もうこんなところ利用しない
何も知らぬ者にとって、目的とされている施設内にて
「もうこんなところ利用しない!出てってやる!!」
ここに来た目的の意味を粉砕する怒声が上がれば、騒然とするものである。また、その騒然に相応しいように施設内の職員達がその人を囲うのも、当然か。
「なにかしら?」
酉麗子は知り合いが入院し、そのお見舞いに病院に来ていた。介護施設も兼ねている大型病院であり、ここで生活している者達の中で、たった一つ。意義を申し立てる者がいる場所に視線を置いた。
「手間どらせて、ヘマばっかりのあんた達に介護されたくない!」
「お、落ち着いてください」
「危ないですよ!」
怒る老人の口調、顔色はハッキリとしているものであったが、そこから下は意気とは正反対の確かな老いた身体であった。杖を握る左手は明らかに力なく、両足は立っているのがやっとのこと。
とてもとても、歩く事ができる体ではなかった。初めて見た者にも立つ事すら危険と思える、老人の体の状態。それと正反対の意思に、同調させるように
「出ればいいのに」
「お嬢さん、それができたら苦労しませんよ。耳遠いから聞こえてないと思いますけど」
酉の当たり前の言葉。それは患者さんの前ではタブーである。聞こえた受付はソッと、酉を注意した。
職員達は老人を取り押さえようにも、適度な加減が必要であり、なおかつ対象が暴れたりするのであるから無暗な事はできない。車に乗せてこの人の自宅まで届けるのはいいが、それすらも今は難しいもの。自宅に帰らせるのも、できるかどうか怪しい雰囲気。
職員の1人が車椅子を持ってくるも
「そんなものには乗らない!」
「いえ!危険ですよ!」
「うるさい!」
怒鳴り散らす老人はそんな手助けが目障りなんだろう。自分の力で家に帰ろうとする。
ひとまず、車をご用意はしていた職員達。怒っている老人は周囲に当たり散らしているが、後ろにいる職員が支えて少しずつ歩かせてあげている事に気付かず
「どけ!通るんだ!お前等の手なんか借りん!儂は歩けているんじゃ!」
自分が支えられている事に気付かないのか。
そして、歩けると豪語してはいるが、職員の補助がなければ歩く事すらできない体なのだ。さらには
「おっ」
「危ない!」
左手で握る杖を離してしまい、身体が前方に転がりそうになる。そんな瞬間を職員達が懸命に支えて、大事にならぬようカバーする。
「ほら、危ないですから!車椅子に乗りましょう!」
「お前等が儂を邪魔したんじゃろうが!!」
何があったか、今来た者達にとってはまったく分かったものではないが。
とにもかくにも、仕事であり、金をもらって、人を助けている者。気持ちはきっとどれを持っても、ご遠慮したいはずだ。
理由を付けて助けるという事も、また。苦労を負う。
施設の信用は大事なもの。
「あの人、他のご利用者さんにもあの態度なんですよね」
「言われなくても、みんなの顔を見れば分かりますよ」
正直、人を助けたという安堵より。この人があと少しでいなくなるという、顔が隠せていない。そして、そんな顔があの老人にはハッキリと伝わっていると思う。
外に出て来れた老人をなんとか車に乗せようとするが、足もロクにあげられない者を乗せるのは危険。もうこーなったらと、
「足を持て!」
「はい!」
「体を支えてやれ!」
「よーいっしょ」
暴れられても、車に乗せるだけなら数秒で終わる。
なんとか無事に老人を車に乗せられた職員達。
「無理矢理乗せるな!だからこんなところ、もう利用しない!」
「分かりました!分かりました!」
「自宅まで送りますからねー」
こんなやりとりが16分ほど。施設の出入口をこの老人のため、一時的に封鎖。職員7人がかりでお見送りという、大変なものであった。
「大変ですね」
「いえ、まぁ……いつもの事ですよ」
誰だって、そーいう時期が訪れるものだ。出会ったりするものだ。
不自由を抱えながら生きている事。
ただそれよりも
「悲しいわ。自分で言った事すらも、ロクにできない自分って」
誰でもそーいう事に直面する。直面した時、自分がどーなっているか。考えさせてくれるものだ。
無限の可能性を感じ取れる幼少期、現実という可能性を見つめる青年期、残っているもので生きていく中年期。自分が辿ったモノしかない、老齢期。
どんな瞬間であろうと同じこと。
「まず覚悟を決めなきゃ、それだけで人は死んじゃうのに」
自分の考え、やり方に間違いはないと信じるための心。
酉の心は揺るがずに生き続ける。




