スキルとイタズラ
説明箇所が抜けていたので、レアスキルについての説明文を追加しています。
「もう、イタズラばっかりしないでっ!」
「そんなことしてねえよっ!」
小さな女の子と男の子が喧嘩をしている場面に遭遇した。
とある場所へ向かっている途中なのだが、急ぎの用でもないので速度を落とし、子供達へ意識を向ける。
「なんで私にばっかり、嫌なことをするのよっ!」
「けっ、どんくさいからムカつくんだよ」
仲が悪いようにしか見えないが、男の子の方は気があるな。
子供……特に男の子というのは好きという感情に素直になれず、好きな人が嫌がることをしてしまう。そうすることで、自分に構って欲しいのだ。
好きな人に無視されるのが一番怖い事だから。
「イタズラですか、懐かしいですね」
子供の頃、姉も俺にイタズラを仕掛けてくることがあり、口では「やめて。それ以上したら怒るからね!」と抵抗していたが、何故か嫌いにはなれなかった。
今思えば姉はこの子とは違ってそこに愛情はなく、強者が弱者をからかって遊んでいただけなのかもしれないが。
「バーカ、バーカ! 大っ嫌い!」
走り去りながら女の子が放った一言は効き目があったようで、男の子が涙目になっている。
今は感情をうまく操れないのだろうが、大きくなれば少しはマシになるから。心の中で少年を慰めながら、その場を立ち去った。
俺は何処へ向かっているのかというと、眠り姫に呼び出されて彼女の屋敷へと向かっている最中だったりする。
あれから五分もかからず屋敷に着くと、事前に連絡が行き届いていたようで、門番に怪しまれることもなく通された。
メイドに部屋まで案内され扉を開けると、そこには窓際の椅子に座る眠り姫と、直立不動で隣に並ぶ――情報屋のマエキルがいる。
そういえば眠り姫の事について調べている内に、取り込まれたという話だったな。今は協力関係で互いに利用しているらしいが。
「ツッコミいります?」
「わーっとる。なんも言わんでええ。なんも、言わんといてくれ……」
その場に跪きうなだれるマエキルを横目で確認すると、眠り姫は艶やかに笑う。
「マエキルさんは私に力を貸してくださっているのですよ」
「そういえば、貴女は情報屋として名を馳せているのでしたね」
「ご存知でしたか。もしや、マエキルさんから?」
眠り姫がすっと目を細めて冷たい視線を注ぐと、ぶるっと体を一度大きく揺らし、マエキルは慌てて目を逸らす。
ん? 今、マエキルが……ほんのり頬を赤らめてなかったか。
「はぁはぁはぁ、なんか妙なんや。情報屋として完膚なきまでに叩きのめされてから、あの冷たい目で蔑まれると、ゾクゾクとドキドキが止まらへんのや」
彼の中で何か目覚めてはいけないものが……。
情報屋としての活動に支障がないのであれば、面白そうなので放っておこう。その結果、変わったスキルを覚えたら買い取らせてもらうとしようか。
「それで、ご用件はなんでしょうか?」
「そうでした。あれから回収屋さんについて少し調べさせていただいたのですが、昔からご活躍されているようですね。もしや、回収屋というのは世襲制なのでしょうか?」
「ええ、代々受け継がれているのですよ。この『売買』というオンリースキルの特殊な能力の一つですね」
「そういうことにしておきましょうか」
軽く聞き流されたか。
問いかけてはいるが、何もかも分かっていそうだな。
彼女を正面から見据えるが、『心理学』で見抜けないぐらい内心を隠し通している。
若いのに見事なものだ。
スキルがなくても優れた能力を持つ者。無能者の彼もそうだが、彼女もスキルだけに頼り切っていない。
「その情報はワイが教えたもんなんやけど……」
「何か仰りましたか、マエキルさん」
目が笑っていない状態で微笑む眠り姫。
びくんっ、と体を縦に揺らすマエキル。
「あ、あかん。このまま身をゆだねたら、新たな道が開けてまうかもしれへん」
それは進んだらダメな道だ。
マエキルのことだから半分は冗談でやっているとは思うが、思うが……あの目と表情を見る限り、完全にヤバい人だよな。
「特殊プレイは後でやってください。それでどうかしましたか?」
「いえ。回収屋さんが何かをお探しになっているのは分かったのですが、それが何かマエキルさんに訊ねても答えてくださらないのですよ」
「ふっ、どんなご褒美をもらっても、そのことは話さへんで。どうしても、聞き出したいって言うんやったら、まずはその足でワイの尻を踏み――」
馬鹿なことを口走ってはいるが、俺との約束は守ってくれているようだ。
覚えていたようだな、契約を破ったら与えたスキルを全て回収するという内容を。
「結構な大金を積んだのですが、予想以上に口が堅くて困ったものですわ。忠誠心なんて欠片もないような、お顔をされているというのに」
「ふっ、その程度の罵倒では興奮もせえへんなっ! もっと強く激しく、言葉責めもどんとこんかいっ!」
四つん這いになり尻を眠り姫に向けてマエキルが叫んでいるが、目も向けずに無視している。
