洗顔おばさん 後半
最終回
前半比べて長めです。
当日。
健太「遅いなぁ~、里美」
今俺は予定通り里美のマンション前にいる。
もう約束の時間なんだがーーーーー
里美「健太くーん!
ごめんごめん!準備に時間がかかっちゃってっ!」
里美が大荷物を抱えてこちらにどたばたと駆け寄ってくる。
一体何を持ってきたんだか....
里美の荷物を見せてもらうと、
健太「なになにえーと...
カメラ...はいはい、水...はいはい、塩...はい.はい?護身用スプレー..スプレー!?
塩はまだいいとして、スプレーはなんで...」
里美「だって幽霊じゃなくて危ない人が出るかもしんないじゃん!
だから一応念のために....」
そういうことか。
確かに廃墟などにヤバそうな奴等がいるという噂はよく聞く。
まあほとんどはそんなことないんだけどね。
健太「用心深いな~、里美は。
でもちょいちょいマジで要らなそうな物もあるから現地で荷物を整理しような。」
里美は渋々承諾したが、塩とスプレーだけは持っていくと言って譲らなかった。
そんなこんなで例の場所に向けて出発した。
高速乗ったり、コンビニでおにぎり買ったり、ちょっと迷ったり。
...いろいろあったが、なんとか洗顔おばさんが出るという山の上の村に着いた。
村の入口付近に駐車し、爆睡している里美の肩を揺する。
健太「お~い、起きろ~!着いたぞ。
....全然起きないな」
ここまで来るのに3時間もかかってしまい、里美はグッスリと寝てしまっている。
多分昨日の夜は今日が楽しみでまともに寝れなかったんだろうな。
幸せそうに寝ている里美を横目に俺は着々と荷物を整理し、行く準備が整ったところで里美が眠そうに目を擦りながら起き上がった。
里美「ふわぁぁあ~.......
ん~..、ここどこ?
時代劇村?」
健太「寝ぼけてんのか?
心霊スポットだよ」
里美はむにゃむにゃと口もごりながら呆然と空を見上げ、しばらくすると何かを思い出したように目を見開く。
里美「こ、ここここがそうなのね!
しゃ、写真取らなきゃ!」
荷物鞄から急いでカメラを取り出すと、里美は狂ったように写真を撮り始めた。
物音ひとつしない村に乾いたシャッター音が鳴り響く。
健太「目が覚めたみたいだな~
てか覚めすぎたな。
一旦落ち着こうか」
里美「ご、ごめん健太くん。
思わず興奮しちゃった...。」
健太「まあ俺も初めて心霊スポット行ったときはすごい興奮したよ。
周りを連写しまくるなんてことはしなかったけどさ。」
そういうと里美は顔を恥ずかしそうに赤らめ、カメラをポケットにしまった。
こういうところも里美の可愛いところなんだよな~とのろけていると、
里美「も、もぉ~!
ニヤニヤしないでよ~、はやく村をみて回ろ!」
健太「悪い悪い。
じゃ、行こっか」
俺達は入口をくぐり、村の探索を始める。
先程も言った通り村は静寂で、人の気配はまるでしなかった。
人の気配はね....。
入口の近くに建ててある家の前で俺達は立ち止まった。
瓦はほとんどは下に落ち所々苔の生えている、いかにも出そうな家だ。
健太「とりあえずこの家に入ってみるか」
里美「そうだね...。
健太くん、気を引きしめてね。」
里美はスプレーと塩の入った袋を握りしめ、緊張した表情でこちらを見つめる。
それは俺の台詞だろ.....、と心の中でツッコミをいれつつ、気を引きしめた。
壊れそうな戸を開け、中に入るとむせかえるような臭いが俺達を襲った。
健太「ごほっ!ごほっっ...!
