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いらないスキル買い取ります 【連載版】  作者: 昼熊


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最後の姉弟喧嘩


 待ち遠しい。

 この日をどれだけ待ち望んだことか。

 切り立った崖の上に立つ、白く小さな家の庭に置かれた椅子に腰掛け、紅茶を一口すする。

 周囲は民家どころか生物の気配すらない、殺風景な平原。背後には海があり、潮騒が微かに届くぐらいの距離。

 弟と語らうには最高のシチュエーション。


 各地の戦況はあえて耳に入れていない。情報は意図的に全て遮断しているので、戦況を知る術はない。

 だけど、これは自信の表れでもある。私の思惑通りにことが運んでいると確信していた。

 弟と関わりのあるスキル所持者には手練れを送った。世界各地から集めたレアスキル、オンリースキルの所有者を。


「まあ、何人かは負けているでしょうけど。ふうううぅ」


 紅茶のカップを机に置き、椅子の背もたれに身体を預け両腕を伸ばす。

 数名は負けるのを前提に当てたが、弟の縁の深い連中には罠を巡らせ、確実に勝てる人材を送り込んだ。

 その方が弟は――より傷つくから。

 心を揺さぶり動揺させ、絶望と後悔と復讐心に歪んだ顔を見るためには、下準備が必須。

 その為にあえて情報を遮断したのだから。最高の喜びを得る為に。

 大切で大好きな弟から、何もかも奪う。その為にはどんな努力も惜しまない。


「ああ、早く来ないかしら」


 鼻歌でも歌いたい気分だけど、そこは我慢する。

 この抑え込んだ気持ちを少しでも発散するのはもったいない。じらして、じらして、じらして、限界寸前まで溜め込んで……。

 ああ、その瞬間を考えるだけで身体が震える。

 いつからだろう、愛おしい弟から奪うことに快感を覚えるようになったのは。

 弟が生まれる前に私は『強奪』スキルを所有する厄介者として、両親から蔑まされる日々を過ごしていた。


「お前は恥だ! 決してスキルを人に言うな!」

「誰とも関わるな。私たちにも近づかないで! この『強奪』持ちが!」


 罵詈雑言なんて日常茶飯事。

 両親は私に触れられることを極端に恐れ、スキルが判明してからは抱きしめられるどころか、手を繋いだ記憶すらない。

 ゴミを見るような侮蔑の目。他者と接しないように部屋に閉じ込められ、最低限の飯を与えられるだけの毎日。

 死にたい、と何度思ったことか。


 それでも私は死ぬ勇気すらなく、ただ生きていた。ずっと、こんな、無為で価値のない日々が過ぎていく、そう思っていたあの日――私の人生に光が射した。

 両親からの期待を一身に背負い産まれた弟。それからは、ますます邪魔者扱いをされ食事の量も減らされ、存在すら無視されてしまう。

 いつものように部屋の窓からぼーっと外を眺めていると、遠くに人影が見えた。

 「他人に見つかるな!」と何度も両親から釘を刺されていたので、咄嗟に隠れようとしたのだが……身体が動かなかった。彼女を視界の隅に捉えた瞬間、電撃のようなものが身体を走り、硬直してしまう。

 恐怖、ではない。ただ、目が逸らせなかった。大きく見開いた目は視線を動かすことも、目蓋を閉じることも許されなかった。


 その人はとても美しい女性だった。足首まで届いている長い髪は光の加減で銀にも金にも見える。

 他の色の存在を許さない純白の肌にすらりと伸びた手足。顔は絶世の美女だった、ことだけは覚えているのだけど、詳細は思い出せない。

 服装は漆黒のイブニングドレス。スカートの両脇に深いスリットが入り、美脚を惜しみなく晒していた。胸元も大きく開け放たれていて、こぼれ落ちそうなぐらい豊かで形の良い胸に、同性だというのに魅了されてしまう。

