最高の勝利を掴むまで
● 一回目
遠くに見える白く小さな家。姉が待ち構えている別荘で間違いない。
海沿いの一帯には人家がまったくないので被害を気にせずに戦える。
姉が所有している『自爆』が発動したとしても大規模な犠牲は出ない。
確実に勝つなら首都で俺を待つべきだった。そうすれば国民を人質にできるから。
でも、それをやらなかったのは自信の表れ。俺がどう足掻こうが勝てるという確信があるのだろう。
俺に全力を出させたうえで完膚なきまでに叩き潰す。それが姉の思惑。
大きく息を吐き、吸う。それを何度も繰り返し、心を落ち着かせる。
神父から譲り受けた『無の境地』があるおかげでなんとか平静を保てている。多くの仲間や知人が戦場に散った。
オートマタの軍勢に挑んだレオンドルド、アリアリア、魔王団長、クヨリの安否は……おそらく……。
最悪の結末を想定しておくべき。姉は巧みな言葉遣いで俺の心を揺さぶってくるはずだ。
大丈夫。俺には『死に戻り』がある。納得のいく未来を掴むまで、何度だって繰り返してみせる。
初めのうちは姉からできるだけ情報を引き出すことに専念するべきだ。
そんなことを考えている内に目的地へとたどり着いてしまう。
顔を上げるとそこには今も昔と変わらぬ……いや、以前よりも美しくなった姉がいた。
「いらっしゃい、愛しい弟よ。一緒にお茶でもどう?」
● 二回目
「はっ⁉」
慌てて周囲を見回す。
椅子や机が並ぶ室内。俺は窓際の特等席に腰掛けている、ようだ。
いつもなら昼食を食べに来た客でごった返しているはずの店内だが、今は見知った顔ぶれしか存在していない。
今回は特別に周囲の椅子とテーブルを移動させて、全員で一つのテーブルを取り囲むように座っている。
テーブルを挟んだ正面にはレオンドルド、アリアリア、魔王団長、神父。両隣にはクヨリと眠り姫。他にも頼れる仲間や知人がこの場に集まっていた。
「ここにはコンギスを当てるとして――」
テーブルに置かれた地図を指差して指示をしているのは魔王団長。
多くの魔物の長であり劇団虚実の団長をしている彼は、場を取り仕切る能力がずば抜けているので、このまま任せて大丈夫だろう。
死ぬ一日前の光景。
上手くいったのか。無事に戻れたようだ……。
仲間に気づかれないように視線を落とし、両の手を握っては開く。感覚はある。夢や幻を見させられている可能性もない。
リプレから買い取った『死に戻り』は問題なく発動できた。
つまり、さっきまでの体験は実際にあった……未来。
前回はここにいるほとんどの人が殺され、リプレの体内に魔道具が仕込まれている、という情報を得たのは大きい。
俺が何もしなければ同じ未来が待っている。
「皆さん、作戦の変更を提案します」
前回の反省を生かし、姉への対策を試みよう。
『死に戻り』への過信は危険だ。実は回数制限が存在していて万が一にも発動しなかった場合、せめて仲間たちだけでも生き延びられるように。もしもの保険は必須。
それに時間が戻り、無かったことになるとはいえ、何度も仲間が死ぬことは避けたい。
姉から詳細な情報を聞き出し、各自の戦況についての情報収集も欠かさず、つぶさに観察しろ。俺は何度死んでもいい。仲間を生かすんだ。
● 八十九回目
目が覚めるといつもの食堂。
いつも通り、仲間との会議中。
姉から必要な情報をすべて聞き出したので戦闘に集中できたのだが、やはり勝てなかった。
戦闘スキルを集めに集めた姉には正攻法で勝てる可能性はほとんどない。
まともに戦っても勝ち目がないというのに、姉の『強奪』が厄介すぎる。触れただけで相手のスキルを奪えるという強み。
精神を集中して抵抗すれば『無の境地』のおかげもあって一度は耐えられるのだが、負傷や精神が疲労した状態で耐えられるかは疑問が残る。
姉も『強奪』を失敗した際に「まだ抵抗力が高いみたいね。精神と体力と身体をもう少し削ればいけそう」なんてことを邪悪な笑みを浮かべて言い放っていた。
毎回、自ら首をはねて難を逃れているが、これではキリが無い。打開策をなんとか考えなければ。
スキルを奪われたらすべてが終わってしまう。
積極的に戦いたいが、そうすると奪われる危険性が増すというジレンマ。
極力触られることなく姉を倒す。
厳しい条件だが挑むしかない。何度失敗しても構わない。試行錯誤を繰り返して完全な勝利を!
