支配下
「酷いですね、これは」
炎が揺らめき、焼けた臭いが鼻につく。
街の城壁の上から見下ろす光景は、目を覆いたくなる地獄絵図だった。
魔物に蹂躙され無残に壊されていく民家。悲鳴を上げながら逃げ惑う人々。
一方的な殺戮と破壊がこの街で行われている。今すぐにでも助けに行きたいところだが、街の北側から流れ込んできた大量の兵士達にここは任すべき……か。
俺達には別の使命がある。拠点としている街で将軍から託された、俺にしかできない依頼をこなさなければならない。
今、この国は未曽有の危機に陥ろうとしている。
何処からともなく現れた魔物の群れが、村や町を壊滅させながら国の中心部である王都を目指しているのだ。
魔物の群れは、ゾンビ、スケルトンなどのアンデッド。
背中から翼の生えた人型の悪魔。
動物の血が混ざった獣人。
人に似せて作られた岩の人形。
普通なら決して組むことのない魔物たちが群れを成し、行軍を続けている。
魔物の群れは真っ直ぐに王都を目指すついでに、侵攻上にある町や村を焼き放つ。
その魔物達を討伐するために王都から送られた軍隊は、あっさりと返り討ちにされてしまっている。
当初は甘く見ていた王も焦りを覚えたようで、後発の部隊は第一陣の五倍もの兵を送り込んだ。
大軍を率いるのは、この国で最も優秀な将軍と噂される男。
その将軍とは最近再会したばかりで何かと縁がある。祖先だけではなく娘と関わることになるとは、思いもしなかったが。
将軍は勇猛であったが無謀ではなかった。実力を過信せず慎重な性格をしていたのだ。
……幼い頃は無謀な言動が目に付き、やんちゃなところもあったのだが、今それを持ち出すことはないか。
そんな将軍からの依頼内容は、どんな些細な事でもいいから敵の情報を集めてくれとのことだった。俺の商人としての情報網を期待してのことだろう。
そこで情報屋であるマエキルに頼むと、既に情報収集は終わっていて資料を渡された。
俺はその内容に息を呑み、即座に理解する。
この情報を掴んでいたから、マエキルは既に調べていたのだと。
「相手の親玉は何かしらのレアスキルやと思うで。ちゃうかったら、オンリースキルかもしれんな。魔物を統率して操れるスキルとちゃうかな」
これがオンリースキルなら前例がないので考えるだけ無駄だが、レアスキルなら一つ心当たりがある。
資料に再び目を通し、今後の策を頭で組み立てた。
俺の予想が的中しているなら、これは下準備が必要だと判断して各地を回り――今に至る。
国の兵士と魔物の戦いから目を逸らし、城壁から飛び降りると壁に沿って南へ進む。
俺の後方には四人の仲間が付き従っている。急きょ集めた信頼のおける面子だ。
目指す場所は……街に入らず安全な場所から殺戮を指示している、親玉。
そいつの気配は既に捉えている。
小さな気配が一つに、適度な大きさの気配がもう一つ。更に全身の体毛が逆立つような気配が四つ。
それ以外の気配は存在しない。こんな少人数で親玉を守るなんて無謀な行為だと、普通は考えるだろうが――この気配からして一騎当千の猛者ばかりか。
油断をすべき相手ではない。
相手がこちらの接近には気づいているようだったので、迂回もせずに真っ直ぐに敵の親玉を目指した。
互いの姿が見え、声の届く距離になるとようやく足を止めた。
小さな気配の正体は純白のウエディングドレスを着た美しい女性。本来なら祝福されるべき姿なのだが、目は虚ろで首には家畜のように首輪が装着されている。
首輪から伸びた細い鎖の先を掴むのは、黒を基調としたローブを着込んでいる一人の男だった。屋外だというのに豪華な椅子に座り、頬杖をついている。
見た目の年齢は二十代後半ぐらいか。吊り上がった目に、ニヤニヤと笑う不快な口元。
装飾過多な杖が地面に突き刺してある。あれが親玉の武器らしい。
小物臭がするが、マエキルの資料を信じるのであれば親玉の外見と一致する。
そして、虚ろな瞳をした女性は他国へ嫁いだ――姫で間違いないだろう。正確には嫁ぐ直前だった姫。政略結婚で小さな国に嫁がされる予定だった、俺が滞在している国の第四王女。