「放置やと……。これはこれで……」
もう俺の知っているマエキルは死んだようだ。
そこに悲しみは、ない。本人が楽しいのであれば別に構わないので放っておく。
「マエキルさんが口を噤まれても、情報の断片を繋ぎ合わせると、ある程度見えてきたのですよ。お姉さんをお探しになられ――」
「それ以上踏み込むのであれば、興味本位では済みませんよ?」
俺が凄むと、笑顔を貼り付けたままの眠り姫の頬を一条の汗が滑り落ちた。
マエキルには危険性を伝えた上で、互いに利用している。俺と同じく身寄りがなく、いざという時にその命を捨てる覚悟も終えている。
……今は無様な姿を晒しているが。
「承知しております。許可もなく無理に聞き出そうとしたことに対する非礼はお詫びします。ですが、分かっていただきたいのです。ただの好奇心ではないことを。……回収屋さんがいなければ兄に殺されていたこの身。こう見えても恩義を感じていますのよ?」
「恩ごときで命を捨てる必要はありませんよ。感謝の言葉とスキルの売買をしてもらえれば、それで十分です」
彼女に利用されたのは確かだが、こちらも仕事として引き受けただけの話。
姉に深く関わる者は少ない方がいい。できるだけ他人を巻き込みたくはない。
「正直、初めは興味本位だったことは認めます。ですが、調べていくうちに恐怖を覚えました。世界の異変の影に見え隠れする、何者かの存在に……。私が安眠する為にも、その存在は許してはならないと思ったのです」
彼女の言葉に無表情を貫いていた自分の眉が、ぴくりと動いたのが分かった。
眠り姫は姉の影を……捉えたというのか?
「その存在が回収屋さんの求めている相手なのかは断言できません。ですが、何かしらの関連があると私は考えています」
彼女の決心、それに情報網。……腹を括るか。
俺にとって悪い事は何もない。守るべき相手だと思わずに利用すればいいだけの話だ。
「詳しいお話を聞かせてもらえますか。私も事情をお話ししますよ。ただし……。これを聞いたら後戻りはできません。よろしいですか?」
「はい」
笑みを消して姿勢を正した彼女の銀髪が、窓から流れ込んできた風にそよぐ。
真面目な顔をして足元で四つん這いになっているマエキルがいなければ、絵になる光景だ。
でもそのおかげで張り詰めていた空気が少し緩む。
「では、お話ししましょう。その前にマエキルさん、立ち上がってください。真面目な話がやりにくいので」
「ようやく突っ込んでくれたか。ボケ潰しが一番堪えるんやで? 姫さんに事情を明かさんように変態の振りして誤魔化すの疲れたわー」
膝をパンパンと払い、立ち上がり腰を伸ばすマエキル。
俺の目には本気に見えたのだが、本人の弁を信じるなら今までの言動は芝居らしい。
相手を騙すにしても、もっと他にやりようがあると思うのだが。
「まあいいでしょう。姉と私の因縁をお話ししますよ。愛しい姉と愚かな弟の話を――」
全てを語り終わると、マエキルと眠り姫は大きく息を吐いた。
彼にこの話をするのは二度目なのだが、それでも思うところがあったようで顔色が悪い。眠り姫はただでさえ白い顔から血の気が引いて、青白く変貌している。
『話術』を発動させて臨場感を演出したのが失敗だったか。
「そのようなことがあったのですね。私がここで気休めの言葉をかけても何の意味もありませんので、そこには触れないでおきます。お姉さんのスキルが『強奪』だというのは予想がついていましたが、やはり厄介なスキルです」
「せやな。回収屋の『売買』とちごうて、問答無用で相手から奪えるのはずっこいやろ」
そう、姉と俺の決定的な違いがそこだ。
俺のスキルは相手の同意がなければ発動しない。小細工を弄して相手から奪う方法もあるが、それも前準備が必要となる。
だが、姉の『強奪』はそうではない。発動条件はあるが、相手の同意を必要とせずに奪うことが可能。
「過去に『強奪』のスキルは存在していました。レアではありますが、このスキルを得た者は何かしら歴史に名を残していますので、知名度は高いですからね」
「それも全部悪い噂っちゅうのがなぁ」
そう『強奪』がレアスキルの中でも知らない者がいないぐらい有名なのは、所有者が悪行に身を染めた者ばかりだからだ。
貧民街で生を受けながら王まで上り詰め、ありとあらゆる物を奪いつくしたと言われている――略奪王。
世界を救う勇者として人々の期待を背負いながら、仲間を次々と殺害してそのスキルを奪い世界の滅亡を企てた――闇に堕ちた勇者。
特にこの二人が有名だ。
他にも「有名な盗賊の親玉が『強奪』スキルを所有していた」「金の為ならなんでもやる傭兵団の頭がそうだ」と真実かどうかも分からない噂話は後を絶たない。
『強奪』スキル所有者=悪党。という認識が一般的になっている。
故に穏便に生きていきたいのであれば『強奪』スキルを万が一生まれ持ったとしても、生涯誰にも明かすことなく隠し通すべき。そう考える者も少なくない。
