復讐の意味
「頼む、ワシを守ってくれ!」
いつものように宿屋一階の食堂で優雅に昼食を味わっていると、一人のお腹がふくよかな男性が走り寄ってきたかと思えば、いきなりこんなことを言われた。
髪を振り乱し、何度も何度も頭を下げている。
切羽詰まっているのが見て取れるが、その顔に見覚えがまったくない。
「申し訳ありませんが、私はしがない行商人でして。護衛をお求めなら、腕利きの冒険者をご紹介しましょうか?」
「いや、あんたがいいんだ! あんたは、あの闘技場で最強だったチャンピオンに勝ったそうじゃないか! ワシは最強の男に用があるんだ!」
以前、チャンピオンと戦って勝ったのは事実だ。
その情報をどこから仕入れたのかは知らないが、すっとぼけるには無理があるか。
「まずはお話だけ聞かせてもらえますか? その依頼を受けるかどうかは別として」
「あ、ああっ! ありがとう、感謝する!」
ぐっしょりと汗で濡れた手で強引に握手をされた。
ここまで懸命に走ってきたのは荒い呼吸と手の感触で理解できる。
「皆様方、お騒がせして申し訳ありません。せめてもの詫びとして、ここのお代はワシがすべて持つので」
ふくよかな男性が店の客と店員に頭を下げ、大声で宣言すると眉をひそめていた常連たちの表情がぱっと明るくなった。現金な人たちだ。
その男性は汗だくの顔をハンカチで拭い、運ばれてきた飲み物に口を付けて喉を潤すと、改めて俺を正面から見据える。
「ワシはこの町から半日ほど塩の道を進んだ先の村で、村長をやっている者です」
塩の道というのは、首都から西へ真っ直ぐ延びた街道を指す。
この人は村長なのか。なるほど。ふくよかなお腹も、村人にしては質のいい服を着ているのも納得ができた。
汗まみれの丸い顔が一見は穏やかそうに見える。常に笑顔で糸のように細い目をしているので、表情から感情が読めない。
さっきから『心理学』を使っているのだが、判断ができないでいる。
スキルで妨害しているのではなく、ただ単純に感情が顔に出にくく腹芸が得意なタイプなのだろう。
虫も殺さないような温和な印象を与える人だが、さてどうなのか。
「最近、ワシの村で次々と村人が殺される、連続殺人が起こっておりまして」
後方でガタッと椅子の動く音がしたので、ちらっと視線を向けると、小説家が腰を浮かせてこっちをガン見していた。
その顔には怯えが微塵もなく、瞳が好奇心で輝いている。小説の題材として興味津々といったところか。
そういえば、
「締め切りを一週間も延ばしてもらっているのに原稿が真っ白なんですよ! このままでは担当に殺されてしまいます! 何か変わった事件とか知りませんか!? ネタになるならなんでもいいですからっ!」
と叫びながら俺や常連にしがみついて、ネタの提供を求めていたな。
小説家にとっては降って湧いた幸運だったのか。
他の視線も感じたので、そのまま周囲の視線を巡らすと、常連のほとんどが聞き耳を立てているようだ。ウエイトレスの二人もじりじりとこっちに寄ってきている。
野次馬根性丸出しだが、今のところ害はないので注意はしないでいいか。
「連続殺人ですか。これはまた物騒な。魔物にでも襲われたのですか?」
「いえ。被害者は全員村の中で殺されていまして、死因も刃物によるものです」
「となると、人間の仕業と考えるのが妥当ですね」
「……はい。残念ながら」
ずりずり、と椅子の脚を引きずる音が近づいてきたので、小説家の方へと腕を伸ばしてこっちに来るなと手で制す。
真面目な話の最中に、らんらんと目を輝かせて接近しないで欲しい。
あと他の常連も徐々に間合いを詰めてきていたので、あっちに行ってくれと手で払う。
「ちなみに村の人数と被害者の数を教えて貰っても構いませんか?」
「はい。総人口は三百人程度でしょうか。被害者……死者の数は二十二名に達しました」
今にも消え入りそうな声で話す村長。
「っ!」
誰かの息を呑む声がした。
予想外の人数に事の重大さに気づいたようで、好奇心の塊だった常連の顔に陰りが差している。
「それは、予想以上ですね。そこまでの大事なら国に助けを求めてはどうですか? この国の王なら力を貸してくれるはずですよ」
「それはその、実は、村人を人質に取られておりまして。この村に兵士がくれば人質を殺す、と脅されています」
「そうですか」
今、一瞬だが動揺して表情が歪んだ。それを『心理学』が見逃さなかった。
人質の話は嘘か。
一気に胡散臭くなってきたが、もう少し藪をつついてみてから判断しよう。
「つまり、犯人からの接触があったのですね。ということは犯人に目星が?」
