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いらないスキル買い取ります 【連載版】  作者: 昼熊


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最強の職業とは

「この日が来るのをどれだけ待ち望んでいたか。回収屋、ワクワクするよな!」


 獅子のたてがみを彷彿とさせる髪をなびかせて、笑みを浮かべる筋肉の塊がいる。

 贅肉など一欠けらもない、戦う事のみを追求して鍛え上げられた体。

 上半身むき出しの体には無数の傷跡が残っている。彼が常に戦場に身を置いて来た証のようなものだ。


「まったくもって、ワクワクしません」


 闘技場のど真ん中で相対する俺は、正直な心境を口にした。

 この後の事を考えるとため息しか出ない。


「頑張ってください! でも、無茶もしないでください!」


 声援に反応して目を向けると、何万人もの客を収容できる観客席に数人だけが座っているのが見える。

 今の声は身を乗り出して応援しているスーミレだった。

 その周りには見知った顔が並んでいるな。

 今日この格闘場は、目の前にいる闘技場の主と言っても過言ではない男――最強無敗のチャンピオン、レオンドルドが一括で大金を支払い貸し切っている。

 観客席にいるのは俺の知り合いのみで、チャンピオンが招待したそうだ。……俺の承諾もなく。


「私が生きている事は黙っていて欲しいと伝えましたよね?」


「俺も初めは黙ってたんだが、女の勘って怖えよな。宿屋でスーミレとかチェイリに迫られて、ぽろっとな。すまん、すまん!」


 片手で謝るようなポーズをしているが、心が全くこもっていないのが『心理学』を使わなくても分かる。

 もっと嫌味を言いたいところだが、スーミレの憔悴しきった顔を見た後なので言葉を呑み込む。

 彼女は俺の身を案じて食事もろくに喉を通らなかったらしく、初めて会った時のように顔がやつれ今にも倒れそうに見えた。

 チャンピオンも彼女の様子を見て、うっかり口を滑らせた……という事にしたのだろう。

 他にもスキルの売買で関わった事のある人が数名いるのだが、裸の女王様と王子が並んで観覧しているのは大丈夫なのだろうか。

 さすがに変装はしているようだが、お忍びにしろ問題になりそうだ。


「ようやく、前からの疑問だった最強の職業についての結論が出そうだな」


「まだそんな事を言っているのですか」


 酔っぱらうと常に彼が口にするのが「この世で最も強いのは格闘家だ!」という持論だった。彼に言わせると、


「武器や防具があって成り立つ強さは本物ではない。不意打ちにあまりに弱すぎる。だが、格闘家はどうだ! 風呂で襲われても、用を足している時にこられても、その実力が揺るがない!」


 そういう事らしい。

 いつもなら同意して軽く聞き流すところだったのだが、通算五十回目の同じ話を聞かされた時、勢いで猫派の事まで馬鹿にし始めたので、思わず言い返した事があるのだ。

「最強の職業は商人」だと。

 それからは売り言葉に買い言葉で、いつか決着をつけるという話になってしまった。

 あの時は珍しく『状態異常耐性』を外して少し酒に酔っていたのも、この結果を生んだ要因の一つだ。

チャンピオンはかなり泥酔していたので覚えていないと思っていたのだが……。


「僭越ながら私が審判をさせていただく事になりました。神の名において公平なる審判を下す事を誓います」


 戦いの場にいるもう一人の人物は理性でお馴染みの神父。

 彼ならどちらかに肩入れする事もないだろうと判断して戦いの審判を頼むと、快く承諾してくれた。


「神父様ぁ、怪我しないでくださいねー」

「ダーリン、勝敗はどっちでもいいから無茶はダメよー」

「乳お化けども邪魔ですわ! 神父様が見えないでしょ!」


 観客席から聞こえてくる姦しい声は神父に付きまとっている女性三人だ。

 神父に対する声援が一番大きい気がするな。

 観客席には他にも肩を寄せ合って見物している、コンギス、セリフェイリ夫婦。

 元老賢者のルイオとその孫ピーリ。セマッシュ、サーピィの幼馴染コンビ。新入りのスピを含めた五人組冒険者達は、俺とチャンピオンのどっちが勝つかで賭け事を始めているようだ。