● 三百七十五回目
いつもの食堂でいつもの会議中。
もう何百回も聞いた作戦会議。
また姉に負けた。敗因は理解している。
毎回少しずつ姉の行動に変化があるせいだ。
仲間が助かるように策を練り、有りと有らゆる手を尽くしたおかげで、姉との戦いへ挑むまでに戦況はこちら側に有利な状況へ傾けることが可能となった。
だけど、毎回、状況が変化して未来が変われば姉の対応も変わり、規則性が失われる。
「皆さ……」
最悪の未来を回避するために仲間へ声をかけようとしかけたが、手で口を防ぐ。
ダメだ。毎回すべて同じ行動をしなければ未来が変化してしまう。
できるだけ同じ状態で姉に挑む必要がある。本番は姉との戦い。
思った通りの結末へと導くことができれば、すべての被害をなかったことにできる。
そう、作戦会議にまったく口を出さず、あるべき未来を受け入れるべきだ。
仲間たちが殺されていく最悪の未来を……。
ここから俺は姉と戦うまで、何度も何度も代わり映えのない一日を繰り返す。
そして、何度も何度も仲間たちを助けることなく見殺しにする。
――最良の結末を掴むまで。
● 六百十八回目
レオンドルドたちと別れ、姉の待ち構えている小さな小屋へ向かう途中。俺は頭を悩ませていた。
前回の戦いで初めて姉に勝てた。
戦闘パターンを完全に把握した状態で先手を打ち、隙を突いて完封できた……のだが、止めを刺す直前に姉が『自爆』を発動。
「あれは避けることも耐えることも不可能」
咄嗟に『結界』『硬化』『頑強』『頑丈』『強硬』を最大レベルで発動したが『自爆』の威力は格段に上をいっていた。
だが、方法はある。最良ではないが、これ以上『死に戻り』を繰り返さなくてもいい方法は……ある。
俺が『死に戻り』をリプレに返すか誰かに売れば、もう過去に戻ることなく姉を殺せる。……相打ち覚悟だが。
……ダメだ、それはダメだ。この『死に戻り』は強力で危険すぎる。誰かに渡せば未来に大きな禍根を残すことになるだろう。
それに……クヨリとの約束もある。いつか『不死』を買い取って普通の生活をさせる。それが無理なら永遠に俺も付き合うと。
その誓いを破るわけにはいかない。
「折れるな、まだ折れるなっ! 道半ばでくじけるな! 俺ならできる、やらなければならない!」
自分への叱咤激励を口にする。
死ぬ度に摩耗していく心。『無の境地』があるとはいえ、死はあまりにも重い。死の恐怖、命が失われていく焦燥感、そして暗転。
まともな神経では耐えられない代物だ。リプレさんがこのスキルから解放されたいと願っていたのが、今なら痛いほどわかる。
姉に『自爆』を発動させる隙もなく倒す。これしかない。
更に難易度は上がってしまうが、俺には無限の時間がある。
「やるしかない。やるしかないんだっ!」
● 千六百回目
草原を歩きながら一人ぼやく。
「大きな間違いを犯していたのかも知れない」
ここ数百回は誤差を埋めるために規則的に一日をこなし『死に戻り』を繰り返していた。
いつも通り、間違いが生まれないように自分の能力と作戦のおさらいをしよう。
『売買』はレベル2に達したことでやれることが増えた。
一つ、オンリースキルを一つだけ買い取ることが可能。
この能力が戦いの肝だ。問題は一つしか買い取れないこと。買い取りの候補は仲間が所有している『死に戻り』『不死』『透明化』『復活』『未来視』『スキル無効化』で、スーミレの友人が『貧乏』を所持しているが真っ先に除外させてもらっている。
この中で何を買い取るのかは少しだけ迷ったのだが、最高の結末を迎えるには『死に戻り』を選ぶべきだと決断した。
実際、これを選んで正解だったと実感している。
ここで大事なのは『死に戻り』がどういった能力なのかを把握すること。
一番大事なポイントは死ぬと一日時間が巻き戻るが、巻き戻った一日の記憶があるのは『死に戻り』の所有者のみとなる。――ここだ。
リプレから買い取らずに、俺が姉との戦いで負ける度に死んでもらう、という方法もあるにはあるが彼女への負担が大きすぎるのと、俺が記憶を失うのが問題だった。
その問題は俺が買い取り所有者になることで解決をする。