 そんな美女がゆっくりと窓際へと近づいてくる。


 彼女が接近する度に心臓の鼓動がうるさいほど脈打ち、身体が歓喜に震えた。

 彼女が窓を挟んで手の届く距離まで近づくと、腰をかがめ私と視線を合わせる。

 真っ赤な瞳が正面から私を射貫く。

 そして、その瞳よりも赤く妖艶な唇がゆっくりと開いた。


「『強奪』を与えられし、選ばれし子よ」


 優しく美しい声が鼓膜を揺らし、脳まで届く。

 意味がわからなかった。言葉は通じている。何を言っているのかもわかる。でも、頭が理解できなかった。


「…………っ」


 相手の言葉に対して質問を口にしようとした。だけど、口がぱくぱくと開閉するだけで声が出ない。


「汝はイウズワに認められし子。己が欲望のままに生きよ。何もかも奪え。その為の力を授ける」


 そう言うと、鋭利に尖った赤い爪を浅く私の額に突き刺さす。

 瞬間、私の中に『強奪』の知識と新たなスキル『制御』が与えられたのを理解した。

 と、同時に芽生えた強い感情。

 そうか、そうだったんだ。我慢なんて必要ない。欲しいものがあれば奪えばいい。

 そうだ、奪ってしまえばいい。なんで、こんなことに気づかなかったんだろう。ずっとずっと堪えて我慢してきた。幸せが欲しいなら奪えばいい。

 幸せになるためには力が必要。だったら、力のある者から奪えばいい。その方法は教えてもらった。

 この力があれば幸せになれる。幸せは幸せな者から奪えばいいんだ!

 今一番幸せなのは……弟だ! だから、弟から何もかも奪えば私は幸せになれる! そうに決まってる!