 それに参加しようとしているカイムロゼもいるな。

 死に戻りのリプレは手すりを掴んで真剣な眼差しを注いでいる。

 スーミレ程ではなかったが元気のなかったチェイリだったが、俺の顔を見てほっとしたのか元気を取り戻して今は飲み物を観客に配っていた。


 マエキル、眠り姫はここにいる全員を観察しながらメモを取っているようだ。どんな情報でも聞き逃さないつもりか。

 小説家とその従者もいるな。彼がこんなイベントを見逃すわけがない。

 宿屋の常連客でこの場にいないのは魔王兼団長とイリイリイぐらいで、彼らは万が一の事を考えて宿屋の防衛に回ってくれている。つまりお留守番だ。

 一緒に旅をしていたクヨリはもちろんいる。手すりが変形するぐらい強く握りしめ、俺を凝視していた。

 他の人から見たら無表情に見えるかもしれないが、不安と信頼が入り混じった顔をしているのが俺には分かる。

 残りはうろうろしては胸が豪快に揺れているセラピーと隣で菓子を黙々と食べているメイド姿のアリアリアか。

 そういや、こんな展開になったのも二人に会ったのが原因だったな。





 事の発端は失われた腕を再生するのではなく、その代用品として高性能な義手を手に入れてはどうかと、恋人の街で知り合ったオートマタ、ワリワリワの提案だった。

 古代文明の遺産である〈大いなる遺物〉の中には、人間の失われた部位と同じ機能を再現させた義手が存在するらしく、それを使えば今までと変わりない生活ができるらしい。

 その情報に一番詳しいのは、オートマタの頂点に立つオリジナルの個体、アリアリアだと教えられ彼女の下に向かったのだ。

 彼女達の元に訪れていきさつを説明すると、アリアリアはあっさりとこう言った。


「元よりも高性能な義手で宜しければ、作る方法を存じております」


 それを聞いて彼女に頼み込み、その方法を伝授してもらおうと思ったのだが、俺の言葉を遮り話を続けた。


「この家の地下奥深くに研究施設がありまして、そこにオートマタ製造施設が存在します。その技術を応用すれば本物と遜色ない腕を作り出す事も容易です」


「えっ、家の地下にそんなものがあったの⁉」


 その事実をセラピーは知らされていなかったそうで、心底驚いていた。


「使い道のない乳は黙っていてください。私のような高性能なオートマタが、こんな魔物育成施設ごときの見張りで収まるような存在だとお思いですか。本来の目的は地下施設の警護ですよ」


「使い道のない……乳……」


 膝から崩れ落ちた彼女はひとまず放置して、詳しく事情を聞いたのだがそれは思いがけない内容だった。


「オートマタ製造の秘密も稼働方法もアリアリアのみが知っています。研究所へ続く扉を開けられるのもアリアリアだけです。ですが、その先の警備システムは関与できないのですよ。なので研究所までたどり着くには武力行使しかありません。そこには古代の技術で作り出された様々な魔物や古代兵器が存在しているので、一筋縄ではいきませんよ」