嫁ぎ先の国が滅ぼされるのが一か月遅ければ、盛大な式が行われていたことだろう。そんな不遇な姫の奪還が、俺の成すべきことの一つだ。
その二人を除いた残り四体の魔物は、将軍のような立ち位置か。
灰色の全身鎧を着込んだ騎士風の魔物には頭がなく、小脇に兜を抱えている。
あれはデュラハンと呼ばれる魔物だ。死を操る魔物と呼ばれ、アンデッド系の魔物を使役している。
親玉にすり寄っているのは、露出の高い下着のような服を着込んだ女悪魔、サキュバス。男を魅了し、その精気を吸い尽くす悪魔。
更に筋骨隆々の大男に牛の頭、ミノタウロス。
巨大な岩の人形、ストーンゴーレム。
どれも、魔物としては上級クラスだが、同族の中でもずば抜けて能力が高い個体のようだ。
相手のスキルを調べたいところだが、この距離だとまだスキルを見抜くことができない。
俺達を見ても奴らが動じることはない。にやけ面の親玉は一瞥して鼻で笑うと、あくびを噛み殺し、面倒そうに口を開く。
「別動隊か。直接、我輩をやりにきたようだな。悪くはない考えだが……無謀と言うべきか。その度胸に免じて直接手を下すのも悪くない」
「我が王よ。その手を汚す必要はありません。ここは我らにお任せください」
この声は兜を抱えているデュラハンか。
ミノタウロスとゴーレムも同意見の様で頷いている。サキュバスは親玉の腕に体を密着させ胸を押し付けると、耳元に口を寄せている。
「あのような汚らわしい人間に、ふぅー、触れることはありませんわぁ」
吐息交じりの色気たっぷりの話し方だな。
その言葉に気分を良くしたのか、親玉は浮かしていた腰を再び椅子に降ろした。
仲間を手で制し、俺は一人でゆっくりと相手に向かって歩き出す。
魔物たちの気配が膨れ上がり、気の弱い者なら気絶してもおかしくない威圧感が全身にのしかかってきた。
それも意に介さず更に距離を詰める。
「ほう、自ら死に急ぐか。それ以上踏み込めば、部下が黙っておらぬぞ」
その言葉に反応して足を止める。
魔物たちが武器を構え、今にも飛び出してきそうだ。
ここまで近づけば十分か。全員のスキルを『鑑定』で見抜くことが可能。
スキルを発動して、まずは四体の魔物を調べる。『怪力』『頑強』といった戦闘スキルや、『魅了』『誘惑』といった人の精神に影響を与えるスキルがずらっと並んでいる。
サキュバスは精神攻撃と魔法に長け、残りの三体は純粋に戦闘力が高い。デュラハンのスキルは死に直結する厄介なものが多いな。
スキルの種類は把握したが、スキルレベルは不明なままだ。
この距離ならレベルも見えるはずなのだが、相手のスキル名称のみが頭上に浮かび上がり肝心なレベルが分からない。
レベルを読み取れない理由は、彼ら四体と姫に共通して存在するスキルの影響だ。
――『支配下』という名のスキル。
これは『支配』スキル所有者の影響下にあることを示している。『支配下』をスキルスロットに入れられた者は『支配』スキル所有者に絶対服従の僕と化す。
『支配中』の者達のスキルを完全に把握できるのは『支配』スキルを発動させた者のみ。故に俺にはレベルが確認できない。
このスキルの厄介なところは、それだけではない。当人が解除しない限り『支配下』は一生スキルスロットに装着されたままになる。
『支配』スキルの所有者は言うまでもなく、椅子で踏ん反り返っている親玉だ。
そいつのスキルは全て読み取れるのだが、確かに『支配』スキルが存在していた。他にも優秀なスキルを取り揃えてはいるので、それなりの実力はあるだろう。
だが、部下の方が間違いなく強い。親玉がこの四体の部下と一対一でまともに戦えば、勝ち目はない。
「これは失礼しました。私はしがない商人でして、貴方様に商売をしにきたのですよ」
「ほう。無謀にも我が前に少数で訪れた理由がそれか。戦場で商売か……面白い。ふむ、申してみよ」
自分と仲間の実力を過信しているようで、強者の態度を崩すことはない。
四体のスキルレベルは不明だが、尋常ではない力が、その気配からひしひしと伝わってきている。