「懐かしいわね」


 結局、あの女性が誰だったのかはわからずじまい。気が付くと彼女の姿は跡形もなく消えていたから。

 けれど、私はあの人が女神イウズワ様だと今も信じている。

 あの日、私は生まれ変わった。


「そろそろ、時間かしら」


 思い出に浸るのはここまでにしておこう。今から人生最高の瞬間が待っているのだから。

 目を閉じて大きく息を吐く。深呼吸を数回繰り返した後にゆっくりと目蓋を開けた。

 草原の向こうからこちらに向かって歩く、一人の男。

 額にバンダナを巻いた旅装姿の男性。いつもは顔に笑みを貼り付けているのに、今日は真剣な面持ちだ。あの笑顔よりもこっちの顔の方が好みね。


「いらっしゃい、愛しい弟よ。一緒にお茶でもどう?」


 弟のために用意しておいたカップに紅茶を注ぐが、返事もせずに歩み寄ってくるだけ。


「つれないわね。久しぶりの再会なのだから、もっと愛想良くしたらどう?」

「数年前に会ったでしょう」


 淡々と話す声に素っ気ない態度。

 感情を押し殺して『演技』で表面上だけ取り繕っている……という感じには見えない。

 隠しているのは焦燥感……とは少し違う。怠さ? いや、疲労感が一番近い気がする。

 悲しみや怒りよりも、その感情を微かに感じ取った。

 でも、それも見事に隠している。見抜けたのはスキルの力ではなく姉弟としての勘でしかない。


「心がまったく読めないわね。こちらの精神攻撃も意に介さないみたいだし」


 さっきから言葉に精神を揺さぶるスキルの効果を上乗せしているのだが、動揺による心の揺らぎがない。まるで波一つない大海原のような、あまりにも落ち着き払っている。


「あら、何も答えてくれないの?」


 あと十歩ほど進めば手が届く距離で弟は足を止めた。

 絶妙な間合いね。『縮地』『神速』『瞬発力』を同時に発動させても弟の能力ならギリギリ避けられる可能性がある。


「ねえ、余裕ぶっているけど、お友達のことは心配じゃないの?」

「別に」


 あまりにも素っ気ない対応。声から感情を感じ取れない。

 恐らく縁の深い知り合いたちが、どうなったかは把握済みのはず。あちらには優秀なオートマタが仲間にいたから、そこから情報を得ていると予想していた。

 なのに、この対応は何? 可能性としては……。


「凄いわね。心の揺らぎがまったく感じられないのは、神父様から買い取った『無の境地』のおかげかしら?」

「そうですよ」


 意外にもあっさりと認めた。弟の手の内はすべて把握している、というアピールに対し平然と答えるとは。弟にとって切り札の一つだったはず。

 ……どういうこと。弟の反応が当初の想定とかけ離れている。

 弟の性格なら無駄話をしつつ、必要な情報を引き出そうとしてくる、と見込んでいたのに私に対する質問を口にしていない。

 それどころか、話をさっさと切り上げたい、そんな気配をひしひしと感じている。

 焦りどころか余裕すら感じさせる立ち居振る舞い。

 ――じゃあ、その慢心と心の拠り所を潰すとしますか。


「さすが私の弟。こんな状況でも平常心を保っているなんて、お姉ちゃん嬉しいわ」


 歓喜の声を上げ、目元の涙を拭う仕草をしてみるけど……無反応。

 少し、苛立ちそうになる心を抑える。

 でも、いいのよ。その余裕ぶった顔が絶望に歪む瞬間を見せてくれたら、それだけで満たされるから。


「もしかして、負けてもリプレさんの『死に戻り』を使えばいい。やり直せばいい、とか考えている?」


 核心を突いた問い。

 弟が負けたとしても『死に戻り』を発動してもらえば、一日時間が戻る。

 つまり、発動さえしてしまえば戦いで散った弟の大事な人たちの命も戻り、すべてを一からやり直すことが可能。

 おそらく、ここの状況も遙か上空に浮かぶ衛星という人工物からの映像で把握しているのだろう。仲間にしたウリウリウがそういった技術がある、と口にしていた。


「貴方が死ぬか捕まるかして負けたのを確認したら、リプレさんが自害するか誰か仲間に殺させる。リプレさんの負担は大きいけど効果的な手段よね」


 弟の性格からして、この方法を選ぶ可能性は少ないと見積もっていた。

 だけど、弟の態度を見て考えを改めた。この非情な方法を選んだと……確信している。そうでなければ、今も平然と佇む弟の説明が付かない。


「かもしれませんね」


 対する弟の曖昧な返答。

 読めない。弟の考えがまったく読めない。こんなのは初めての経験。

 数年前に戦ったときは動揺や恐怖が手に取るように伝わってきたというのに。

 『無の境地』の存在が忌々しい。ずっとずっと心待ちにしていた弟の取り乱す様子を、まだ楽しめていない。

 でも……いつまで保てるかしらね。


「うんうん、素晴らしい策だと思うわよ。でも、残念。リプレさんは本当に『死に戻り』を発動できるのかしら?」


 椅子から立ち上がり、顎を人差し指で軽く叩きながら、スキップでも踏みそうな足取りで徐々に弟へ近づいていく。


「どういう、ことです?」


 弟の眉が微かに動いた。今日始めてみせる、わずかな感情の揺らぎ。


「そのままよ。リプレさんは本当に『死に戻り』を使えるの?」

「言葉の意味がわかりません」


 若干の苛立ちを隠しきれていない言葉の棘。


「リプレさんをずっと誰かが監視していたの? 一日中? トイレや風呂や着替えの時も? 一瞬たりとも目を離さずに?」


 私の問いかけに弟は答えない。


「数分、いや数十秒あれば、リプレさんの身体に何かを仕込むことも可能。例えば……極小の魔道具を埋め込む、と、か、ね」


 口の前で人差し指を左右に振っておどけてみせる。

 古代人の技術力には感服するしかない。実際に注射器を使って、オートマタのウリウリウから譲り受けた極小の魔道具を、リプレの体内に仕込んでいた。

 こちらが作動の合図を送ると、体内に過度の電流が流れて気を失う仕組み。そうすれば最低でも一週間は意識を失う。


「それを遠隔操作したら、リプレさんが何日も意識を失うとしたら? あっ、威力が強すぎて運が悪かったら死んじゃうかもー」


 さーて、弟はこの話を信じるか否か。すべて本当の話だけど、どう判断してもかまわない。少なくとも疑念を植え付けられた。

 どんな反応をしてくれるのか。あえて、弟を見ないように振る舞っていたけど、もう我慢できない。その動揺と疑念で満ちた顔をお姉ちゃんに見せて!