もう一つ忘れてはならないのが『死に戻り』で巻き戻った時間内にスキルの受け渡しをしたら、スキルはそのまま、ということだ。
つまり、『死に戻り』前にスキルを『売買』で移動させると、時間が巻き戻ってもスキルは元に戻らない。『死に戻り』の所有者は記憶を所持しているので状況を理解できるが、交換した相手はその記憶がないので、突然スキルが増減したことになりパニック状態に陥ってしまう。
俺も以前『死に戻り』を体験した際に、リプレさんにスキルを売ったことを覚えていなかったので、内心ではかなり取り乱していたのを覚えている。
「姉さんとは違い、記憶を保持しているのが最大の強み」
あとは『売買』レベル2の効果。
オンリースキルの買い取りだけではなく、『売買』がレベル2に上がってもう一つ能力が強化された。
相手の許可なくオンリースキル以外のスキルを買い取ることが可能。
これもかなり大きなメリットだが、条件がいくつかある。
相手に触れなければ発動できないことと、一つずつしか買い取れないこと。秒数で表すなら一秒に一つのスキルが限界。
まず、触れるということは相手にも触れられる危険性があり、集中して姉さんのスキルを一つ奪っている間に、オンリースキルを除いたすべてのスキルを姉さんに奪われる、なんてことになったら目も当てられない。
深呼吸を繰り返すことで、新鮮な空気を取り入れて頭を冷やす。
……何度も繰り返したおかげで、勝つだけなら確実に勝てるようにはなった。
だけど、どうしても相打ちに持ち込まれてしまう。心臓を貫こうが首をはねようが『自爆』が発動してしまうのだ。
方法は不明だが、死ぬと同時に『自爆』が発動する仕組みになっているのだろう。
ならば止めを刺した瞬間に姉さんから『自爆』を買い取ればいい、と考えて実行したのだが……一枚上手だった。
俺の『売買』で買い取られる可能性を予め考慮していたのだろう、姉さんは『自爆』スキルを分割してスキルスロットに入れていた。
それも念には念を入れて、四つに分けて。
一つ奪ったところで他の三つが発動してしまい、結果は言うまでもない。
何度繰り返しても『自爆』は発動してしまう。結果『死に戻り』を繰り返す羽目になる。
『自爆』を防ぐ方法。どうにかして『自爆』を……いや、待てよ。
「そうか、その手があったか!」
不意に頭に浮かぶ、最良の一手。
何百回も試行錯誤を繰り返した結果、たどり着いた一つの冴えた答え。
偶然、思いついたわけじゃない。諦めずに、折れずに、何度も、何度も、何度も、何度も、永遠にも感じられる繰り返す一日の中で、あきらめなかった結果が今に繋がった。ようやく……。
「これなら、これなら、すべてを終わらせられる!」
あとは微調整を残すのみ!
○ 千八百六十七回目
「いらっしゃい、愛しい弟よ。一緒にお茶でもどう?」
表面上は優しく微笑む姉。
優雅に紅茶を注ぎカップを持ち上げようとするが、返事はせずに歩を進める。
「つれないわね。久しぶりの再会なのだから、もっと愛想良くしたらどう?」
「数年前に会ったでしょう」
本当はもう千回以上も顔を合わせて言葉を交わしている。
姉が何を言うかどういう行動を取るかも把握済み。
素っ気ない態度を取る俺に不満があるようで、姉の眉尻がピクリと動く。
「心がまったく読めないわね。こちらの精神攻撃も意に介さないみたいだし」
何度も何度も繰り返してきた会話だから。もう、何も感じないよ。
「あら、何も答えてくれないの?」
黙って数歩進み、適切な場所で足を止める。
この距離だ。もう少し近づけば姉が一瞬で俺の懐に飛び込めるギリギリの間合い。
「ねえ、余裕ぶっているけど、お友達のことは心配じゃないの?」
「別に」
千回以上、見殺しにしてきたというのに今更何を思えというのか。
謝罪も懺悔もすべてが終わってからでいい。
「凄いわね。心の揺らぎがまったく感じられないのは、神父様から買い取った『無の境地』のおかげかしら?」
「そうですよ」
ここで無駄な駆け引きは必要ない。以前、とぼけて誤魔化してみたのだが事態が好転せずに、むしろ悪化した。
「さすが私の弟。こんな状況でも平常心を保っているなんて、お姉ちゃん嬉しいわ」
