武闘会
「というわけで参加してもらえぬだろうか、回収屋殿」
適度に豪華な家具に囲まれた王の部屋で、そんなことを切り出された。
似合わない口ひげを蓄えた王は厳めしい顔を作ってはいるが、視線が定まらず無理をしているのが見え見えだ。
「いきなり言われても話が見えないのですが」
「気が早ってしまったようだ。詳しい説明を省いたことを陳謝したい」
一国の王であるというのに俺に対して頭を下げる。……見慣れた光景だ。
「いい加減その口調は止めませんか。私と王しかいないのですから」
「いいのか? いやー、一応は王として振舞っておくべきかな、と思ったんだが。回収屋がそう言うなら仕方ないなー」
堅苦しい言葉遣いに疲れたのか、肩をほぐして背を伸ばしている。その姿はただのおっさんにしか見えない。
これでも大国である杭の国ケヌケシブを治める王だという現実。
昔から何かと縁があり代々この国の王とは交流があるのだが、歴代の中で最も俺を頼りにしているのがハンカチで首を拭っている、この王。
「いつ見ても王の威厳が感じられません」
「だよね~。いやー、人の上に立つ器じゃないのは分かっているのだけど、他に王になれる人材がいなくてね。でも、うちの息子は優秀だから代替わりしたら、この国はきっともっと栄えるよ」
「結婚も間近に控えていますからね」
結婚の話題を振ると途端に王の頬と目元が緩む。
「賢明で美しいお嫁さんでね。尻に敷かれそうな気もするけど、息子が幸せならそれで構わないよ。早く孫の顔が見たいもんだ~」
一見、孫を熱望するお爺さんにしか見えないが、その声は真剣みを帯びていた。
この国の王は跡目を譲ると引退して穏やかな老後を過ごす……という未来は望めない。邪悪な存在を封じる塔におもむき、石像となり制御装置の一部になる定めが待っている。
息子が王となった数年後に彼は石となる。残された時間は少ない。
「私の代に色々面倒ごとを片付けておきたかったのだけど、あの独裁国が最近やる気を出しているようで困ったもんだ」
「周辺国を二つ攻め滅ぼしたそうですね」
他人事のように語っているが、その暴挙を裏で操っているのは十中八九、姉だろう。
それを知っていながら傍観していたわけではない。情報を集めて来るべき日に備えている。
姉と決着をつける日は……遠くない。
「うむ。あの国に住む人々には申し訳ないが、他国へ悪影響を与えなければ特に手を出すつもりはなかった。しかし、そういう訳にもいかないようでな」
「らしいですね。近隣にはあの方の国もありますから」
「そうなのだよ。息子のかわいい嫁の国を滅ぼさせるわけにはいくまい」
真剣な横顔は有能な王に見えなくもない。が、それを口にはしない。王自身が凡才の王という立ち位置を気に入っているからだ。
王は酒の席で「才能をねたまれないのも王としての資質の一つだ。王は部下よりも優秀でなくていいのだよ。判断を間違えないことが最も重要なのだ」と笑っていた。
「おっと、話が横道にそれまくってしまったね。回収屋さんへのお願いというのは武闘会へお誘いなのだよ」
「舞踏会? そんな華やかな場に一介の行商人が参加してよろしいのでしょうか。それに踊りは得意ではないのですが」
スキルを使えば無難に乗り切れる自信はあるが、舞踏会の雰囲気が正直苦手だ。
「もしかして勘違いかな。二年に一度、我が国で開かれる腕に自信のある者を集めて開かれる、武闘会のことだよ」
「ああ、そちらでしたか。もう、そのような時期なのですね」
杭の国で二年に一度開催される武闘会。優勝者には多額の賞金と名誉が与えられるため、多くの参加者が杭の国を訪れる。
「私が参加しなくても盛況では?」
「そうだけど、今年はいつもと違うんだ。近い内にあの国と戦争になるのは避けられない。なので、多くの強者を集め勧誘して戦力を補強しようという目論見もあってね」
「それは分かりますが、客寄せをしたいのであればチャンピオンに参加してもらってはどうです。彼の知名度は言うまでもありませんよね」
俺が参加したところで人は集められない。回収屋の名を知る者はそれなりにいるだろうが、強さを知る者はごく一部だ。
それならレオンドルドの出場を大々的に宣伝した方が効果はてきめんだ。
「もちろん、真っ先にレオンドルド殿に声をかけたのだが、あのね……彼が『回収屋も出るなら参加してもいいぜ』って言ったんだよ」