「はい。犯行が起こる数ヶ月前に移住してきた、元冒険者がおりまして。そいつではないかと村の皆が噂しております。先程の脅しの内容はある日、私の家の前に置かれていた手紙に書かれておりました」
「その容疑者は今どこに?」
「四人目の被害者が出た辺りから、自宅にも帰らず行方をくらませています」
ここだけ聞くなら犯人説が濃厚だが、この村長が嘘を吐いていないという保証はどこにもない。
どうにも胡散臭いが、放っておくには物騒すぎる案件か。
「それで話を冒頭に戻しますが、私への依頼は村長の護衛ということで間違いないのですか?」
「いえ、それはついでで構いません。村に来て村人を守り犯人を捕まえて欲しいのです!」
この焦っている感じは嘘だとは思えない。
犯人や殺人の理由はともかく、村人が殺されているのは本当のようだ。
「わかりました。力になれるかどうかはわかりませんが、村へ連れて行ってください」
「おおおっ! 感謝します!」
俺の手を握りしめ何度も礼を口にする村長の背後に小説家の姿が。
小説家を追い払うように手を振ると、渋々といった感じで席に戻っていく。
……あれはあきらめてない顔だな。後で睡眠薬を水に混ぜておこう。
村長の馬車に乗り込み、街道を西へ進むと半日程度で村まで着いた。
昼に出たので辺りはもう真っ暗だ。
「ふごーむぐうううう!」
「回収屋さん、あの、その方は大丈夫なのでしょうか?」
その方とは猿ぐつわに加え縄でぐるぐる巻きにされて、荷台で跳ねている物体を指しているのだろう。
「それ以上暴れるようなら、きゅっと気絶させますよ」
笑顔でそう言うと、何故か怯えた顔で頭を激しく縦に振っている。
納得してくれたようだ。
まさか睡眠薬で眠らせた小説家が、暇を持て余していたチャンピオンを口説いて追いかけてくるとは。
「あなたも止めてくださいよ」
馬車の荷台であぐらを組んでいるチャンピオンに話を振ると、悪びれもせずに豪快に笑う。
「いいじゃねえか。俺が小説家も村人も守ってやるからよ」
この人は最近暇してたんだよな。
「私も守ってくださいね」
「おう、任せておけ」
チャンピオンに寄り添い微笑んでいるのは、もう一人の同行者だ。
元暗殺者で今はチャンピオンと恋仲の、リゼス。
最近はバカップルぶりを人の目を気にせず見せつけてくれる。
「デート気分で参加するのはやめて欲しいのですが、まあいいです」
実際、この二人がいれば頼もしい。
護衛を二人に任せておけば、俺は自由に村を探索することができる。
「騒がしくてすみません」
「いえいえ。回収屋さんに加えてチャンピオンまで来てくれるなんて、ありがたい話です。村人も大歓迎、間違いなしですよ」
そう言う村長の顔には安堵の表情が浮かんでいる。
護衛としては、これほど心強い人もいないだろうからな。
村の入り口には四人の武器を手にした村人がいる。全員が二十歳前後で体格のいい者ばかりだ。
村の至る所に松明やランタンがぶら下がり村中が明るいのは、謎の殺人者に対する警戒の表れなのだろう。
「父さん……村長、お帰りですか! 首尾の方は!」
言い直したが、話し掛けてきた見張りの一人は村長の息子なのか。
目元辺りが少し似てはいる。
「安心していい。最強の御仁を二人も連れてきた。お前も無事なようで何よりだ。セイラも大丈夫なのか?」
「はい、妹も無事です。それにしても最強のお二人ですか、さすが村長ですね!」
その言葉を聞いて、緊張でこわばっていた村人の顔が少し緩む。
村長が俺を紹介してくれたが一瞬戸惑いの表情を浮かべる村人。だが、荷台から顔を出したチャンピオンの顔を確認すると歓喜の声が上がった。
見るからに屈強そうな姿を見て、心から安堵したようだ。気持ちはわかる。
「あれから、皆は無事か?」
「それが……村長が村を離れてから新たに五人の犠牲者が……」
「そう、か。やはり五人とも?」
村長の何かを含んだような物言いに、思わず眉がピクリと反応する。
「はい、そうです」
唇を噛みしめる村長を横目に、村の様子を窺う。
そこら中に灯りがあるので潜むのも一苦労だろう。四人一組で警備している村人が三組も巡回している。
「まずは我が家へ」
「いえ、私はこのまま少し村をぶらつかせてもらいます。犯人の痕跡があるかも。チャンピオンは村長の護衛頼みますよ」
「おうよ、任せておけ」
村長とカップルとぐるぐる巻きを乗せた馬車は村の奥へと進んでいく。
あっちは襲撃に遭ったとしても、返り討ちにされるだけだから放っておいていい。
さて、まずは村人に話を聞くとするか。
「殺人事件について詳しく教えてもらえませんか?」
「あんたは、村長が連れてきた人か。ええよ、なんでも聞いとくれ」
「では、遠慮なく」