 勢いよく弟へ振り返ると、そこには――冷めた顔で私を見る目があった。

 えっ……違う。違うでしょ⁉

 なんで、そんな顔をしているの!

 全ての策を打ち砕かれて、絶望する場面じゃない!

 なんで、なんで、同情するような悲しそうな目で私を見ているの!


「そうですか」


 感情が一切こもっていない声。

 いや、唯一感じ取れた感情がある――呆れ。


「もういいですか。じゃあ、さっさとこの馬鹿げた姉弟喧嘩のけりをつけましょう」


 その言葉を聞いて、思わず唇を噛みしめる。

 面白くない……面白くない!


「ふざけないで! 無理しないで、もっと悔しがりなさいよ! 目の前でお気に入りの玩具をぶっ壊された子供のように、絶望に打ちひしがれて、泣きじゃくって、仲間を助けてと懇願しなさいよ!」


 私は、私は弟からすべてを奪いたいの! 希望も絶望も何もかも!

 秘めていた感情を爆発させ、思いの丈をぶつけるが弟は……冷静にこちらを見ているだけ。

 どうして、なんで、そんな顔をしていられるの……。


「姉さんは俺の……私の裏を掻いたつもりなのでしょうが、大きな過ちがあります。『死に戻り』を利用するという考えは間違っていません。ですが、その方法が違ったのです」

「方法が、違う?」


 動揺を誘った発言にしか思えない。だけど、あの瞳は何かを確信している。

 私は何かを勘違いしている? 

 それは何? 一体何を思い違いしている?


「『死に戻り』はリプレにではなく……ここにあります」


 そう言って弟は自分の胸を指差す。

 瞬間、疑問が瓦解してすべてを悟った!


「まさか、『死に戻り』を『売買』で買い取ったの……。でも、それはあり得ない! 『売買』はオンリースキルを奪えないはず!」


 そのことに関しては調べが付いている。弟はずっとオンリースキルを買い取る方法を探していた。実際にオンリースキル所有者のスキルがなくなったという報告は受けていない。


「確かに買い取れなかった――少し前までは」

「ちょっと待ってよ。急にこんな絶好のタイミングで新たな力に目覚めた、なんて都合のいい展開があるわけ」

「あるのですよ」


 小馬鹿にした私の発言を遮り、弟が断言する。

 強がって……いるようには見えない。


「以前、姉さんが送り込んだカイムロゼの『賭け』によって『売買』のレベルが10に上がりました。その際に『売買』でオンリースキルの『賭け』を買い取れました」

「それは知っているわ。でも、あれは『賭け』の能力で一時的にレベルが上がったに過ぎないでしょ。オンリースキルはどれだけ使い込もうがレベル1のまま」


 弟が何百年も使用しているのに、レベルは上がっていないのが証拠のようなものだ。


「私が年間でいくつぐらいスキルを買い取っているか知っていますか?」


 弟が説明の途中で話の内容を変えて質問を口にした。

 続きが気になるが、あえて話に乗ってみる。


「最近は百に届かないぐらいでしょ」


 弟の行動は把握している。戦場で大量にスキルを買い取れる時もあるが、交渉により相手が納得しなければスキルを買い取れない、という使い勝手の悪さ。

 おまけに一度買い取った相手から再び買い取れることは稀。故に毎年、どう頑張っても百前後で精一杯。


「大量に得る年も何回かあったので平均すると、もう少し上になりますが、基本は毎年それぐらいです。姉さんと別れてから七百と七十八年。買い取れたスキルの合計は八万九百六十八でした」