俺の両親はそう考え、姉のスキルを隠し通そうとした。その結果はあの惨事。……皮肉なものだ。
「私が調べた限りなのですが『強奪』とは相手のスキルを認識した状態で、相手に触れて手に入れたいスキルを口にする。それが奪う条件だと聞いています。……回収屋さんは既にご存知だとは思いますが」
「ええ、それは知っています。更に付け加えるのであれば、相手に抵抗する意思があれば、『強奪』スキルのレベルを上回るスキルは奪えない、らしいですよ」
この情報を得てから俺はスキル集めに本腰を入れた。レアスキルはレベルが上がりにくい。姉への対抗策として有効な手段だと考えたからだ。
それからは同じスキルでもレベル上げ目的で、積極的に買い取っている。
「他にも『精神抵抗』が有効かもしれませんね。別の抵抗手段があるかもしれませんが、レアスキルは同時期に二つ存在しないと言われていますので、試しようがありません」
眠り姫の言っていることは間違いではない。どの文献を調べてもレアスキルの所有者が同時期に二人存在したという記述は存在しなかった。
元は老賢者である博学なルイオ、大いなる遺物であるアリアリア、千年もの年月を生きているクヨリも、そのような事実はなかったと断言した。
「レアスキルも謎だらけやな。所有者が死んだ途端、新たな所有者が現れるなんて厄介すぎるやろ」
「そうですね。それも世界中の誰かが突如能力に目覚める。年齢性別種族、何の関係もなく」
二人ともよく調べてくれている。
他のレアスキルも同様なのかは不明だが、『強奪』スキルは所有者が死亡すると、誰かに移るのだ。死亡した途端に移るのか数年後なのか、それは神のみぞ知る。
ただ、レアスキルも特殊な方法を使えば同時期に二つ存在させることは可能だ。それは俺の所有する『支配』スキルを見れば分かると思う。でも、これは『売買』を利用した特殊な方法なので本来はあり得ない。
姉も生まれつき所有していたのか、それとも鑑定される直前に目覚めたのか……。前の所有者が生き延びていれば、姉は――。
……やめておこう。もしも、なんてことを言い出したらキリがない。過去は変えられないのだから。
俺のやるべきことは未来を見据えて進むことだ。
「一般的なスキルは子供に引き継がれる事が多いですが、レアスキルはそれが当てはまりませんからね。それも一概には言えないのですが」
回収屋をしていると必然的にスキルと関わることが多く、スキルの謎に触れる機会がある。一般的にスキルは引き継がれる可能性があるのだが、その確率は五割前後だというのが定説だ。
それを狙い、資産家や権力者は優秀なスキルを持った血族を生むために、身分を問わず有力なスキル所有者を妻や婿として迎え入れる。
一国の王に妾が複数存在し、多くの子を成すのはその為だ。
これは一般的に広まっていない秘匿されている情報なのだが、スキルとスキルを組み合わせて高位スキルへと進化するように計算され、両親のスキルを受け継いだ結果、子供が高位スキルを所持して生まれるという現象が確認されている。
この国の王子が『精神感応』を生まれ持ったのも、今思えばスキルの組み合わせを考慮して……。というのは考え過ぎだろうか。
スキルには解明されていない謎が多く、特にオンリースキルについては殆ど研究が進んでいない。所有者が死ねば二度と同じスキルが現れないので、無理もないのだが。
「スキルってなんなんやろうな。単純に能力が強化されるだけやのうて、精神に絡むのもあるやんか?」
「有名どころですと、欲望系ですよね。『食欲』『睡眠欲』『性欲』。性格に関係する『怠惰』『恐怖』『朗らか』『陽気』も当てはまりますね」
「そこら辺もまだまだ解明されていない部分ですよ。以前、旅の途中で知り合ったスキル研究者の方と話したことがあるのですが、精神系は当人の強い想いが発動のきっかけになるそうですよ。例えば『食欲』を得た少年は満足に食事を得られず、誰よりも強く何かを食べたいと願った。内気な性格を直したいと願った少女が『陽気』を」
俺の発言に眠り姫が苦笑している。
自分がその一例に当てはまることに気付いたのだろう。眠ることを強く願い、『睡眠欲』に目覚めた自分に。
「願いを叶えるためにスキルがある。と言えば聞こえはいいかもしらんけど、その割に無能者なんて存在もおるわけやし、わけわからんなぁ」
「宗教家に言わせると、神の慈悲らしいですけどね。無能者もそうですが、負のスキルの存在も考えると、慈悲というよりは……」
そこから先を口にするのは不謹慎と判断したのだろう。眠り姫は口を噤む。
静まり返った空気を払拭しようと思ったのか、マエキルはあえて砕けた口調でこう言った。
「スキルなんてもんは神さんのさじ加減一つや。それこそ、運命のイタズラやろ」
信心深い連中がいたら大事になるような発言だが、ここにいる者は肩をすくめるだけで深く追求することはなかった。
悪戯……か。それは今朝の子供達ではなく、きっと姉が俺にした方なのだろうな。圧倒的な強者が弱者に対して行う、悪意のある遊戯。