「あ、ああ……」
「それにね。『回収屋が出るなら人の目を引くような一風変わった連中も出たがる』って言うから、これは是非、回収屋さんに出てほしいなーって、王様思ったんだ」
いい年したおっさんが上目遣いで、気持ち悪い猫なで声を出さないでほしい。
この王は困るとすぐに俺に媚びてくる。若い頃は今と違ってかわいらしい子供だったので効き目もあったが、今では逆効果だ。
気持ち悪いから、うるうるした瞳でこっちを見るんじゃありません。
断ってもいいが戦力の補充を考えるなら、確かに有効な手段だ。それにこういった催しには、姉の手の者が紛れ込んでくる可能性もある。そいつを捕まえて戦力を削れば一挙両得か。
「それなら考えてもいいですが、回収屋として参加するのは問題がありますね。今後の商売に影響を与えそうなので」
「となると、変装してはどうだい? そういったスキルもあるよね」
「そうですね。顔も兜か仮面で隠せばバレないでしょう。どこかで服か鎧を購入すればいいことですし」
一日しか着ない服を買うのは商人としてもったいない気持ちはある。
となると無料で服を貸し出してくれる相手か……。一人心当たりがあるので、交渉をするだけしてみるとしよう。
「おや、回収屋ではないか! どうした、我輩の芝居を見に来たのか? 生憎だが公演は夜からになる」
劇団虚実の稽古場に足を運ぶと、かなりテンションが高い魔王団長に遭遇した。
練習中の劇団員の中で俺に気づいたチェイリがいて小さく手を振っている。邪魔をしないように軽く会釈を返しておく。
「お芝居は別の機会にじっくりと。今日はお願いしたいことがありまして」
「ほう。回収屋が我輩に頼むとは珍しい、申してみよ。我が忠実なる下僕達よ、水分補給と適度な休憩を取るがいい! 汗も拭くのを忘れるでないぞ!」
口調は偉そうなのだが指示は優しい。
団員たちもそんな団長の性格を把握しているので、「了解しました!」と声をそろえて敬礼した後に笑っている。
「実は身元を隠さないといけない案件がありまして。使っていない衣装がありましたら、貸していただけませんか?」
「変装をするのか。ふむ、衣装ならいくらでも貸すが……詳しい話を聞かせてもらおう。我輩の『第六感』が面白いことになると告げておる」
魔王団長は演劇を知ってから面白い話に貪欲になっている。こんなことに『第六感』を利用するのはスキルの無駄遣いな気もするが、突っ込まないでおこう。
別に隠すようなことでもないので王に頼まれたという事実は省いて、武闘会に身元を隠して参加する意思を伝えた。
「そのように面白いことがあるなら早く教えぬか! 運がよかったな回収屋よ! ちょうどよい衣装があるのだ。以前、お主から話を聞いた物語の脚本が完成してな。近日公演予定なのだが、その宣伝を兼ねてこの衣装を貸そうではないか!」
前に話した物語……もしかして、あれじゃないだろうな。だとしたら断固拒否しなければ。
「あ、いえ。そんな気合の入った服装ではなく、もっと地味で目立たない感じが……」
「がはははは! 我輩と貴様の仲ではないか、遠慮する必要はないぞ! 汚れても壊れても構わぬから、思う存分派手に暴れるがいい!」
俺の肩を叩きながら哄笑する魔王団長は人の話を聞く気がない。
この人……魔王が悪乗りすると、ろくなことにならないのは経験済みなので、嫌な予感がびんびんする。その証拠に『直感』スキルが警鐘を鳴らしていた。
どうやら、頼む相手を間違えたようだ。
「衣装係よ、来るがいい! この者の体に合うように調整をしてもらおうではないか! 小物係も我が下へ!」
嬉々として魔王団長が話を進めている。
「団長、衣装は新作のこれでよろしいのでしょうか?」
衣装係が持ってきたのは黒のロングコート。
……そのデザインに見覚えがある気がしてならない。
「それでよい! 才能にあふれた伝説の勇者が愛用していた漆黒のコートに小道具に運ばせた無駄に意匠をこらした大剣!」
……何故だろう。黒いコートと装飾過多な大剣のセットを見ていると背筋がぞわぞわする。
「うむ、この格好は回収屋に似合うのではないか? まるで以前着たことがあるかのようなフィット感を保証しよう!」
そう言って意味深な笑みを浮かべる魔王団長。
……もしや、勘づいているのか?