わざとらしく歓喜の声を上げて、目元の涙を拭う真似をしている。見飽きた芝居だ。
無反応な俺に対して苛立ちが募っているようで、表情や動作にわずかだが感情が漏れている。
「もしかして、負けてもリプレさんの『死に戻り』を使えばいい。やり直せばいい、とか考えている?」
この発言を初めて聞いた時は少し驚いたのを覚えている。
「貴方が死ぬか捕まるかして負けたのを確認したら、リプレさんが自害するか誰か仲間に殺させる。リプレさんの負担は大きいけど効果的な手段よね」
「かもしれませんね」
その方法を一度考えはしたので否定はしない。
「うんうん、素晴らしい策だと思うわよ。でも、残念。リプレさんは本当に『死に戻り』を発動できるのかしら?」
椅子から立ち上がった姉が軽い足取りで、こちらへと少しずつ近づいてくる。
「どういう、ことです?」
意識して少し動揺する振りをした。
「そのままよ。リプレさんは本当に『死に戻り』を使えるの?」
「言葉の意味がわかりません」
不機嫌さを隠しつつ問い返す――演技をする。
「リプレさんをずっと誰かが監視していたの? 一日中? トイレや風呂や着替えの時も? 一瞬たりとも目を離さずに?」
問いには沈黙で答える。
「数分、いや数十秒あれば、リプレさんの身体に何かを仕込むことも可能。例えば……極小の魔道具を埋め込む、と、か、ね」
口の前で人差し指を振っておどけた態度の姉。
「あれを遠隔操作したら、リプレさんが何日も意識を失うとしたら? あっ、威力が強すぎて運が悪かったら死んじゃうかもー」
姉は起死回生の一手のつもりだったはずだ。
俺の『売買』レベルが2に上がっていなかったら、姉の策にはまっていたかもしれない。
「そうですか」
何の感情も込めずに淡々と言葉を発した。
いや、繰り返す日々の疲れと、この問答を繰り返してきた自分に対する呆れがこぼれていた、かもしれない。
「もういいですか。じゃあ、さっさとこの馬鹿げた姉弟喧嘩のけりをつけましょう」
「ふざけないで! 無理しないで、もっと悔しがりなさいよ! 目の前でお気に入りの玩具をぶっ壊された子供のように、絶望に打ちひしがれて、泣きじゃくって、仲間を助けてと懇願しなさいよ!」
頭を抱え胸に秘めていた感情を吐露する姉。
初めて本心を聞いたときは驚きよりも納得が大きかった。今は何も感じなくなってしまったけど。
「姉さんは俺の……私の裏を掻いたつもりなのでしょうが、大きな過ちがあります。『死に戻り』を利用するという考えは間違っていません。ですが、その方法が違ったのです」
「方法が、違う?」
「『死に戻り』はリプレにではなく……ここにあります」
そう言って自分の胸を指差す。
瞬間、はっとした表情になる姉。
「まさか、『死に戻り』を『売買』で買い取ったの……。でも、それはあり得ない! 『売買』はオンリースキルを奪えないはず!」
「確かに買い取れなかった――少し前までは」
「ちょっと待ってよ。急にこんな絶好のタイミングで新たな力に目覚めた、なんて都合のいい展開があるわけ」
「あるのですよ」
俺にとっては最高のタイミング、姉にとっては最悪のタイミングでレベル2に進化した。
文句の一つもいいたくなる気持ちは充分に理解できる。
「以前、姉さんが送り込んだカイムロゼの『賭け』によって『売買』のレベルが10に上がりました。その際に『売買』でオンリースキルの『賭け』を買い取れました」
「それは知っているわ。でも、あれは『賭け』の能力で一時的にレベルが上がったに過ぎないでしょ。オンリースキルはどれだけ使い込もうがレベル1のまま」
今思えば、カイムロゼとの戦いが分岐点だった。
あの戦いで『売買』の可能性を見いだせたのは大きい。あれが希望となり心の支えになった。
いつか、必ず、レベルが上がると、信じることができた。
「私が年間でいくつのスキルを買い取っているか知っていますか?」
「最近は百に届かないぐらいでしょ」
ここまで知っているとは。姉はいつから俺に気づかせずに監視をしていたのか。
……いつでも殺す機会はあっただろうに。
「大量に得る年も何回かあったので平均すると、もう少し上になりますが、基本は毎年それぐらいです。姉さんと別れてから七百と七十八年。買い取れたスキルの合計は八万九百六十八でした」