 と何故か胸を張って自慢げに答えてくれた。

 俺一人では危険だと判断するぐらい道のりは厳しいとの事で、俺は戦力を集める事にした。そこで真っ先に思いついた相手がチャンピオン。

 彼に相談すると申し出を受け入れる代わりに出した条件が、俺との対戦という訳だ。

 そして、今に至る。


「本当にやるのですか?」


「あたぼうよ。俺はなずっと、お前と戦ってみたかったんだ。自慢するわけじゃねえが、この世界にはもう、お前ぐらいしか俺と対等に戦える者はいねえからな」


「買いかぶりすぎですよ」


 手のひらに拳を打ち付けてやる気をアピールしただけで衝撃波を生み、神父がのけ反っている。

 そんなバケモノ……強者が迂闊な事を言うから観客がどよめく。


「いいや、お前は俺が本気出していい相手だ。……小手調べなんて無粋な事はやんねえぞ。初めから全力で行く」


「腹を括りますよ。今の実力を測るにはこれ以上ない相手ですからね」


 腰を軽く落として半身になり右拳をすっと上げた構えを取る、チャンピオン。

 俺は膝をほんの少しだけ曲げて、どの方向にも即座に動けるようにする。


「では、改めて勝負方法の確認を。スキルの制限はなし。手加減無用。どちらかが戦えなくなるか降参するまでとなります。両者それでよろしいですね?」


「ああ、構わねえぜ」


「はい、問題ありません」


 同時に頷く。

 このルール、俺の事を詳しく知る者であればどう考えてもこちらが有利だと思うだろう。

 長い年月を掛けて集めてきた無数のスキル。その数も脅威だが、それに加えてスキルレベルの高さ。

 同じスキルを買い取る事で利用価値の高いレベルは積極的に上げてきた。更に自らも活用する事で他の追随を許さない高みへと昇っている。

 だが例外は存在する。姉と……目の前の男だ。


 チャンピオンは生まれながらの天才。

 生を受けた日から最強になることが決定づけられていた存在。

 それはスキルを見れば一目瞭然だった。

 『鑑定』を発動させてずらっと並ぶスキルの数々を、久々に目の当たりにして苦笑いがこぼれる。


「では両者準備は宜しいですね。それでは勝負開始!」


 神父が手を振り下ろすと同時に視界からチャンピオンが消える。

 それを確認するよりも早く後方に跳び隻腕で防御すると、天から巨大な岩でも落ちてきたかのような衝撃が加えられた。

 視界がぶれて高速で風景が飛び去って行く。


「吹き飛ばされましたかっ」


 拳を突き出した格好のチャンピオンのニヤリと笑った顔が小さくなっていく。

 『怪力』の上位スキルである『剛力』の威力は半端ないな。それに『縮地』で目にも止まらぬ速さで間合いを詰めてきたのか。

 体の硬さを強化するスキルを同時に発動させていなければ、今の一撃で俺は終わっていた。

 空中で体勢を整えて足裏を後方へ向けると闘技場の壁に足が触れる、と同時に爆発音が響き粉塵が上がる。

 着地地点の壁が衝撃で瓦礫と化してしまったようだ。それが完全に崩壊する前に俺は地面に降り立って壁際を疾走した。

 『俊足』を全力で発動している俺に並走する影。それは言うまでもなくチャンピオンだ。


「これについてきますか」


「戦闘に使えるスキルは徹底的に鍛え上げているからなっ!」


 重く鋭い右拳が音よりも早く迫る。

 『見切り』『直感』『俊敏』のスキルを加え回避能力を向上させた。

 これでどんな攻撃であっても避けられる。――相手が彼でなければ。

 体を屈めて辛うじて右拳を躱した俺の脇腹に左拳が突き刺さる。

 その威力に耐え切れず体が宙を舞い、地面で数回跳ねながら壁に激突した。

 壁は原形を留めず瓦礫と化し、破片が体へ降り注ぐ。

 気配察知でチャンピオンを捉えると、そこへ容赦のない威力を秘めた『風属性魔法』を放つ。

 周囲の瓦礫を吹き飛ばした風の一撃がチャンピオンの体に触れると同時に消滅した。

 棒立ちのまま長い髪をぼりぼりと掻いているだけで、何かをしたようには見えない。


「硬い体してんな。おまけに手ごたえが殆どなかった。自ら飛んで威力を殺しやがったのか」


「やはり、反則級の強さですね」