「私は回収屋と呼ばれていまして、人のスキルを買い取り売ることが可能なのです」
「聞いたこともないスキルだが」
平静を装っているが、一瞬腰を浮かしかけたな。
権力のある人間ほど俺のスキルに興味を抱く。彼も例外ではないようだ。
「ええ、オンリースキルなので。私以外にそのスキルを所有した方にお会いしたことはありません」
「ほほう。キサマも我輩と同じく、オンリースキル所有者か!」
驚いた素振りを見せてはいるが、我輩という部分を強調させたな。自分もオンリースキルを持っているというアピールのつもりか。
なら、その自慢話に乗ってやろう。
「と仰いますと、貴方様もオンリースキルを?」
「そうだ、『支配』という、この世界の覇者にのみ許されたスキルをな」
見事なドヤ顔だ。
自慢したくてうずうずしていたのだろうな。一応『演技』を使い自然に驚いておこう。
しかし、こういった輩はなぜ手の内をバラすのが好きなのか。力を手に入れると脇が甘くなるのは世の常なのだろうか。
「支配ですか、それは素晴らしい! そんな世界を制する貴方様にご相談がありまして」
「ふむ、それ故に商談を持ち掛けたのか。話を聞くだけ聞こうではないか」
上から目線で語っているのは絶対の自信があるからだ。いざとなれば力尽くで、従わせるつもりなのだろうな。
「一つ勝負を致しませんか? ああ、もちろん形式上のことです。実は国王から貴方様の討伐任務の命を受けやってきたのですが、どう考えても勝ち目はありません」
「ほう、先見の明はあるようだな。続けよ」
「ですが、何もせずに帰ったとあれば、国に残してきた家族の命が……。今も遠くからこの場の様子を見張っている、国王の手の者がいます。なので、一応戦った姿を見せておかなければならないのです」
親玉は横柄に頷いている。
『説得』『話術』『演技』スキルの効果が表れているな。今のところ俺の言い分を完全に信じているようだ。
「そこで、私と貴方様。そして互いの部下が戦い、勝者はスキルを得られるというのはどうでしょうか? もちろん、貴方様が勝利して私がスキルを安値でお売りすることになるでしょうが」
俺の提案を聞いて、親玉の笑みが深まった。
絶対の自信を刺激する、俺の媚びるような演技。こちらの提案を疑ってもいないようだ。
「面白い遊戯ではあるが、そんなことをせずとも力でお前を屈服させてもよいのだぞ?」
「それは無理かと」
俺が断言すると、親玉の眉がピクリと揺れる。
「我らが勝てぬと申すのか?」
「いえいえ。私のスキルの問題なのですよ。このスキルは『売買』と言うのですが、初めに契約を結び、お互いに売買する意思があることを宣言しなければスキルが発動しません。ですので、面倒ですがこうやって交渉を事前にして、この契約書に一筆いただかなければならないのです」
そんなルールは存在しないのだが、平然と嘘を並べる。
本来は相手が売る意思さえあれば、何の問題もなく買い取りが可能だ。
俺はこの場で契約書の文章を書き込み、相応しい内容を提示する。
「姫よ。あの契約書を取ってこい」
「はい、ご主人様」
ウエディングドレス姿の姫が歩み寄ってくると、俺から契約書とペンを受け取り親玉の下へ戻る。
「これは最高位の魔法の契約書か。契約を順守せぬ者に死を与える。なるほどな」
契約書にざっと目を通した親玉が俺を見つめ、ふっと鼻で笑った。
「敗者は勝者のどんな要求にも従わなければならない、か。つまり、我輩達が勝てばキサマの所有するスキルを全て買い取ることも、可能だということだな」
「その通りでございますが、私は利用価値のある男です。程々にしていただけると助かります」
「世渡り上手な男だ。よいだろう。貴様らの部下も我が配下に加えてやろうではないか。この契約書にサインをすればよいのだな」
何の疑いもせずに契約書にサインをした親玉――いや、間抜けでいいな。
途端、契約書は光を放ち消え去る。これで互いの契約はなされた。
間抜けは自分よりも部下の方が強いことを理解している。だからこそ、俺と一対一の勝負を持ち掛けるより、部下同士で戦わす方が乗ってくると予想したのだが、見事に的中した。