村の入り口にいた四人から事情を聞き出すと、村長の言っていたことと大差はなかった。
なかったが、どうにも怪しい。
村人は村長ほど面の皮が厚くもなく、嘘も上手くないようで挙動不審だ。
特にあの質問をしたとき、あからさまにボロが出た。
なので、もう一度確認しておく。一応、『話術』『心理学』をセットしておいて。
「犯人の心当たりは、数ヶ月前にやってきた冒険者崩れの男性で間違いありませんね?」
「んだ、んだ」
全員が顔を見合わせると、タイミングを計ったかのように同じタイミングで頷く。
「ちなみに、私は村長からすべての事情を知らされています。私は少々腕は立ちますが、本職は行商人です。この村との専属契約を結びましたので、自分の不利益になるようなことは一切いたしませんよ」
とでも言っておけば口が少しは軽くなるだろう。
そこからは『話術』『威圧』『詐欺』を悪用……活用して重い口を割らせることに成功した。
村長の家に向かい、割り当てられた部屋で休む振りをしてチャンピオンの部屋を訪ねる。
耳を澄まして情事の最中ではないことを確認してから扉を叩く。
「おう、待ってたぜ」
「どうぞ」
チャンピオンとリゼス、それに小説家も部屋にいる。
どうやら、俺を待っていたようだ。
「何か面白い話は聞けましたか!? ……おっと、失礼。不謹慎な反応でした」
さすがにこの場ではしゃぐのは罰当たりだと思ったのか、小説家は襟を正して椅子に深く腰を下ろした。
「ええまあ。興味深いお話は聞けましたよ。被害者の共通点とかね」
村人から聞き出した話を伝える。
「――つまり、村長が言っていた犯人説は真っ赤な嘘ってか。その怪しい男は五人目の犠牲者で既に死んでいると」
「そして、村人たちが予想する犯人は……以前、魔物に捧げた生け贄の子ではないかと」
「生け贄とはまた……物語のような展開ですな」
俺の話を聞いて全員が眉をひそめている。
村人たちから聞き出した話はこうだ。
「十年ほど前にオーガがこの村にやってきたんだよ。そやつは片言だが人語を話し、こう言ったんだ『ムラ コワサレタクナカッタラ エサヲダセ コドモノニクガウマイ』とな」
そこで、村人は一年前に流行病で両親が死んだ兄妹をオーガに差し出した。
次の日、村に腕を食われた傷だらけの兄だけが帰ってきたそうだ。妹に比べて不味かったからいらない、と捨てられ命を拾った。
兄は二か月ほど村で傷を癒やしていたが、ある日の朝、忽然と姿を消した。
それから十年は音沙汰がなかったが、殺人事件が起こる少し前、片腕の男を村の近くで見たという目撃談が相次ぎ……今に至る。
「小説のセオリーで考えるなら、兄の復讐劇というのが妥当ですが」
「俺がその兄なら、そうするだろうぜ」
「この十年で暗殺術を学んだのかもしれませんね。復讐の心は人を強くしますから」
俺も犯人は生け贄にされた兄で間違いないと思っている。
オーガに差し出され、腕を食われ、妹が食われた恐怖や恨みはいかほどか。
「更に被害者は二十代前後の子供を持つ親ばかり。十年前、村の大人たちが集まり誰の子を差し出すかでもめたらしいですよ。最終的にその場にいる親全員の同意で生け贄を決めた、とのことです」
「なるほど。自分の子を差し出さずに、身寄りのない兄妹を生け贄に決めた連中。それ以外は狙っていない、か。こりゃ決定だな」
チャンピオンの発言に全員頷く。
「姿を見せたのもあえての行動でしょう。暗殺者が相手を精神的に追い詰める際にやる手口ですから」
神妙な顔で呟くリゼス。さすが元暗殺者だ、そういった手段には詳しい。
「それで回収屋、お前はどうすんだ? 村人たちを助けるのか?」
質問したチャンピオンに視線を合わすが、その目は……。
「あなたは助けるべきではない、と思っているようですね」
「まあな。自業自得だろ。村には事情があった。死にたくないから足掻くのは悪いことじゃねえ。……が、自分が助かるために他人の子供を差し出すのは外道のやり口だ。自分の子を差し出すならまだしも、な」
「復讐されて当然の行いかと。なので、傍観すべきではありませんか」
二人は犯人を擁護するのか。
もう少し第三者の意見を聞いてみたかったので、さっきから黙り込んでいる小説家に視線を移した。
「私は……話を聞いてみたいですね。今のところはすべて憶測です。犯人を捕まえて話を聞いてから判断すべきではないでしょうか。個人的にはこれ以上罪を重ねて欲しくないですが」
もっともな意見だ。
犯人は生け贄だった男で間違いない、とは思うが確証はない。
もしこの犯人がただの殺人鬼だったら、放置しておけば被害はこの村だけではすまなくなる。
方針が決まり、自分の部屋に戻ろうとすると、
ガシャン!