おぇ、なんだこの腐った生肉みたいな臭い....!」
里美「ま、まさか....人の死体がほ、放置されてるんじゃ....」
健太「さすがにそれはない...と思う。」
持参していたマスクをつけ、持っていなかった里美に予備のマスクをわたす。
俺が先頭で薄暗い通路をライトで照らしながらおそるおそる家の探索を始めると....臭いの元は居間で発見した。
健太「うっ...........
里美、来ない方がいいぞ」
里美「え、なに....?
!!!きゃあぁ!
これ...鳥..烏!?おぇぇ.....っ!」
里美が口を押さえ、一目散に家の外へ飛び出した。
里美の嗚咽する音が戸の向こう側から聞こえてきた。
...そうなるのも無理はない、俺もこれを見た瞬間吐きそうになった。
臭いの元は居間に散乱した大量の烏の死体だった。
別に心霊スポットに動物の死体が落ちているのはなんらおかしな事じゃない、何度もそういうの見たことあるし。
俺が吐きそうになったのは死体があったのとは別に、その死体の異常性だった。
烏たちの死体を照らし目を凝らすと、
健太「全部......みたいだな。
全部顔が潰され...いや、削られている...のか?」
烏の死体は全てくちばしが砕かれ、顔の表面が削られて赤黒く染まった頭蓋骨が剥き出しになっていた。
特徴的な黒い羽がなかったら何の鳥かわからないほどにぐちゃぐちゃになったその死体は、俺を恐怖のどん底に落とすのに充分なものだった。
手は震え、ろれつが上手く回らない。
こんなにも怖いと思ったのは初めてだった。
本能的にここが想像以上にヤバイところだと悟った俺は、すぐにこの場を去ろうと思ったが、何かが胸に引っ掛かる。
外を出る前にどうしてもこの違和感の正体を知りたくなり、何気なく再び烏の死体を見ると、すぐに正体はわかってしまった。
烏の死体は顔の部分以外はどこも傷ついていない。
これが違和感の正体なのだ。
腐敗すらしておらず、蛆虫も涌いていないということは....
この事実が示すのはただひとつ、烏たちは今からほんの数時間ほど前に殺されたのだ....!
そして、この事実と同時にあることに気づく。
ーーーそういえばさっきから里美の声が聞こえてこない...!!
全身の震えが止まるが、代わりに冷や汗が噴きだす。
はやる鼓動と共に薄暗い通路を駆け抜け、ひたすら里美が無事を祈り、戸を開ける。
健太「里美!!!!......................」
俺のよびかける声に応えるものはいない。
ただただ俺の声が反響するだけであった。
しばらく反響する声であったが、やがてそれも消え村は静寂に包まれた。
俺は頭の中を整理するのに必死であった。
里美は何かを取りに車に戻ったかもしれない、トイレに行ったかもしれない、と自分が納得するような答えを模索するがどうしても烏の死体が頭にうかぶ。
何より戸の前にスプレーが転がり、袋が破れ塩が撒き散らされていた。
それらが里美が自分の意思で何処かに消えたのではないと示し、ひとつの答えを導きだした。
健太「さらわれた.....?」
爆発しそうなほどに暴れる鼓動に反して頬にゆったりと汗がながれる。
踏み出そうとする足を本能が無理矢理止めようとするが、思いがそうはさせない。
里美を一刻も早く助けないとーーーーー!!
一本踏み出すのに時間がかかったが、踏み出せてさえすれば後は楽だった。
里美が居なくなってから数分もたっていない、そう遠くはいないはずだと思い、近くの家を手当たり次第に探す。
ここは...いない。
ここは...いない。
ここもいない。
いない。
いない...
いない....!