「いやー、私にはそういう格好は似合いませんよ」
「謙遜するでない。遠慮はいらぬぞ」
「えっ、ですから――」
「はーっはっはっはっ! 我が劇団がバックアップするからには最高の舞台衣装を仕上げようではないか!」
「では、もう少し装飾を増やしましょうか。刺繍は金の糸でゴージャスさをアピールするというのは!」
「よいではないか、よいではないか!」
「あの……」
俺が拒絶しようとお構いなしに話が進んでいる。……もう断れる状況ではないようだ。
あれから一か月後。
武闘会は盛況のうちに滞りなく終了した。
警戒はしていたが姉の手の者らしき人物が参加することはなく杞憂に終わる。
そんな俺の思惑とは関係なく大会は無事に終わり、結果を残した者の多くを好待遇で杭の国が雇い入れたそうだ。
王の目論見はうまくいき終了後はしばらく上機嫌だったと、王子が嬉しそうに語っていたのが印象的だった。
数日が経過して当時の興奮は少しだけ冷めてはいるようだが、それでも人々の間では武闘会の話題で持ちきりだ。
宿屋の一階にある食堂の特等席でのんびりお茶を楽しんでいるのだが、周りの席から聞こえてくるのは、やはり武闘会の話ばかり。
「いやー、盛り上がったよな! 優勝はまあ順当にチャンピオンだったが、大陸各地からあんな有名な武人や剣豪がやってくるとはよ!」
「剣無流の噂は聞いていたけど、実際にこの目で見られる日が来るなんてね」
後ろの席で騒いでいるのは冒険者のセマッシュとサーピィの幼馴染コンビ。
仲間のルイオとピーリも会話に参加して、どの戦いが最高だったかと批評を始めている。
「あー、仕事中じゃなかったら私も混ざりたいのに! ねっ、スーミレちゃん」
「争いは好きじゃないのですが、あの戦いは別でした。本当に熱かったです!」
俺の席の脇にやってきたチェイリとスーミレも、大会の話がしたくてうずうずしている。
ちらっとカウンターの向こうに視線をやると、女将が呆れたように肩をすくめて小さく頷いた。
どうやら仕事中の雑談を黙認してくれるようだ。
「お二人も観覧されていたのですか?」
「うん。気前のいいチャンピオンが入場券をくれたの!」
「私の家族分まで用意してくださって、本当に感謝しています」
知らないところでチャンピオンの評価が上がっていた。豪放な性格をしているのに意外と細かいところに気が回る、と言いたいところだが余計な事を……。
俺も入場券は何枚かもらっていたのだが、あえて彼女たちに入場券を与えなかった。万が一にでも変装がバレないか心配だったからだ。
あんな格好をしていたのを知られたら、宿を引き払うことも考えなければならない。
「でも、決勝でリタイアしたあの人もったいなかったですよね。応援していたのに」
「あの真っ黒なコートに大剣を背負った――」
バリン、と陶器のカップの割れた音が響く。
「わっ、回収屋さん怪我はないですか!?」
「……すみません、手が滑ってしまいました」
俺としたことが、ほんの少しだけ動揺してしまったようだ。
「すぐに片付けるから触らないでね」
チェイリが手際よく陶器の欠片をかき集めている。
あとで弁償しよう。
「話の続きだけどさ、あの人ならチャンピオンといい勝負ができたと思うのよ。前の戦いの怪我が悪化して棄権したって話だけど、相手の攻撃かすりもしていなかったのにね。どうにも胡散臭いのよ」
決勝戦は予想通りチャンピオンとの戦いとなったので即座に棄権した。
チャンピオン相手では手を抜くわけにもいかず、こっちも全力を出さなければ勝つ見込みがない。だからといって公の場で全力は出せない。姉がどこから見張っているか分からないのに、手の内を明かすわけにはいかないからだ。
「顔は見えませんでしたけど、かっこよかったですよね。うちの弟と妹がファンになったらしくて。私もちょっとだけ見とれてしまいました」
とある出場者の話に花が咲いている。
「圧倒的な実力で対戦相手を一瞬で倒す姿から、暗黒の閃光って呼び名が付いたみたいよ。ほら変な選手名で登録していたから、こっちの方が浸透したみたいね」
……姿を晒す時間を極限まで少なくしたかっただけなのに、そんな恥ずかしい異名を付けられていたとは。
正体を隠すためとはいえ、あの格好は断固拒否すべきだっただろうか。
「えっと『黒歴史』ですよね。あの名前って何か意味があるのでしょうか?」
「どうなのかな。ただ、あの格好って次の公演でやる百才の勇者にそっくりなのよね……」
若気の至りとはまさにこのことだ……。細かな差異はあるが、まさか数百年ぶりにあの格好をさせられるとは思いもしなかった。
多くのスキルを得て調子に乗って、他人よりも優れた選ばれし者だと自分に酔っていた痛々しい時期。
謎の人物について盛り上がっているが、それ以上は聞いていられなかったので、小説を取り出すと『集中力』スキルを発動して音を遮断する。
音の消えた世界で今回の一件を冷静に思い返してみた。
俺は散々だったが武闘会は大盛況。王は戦力の補充も成しえた。
認めるのは少しだけ癪だが、結果だけ見れば王の手のひらの上で踊らされたようなものだ。
「どうせ踊らされるなら武闘会より舞踏会の方がましでしたね」
告知させてください。
5月25日に『いらないスキル買い取ります』2巻が発売決定です!
書き下ろしの短編もありますが、何よりも美麗なイラストをご覧いただきたい。
特に今回の表紙の出来は素晴らしいですよ。必見です!
そして2巻からはクヨリ、魔王団長が登場します。加えて……一巻で待望されていたシスターのイラストも入ってますよ! これで神父様の困り顔に磨きがかかるというものです!
まだ1巻も購入されていない方は、この際まとめて購入されてはいかがでしょうか。