「それがどうしたの、数自慢? 私はもっともっとスキルを所有しているわ」
「知っていますよ。そこで話を戻します。『売買』のレベルが上がるとオンリースキルを買い取れることが判明した。だけど『売買』のレベルは上がらない。ここまではいいですね?」
姉は小さく頷いている。顔は不満そうだけど。
「ですが、私の『売買』はレベル2に到達したのですよ」
「はっ、ふざけないで、矛盾しているでしょ。冗談だとしても笑えないわ」
そう言いたくなる気持ちはわかる。強がりに見えて当然だ。
「ここで問題です。『売買』スキルがレベル2になる条件とはなんでしょうか?」
「だから、あり得ないって言ってるでしょ」
「もし、可能だとしたら?」
強めに返すと、姉が腕を組んで考え込む。
「レベルは回数をこなせば上がる。だから、もっともっと『売買』を使えば……」
「正解です。『売買』のレベルアップ条件は……十万回、スキルを買い取ること」
「はっ、馬鹿げているわね。それがもし、本当のことだとしても、この数日で一万以上のスキルを買い……まさかっ⁉」
小馬鹿にした口調だったが、あのことを思い出したようだ。
目を見開き俺の顔を凝視している。
「そう。姉さんが『自爆』スキルだけを奪った古代人の研究施設。あそこにあった、姉さんが見向きもしなかった一万を超える失敗作のスキル。あのすべてを買い取りました」
「『売買』がレベル2に達したというの?」
「そう言っているじゃないですか」
「じゃあ、仲間のオンリースキルをすべて買い取ってここにいる、と言いたいのね」
一旦、深く息を吸ってから口を開く。
「そうです、と言いたいところですが、残念ながら違います。レベル2になって買い取れたオンリースキルはたった一つ」
「それが『死に戻り』ってわけね」
姉の確信めいた問いに対して、静かに頷いた。
「なるほど、合点がいったわ。仲間が死んでも『死に戻り』でなかったことにできる。ここで私に負けても『死に戻り』でやり直して、また挑めばいいだけ。納得のいく最高の勝利を手に入れるまで繰り返すことが可能なんて、いかさまじゃないの」
姉はお手上げとばかりに肩をすくめてため息を吐いている。
さあ、ここからだ――。失敗は許されない。
「そういうことです。今回は私の手の内を明かしましたが、ここで自殺をして『死に戻り』を発動させて次に挑むときは問答無用で倒しますので。では、また巻き戻った世界でお会いしましょう」
懐に忍ばせていた短剣を取り出し、自分の胸へ突き刺す。
心臓を貫いた確かな感触と痛み。だが、俺の体力と頑強さなら即死には至らない。
どの場所をどう刺せば、息絶えるまでどれぐらいの時間が必要かは……何度も試した。
瞬時に距離を詰めた姉の顔が目の前にある。勝ち誇った、心底嬉しそうな笑みを浮かべて。
「馬鹿な弟。普通の状態なら『無の境地』と精神力で『強奪』を防げたでしょうけど、命が失われていく抵抗力の弱まった状態で耐えられるかしら。自殺をするなら、即座に首を落とすべきだったわね」
俺の額に手を当てた状態で勝ち誇る姉。
そんな姉の顔をじっと見つめる。これが――最後になるから。
「ここで『死に戻り』が発動しても、戻った先で『売買』と『死に戻り』しか残っていない。そんな状況でどうするのかしら?」
姉が『強奪』を発動したのだろう。身体から血だけではなく、別の何かが失われていく感覚がある。
何百年もかけて集めてきた大量のスキル。俺の人生が姉に吸い取られていく。俺の中に残されたのは『売買』と『死に戻り』のみ。
頬を赤め歓喜に震える姉を見つめながら、ぼそりと呟く。
「千八百六十七回」
この結末にたどり着くまでに死んだ数を無意識で口にしていた。
「何を言っているの?」
呆けた顔で問い返す姉の手を掴む。
スキルを失った自分はこんなにも弱々しい力しか出ないのか。
今まで俺を助けてくれてありがとう、スキルたち。
そして、姉さん。これでお別れだね。さようなら――。
最後の力を振り絞って『売買』を発動させる。狙いはたった一つ『制御』だ。
「姉、さん。バイバイ」