入るなんて、すごいと思う。爪の垢でも頂きたいよ。」
「そうね。あなたの話はつまらないわ。うじうじしないで、全部はなしてしまえばいいのよ。」
話を聞いて居なかった事を怒っているのだろう。いつも以上につんけんとした態度をみせる。愛しい人にそんな事を言われる、僕の気持ちも、少しは考えてほしい。そしてまた、この気持ちをどう伝えたらいいのかわからなくて、僕はコーヒーカップをぎゅっと握りしめた。
「僕はそれが恐ろしいと言っているのに。」
彼女はため息をついて、バックを持って立ち上がってしまった。怒らせてしまっただろうか。狼狽える僕を後目に、彼女は誰かと連絡を取っているようだった。
「さっき話した先生、小説家だそうよ。あなたも会話してみたら、少しは何か変わるんじゃないかしら。」