と窓ガラスが割れる音が響いた。
「な、なんですか、今の音は!」
小説家が驚き慌てふためいているが、俺たち三人は無言で視線を交わすと部屋を飛び出し、音の発生地点まで疾走する。
大きな両開きの扉を蹴破り、中へ飛び込むと村長に片刃の剣を突きつけている男がいた。
村人たちの証言通り、片腕の黒衣の男。
ボサボサの髪に鋭い目つき。むき出しの腕には筋肉が浮き上がり、無駄な贅肉が一切見当たらない。
素早くスキルを確認すると『暗殺術』『忍び足』『気配操作』が高いレベルで存在していた。
そのスキルはすべて後天的に覚えられるものだが、たった十年でこのレベルまで上げたというのなら、想像を絶する努力をしてきたはずだ。
「た、助けてください!」
村長が涙と鼻水で汚れた顔を向けると、大声で懇願してくる。
「あんたらが、村長に雇われた護衛か」
精悍な顔つきだけ見れば三十代にも見えるが、かすれた声には若さが感じられた。
「キミが連続殺人犯ですか。昔、この村の生け贄にされた子供で間違いないかな?」
俺が問いかけると、青年の目つきが更に鋭くなった。
村長は顔面蒼白になり、俺の顔を凝視している。
「事情も知っているのか。こいつを殺せば俺の復讐は完了する。こいつらの行いを知った上で村人の側につくのであれば、あんたらも殺す」
普通の人なら腰が抜けるほどの殺気をぶつけてくるが、俺も二人も軽く受け流している。
「正直、迷っているのですよ。殺人が犯罪行為なのは言うまでもありませんが、私は騎士でも兵士でもありませんからね。村人に対しての恨み辛みは理解できますし」
「そ、そんな! ワシらを守ってくださるのではないのですかっ!」
「力になれるかどうかはわかりませんが、と前置きしたじゃないですか。行商人は現状を瞬時に理解した後の対応力が求められるので」
商人としての心得を口にすると、村長の顔が絶望で染まる。
肝心の犯人は俺たちの反応が予想外すぎたのか、唖然とした顔でこっちを見つめたまま微動だにしない。
「……お前たち護衛じゃないのか?」
「まあ、子供や無関係な人を巻き込むなら止めますが、そうではないようですし」
「右に同じ」
「私も同じ意見です」
俺も彼らも聖人ではない。
人殺しはダメだ、と言える立場でもない。
既にこの手は人の血で真っ赤に染まっている。
「ふ、復讐は何も生まない! ワシや村人を殺したところで妹が蘇るわけでもない! 妹はこんなこと望んでいないはずだ!」
叫ぶようにして訴える村長の言葉。
それを聞いた青年の表情が冷たいものへと変化する。
「しょ、小説では、定番の正論ですが」
背後から荒い呼吸音と声が聞こえてきたので振り返る。
全力で追いかけてきた小説家が肩で息をしていた。
定番の正論、か。確かに似たような台詞を小説で何度も目にしてきた。あの魔王がやっている劇でも同じ台詞を聞いた覚えがある。
「死んだ妹の気持ちが何故わかる? 死にたくない、助けて、と叫び続けた俺と妹をお前たちは見捨てたんだ!」
怒りと殺意で青年の体と声が震えている。
「それは……だ、だが、お前が殺した連中にもワシにも子供がいるんだぞ! 自分と同じ境遇の子供を増やすつもりか!」
助かるための言い逃れというよりは、本心からの言葉に聞こえた。
「復讐は復讐を生むだけだぞ!」
これも長い人生で、何度も耳にしてきた。
復讐される側や第三者が決まって口にする言葉。
「知らん。恨むなら恨めばいい。俺はそうして生きてきた。それに自分のために妹のために復讐を果たしたいだけだ、他人がどうなろうと知ったことじゃない」
まあ、そうだろう。
そもそも復讐という行為自体が自分本位の考えなのだから。
「ワシを殺せば地獄に落ちるぞ! 天国にいる妹に会えなくなってもいいのか!」
自分が助かるために必死に言葉を取り繕う村長。