 思ったよりも……少ない。

 私の『強奪』は弟の倍近いスキルを手に入れてきた。『売買』と違って相手に触れさえすれば許可なく奪うことが可能。使い勝手に雲泥の差がある。


「それがどうしたの、数自慢? 私はもっともっとスキルを所有しているわ」

「知っていますよ。そこで話を戻します。『売買』のレベルが上がるとオンリースキルを買い取れることが判明した。だけど『売買』のレベルは上がらない。ここまではいいですね?」


 小さい子に教えるような優しい口調に苛立つけど、黙って頷いておく。


「ですが、私の『売買』はレベル2に到達したのですよ」

「はっ、ふざけないで、矛盾しているでしょ。冗談だとしても笑えないわ」


 鼻で笑う私に対して、弟は平然と振る舞っていた。

 嘘を吐いているようには見えない、だけどそれは『演技』による強がりに決まっている。


「ここで問題です。『売買』スキルがレベル2になる条件とはなんでしょうか?」

「だから、あり得ないって言ってるでしょ」

「もし、可能だとしたら?」


 弟は意見を曲げずにレベル2になったと主張を続けている。もし、万が一、本当にレベル2になっていたとしたら……。


「レベルは回数をこなせば上がる。だから、もっともっと『売買』を使えば……」

「正解です。『売買』のレベルアップ条件は……十万回、スキルを買い取ること」

「はっ、馬鹿げているわね。それがもし、本当のことだとしても、この数日で一万以上のスキルを買い……まさかっ⁉」


 小馬鹿にして否定しようとした。だけど、あることを思い出してしまう。

 可能だ。この数日で一万以上のスキルを買い取ることが!


「そう。姉さんが『自爆』スキルだけを奪った古代人の研究施設。あそこにあった、姉さんが見向きもしなかった一万を超える失敗作のスキル。あのすべてを買い取りました」


 嘘だと決めつけていたが、話の辻褄は合う。

 じゃあ、まさか、本当に……。


「『売買』がレベル2に達したというの?」

「そう言っているじゃないですか」


 弟の冷静さと、にじみ出る自信の根源はそれだったのね。

 今までの言動と態度のすべてに納得がいく。


「じゃあ、仲間のオンリースキルをすべて買い取ってここにいる、と言いたいのね」


 弟の仲間が所有しているオンリースキルは『死に戻り』『不死』『透明化』『復活』『未来視』『スキル無効化』のはず。このすべてを所有しているとしたら話が変わってくる。

 戦力差が一気に覆ってしまう。


「そうです、と言いたいところですが、残念ながら違います。レベル2になって買い取れたオンリースキルはたった一つ」

「それが『死に戻り』ってわけね」


 ゆっくりと頷く弟。

 たぶん、嘘は言っていない。

 ネタばらしをして手の内を明かすのは褒められたものではないけど、『死に戻り』を手にしたことで、圧倒的な力と自信を得たのね。

 噛みしめた奥歯がぎりりと軋む。

 屈辱でしかない。だけど……相変わらず詰めが甘い。自分が強くなったと慢心をしている。


「なるほど、合点がいったわ。仲間が死んでも『死に戻り』でなかったことにできる。ここで私に負けても『死に戻り』でやり直して、また挑めばいいだけ。納得のいく最高の勝利を手に入れるまで繰り返すことが可能なんて、いかさまじゃないの」


 お手上げとばかりに肩をすくめて大きなため息を吐く。


「そういうことです。今回は私の手の内を明かしましたが、ここで自殺をして『死に戻り』を発動させて次に挑むときは問答無用で倒しますので。では、また巻き戻った世界でお会いしましょう」


 恭しく頭を下げた弟が姿勢を正すと、懐からナイフを取り出して自分の胸に深々と突き刺した。

 ――絶好の好機!