探しながら何度も何度も里美の名を叫ぶが、姿も声も聞こえてこない。
いなくなってから30分ほどたち、汗に涙が混じり、喉が潰れかけたそのとき、やっと里美を見つけた。
里美がいたのはあの家から数十メートルほど離れた井戸の前であった。
この井戸のかなり近い場所を何度も通ったのだが、井戸は家と家の間にありその上塀のようなもので囲まれているのでなかなか見つけることができなかったのだ。
里美は俺に背を向けた状態で座り込んだままじっと動かない。
俺は生唾を飲み込み、里美に声をかける。
健太「さ、里美......この村を管理している人はいないから、井戸の水を飲むのはやめておいた方が良いぞ。
とりあえず車に戻ろう...なっ?」
返事がない。
健太「里美...!俺をからかってんだろ?
なあ....こっちを向いてくれないか?」
返事がない。
健太「頼むから......こっちを向いてくれよ!」
俺は震える足で里美に歩みより、里美の肩に触れる。
濡れた布を触るような嫌な感触がしたが、構わず肩を引っ張る。
それにつれて里美の体は俺の方を向いた。
それと顔もーーーーー.....
まっ平らな顔が力なく傾いた。
本当は里美を見つけたときからわかっていた。
里美は水を持参していた。
わざわざ井戸の水を飲むことはないことも当然わかっていた。
あの濡れた布の感触は...血で濡れていたことも。
でも全部ただの考えすぎだと.....一縷の望みをかけて里美の顔を見たのだ。
そしてその望みは....無情にも砕かれた。
里美の顔を見たとき俺の全身を駆け抜けたのは悲しみでもなく、怒りでもなかった。
なんてことはない、何度も感じた恐怖であった。
俺はその場から逃げ出した。
石につまずき何度も転び、足や顔にひどい擦り傷を負ったがそんなことは全く気にしなかった。
痛みなど俺の体を支配する恐怖に比べれば無いに等しかった。
車に乗り込み、キーを差し込もうとするが右手が震えてなかなか差し込めない。
震える右手を左手で押さえ、なんとかキーを差し込んだ。
エンジンをかけ、死に物狂いで山を下った。
山を下り終えた俺は周辺の交番に逃げ込んだ。
傷だらけで真っ青な顔をした俺を不思議そうな目で中年の警官と若い警官が見る。
俺がしゃべるよりも前に中年の警官が俺の肩を優しく叩き、
中年「まずは落ちついてね。
ゆっくりでいいから話してごらん。」
その言葉を聞いた瞬間、恐怖から開放された。
そして恐怖の代わりに.....後悔と悲しみが俺を支配した。
涙を流し、嗚咽混じりに全てを話した。
心霊スポットを訪れたこと。
烏の死体のこと。
そして....里美のこと。
彼女のことをひとしきりしゃべると、中年の警官の優しい顔から真剣な表情に変わり、若い警官に目で何かを合図した。
若い警官は焦った様子で何処かに電話を掛け始めた。
中年の警官は俺にここで待つように指示した。
俺は中年の男が用意してくれた椅子に座り、軽い手当てをしてくれた。
その間も俺は泣き続けていた。
その後俺は救急車で病院に運ばれ、医者の診断を受けた。
医者によると怪我自体はやや酷いくらいでガーゼと包帯を巻けば1~2週間程で治るだろうが、PTSDになっている可能性が高いから入院することを勧められた。
俺は入院することにした。
ベッドに寝転がり、里美をあの村に連れてきたことを後悔し、懺悔する毎日をおくった。
入院している間、俺の元を訪れたのは刑事たちだけであった。
ほぼ毎日事情聴取にきて、その度にあの村での出来事を思い出さなければならないので正直何も答えたくなかったが、刑事たちの話によるとどうやら俺は犯人として疑われているようなので仕方なく事情聴取を受け続けた。
入院してから1週間ほどたつと刑事たちはほとんど来なくなった。
そのことを疑問に思っていると、母親から電話がかかってきて美咲や大学の友人たちが俺が普段から心霊スポットに行っていることを証言してくれたことを知った。
母親の話には続きがあってそれは里美についてだった。
本来こういった事件に関わる話は一般人には教えられないそうだが、母親がなんとか食い下がって聞き出したらしい。
母親によると、里美の遺体からは毛髪や皮膚など直接犯人に繋がる証拠は何も出なかったそうだ。
退院日、前によく来ていた刑事達の内、比較的歳を取った刑事が訪れてきた。
また事情聴取かと思ったがどうやら違うらしい。
刑事から一枚の写真を渡された。
刑事「被害者のポケットに入っていたカメラのデータに残ってた写真だ。
あまりにもピンぼけしていたので最大限矯正したが、どうだ?