本当は一人で敵を蹴散らしてもいいのだが、商人として表舞台で活躍するのは避けたい。裏で暗躍するというのが商人としての正しい立ち位置だろう。
それに『支配下』にある姫を解放するには親玉に『支配』を解除させなければならない。だからこんな面倒な手筈を踏まなければならなかったのだ。
まあ、それだけではないのだが。契約を交わしたことで、勝利すれば相手の貴重なスキルを大量に買い取ることが可能となる。回収屋としてそこは見過ごせない。
「契約は成立しました。皆さん、もう話してもいいですよ」
交渉中は黙っておいて欲しいと事前に頼んでいた部下役の仲間達が、「ふぅー」と大きく息を吐いて、柔軟をしている。
ずっと直立不動でいたので、関節が固まってしまったようだ。
「ったく、よくもまあ、それだけ嘘をすらすらと並べられるものだ」
たてがみのような髪をボリボリと掻きながら、チャンピオンが呆れている。
「あまりに暇で死ぬところであった……」
不老不死のクヨリがお得意の死亡ネタを口にしているのだが、誰も反応していない。
彼女が『不死』だということを知っているのは、この場で俺だけだから当たり前なのだが。
「邪悪なるものに神の裁きを」
法衣を着た見事な体躯の神父が指先で宙に印を描き、祈りを捧げている。
背中には巨大な鈍器と、女神の姿が彫られた盾があり、いつもの温和な神父とはかけ離れた凛々しさがある。……あの二人が見たら奇声を上げて喜びそうだ。
「魔物を支配して王様気取りですか。人間とは愚かで滑稽ですね。これならまだ胸お化けの方がマシです」
機械人形であるアリアリアの毒舌は今日も絶好調のようだ。
この四人は今回の戦いの為に俺が集めた助っ人。敵の情報を集めた上で、最も適していると判断した仲間が彼らとなる。
敵の四体についてはマエキルから情報を得ていたので、人選はスムーズにいった。その報告書のあまりに詳細な情報を見て疑問に思い、マエキルに問いただしたのだが返答は、
「前に、眠り姫について調べて欲しいって言うてましたやん? そんで、まあ色々探っとったら感づかれてしもうて、屋敷に呼ばれたんですわ。でまあ、一つ分かったことがありまして。……あん人、裏の世界でごっつう名の知れた情報屋だったんですわ……。その結果、ワイも取り込まれてしもうたんですわ……」
とのことだった。つまり、今のマエキルは眠り姫と協力関係にあるそうだ。
只者ではないと思っていたが、まさかこれほどまでだったとは。
眠り姫は俺に恩義を感じているらしく、全面的に協力してくれるそうだが……。有力な情報源を手に入れたと、素直に喜べない。
「お前達、軽くねじ伏せて来い。我輩の下僕予定の連中だ、できるだけ殺すなよ」
間抜けが吞気に指示を出している。
洗脳されている配下の四体も軽い足取りで進み出てきた。負けるなんて考えは脳裏の片隅にもないのだろう。
「デュラハンにはクヨリ。サキュバスには神父様。ミノタウロスにはチャンピオン。ゴーレムにはアリアリアさんでお願いします」
「うむ、負けなければよいのだろう?」
「お任せください。敬虔なる信者に害が及ばぬよう、誠心誠意努力いたします」
「おうさ。殴りがいがありそうだぜ。強者がいるならなんでもいいぜ」
「デザインセンスのないゴーレムですね。もっと美的センスを磨くべきかと」
こっちも負ける気は微塵もない、か。
全員が自信満々に敵へと向かっていく。
「やれ」
間抜けの合図で戦闘が始まった。
デュラハンは手にした大剣で無造作に歩み寄ってきたクヨリの首をはねた。
サキュバスは『魅了』のスキルを発動させて神父を自分の虜にしようとする。
ミノタウロスは手にした巨大な斧をチャンピオンの脳天へ落とす。
ゴーレムは岩の手でアリアリアを押し潰した。
「おいおい。手加減をしろと言ったはずだぞ。済まぬな、回収屋よ。制御させたのだが、キサマの部下を何人か殺してしまったようだ」
軽い口調で謝罪の言葉を口にする間抜けに、俺は笑みを返しておく。