「今更どの面下げて妹に会えると思ってんだ? 地獄に落ちるか、望み通りだ。地獄にはお前や村人たちもいるよな。これで終わりだと思うなよ、死後も俺はお前たちに復讐を続ける! 何度でも何度でもぶっ殺してやる! 死んでも終わりじゃねえ。お前らに安息の地なんて存在しねえんだよ!」
これ以上話を聞く必要はないと判断した俺たちは村長の家から離れる。
泣き叫ぶ悲鳴が後ろから響いてくるが、振り返ることはない。
「本当にこれでよかったのでしょうか? 村長も村人も行いを悔いているはずでは」
一人だけ後ろ髪を引かれるのか、小説家は何度も振り返っている。
「どうでしょうね。もし、悔いて反省しているとしても、そんなことは当事者には関係ありませんからね。生け贄にされたという事実が覆るわけではありません」
人は過ちを犯す。だが、その罪を償えば許される、というのが法で定められている。
でも、当事者がその償いを認めないとしたら?
「ですが、この国の法では復讐は認められて」
「そう思うなら、青年を説得してみてはどうですか? こんなところで我々に言ったところでどうにもなりません」
「そ、そうですね。あの場で説得しようともしなかった私が今更ですよね」
小説家は根がいい人なのは間違いない。
そして、彼の意見は常識的であり、こちらの方が異端なのも理解している。
「自分たちが助かるために他人の子供を差し出した。この行為は決して褒められるものではありません。ですが、力のない村人たちは他に助かる術がなかった。そうは考えられませんか?」
小説家の問いかけに答えたのは意外にもチャンピオンだった。
「戦って多くの犠牲者を出すより、子供二人の命。村長という立場であれば、それは苦渋の決断として理解もできる。だがな、それならば生贄のうち最低一人は自分の子供を差し出すべきだ」
「私もそう思います。戦わないことを決断したのであれば、上に立つ者はその責任を取らなければなりません」
村長には村の入り口であった息子が一人。そして、妹もいると言っていた。
結局この村の親は自分と子供可愛さに、あの兄妹を犠牲にしたのだ。どんな言葉で取り繕っても、その事実は変わらない。
「小説では復讐者を主人公が説得して復讐をあきらめ、命を救われた村長が悔い改める……という流れが王道なのですが、現実は厳しいものですね」
「彼はこの十年、復讐心を支えとして生きてきたはずです。そこまでの想いを抱く者に、今日会ったばかりの私たちの声が、彼の心に届くことは残念ながらあり得ませんよ」
俺やチャンピオンが力尽くで止めるのは可能だった。
だが説得で彼の考えを覆らせることは不可能だった。
『話術』や『心理学』のスキルを活用したとしても届かない声に力はない。
それに彼には『復讐』スキルが存在していた。
『復讐』特定の相手に対する報復の気持ち。恨みが強すぎる者に生じるスキル。
そのレベルは二桁に達していた。ここまでの高レベルは滅多にない。
――あれは買い取れない。
――買い取れる立場でもない。
自らも、そのスキルを所持しているのだから。
「この村での一件を小説のネタにしますか?」
俺がそう問いかけると、小説家は渋い顔をした。
「さすがにあの兄妹を見世物にはできませんよ。好奇心だけで着いてきたことを恥じ入るばかりです。……ですが、本当の正義とは何か。復讐の是非を問う物語を書きたくなりました」
「完成したら、読ませてくださいね」
そこからは互いに言葉もなく、村に一泊した。
万が一、彼が暴走して関係のない者を巻き込まないように。
次の日、村長の屋敷で死体が見つかる。
真っ先に疑われた我々だったが事のあらましを伝えた。
責める声も上がったが、動機もなく犯人もわかっているので直ぐさま解放される。
村を出る直前に振り返ると、村人の多くが瞳に危険な光を宿していた。
「復讐は復讐を生むだけ、か」
その村人たちには新たに『復讐』のスキルが――