 『瞬発力』『縮地』『神速』を最大レベルで同時発動。

 一瞬にして間合いを詰めると、弟の額に手を当てる。


「馬鹿な弟。普通の状態なら『無の境地』と精神力で『強奪』を防げたでしょうけど、命が失われていく抵抗力の弱まった状態で耐えられるかしら。自殺をするなら、即座に首を落とすべきだったわね」


 目を見開き、私の顔を凝視する弟。

 私との戦闘に備えて身体能力を上げるスキルを組み込んでいたはず。それが裏目に出て心臓を刺した程度では即死できないでいる。

 弟は知らない。レベルが三桁を超えている今の『強奪』なら、触れただけで一瞬にして相手のスキルをすべて奪い取ることが可能なことを。

 本来ならスキルを選んで強奪をするところだけど、私は弟のすべてを奪いたい! だから、奪い尽くす!


「ここで『死に戻り』が発動しても、戻った先で『売買』と『死に戻り』しか残っていない。そんな状況でどうするのかしら?」


 スキルが大量に流れ込んでくる……最高の瞬間‼

 弟の人生を奪ってやった!

 本当は『売買』も欲しかったけど、何百年もの努力を踏みにじり、その成果をすべて奪えたことに歓喜と快感が押し寄せ、口元がにやけてしまう。

 ああああっ、最高に気持ちいい! こんな多幸感は初めてっ!

 うつむき目を逸らした弟の顎に当てた手に力を込めて、強引に顔を私へと向けさせる。

 ここで絶望に歪んだ顔を見たら、私は私は……絶頂してしまう。

 期待を込めて弟の顔を真正面から見る。

 そこには――期待とは真逆の冷たい目をした弟がいた。


「千八百六十七回」


 弟が消え入りそうな声で呟く。

 意味がわからないのに、その言葉を聞いて背筋が寒くなる。


「何を言っているの?」


 弟の弱々しい手がそっと私の手首を掴む。

 目から光が消えていく直前、何かを口にする弟の口元に耳を近づける。


「姉、さん。『売買バイバイ』」


 その言葉を最後に視界が黒に染まった。






「んー、楽しみね」


 海沿いの小さく白い家のベンチに腰掛けて、大きく伸びをする。

 弟の対決まで残り一日。

 万全の対策を練って、弟を追い詰める準備は万端。

 どう足掻いても弟に勝ち目はない。


「再会したら何を言おうかしら。前はそんなにお話しできなかったから、今度は色んなことを話したいな。今生の別れになるのだから」


 仲間を失い絶望した弟をどうやって慰めてあげよう。

 スキルの大半を失い、今までの積み重ねてきた人生がすべて無駄になったら、弟はどんな顔をするのか。

 想像しただけでゾクゾクしちゃう。


「んー、早く明日になー……えっ?」


 突如、何の前触れもなく襲いかかる、全身の痛み、掻きむしりたくなるような痒み、気が狂いそうな怒り、涙が溢れて止まらない悲しみ。今まで感じたことのない、有りと有らゆる不快感が内側から湧き上がってくる。


「何、何⁉ いったい、何が起こっているの⁉」


 これはスキルの発動⁉

 訳がわからないけど咄嗟に『鑑定』を発動させてスキルの確認をする。

 尋常ではないぐらいスキルが増えている⁉ それも私が絶対に奪うことのない負のスキルまでが大量に!

 何が何だかわからない、だけど、考えるのは後。不快感が負のスキルの影響なら『制御』で抑え込める……ない⁉

 『制御』スキルが何処にもない⁉


「制御がない、と。あっ」


 身体の内部から耐えがたい灼熱と痛みが急速に膨れ上がり――『自爆』が発動した。


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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした。
オンリースキル「貧乏」もあるよー!まあ、書くと興がそがれるけど。
考察が様々飛び交っていますが、回収屋さんの口からの今回の解説回を書いていただけると幸いです。
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