「いえいえ。お気になさらないでください。彼らは本能で……危険を感じ取っただけなのですから」
敵が全力で攻撃を加えてきたのは、仲間と対したときに異様さに気付いたからだ。
――本気でやらなければ自分が倒されると悟ったのだろう。
俺の言葉に違和感を覚えた間抜けが、戦場へと視線を移す。
「な、何者だお主はっ!」
怯えた声を上げるデュラハンの目の前には、同じように首を小脇に抱えて歩み寄っていくクヨリがいた。
首をはねたぐらいでクヨリが死ぬわけがない。
慌てふためきながらも、デュラハンは死の宣告や死に関する魔法を連発しているが、その全てを受け止めながらクヨリが距離を詰めていく。
「何故、死なぬ! この人間はなんなのだっ⁉」
死を与えるデュラハンにとって最悪な相性なのが、彼女だ。
死なない相手に死を操るデュラハン。……まるで喜劇だな。
別の戦いへ目を向ける。下着のような格好のサキュバスが神父の目の前に立ち、その指を頬に滑らせている。
「私に魅了されたら、誰もが私の虜になってしまう。こうやって頬を撫でられるだけで、イッてしまったのではなくて」
妖艶に微笑むサキュバスは楽しそうに神父へ話しかけている。
彼が魅了されていると、疑ってもいないようだ。
「なんのご冗談ですか」
神父が感情の揺れを見せずに答えると、ぎょっとしてサキュバスが距離を取った。
懐から取り出したハンカチで触れた頬を拭く神父を指さし、震えているサキュバス。
「あ、あなた! 私の魅了に抵抗したというの⁉」
「魅了? そんなことされましたか? ほんのり体が温かくはなりましたが。あっ、もしかして誘惑されていたのですか。これは失礼しました。日頃シスターと接していると、そういう誘いに疎くなってしまいまして」
恐縮して謝る神父を、化け物でも見るかのような怯えた目で見ているサキュバス。
流石、あのシスターの誘惑に毎日耐えている、鋼の理性を持つ神父だ。
心が揺らぐことなく、平然と淫魔と呼ばれるサキュバスに接している。
「もっと気合入れてこいや! 踏み込みがあめえっ! 力任せに振るんじゃねえよ。もっと動きに緩急つけやがれ!」
ミノタウロスの振るう斧を余裕で躱しながら、アドバイスをしているチャンピオン。
上級の魔物を素手で圧倒している姿には驚嘆させられるよ。これではどっちが魔物なのか分からないな。
「必殺、食らうと体の内部から爆発四散するビーム!」
アリアリアの目から放たれた光線がゴーレムの右腕に命中すると、赤く溶解すると同時に爆発した。
千切れ飛んだ腕を呆然と見つめるゴーレム。何が起こったのか理解できないようだ。
あの光線まさかとは思うが、俺の記憶を消すときに放ったものと同じじゃないよな……。
しかし、思っていたよりも圧倒的だ。メンバーを厳選しただけの事はある。
「ど、どういうことだ! 我輩の僕どもがっ⁉ 嘘だっ、嘘だっ! 支配下にあるこいつらは最強の魔物だっ! 一体何をやったっ!」
髪を振り乱し叫ぶ間抜けが、血走った目で睨みつけてきいるが、そんな顔されても困る。
あの人を見下した態度は完全に消え去ったようだ。
「普通に戦っているだけですよ。世の中には上には上がいるのですよ」
「ふざけるな! お前ら、手を抜くなっ! 意地でもぶっ殺せ!」
荒くなった言葉使いの方が、間抜けには似合っているな。今までの余裕の態度より、こっちの方が本性なのだろう。
間抜けの叱咤も空しく、デュラハンはその体を素手で真っ二つに引き裂かれ、サキュバスは神父の前で倒れ伏している。
ミノタウロスは上から押しつぶされたかのように頭が体に埋まり、ゴーレムは跡形もなく崩れ去り、アリアリアは大あくびをしていた。
「我輩の四天王が全滅……だとっ⁉」
「そうみたいですね。では契約通り、私の言うことを聞いてもらいましょうか」
「ふ、ふははははは! 驚かされたぞ、キサマらには!」
追い詰められているはずの間抜けは、額に手を当てて体をのけ反らせ、狂ったように笑っている。
精神が壊れたのかと疑ったが、その瞳には力が残っていた。
「優秀な下僕を連れてきてくれたことに感謝する! 我が下僕となれ!」