 今の攻防で改めて実感した。彼は本物の天才だ。

 チャンピオンが生まれ落ちた時から所有していたスキルの数は五つ。そしてスキルスロットの数は何と二十もある。

 これだけでも異様さが伝わるだろう。

 だが更に付け加える事がある。


 五つのスキルの内三つがレアスキル。残りの二つがオンリースキルなのだ。


 レアスキルは『成長』『体得』『蘇生』

 『成長』レベルの数だけ人よりスキルレベルが上がりやすくなる。

 『体得』その身で体感した人のスキルを覚える事ができる。ただし、レアスキル、オンリースキルは除く。

 『蘇生』レベルの数だけ殺されても生き返る。


 単体でも驚愕のスキルなのだが、これが組み合わさる事でその効果は何倍にも増すのだ。

 戦った相手のスキルを覚え、無謀とも思える命がけの鍛錬を決行しても死ぬ事はなく、スキルレベルは人の数倍の速度で上昇していく。

 なので戦闘系のみスキルが充実していき、このような超人が生まれる事になった。

 チャンピオンはこれだけでも世界最強になれる素質があった。だがそれだけではなかった。……残りのオンリースキルの存在。

 彼のオンリースキルは『未来視』『スキル無効化』


 『未来視』一秒先の未来が見える。

 『スキル無効化』触れたスキルを無効にすることが可能。


 人によっては『未来視』の価値が分からないかもしれない。だが武術を学んだ者であればその価値に気付くだろう。

 戦っている相手の一秒先の行動が分かる。

 その効果はさっきの攻防で理解してもらえただろう。俺がどの方向に避けるのかが分かれば、チャンピオンの実力なら当てることなど容易い。

 そして一番厄介なのが『スキル無効化』の存在だ。スキルでの攻撃は全て無効化されるので魔法系は一切通じない。精神に影響するスキルも同じだ。

 防御としても有効なのだが、攻撃に転用すると――


「しかし、さすがだな回収屋。俺は二度お前に触れて防御系のスキルを一つ無効化した。だというのにお前は耐えきっている」


「それがそのスキルの欠点ですからね」


 触れた際に『スキル無効化』で無効化できるスキルは一つだけ。攻撃の際に『頑強』を無効化しても『硬化』が残り耐える事が可能となる。

 俺でなければ二度の攻撃で無残な肉塊に変わっていた事だろう。


「普通『硬化』と『頑強』みたいな重複するスキルを持つ事なんてねえもんな。さすが回収屋と褒めるべきか」


「貴方に『鑑定』を売った事を、今になって心底後悔していますよ」


 スキル無効化は相手のスキルが分からない場合、触れた相手が複数発動しているスキルを一つランダムで無効化する。だが『鑑定』で相手のスキルを把握している場合、自分で選ぶ事が可能になる。

 ……余計な事をしたものだ。


「どうだ、最強の職業が格闘家だと認める気になったか?」


「いえいえ、商人の方が一枚上手ですよ」


「この状況でその強気、いいねえ。本気を出してこれだけの時間を耐えられたのは何年ぶりだろうな、コンギス!」


 チャンピオンが観客席で呆然としていた友人に話しかけると、開けていた大口を閉じてごほんっと一度咳払いをした。


「俺は見た事がねえよ! マジなお前も、それに耐えるようなヤツもな!」


 嫉妬混じりの称賛の言葉を受け、拳を上げてそれに答える。

 柄でもない事をしているのは自覚しているが、この戦いに血沸き肉踊らなければ男ではないだろう。


「次は私が攻めに転じる番ですね」


「胸を貸してやろうじゃねえか。商人相手でも担保なしでな!」


 くいくいっ、と手招きするチャンピオンを正面から見据え対策をまとめる。

 負けを知らずに生きてきた彼に敗北の味を教えてあげよう。


「どのスキルも厄介ですが、一番邪魔なオンリースキル二つ。一見、強力なスキルのように思えますが、そのスキルには欠点があります」


「ほぅ、そりゃ面白い。ご教授願えるか?」


 自分が負けるなんて露ほどにも思っていないだろう。

 実力に裏付けられた自信。……いや、慢心。

 スキルの専門家である俺だからこそ、突破できるわずかな隙。

 そこを攻めるしか、ない!