この家の窓から見えるこれ、顔に見えないか?
この顔に見覚えは?」
ややぼけている写真に目をやり、よく見てみると確かに顔のようなものがあった。
白い肌に、どす黒い目でこちらを覗いているような顔だった。
健太「....いいえ、見たことありません。」
刑事「そうか、ありがとう。
この写真は持っておいてくれ、何か思い出すかも知れないからな。」
俺が写真を持ったままうつむいていると、
刑事「....必ずこいつは被害者の遺族のためにも、君のためにも必ず捕まえる。」
刑事はその年齢からは想像できないほど鋭い目で俺を見つめ、力強くそう言い放つと病室を出ていった。
ほどなくして退院する時間になったので、荷物をまとめる。
ベッドの上に放置していたあの写真はくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。
それから数日後、里美の葬式が行われることになった。
俺の両親からは行くのを止められたが、どうしても俺は行かなければならない理由があった。
葬式が行われるお寺に着くと、そこにはたくさんの人が来ていた。
里美の友人はもちろん、里美の高校や中学校時代の同級生、教授や先生までも来ていた。
それはつまり里美という人間がどれほど大きな存在であったのかを示していた。
その存在を.....俺が奪ったのだ。
受付に向かう俺を友人の橘が呼び止めた。
橘「見舞いに行けなくてごめんな。
病院から健太に精神的負担を掛けさせないためには会わないのが一番だって言われて....」
健太「謝るなよ。その事は知ってたよ。」
橘「そっか...
その怪我大丈夫か?
頭のおかしい奴に襲われたって聞いたけど....」
健太「大丈夫だよ。
俺が勝手に転んだだけだ。」
俺が無理に笑みをうかべると、橘はそれを察したのか会話を早めに切り上げて俺から離れてくれた。
今の俺には誰かと会話するほど気力はなかった。
受付の近くに里美の両親が涙ぐみながら来る人来る人に頭を下げていた。
意を決して俺は里美の両親に近づき、精一杯謝罪をした。
地面に手をつき何度も頭を地べたに打ち付けた。
里美の父親は俺が謝り続けるのを止め、俺の目をじっと見て優しく、
父親「君はなにも悪くないよ。
悪いのは全部犯人なんだよ。」
この言葉に俺は泣き崩れた。
罪悪感から開放された気分だった。
里美の両親に謝れただけでもこの葬式に来てよかったと思えた。
日は沈み葬式は終了した。
俺は自宅まで歩いて帰ることにした。
骨を冷やすような風が吹くとても寒い夜だった。
十路地を歩いてると右から誰かがやってきた。
厚いコートを着た美咲だった。
健太「美咲....久しぶりだな。」
美咲「久しぶり、健太。
痛そうな擦り傷だね...
大丈夫?」
健太「すぐに治るさ。」
美咲「ならいいけど...。
健太...その...」
美咲は何か言いづらそうに口ごもった。
何となく何を言いたいのかはわかった。
美咲「ご、ごめん!
私が里美を誘うように健太に言ったから....だから....!!!」
美咲はポロポロと泣き出した。
俺は美咲に歩み寄り、美咲の両肩に優しく手を置いた。
健太「泣くなよ.....」
美咲「んぐっ...け、健太ぁ...!」
涙でぐちゃぐちゃになった美咲の顔をじっと見つめる。
涙の向こうに見えた美咲の目は、一点の光もないほどどす黒かった。
健太「泣くなよ、醜い」
そっと美咲の首を締めた。