間抜けが突き出した手から金色の光が放たれ、それが仲間にぶつかる。
光は全身を覆うとすぐさま消え、それを見た間抜けは顔に手を当て「くくくっ、ふはははは、あーはははは」と、またも哄笑していた。
「これで貴様の仲間も支配した! 契約には勝者は敗者に従うとあったな。キサマの仲間は俺のものとなった。キサマとの決着はまだついていない! 今度は俺の仲間と戦ってもらおうか! こい、僕たちよ!」
呼ばれた俺の仲間達が間抜けをかばうようにその前に並ぶ。
彼らの頭の上に目を向けると、そこには『支配下』というスキルが確かに存在している。
「新しき四天王よ! ヤツを殺すのだっ!」
その命令を聞いた四人は右足を一歩踏み出すと、そこから回れ右をして間抜けへと向き直る。
「な、何をしているのだ? お前らの敵はあっちだぞ! お、おい。その振り上げたこぶしはなんだっ! 命令を聞け! や、や、やめろおおおっ!」
袋叩きにされている間抜けを眺め、ため息を吐く。
ヤツに対し積極的に蹴りを入れているのは、チャンピオンとアリアリア。神父は哀れな男の為に祈り、クヨリはぼーっと虚空を眺めている。
仲間が支配されなかったのには理由がある。彼らに付いている『支配下』のスキルはヤツのものではなく、俺が事前に『支配』のスキルで支配下にしておいたものだ。
既に支配されている者は支配されない。ただそれだけのこと。
「勘違いされていたようですが、『支配』はオンリースキルではありませんよ。レアスキルですね。私も所有しています」
ぴくぴくと痙攣している間抜けに話しかけたが、返事はない。
この展開は事前に考慮していた。俺も所有しているスキルなので対策は万全だ。
もっとも、仲間達ならその精神力の高さで『支配』のスキルを撥ね退ける可能性も高かったのだが、念には念を入れておいた。
――特に神父には必要なかったと思う。
「おーい、お前ら無事かー! レオンドルド、回収屋、怪我はねえか?」
街の方から響いてきた聞きなれた大声は、独特な料理センスを持つ嫁に愛されている男――コンギスだ。
縄で縛りあげている最中に、街の魔物たちを掃討したとの連絡をコンギスが伝えに来てくれた。
街の魔物討伐には兵士だけではなく、冒険者達も多く参加していた。確か、老賢者のパーティーもいたはずだ。
これで今回の騒動は一件落着か。
表向きは兵士と彼らの活躍で片付いたということになるのだろう。
「支配か、面倒なスキルだな。まさか、回収屋も持っているとは思わなかったが。お前さんは、支配のスキルを悪用しようとは思わねえのか? お前さんの実力とそのスキルがあれば一国の主も夢じゃないだろ」
チャンピオンが茶化すようにそう言ったが、その目は笑っていなかった。
危険性を理解した上で、俺に釘を刺したつもりなのだろうか。
「興味ありませんね。支配する気も、される気もありませんよ。皆さんの支配は既に解除していますので」
自分の心は自分だけのものだ。
他人に身も心もゆだねて生きるのは、ある意味楽かもしれない。
だが自分の人生を他人任せにする恐ろしさを俺は……知っている。
他人に依存することの危険性を……理解している。
「人の心は自由であるべきだと思います」
「でもよ、実は支配されるのも悪くねえのかもしんねえぞ」
誰よりも自由を愛している男だと思っていたが、チャンピオンしては意外なことを口にする。
そう思いまじまじと彼を見つめると、苦笑いを浮かべ親指で後方を指さした。
そこには情報を伝えに来てくれたコンギスと……隣にその妻のセリフェイリがいる。少しでも旦那の役に立ちたいと、雑用係として同行したのだったか。
「あなた、怪我はないですか。もう、ここもここにも切り傷が……。服も破れているじゃないですか。後で修繕しますので渡してくださいね」
「お、おう。いつもすまねえな」
嫁に頭の上がらないコンギスの姿を見て、思わず頷いた。
あれは支配しているようで、完全に支配下に置かれている。
両者が同意の上ならありなのかもしれないな。――幸せな支配か。