「まず、『スキル無効化』の最大の欠点、それは同時にスキルを消す事ができない!」


 説明が終わるよりも早く、右からは炎の竜巻、左からは水の竜巻を同時に発動させて、チャンピオンの半身に同時にぶつかるよう計算して放つ。


「その程度かよ、ガッカリだぜ。確かに二つ同時には消す事ができない。だがよ、何で大人しく待つ必要があんだ?」


 チャンピオンが自ら間合いを詰め左手で炎の竜巻に触れてから、続けて左手で水の竜巻に時間差で触れる。それだけで炎も水も消滅した。


「そんな事は重々承知していますよ」


 俺の目的は今の魔法で倒す事ではない。

 相手の視界を一瞬でも防げればそれでよかったのだ。


「おっ、土の壁で視界を完全に防いだのか」


 俺とチャンピオンとの間には闘技場を横断する壁が建造されている。

 『土属性魔法』を発動して壁を作り相手の視界を遮った。


「おいおい、そんな壁一瞬で消せるんだぜ? おまけに俺には『未来視』がある。壁の後ろからの不意打ちは通用しねえぞ」


 言われるまでもない。承知している。

 一秒先の未来が見える。それは確かに脅威だ。

 しかし、その欠点を知ってしまえば逆手に取る事も可能となる。


「その『未来視』は意識的に発動しなければならないスキルです。そして先の未来が見える時間は一秒間のみ。発動後は一秒、間を開けなければ連続発動はできない」


 一秒先の未来を一秒間見えるからといって、見えている間は無防備になるという訳ではない。チャンピオンが未来を見ている間は実際の時間は止まっている。

 つまり止まった時間の中で一秒先の未来を一秒間だけ見られる能力。それが『未来視』だ。


「よく知ってんな。どうやって調べたんだ」


「酔っぱらった時にべらべらと、自分で懇切丁寧に説明してくれましたからね」


「おい、やめろ。格好つけたのに恥ずかしいじゃねえか」


 土壁に遮られていて姿は見えないが、苦笑いでも浮かべているに違いない。

 さっき説明した通り、相手の未来視は一秒後の一瞬のみ。

 攻撃に関しては恐るべきスキルだ。攻めている最中に発動されると避ける方向がバレてしまう。その能力はこの身で味わった。

 だけど、防御となるとそこまで有能なスキルではないのだ。……相手が発動させるタイミングさえ分かれば。

 目の前にそびえ立つ土壁にチャンピオンの気配が近づいたのを感じ、とあるスキルをセットした。

 土壁が音もなく崩れ去ると同時に『光属性魔法』を最大威力で発動させる。

 ――攻撃力も何もない暗闇を照らす目的でしか使わない魔法を。


「目があっ!」


 チャンピオンが目を両手で押さえてのけ反った。

 目潰しという単純な方法だが、チャンピオンに通じたのには訳がある。

 チャンピオンは土壁の後ろからの不意打ちを警戒していた、なら『未来視』を発動させるタイミングは土壁を壊す前後となる。

 ……と、考えてはみたが確実ではない。だから俺はより可能性を高めるために――自ら壁を壊した。

 壊そうとしていた壁が目の前で勝手に崩れたら、普通は警戒するだろう。

 俺がチャンピオンなら何か策があると考え、間違いなく『未来視』を発動させてしまう。

 一秒近く激しい光を見せられた目は一時的に視力を失い、こうなる。


 そして、隙だらけの一瞬を見逃すほど愚かではない。

 先程の彼のお株を奪うように『縮地』を発動させて一気に間合いを詰めると、背に飛びついて首に腕を回して締め上げる。

 俺の腕を外そうと『剛力』で抵抗しているが、この体勢では相当な力の差がない限り強引に引きはがす事はできない。

 『硬化』を発動させているようだが、窒息させるのであれば問題はない。


「ぐがっ、振りほどけねえ! い、息がっ。『剛力』は消している……ってのに……そういう……こ……」


 白目をむいて崩れ落ちたチャンピオンの背から離れる。

 『スキル無効化』で『剛力』は確かに消されていた。だが同時に発動させていた『怪力』は消す事ができなかった。

 これは俺だけができるテクニックでもある。『怪力』が上位スキルに変化して『剛力』となるので、普通はどちらか一つしか得る事ができない。

 しかし、俺は両方を買い取ったことにより『剛力』と『怪力』が二つ同時に存在する。

 世の中には上位スキルの『剛力』よりも『怪力』が多く存在する。同レベルであれば『剛力』の方がはるかに強いのだが、珍しくもない『怪力』は容易に買い取れるのでスキルレベルがかなり高い。

 二つのスキルはレベルにかなりの開きがあるので、総合的な能力差は殆どなかった。


「他にもやりようは幾つかあるのですけどね」


 気を失って倒れているチャンピオンを見下ろしながら呟く。

 単純な戦闘力なら俺は敵わないだろう。

 だが、あらゆるスキルを活用して戦えば倒す事は可能だ。

 馬鹿正直に体術で戦わずに魔法やスキルを使って卑怯に立ち回れば、もっと楽に倒す事も可能だった。


「殺し合いなら負けていましたよ」


 『蘇生』があるから締め技で勝負をした。殺し合いならチャンピオン相手では一度殺すのが精一杯だろう。


「勝者、回収屋!」


 駆け寄ってきた神父が俺の腕を掴んで掲げると、観客席から拍手と歓声が聞こえてきた。

 視線を向けるとスーミレやクヨリといった女性陣は喜ぶというよりも安堵しているように見える。……後で謝っておいた方がよさそうだ。

 他の連中は興奮冷めやらぬ顔で称賛の言葉を叫んでいる。


「強いのは重々承知しておりましたが、まさか最強の格闘家を倒すとは……感服しました。勝因は何なのでしょうか?」


 神父が感心して何度も頷いている。

 問いに答える為に少し考えてから、口を開いた。


「情報量の差だと思いますよ。私は相手の事をよく知っていたから勝てました。顧客情報の大切さを知っていますからね……商人は・・・


 目を覚ましているがうつ伏せのまま動かないチャンピオンに、最後を強調して言い放つと、悔しそうに地面を掻いていた。


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[一言] 『蘇生』スキルって、 どうやって成長させるんだろう? 『剣術』とかなら繰り返し使えば成長するだろうけど、 『蘇生』レベル1の場合、使用回数1回。 使ったら0回になって、もう使えないんでは? …
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